扉一枚、その向こう
ずっと考えていた。
何故? ……その感情ばかりがぐるぐる回って。
傍に居たい、ただそう告げただけ。
僕は彼女に何も求めていない。支配しようとも、傷つけようとも考えはしなかった。
欲しくないと言えば嘘になる。けれど、そう思うことすら自分には許されないことも知っていた。
償いたかった。
ただ、彼女を支えることを通して。それが僕に出来る唯一のことで、そう呼べる行為だと信じていた。
……それだけだった。許されるなどとは最初から、思っていない。
でも。僕の思う償いとは、一体何だったんだろう。
彼女の為? いや、違う。
僕が、彼女の傍に居る為の口実。
見え透いた建前だ。ただ彼女の傍に居たい――たったそれだけの自分の身勝手で、自由という言葉の意味を都合良く捻じ曲げたのが僕だったのだろう。
追い出されなければ、居座ってもいい。その「勝手にして」という言葉の裏側に、僕が都合良く解釈出来る余地があることを、僕は最初から見抜いて縋り付いただけだ。
卑怯だろうか? ……分からない。
いや、分かりたくないだけかも知れない。
自分は違うはずだ。彼女をああした、過去の誰かとも――僕を縛ったニカエラとも違う。
……そう思いたい。
一度だけ、過ちを犯した。
けれどそれは欲をぶつける為の行いでもなかった。ただ、自分が救われたかった。罰を――死を与えられることが、救いだとあの時は思ったから。
それから先は、何も求めていない。
僕は、奪うようなことはしていない。血も、彼女自身をも……ニカエラのように、知らない誰かのように。
そのはずだった――それなのに。
逃げ帰るように部屋に戻った彼女のその瞳は、僕を“怖い”と訴えるようなものだったのが、今でもこの胸の奥をぎりぎりと締め付ける感触を残していった。
……無意識に、ゾラの部屋の前にまで来ていた。
扉一枚を隔てた向こうに、彼女が居る。
彼女は今、何を思っているのだろうか。何をして過ごしているのだろうか――
それは僕の知るところではない。
ノックをするでも、声をかけるでもない。
これは尊重だ。彼女にとって、この扉は防壁なんだろう。
その境界を侵すことはしない。それがきっと最善で、正しいことだと思うから。
ただ、この向こうに彼女が今も居るだろうことだけが、僕の心に安堵をもたらす。
扉の前に居て、去ることもしない。
彼女の気配をそこに感じているだけで良かった。それだけが、僕に残された彼女との繋がりだった。
彼女が出てくる気配もない。
僕は扉を背に、その場に座り込んだ。そのまま、目を閉じる。
微かな音。ゾラがそこに居ることの、確かな証拠としてそれを感じていた。
けれど――本当はもうこの時、分かっていたのかも知れない。
自分に都合良く、“聞こえているように”感じていたんだと。
その音は、ゾラの気配でなく……ただの風の音だと、分かっていたんじゃないか。
尊重していたはずの境界を、自ら越えることになった。
それは不安だった。
僕の感じていた安堵は、全くの的外れなものではないか――そう疑ってしまったからだ。
「ゾラ……?」
細く開いた隙間から部屋の中を確認する。
……窓が開いている。カーテンの隙間から薄明かりが漏れ、冷たい夜の空気で部屋を満たすように風が吹いていた。
そこにあるはずの彼女の姿は、既に無かった。
僕が守っていたのは、空っぽの――ただの木箱だったのだ。




