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ヴァンパイアは暁に夢む  作者: 静杜原 愁


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33/56

Clarika No.XX

※本話には、倫理的忌避感を伴う描写が含まれます。直接的な描写はありませんが、状況的にそれを強く示唆・連想させる展開となります。苦手な方はご注意ください。

 雨が降っていた。

 長い間降り続いていた気がしたが、どれほど経ったのか分からない。

 グラムは外に出た。何かの用事だと言って、夜明けまで戻らないらしい。

 屋敷は静まり返っていた。

 足音を立てるのが躊躇われるほどの沈黙。


 廊下の奥。これまで一度も開いたことのない扉の前に、クラリカは立っていた。

 何故ここに来たのか、自分でも分からない。

 けれど、クラリカはずっと知っていた。この扉の存在を。

 黒山羊に連れられこの館に来て、その次の日の朝。グラムを探し彷徨っていた時に見つけた部屋。

 ここに何があるのか、見当もつかない。

 けれど彼は言った。

『入ってはいけないよ』

 ――その禁忌の感覚が、何故か胸を擽った。


 鍵は驚くほど呆気なく開いた。

 クラリカはただ扉の模様に指を這わせ、開きたいと願っただけだ。それだけで複雑な魔法術式が解け、重厚な扉が音もなく内側へと退いた。

 まるで彼女を招き入れるように。或いは、彼女がこうして入ってくることを“予定していた”かのように。

 扉の向こうには、屋敷の構造を無視した異様な空間が広がっていた。

 壁は脈打つように歪み、石造りの螺旋階段がどこまでも深く、暗い底へと続いている。

 冷たく湿った風が吹き上げてくる。

 それは古い書物の匂いと、甘く腐った果実のような防腐剤の匂いがした。

「……パパ?」

 居るはずもないのに、どうしてかそう呼びかけていた。

 引き返すべきだ、と本能が警鐘を鳴らす。

 けれど、足は止まらなかった。

 恐怖よりも強い引力がクラリカの背中を押していた。

 既視感(デジャヴ)。この階段の冷たさを、このカビ臭さを、どうしてか知っている気がした。


 長い螺旋を降りきった先は古びた部屋だった。

 中は暗い。けれど完全な闇でもない。

 目が慣れるにつれ、そこに並ぶものが見えた。

「っ……!」

 クラリカは悲鳴を上げそうになった。

 ――人形、だろうか。

 彼女と同じ髪色、同じように白い肌の少女達。

 それは眠るように、或いは椅子に座るようにそこに在った。

 恐る恐る近づけば、その奇妙なまでの精巧さに違和感すら覚えるほどだった。

 そして気付く。

 人形なんかじゃない。これは、紛れもなく――

「また来たのね」

 声が、どこからともなく響いた。

 クラリカは心臓が縮み上がる思いをした。

 この“人形”の内のどれかが話しかけてきたのかと思うほど、今のクラリカの心は恐怖に支配されていた。

「こっちよ」

 だがその声は、どこか懐かしい気さえした。

 注意深く声のする方へ耳を傾け、辺りを見渡すが。

 その“人形(どれか)”が喋ったわけでなく……ある一点へと視線が向いた。

 ――鏡。

 はじめそれは、自分の姿を映しているものだとばかり思っていた。

 しかし、近づけばそれが自分の顔でないことが分かる。

「……あなた、は……」

 また、既視感。

 その顔は、自分でないのは明らかであるはずなのに、あまりにも“似ていた”。

 けれど明確に別の誰かだった。

 同じ髪色、同じ肌の色、同じ瞳の色――でも。彼女の方が少しだけ、自分よりも年上に見えた。

 何より、クラリカは笑えていない。対して、鏡の中の少女は微笑んでいた。

「憶えていない? 私は()()()クラリカ」

「あ……」

 その既視感の正体。単に自分に似ているだけではないということを、心のどこかでクラリカは感じ始めた。

 だがその綻びを見て見ぬふりするように、鏡の誰かに問いかける。

「ここは……何?」

