19 ポーション作り④
「ごめんなさい先生。この件は、妹である私からお詫びいたしますので、リリアーヌの行為を許してください」
「ミラベルさん、それはできませんわ」
「姉も頑張っているんですが、思ったような結果が出なくて。なので魔法が使えないことを、誤魔化そうとしているんです」
上目遣いで訴えるその姿は、クラス中の同情を集めている。
もちろん、姉を庇いたてる、慈悲深い妹として。
その言動に感動しているのだろう。カツキ先生が表情を和ませ、説得するように告げた。
「学生なんですから、未熟でも恥じることはないのですよ」
「そのとおりです、カツキ先生。ですが姉は、授業についていけないことを、父から叱られてしまうのです。魔法が使えずにポーションを作れなかったといえば、怒られるので、薬草が足りなかったと言い訳したかったのでしょう。先日、姉が授業についていけないことに、悩んでいると聞いたばかりでして」
力説したミラベルは、深々と頭を下げた。
おかげで、このクラスの大半の生徒が、出来損ないの姉を全力で擁護するミラベルに対して、称賛の眼差しを向けている。
そしてそれは、先生も例外ではなかった。
必死に姉を庇うミラベルの姿に感銘を受けた様子のカツキ先生は、嘘くさい芝居にまんまと引っ掛かり、口に手を当て瞳を潤ませていた。
どの世界でも、優秀な生徒の話は信じてもらえて、出来の悪い生徒の話は、信用してくれないのね。
残念というか、呆れるというか、むかつく。
でもね。私は泣き寝入りなんてしない!
アラサーとして、黙っていられなくなったため、椅子をガタっと鳴らして立ち上がり、ミラベルを見た。
「ミラベル。この場で適当なことを言うのも、いい加減になさい」
「お姉様、適当なことではございませんわ」
「よく言うわ。今は授業中なのよ。薬草のことは、私が不注意で落としてしまったと謝罪すればよかっただけなのに、あなたはアルドワン伯爵家の話まで持ち出して授業の妨害をしているの! それに気づきなさい」
「そんな言い方、酷いですわ──」
「口を慎みなさい。姉妹のいざこざを授業中に披露してどうするの」
ピシャリと言い放ったあと、ミラベルに向けていた視線をカツキ先生に移し、続けた。
「カツキ先生、大切な授業の進行を妨げたことを、私から謝罪いたします」
そう言って、深々と頭を下げた。
そうすれば、きょとんとした表情をしていたカツキ先生は、ハッとしたように目を見開くと、大きな声で号令をかける。
「では、みなさん、授業の続きですよ」
その声で私も椅子に腰かけた。
だが周囲からは、『自分をかばってくれた妹を非難するなんて、最低の姉だな』やら、『姉があんな性格だから、妹が人格者になったんだな』という、批判めいたひそひそ話であふれていた。
私は、何を言ってもマイナス評価に変わるのか……。
もう全部嫌になるなと、肩を落としかけたとき──。
私の正面に座るアルフォンスが、楽しげな声を出した。
「くくくっ、まさか、あそこで言い返すとは思わなかったよ」
「駄目だったかな?」
「俺的にはカッコいいリリアーヌを見られてよかったけどね」
「ほんと、アルフォンスってば、いつも能天気よね。私はクラス中を敵に回したかもしれないから、あまり話しかけない方がいいわよ」
「だって、リリアーヌの言うとおりなんだから、俺は他の奴らが何を言おうが、関係ないけどね」
「駄目よ。そんな調子でいれば、友達ができないわよ」
「上辺だけの交友関係なんて、窮地になんの役にも立たないから、どうでもいいよ。損得勘定で結ばれた関係なんて、諸刃の剣と一緒だから、俺はいらないし」
貴族ばかりの中で、ポツンと存在する平民が強がっているようにも見えるが、そんなタフなマインドだから、この学校に入学してきたのだろうと、感心した。
「そんな強気な態度でいたら、本当に友達はできないわね。でも、私はずっとアルフォンスの味方だから、安心して」
微笑みながら言うと、満面の笑みが返って来た。
「強くてかわいいリリアーヌを他の奴らに取られないように、腕の中に閉じ込めておかないといけないね」
「ふふっ、そういう言葉は好きな人に言うものよ。友人に言うのは、使い方を間違えているから、乙女心も教えてあげないといけないわね」
「俺、ポーションの授業よりも、そっちの方が興味あるわ」
そう言ってクスクスと笑っている。
冗談を交わし合えるアルフォンスが好きだ。
気を遣わなくて済むというか、等身大でいられる気がするから、一緒にいると落ち着く。
そんなことを考えていると背中に鋭い視線を感じた。
どうせミラベルが私のことを睨んでいるのだろう。それもそうか。今ごろ悔しくてたまらないはずだ。
途中まではミラベルの思い描いていた展開に進んでいたのに、私がぶち壊したのだから。計算違いだものね。
ざまあみろと思うものの、私だって悔しい……。
どうしてこの席に座るとき、床に薬草が捨てられていたことに気づかなかったのだろう。それは自分も悪い。
私の薬草を床に捨てたのは、絶対にミラベルの仕業なのに、どこにも証拠がないなんて……。
そんな消化しきれない自分の感情が、顔に出ていたようだ。私を心配してくれたアルフォンスが、そっと声をかけてくれた。
「ごめん。俺の言葉が気に障ったのかな。調子に乗って、余計なことを言って悪かった」
「ち、違う。アルフォンスは悪くないから。このポーションをどうしようかなって、考えていただけなの」
「それなら俺の瓶と交換しようか?」
彼が私に薬草を入れた小さな瓶を差し出してくる。
だが、自分の妹の嫌がらせにアルフォンスを巻き込むわけにはいかない。
その申し出は、丁重に断りたくて、首をふるふると横に振った。
「アルフォンスの気持ちだけ受け取っておくね。ありがとう」
「遠慮しなくていいから、どうぞ」
「私のことを心配してくれるなんて、アルフォンスは優しいのね。でも気にしないで。誰もがポーションを作れないと思っているこの状況で、完成させたらかっこいいじゃない」
それを聞いたアルフォンスが、目を見開き固まっている。
少しして、ふっと柔らかい笑みを浮かべたアルフォンスが、声量を抑えた会話を始めた。
それは、薬草学のカツキ先生でさえ説明していなかった、随分とマニアックな内容だった。
「ポーション作りに必要なのは、雑念を取り払い、丁寧に魔力を流すことだよ。葉の中の細胞一つ一つを壊す感じで。それによってポーションの効果は高くなるからね」
「どうしてそんなことを知っているの?」
「前に誰かから聞いたことがあるだけだよ」
わざわざそんな説明をするアルフォンスの心情は、正直言って、よくわからなかった。
だけど、その穏やかな口調が、私のことを深く信じてくれている気がして、嬉しくなった。
少し前まで、私を嵌めたミラベルに一泡吹かせたいという、邪な気持ちが湧いていたが、今は違う。
これから作るポーションは、この先の課外活動に持って行くものだ。
もしもアルフォンスが負傷したら、このポーションを使って癒してあげることになる。いわば、私たちの命綱だ。
自分のためというのもあるが、アルフォンスとリュカのためにも、丁寧に作りたい。心からそう思った。
◇◇◇




