完璧なドール
※本話には、倫理的忌避感を伴う描写が含まれます。直接的な描写はありませんが、状況的にそれを強く示唆・連想させる展開となります。苦手な方はご注意ください。
私はクラリカ。彼に愛される為だけの、完璧な魔女。
そう在るんだ。
在らなければならない。
そうしていたなら、もう“罰”は与えられることもしない。
その為に。
もう、軋まない為に。痛まない為に。
……忘れない為に。
魔法をかけることもなくなった。
ただ『クラリカ』を完璧に演じればそれでいい。
純粋無垢な、グラムだけを師とし、父とし、恋人とする可憐な少女として。
彼が笑えば同じように笑うだけ。
彼が触れたなら、望まれるように喜んでみせて。
泣きはしない。代わりに、愛らしく鳴く。
それを“演じている”という感覚すら、もう薄れていた。
心が静かすぎて、動くべき反応を選択するだけの作業になっているのだ。
ある日、彼は言った。
「クラリカは……人間たちが、憎くはないかい」
その質問の意図が見えなかった。
かつて私を排斥した人間のことを、恨んでいないかという――その確認だろうか?
私は答えた……クラリカとして。
少し、優等生過ぎる回答だったかも知れない。
「そんなこと、もうどうでもいい。わたしはただ、グラムと一緒に居られるだけで幸せなんだもん」
一瞬、彼の表情が揺れた。望んだ答えではなかったのかも知れない。
でも――次の瞬間、彼は私を抱きしめた。息が詰まるほどに、強く。
……だから、間違いなどではなかったのだろう。彼が本当に望む言葉を、返すことが出来た。そう確信した。
魔法を使わなければ、記憶は残る。
そのせいで、以前は聞こえなかった“独り言”の意味が繋がっていった。
過去のクラリカのこと、きっと今までも彼は口にしていた。私が覚えていなかっただけ。
六番目は脆弱で、七番目は自我が強かった。
十三番目の私は、どうなのだろう――どこに欠陥が眠っている? ……考えた瞬間、冷たいものが背筋を走った。
欠陥が見つかれば、廃棄される。だから私は、完璧に演じるしかない。
触れられる回数が増えた。
この姿を固定して以来、明らかに。
成長を止められた。魔女として、最適な若さのままで。
一般的な魔女であれば、女として最も美しい時期……そこで時間を止める。
しかし悪魔的理論から言うなら、その一般論は間違いであり。より若い姿の方が魔力の効率が良いのだと彼は言った。
だがそんな育成論などでなく、本当の理由としては“理想”を壊さない為――というところが大きかっただろう。
私は応じる。応じなければ、余計に酷くなるだけだ。
また私は完璧な『クラリカ』として、そこに在った。
終わった後、彼はぽつりと言った。
「そろそろ、頃合いだと思うんだ」
クラリカは、不思議そうな顔を作り、首を傾げた。
「クラリカ。君を私の妻にしようと思う」
固まるところだった。そのまま、凍りついたように。
『大きくなったらグラムのお嫁さんになるの』
脳裏に響いたのは、かつての自分の声。
無知で、愚かで……彼に愛されることが世界の全てだと信じていた、あの頃の願い。それが今逃れられない鎖となって私の首を絞める。
心臓がひとつ打ったあと、数拍遅れて寒気が指先まで落ちた。
猶予が終わったのだ。
(逃げなきゃ)
そう思うより早く、笑顔が形を作っていた。
「うれしい」
そんなの、嘘。
でも必要な嘘だった。
そして私は思い出していた。
まだ私は壊れていない。
……まだ、選び直せるということを。




