第3話 チート文化の崩壊
朝の光が、街を金色に染めていた。
昨夜の戦いの名残はどこにもない。広場の石畳は掃き清められ、人々は出勤と登校に追われている。
だが、彼らの腰には――かつて戦士が誇った“魔導符”がぶら下がっていた。
薄い鉄板に、光る文字。
触れれば術が発動する。火球でも治癒でも、誰もが気軽に扱える。
今や魔法とは、祈りでも修練でもない。
ただの「生活道具」にすぎなかった。
私はリナを伴い、冒険者ギルドへ向かっていた。
ギルドの門はかつての神殿を改装したものだ。
だが祈りの匂いはなく、かわりに紙と油の匂いが満ちている。
受付では魔導印刷機が唸り、冒険者たちは順番待ちの札を引いていた。
「朝の登録は混みますね。新人が多いんですよ」
リナが苦笑する。
「でも、最近は魔導省の方針で“チート系スキル”は持ち込み制限があるんです。
あまり強すぎる力を使うと、封印対象になるとか」
「ほう。力を制御しきれぬ者ではなく、強すぎる者を縛るとは……奇妙な時代だ」
受付にいた書記官が顔を上げ、私の杖に目を止めた。
黒曜の先端に、淡く光る星の欠片。
彼の眉がぴくりと動いた。
「そちら、登録済みの魔導具ですか? 封印品の可能性が――」
「問題あるなら、試してみろ」
杖を軽く突くと、周囲の空気が一瞬震えた。
書記官の髪がふわりと浮き、机の書類が舞い上がる。
だが私は一歩も動かない。
力は、制御の中にある。
「……古式魔術、ですか?」
書記官の声に、ギルドの周囲がざわめく。
若い冒険者たちが興味深そうにこちらを見ている。
だがその目には、侮りと好奇が混ざっていた。
「古式なんて、今どき流行らねえって」
「そうそう、魔導符一枚で火球十連発っすよ。詠唱とかダサくね?」
彼らの腰に揺れる魔導符が、まるで玩具のように見えた。
だがそれが時代の象徴なのだろう。
修練も血も要らない。力は商品として売られる。
「アザゼルさん、登録終わりましたよ」
リナが嬉しそうに言った。
手に持つ紙には、私の名前と職業が記されている。
――職業:再定義者
――等級:無級(暫定)
「等級、最低ですけどね。でも、実績積めばすぐ上がりますから!」
「実績、とは?」
「討伐数、納品数、人気、推薦状……あと最近は“評価札”が重要なんです。
依頼人からもらえる札で、数が多いと爵位みたいに扱われて。
ギルドでも“上級チート”の証なんですよ」
「評価札か。なるほど、魂の代わりに紙を積むわけだな」
リナは笑ったが、私の言葉に少しの皮肉を感じ取ったようだった。
そのとき、ギルドの奥から喧騒が起きた。
装飾過多のローブをまとった青年が、部下を従えて入ってくる。
胸には金色の徽章――〈勇者認定章〉。
この時代、王立魔導院が発行する最上位の称号だ。
「おい見ろ、“雷光のシリウス”だ!」
「ランキング三位の勇者じゃねえか!」
勇者シリウスは群衆の視線を当然のものとして受け止め、顎を上げた。
腰の剣には魔導符が十枚以上装着されており、その一振りで百の術が放てるらしい。
彼は受付を素通りし、私の前で立ち止まる。
「珍しい杖だな。
古式魔術使いか? 悪いことは言わない、今のうちに符術に乗り換えた方がいいぞ」
「符術、とは?」
「魔法を道具化した最新の術式さ。詠唱も陣も不要。
俺たち“新世代”は、チートスキルを制御して進化させてる。
古い魔術なんて、使えば魔力効率が千分の一だ」
私は小さく笑う。
「効率か。
だが、火を起こすのに火打ち石すら打てぬ者が“炎を理解した”と言えるのか?」
「……何だと?」
「魔導符は便利だ。だが、力の源を知らぬままでは、いずれ奪われる。
お前たちは、魔法を“使っている”つもりで、“使われている”」
ギルドが静まり返った。
シリウスの顔に怒りが走り、彼は剣を抜いた。
刀身から奔る雷光が、天井の紋章を照らす。
「古臭い口を叩くなよ! 時代は進化してんだ!」
「ならば――試してみるか」
私は杖を地に突いた。
微かな震動。
床の紋が淡く光り、空気が沈む。
炎でも雷でもない。
“重み”――空間そのものが、静かに沈降した。
シリウスの雷撃が放たれる。
だが、光が走るより早く、空気が軋み、雷が折れた。
稲妻は空中で逆流し、天井に吸い込まれて消えた。
「な……!」
「ただの基礎魔術だ。
“圧”の理を知らぬ者が、雷を御せるものか」
私は一歩進み、杖を彼の肩に軽く置いた。
シリウスは歯を食いしばり、汗をにじませながらも立っていた。
彼の瞳には、怒りと――ほんのわずかな敬意が宿っている。
「覚えておけ。
便利さは力ではない。
本当の強さは、“理解”の上にしか築けぬ」
そう言って杖を離すと、場の魔力がふっと緩んだ。
沈黙のあと、ざわめきが戻る。
誰かが小さく「今の……詠唱なしで空間を圧したぞ」と呟いた。
その声が口伝のように広がり、瞬く間にギルド全体を満たしていく。
その日の夕刻。
私のギルド登録紙には、初めての評価札が貼られていた。
“古式魔術師、見事な一撃”“雷光の若造を圧倒”“時代遅れじゃない本物”。
リナがそれを見て、頬を緩めた。
「アザゼルさん、もう話題になってますよ。
“古式の再定義者”、街の広場でも噂に!」
「噂、か。風より早い伝達だな」
「昔は口伝で百年かかった話が、一晩で国じゅうに広まるんです。
この時代の“風”は、あなどれませんよ」
「ならば、その風に乗るとしよう」
私は窓の外を見た。
夕暮れの光が街を包み、人々の影が長く伸びている。
だが、地平線の向こう――黒雲の下に、わずかな歪みが見えた。
封印の地へ続く、かつての亀裂。
再び、何かが目を覚まそうとしている。
――この時代の魔法は、進化ではなく“消費”だった。
その果てにあるものを、確かめねばならない。
(つづく)




