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転生悪魔、現世に降臨する。~ただしチートは時代遅れでした  作者: 妙原奇天


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第二章 第6話 嘘の神と沈む都

 ――それは、「理」が初めて揺らいだ朝だった。


 旅の一行は、湿原地帯を抜けて南西の沿岸都市へと向かっていた。

 “嘘を禁じた国”、セレオス。

 人々は真実しか語らず、虚偽を口にした者は「声の権利」を失うという。


 リナが地図を見ながら言った。

 「“沈む都”って呼ばれてるんですよね、ここ」

 「そうだ。潮が満ちるたびに、街全体が海に沈む。

 それでも人は住み続ける。

 真実を絶やさないためにな」


 到着したセレオスは、まるで鏡の国のようだった。

 建物の壁も床も、磨かれた石が光を反射している。

 人々は無表情のまま言葉を交わし、すべてを正確に、誤差なく話す。

 誰も笑わず、誰も嘘をつかない。

 けれど、奇妙なほど“息苦しい”。


 市場の老商人が、私たちに声をかけた。

 「旅人か。宿は北通りの角、三番目の建物だ」

 「助かる」

 「助けてなどいない。案内しただけだ」


 ナナがこっそり耳打ちした。

 「師匠、なんか……全部“正しすぎる”んですけど」

「そうだ。ここでは“好意”すら嘘とみなされる。

 真実しか語れぬ世界では、優しさも消える」


 王宮へ招かれると、海の光が差し込む広間に“王”がいた。

 深い青の衣、白髪に金の冠。

 その瞳は静かに、すべてを見透かしている。


 「再定義者アザゼル。聞いている。

 恐怖も夢も、嘘から生まれる幻だ。

 だから私は、嘘を排除した」


 「ならば問おう」私は言った。

 「なぜこの都は“沈む”?」


 王はゆっくりと答えた。

 「真実は重い。

 積もれば、海より深く沈む」


 夜、潮が満ちる。

 街の一角が海に沈み、光の粒が波間に揺れる。

 遠くで鐘が鳴り、人々が祈りのように口を閉ざす。

 沈黙こそ、真実の印。

 嘘のない世界は、美しい――はずだった。


 だが私は気づいていた。

 この街の空気には、“音”がない。

 波の音も、風の音も、すべてがわずかに歪んでいる。


 「……聞こえるか?」

 リアナが首を傾げる。

 「何も……」

 「そこだ。何も聞こえない。

 つまり、“嘘”そのものが消された空間だ」


 翌朝。

 王宮の地下に呼び出されると、

 巨大な像が祀られていた。

 六つの目を持ち、口は閉じたまま。

 胸には「真実」という一文字が刻まれている。


 王が言う。

 「これは“真理の神”アル=オル。

 この神は嘘を嫌う。嘘を語る者は、その声を奪われる」


 ナナが身をすくめた。

 「声を……奪う?」

 「そうだ。昨日、広場で笑った子どもがいた。

 『楽しい』と嘘をついた。

 その子は今、声を失っている」


 リナが息を呑む。

 「そんなの……ただの呪いです」

 「違う。これは“理”だ」王の声が低く響いた。

 「真実を守るために、犠牲は必要なのだ」


 そのとき、像の目が動いた。

 六つの瞳が開き、空間が震える。

 《――虚を、見た。》

 石像が語った。声は冷たく、金属の響きのようだった。


 《――虚は罪。嘘は腐敗。真実のみが世界を保つ。》

 「……“嘘の神”か」

 私は呟いた。

 「いや、“真理の皮を被った嘘”そのものだな」


 神が笑った。

 《再定義者。お前も嘘を語る者だ。

 “恐怖を受け入れろ”と。

 だが、恐怖を制御した時点で、それはもう嘘だ。》


 「嘘とは、恐怖を覆うための言葉だ。

 だがそれは罪ではない。人が生きるための防壁だ」

 《虚言を肯定するか。ならば――沈め。》


 床が裂け、水が吹き上がる。

 海そのものが神殿に侵入し、私たちを飲み込もうとした。


 リュカが叫ぶ。

 「師匠! 街が沈んでいく!」

 「理が崩壊している。

 真実の重さに、都が耐えられんのだ」


 私は杖を突き立て、魔法陣を描く。

 「――再定義、“嘘は罪に非ず”。」


 光が海中に広がり、水の流れが一瞬止まった。

 だが神の声が響く。

 《ならば問う。

 お前の弟子たちを本当に信じているのか?

 彼らの忠誠に、一片の疑いもないのか?》


 空気が張り詰めた。

 弟子たちが私を見る。

 その目の奥に、恐れが揺れている。


 私は静かに答えた。

 「信じてはいない。だが、託している」


 神の瞳が一瞬揺れた。

 《……託すとは、嘘だ》

 「違う。嘘は、真実の形を“未来”に変える道具だ」


 光が走り、神の身体に亀裂が入る。

 《――人は嘘で理を守る……》


 「そうだ。

 真実は過去を支え、嘘は未来を創る。

 その両方を抱くのが――生きるということだ!」


 轟音が響き、像が崩れた。

 海が退き、都が再び浮かび上がる。

 王が膝をつき、震える声で言った。

 「……我らは、嘘を……恐れていたのか……」

 「嘘を恐れるのは、人を信じている証だ。

 恐怖と同じ。否定するのではなく、抱きしめろ」


 翌朝、セレオスの街には笑い声が戻った。

 子どもたちが冗談を言い、大人たちが“皮肉”で笑い合う。

 王は人々の前に立ち、言葉を放った。


 「真実は礎。

 だが、嘘は人の“優しさ”でもある。

 我らは今日より、真実と嘘を等しく抱く」


 潮風が吹き、沈んでいた街が再び光を浴びた。

 まるで海が、ようやく息をしたようだった。


 夜。

 焚き火の前でナナが笑う。

 「師匠、私、嘘ついちゃいました」

 「ほう。どんな嘘だ?」

 「“怖くない”って言いました。……ほんとは、怖かったです」


 私は笑った。

 「なら、それは良い嘘だ」

 「え?」

 「誰かを守るための嘘は、真実より強い」


 炎が揺れ、波音が遠くで囁く。

 嘘も真実も、同じ海に還っていくように。


(つづく)

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