第五章 浩と幸栄の出会い
再び給料日あとの金曜日がやってきた。今月は燻製パーティー。
もしも自宅で普通に燻製なんか作ったら煙で、すごい事になってしまうが今は良いものがある。
特殊フィルター内蔵で煙・臭いを90%以上カット。日本の家電メーカーが作った電気製品は、ほんと素晴らしい。
食材は、ベーコン・ソーセージ・タマゴ・イカの一夜干し・ホタテなど。
燻製チップは今までいろいろ試してみた。さくら・ヒッコリー・ブナ・ナラなど。そして今日は初めて使うチップ。リンゴの木のチップだ。
「リンゴのチップってどんな味がするんだろう?」
祐衣は興味津々だ。
「フルーツのような甘い味がしたりして」
祐真もどんな味がするのか楽しみだ。
浩はホタテの燻製を食べてみる。
「酔っているからか分んないけど、このホタテ、リンゴの味がするような気がする」
幸栄もホタテの燻製を食べてみる。
「私の中では今まで使ったチップの中でいちばんのお気に入りは、やっぱりヒッコリーね」
「ヒッコリーって確かクルミの木だよな」
父と母の会話を聞いていた祐衣は思い切って聞いてみる事にした。
「ところでパパとママはどうやって知り合ったの?」
「なんだよ急に。何を質問するかと思ったら」
酔っているとは言え、流石に浩はちょっと恥ずかしくなった。
「だってさ、パパとママが結婚しなかったら、私と祐真は生まれて来られなかったという事になるわけだし」
「わぁ、私も聞きたい!」
祐真も興味津々だ。
幸栄は、ちょっと照れくさそうな顔をしている。
「酔った勢いで話しちゃうかな」
浩は幸栄との事を2人に話し始めた。
「2人とも知っている通り俺は新潟県上越市生まれだ。性格的に都会へ出て遊びたいとか、都会の生活に憧れるとかぜんぜんなかった。
新潟の隣り、長野県に就職したんだ。長野は海はなかったけど諏訪湖が近くにあって、ワカサギ釣りとかやったなぁ。
それでさ、諏訪地域に住んでいたら俺、言葉がなまっちゃってさ。元々、上越市は言葉になまりがほとんどないところだったんだけど、諏訪地域は独特のなまりがあって言葉の最後に(ずら)って付けるのよ。
お盆に上越に帰省した時、俺がへんななまりで話すから親がびっくりしちゃってさ。
(そうだよ)を(そうずら)
(何しているんだ?)を(何しているずら?)」
長野県諏訪地域の方言を知らない幸栄、祐衣、祐真は、浩が若い頃、そんな言葉を使っていたなんてビックリである。
「就職して2年経って長野工場が閉鎖になったんだ。その時、会社を辞めて新潟に帰るか、長野で新たに職探しをするという選択肢もあったんだけど、景気も悪かったからとりあえず神奈川県藤沢市の本社工場へ行く事にしたんだ。
神奈川県に来てからはもう「ずら」なんて言わなくなったな(笑)
とにかく初めての関東だったから見るものがとても新鮮だった。
江ノ島、道路と併用して走る江ノ電、鎌倉、新宿、渋谷。若かったから、そんな初めての街にウキウキした。
お盆とか年末年始、父母に会いに上越に帰省するんだけどお盆は車で帰っていた。でも年末年始は雪が降るかもしれないから高速バスで帰っていたんだ。新幹線のほうが速いんだけど高速バスのほうが安かったし夜出てバスの車内で寝て朝、上越に着く便を利用する事が多かった。
当時は上越行きの高速バスは新宿から出ていなくて池袋発だったのよ。
いつだったか、仕事が夜勤明けの時に午後発の高速バスを予約したんだ。朝仕事が終わってアパートに帰ったら寝てしまうと思って、そのまま電車に乗って午前中に池袋に着いた。
都会に慣れていなっからさ、知らない店で食事して高かったら嫌だななんて思ったりして。あと時間もたっぷりあったから埼京線で北のほうへ行く事にしたんだ。で、良さげだなと思って降りた駅が赤羽だったというわけさ。
赤羽は初めてだったんで、とりあえずは駅前の繁華街を歩くことにした。
飲み屋街を歩いて驚いた。お店の中を覗くと、まだお昼なのにビール、お酒を飲んでいるお客さんがたくさん。
なんで、お昼から飲んでいる人がこんなにいるんだ?
すると、ちょうど店からビールの空ケースを外に出しに出てきた店員さんと目が合って話しかけてきたんだ」
「お兄さん、おひとりですか?カウンター席すぐ座れますよ」
「そのお店は和風の居酒屋で壁には、(魚が旨い!)と書かれてある。
せっかくなので入ることにした。
中へ入ると左側にカウンター席があり、ちょうど1席空いていたから、そこへ座った。
適当につまみを頼んで昼間っからビールを飲んで、気が付いたら隣のおじさんと仲良くなっていた。その日はバス時間もあったからある程度飲んでそれから池袋へ行き高速バスに乗って帰省したんだけど、それ以降は月2回くらいは行っていたな。そのお店に。
魚料理が旨いって言うのもあったんだけど、常連さんとも仲良くなってさ、あと昼間っから飲める赤羽の街が好きになっちゃったんだな。
幸栄も女友達と来ていて何回か見るようになってさ。それで話しかけたくなって。
ある日、俺は常連さんとカウンター席。幸栄は女友達とテーブル席。
カウンター席からトイレへ行って帰ってくるときにテーブル席の横を通るから、その時に思い切って話しかけたんだ。
確か、なんて話しかけたんだっけ?」
「なに、忘れちゃったの?」
会話の内容を忘れた浩に、幸栄は不満だ。
「忘れたというか、どうしても話がしたくて、話した内容よりも話が出来たっていう嬉しさのほうが印象に残っているのよ」
(初めての会話)
浩「あのぉ、赤羽の人ですか?」
幸栄「はい、お兄さんも赤羽の人?」
浩「いや、綾瀬」
幸栄「綾瀬、足立区の人なんだ」
浩「いや、神奈川県の綾瀬市です」
幸栄「神奈川県綾瀬市」
浩「うん。藤沢市の隣り」
幸栄の友達「藤沢市って江ノ島とか湘南海岸のあるところでしょ」
浩「俺、住んでいるアパートが神奈川県綾瀬市で務めている会社が神奈川県藤沢市なの」
幸栄の友達「そんな遠くからここまで飲みに来ているんだ」
浩「地元だとお昼から飲んでいる人あんまりいないけど、赤羽はたくさんいるでしょ。初めて赤羽に来てからこの街が好きになったんだ」
(初めての会話終了)
「それから2人は仲良くなったというわけだ。そして仲良くなって2ヵ月くらい経った頃だった。なんと藤沢の工場も閉鎖になっちゃって。新潟へ帰るとか藤沢で職探しするとかの選択肢もあっただろうけど、俺に迷いはなかった。そう、赤羽のハローワークで職探しをした。それで今の会社に入ったというわけだ」
昔話に花が咲き今日も美味しくビールが飲めたのであった。
また来週、アップします。