 問えば、彼女は言った。

「ゾラがここに来るのはもう三回目なんだけどな」

 その瞳はどこか寂しそうな色を映していた。

 彼女の言葉の意味が理解出来ず、ゾラは瞬きをした。

「うそ、そんなことない」

 扉の存在はうんと前から知っていた。けれど、こうして実際に足を踏み入れたのは、今日が初めてのことだった。

「じゃあどうして私が、ゾラって名前を知ってるんだと思う?」

 鏡の少女の問いに、彼女は固まった。

 最初のクラリカを名乗る少女は、そんなゾラを見て、同情とも憐れみともつかない微笑を浮かべ、続けた。

「貴女自身がそう名乗ったから、よ」

「……え?」

 その瞬間、呼吸が詰まった。

 ゾラという名前は、自分とグラムしか知らない。

 そして既視感の本当の正体――自分自身、どこかこの部屋も、この“()()()クラリカ”についても……既に知っていたものであるからこそ、それを感じたんだということ。

 そして人形のような少女たちはその全てが、これまでのクラリカ達……その成れの果てだということも。

「ぁ……」

 ゾラは膝から崩れ落ちた。力が入らない。

 それは恐怖? けど、その怖さはこの部屋に満ちる異質感に感じるものでなく……自分の記憶が欠落していたこと自体に対しての恐怖だった。

 不意に、足元に転がる羊皮紙の束を見つけた。ゾラは震える手でそれを拾い上げる。

 それは日記というより、冷徹な観察記録だった。

 見覚えのある、幾何学的なほど整ったグラムの筆跡。

「八番目のクラリカ。彼女は言葉に訛りがある。矯正しようとも、直ることは……なかった……」

 口に出していた。そしてその記述自体にも、覚えがあった。

「十一番目のクラリカ。年々、求める姿から……逸脱、していく。次の素体を早急に……」

 思わず振り返る。

 無造作に置かれたような“人形”たちに目を向けた。

「ねえ、クラリカ」

 ゾラは鏡に向かって呼びかけていた。もうどちらがどちらで、その名が誰のものなのかすら――曖昧なまま。

「私は……何番目なの?」

 その問いに、鏡の中のクラリカは悲しげに目を伏せた。

「思い出した? 貴女は十三番目」

 十三番目――つまり、私の前に十二人の「クラリカ」がいたということ。

 そのすべてが、愛され、壊れ、ここに廃棄されてきたのだ。

「もう諦めたほうがいいの? 私も、あの子たちみたいになるの?」

「……ううん」

 鏡の少女が、硝子の向こうから身を乗り出すように近づいてくる。その瞳に強い光が宿った。

「聞いて、ゾラ。貴女はまだ、選び直せる」

 その言葉は、予想外だった。

「選ぶ……? 何を?」

「どう壊れるか、をよ。彼の望むままに使い潰されるか、それとも――」

 言いかけたその時だった。

 遠く、遥か頭上で、空気が重く沈み込むような音が響いた。

 屋敷の玄関扉が開いた音だ。

 地下室の空気が一変する。

 甘い腐臭が強まり、壁の染みがゾラを監視する無数の目のように感じられた。

「あ……」

「……彼が帰ってきた」

 鏡の中のクラリカから、表情が消える。

 先程までの人間味のある憐憫は霧散し、ただの冷たい「反射」に戻りかけていた。

「戻って、ゾラ。早く」

「で、でも……!」

「間に合わなくなる」

 彼女はただ事実のみを、宣告のように告げた。

「早く行って。そして今だけは……ちゃんと演じるの」

 水面が揺れるように、鏡像が掻き消える。

 残されたのは青ざめた自分の顔だけ。

 そして頭上からは、確実にこちらへ近づいてくる足音が響き始めていた。

(だめ……、終わっちゃう)

 ゾラは弾かれたように駆け出した。

 螺旋階段を駆け上がる。

 心臓はずっと早鐘を打っていた。

 しかしその途中で、立ち塞がる影があった。階段の上から見下ろすグラムの顔は逆光で暗く、ただ金色の瞳だけが獣のように光っていた。


「君は……悪い子だね」


 声が出なかった。

 彼の腕が伸ばされて、その手が私を捕ま


 あぁ、また――

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