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アイ・オブ・ザ・”サバイバー” 1

 ……寒い。なんだか妙に寒い。

 寒くて寝ていられないのでゆっくりと目を開けると、その視線の先には薄暗い、トワイライトの空が広がっていた。


「…………あぁ」


 そうだった、と、俺は寝起き一発目にげんなりしてしまった。

 目を擦り、起きる。

 もぞもぞと掛け布団代わりにしていたパーカーを着て、まだ眠気の取れない目でアオイ先輩の方を向いた。

 アオイ先輩はまだ眠っている。女の人の寝ている姿をまじまじと見るのは失礼な気がしたのですぐに目を逸らし、顔でも洗うかと立ち上がり、川の方へと向かう。


「冷た……けど気持ちいいな……」


 気候は温暖な方だと思っていたが、流石に早朝だと冷え込むようだ。顔をバシャバシャと洗い、そして新鮮極まりない冷たい水を両手で掬ってずずずと飲む。やっぱり美味い。こういうシチュエーションだからこそなのか、それともこういう人の手が全く入ってない水は本当に美味いものなのか。

 そんな感想を抱きつつ意識の覚醒を済ませた俺は、アオイ先輩が起きるまで特にやることも無いので、彼女の姿が見える範囲でうろついてみることにした。……ついでに、用も足すつもりだ。ワイルド過ぎて泣きそう。


 特に目立ったものは無い。川付近は砂利道になっており、そうなっている間は移動がしやすそうだ。

 川に魚が沢山生息しているのが見えたので、どうにかして捕まえて焼いて食べたいなと思ったりもしたが、ライターなども無くそもそも焚き火を起こすための知識も無い状態でそれは不可能だとうなだれる。


 水はいくらでもある。が、喫緊の問題は食料についてだろう。

 ブルーベリーはある。森に入れば恐らくどこででも採取はできるだろうが、当然それだけでは栄養が足りないし、腹も満たされない。キノコだとか野草だとか、食べられるものかどうかを見分けられないので、最悪食材ガチャをしなければならない場面が出てくる可能性がある……どころかこのままでは確定路線だ。


 ……結構やばいな、これ。


 分かっていたことだが、改めて考えてもピンチっぷりが凄まじい。

 アオイ先輩がサバイバル知識を持っているとありがたいのだが。後で起きたら確認してみるとして、とりあえず自分の脳みそから何かこの状況で役立つ知識を絞り出さなくては。

 ……うん、無いな。

 悲しいほどに何も出てこないんだぜ。俺、インドア派だし。キャンプすらしたこと無いし。

 いやあ、やっぱり昨日は調子乗ってましたね。この無能さでどうしてアオイ先輩を助けるだなんて大言壮語を吐けたのか理解に苦しみます。

 

「……戻ろう」


 できることが何一つ無い。こうしてまた一つ悲しみを背負ってしまった俺は、とぼとぼと自分の葉っぱベッドに戻り、残っていたブルーベリーを食べ(当然アオイ先輩の分は残したが)、何か使えるものはないかと自分のショルダーバッグを漁り、その後は入っていた読みかけの小説を読んで時間を潰した。こんなことしている場合ではないのにと妙な罪悪感に駆られながら読み進め、案の定中身が入ってくることは無かった。


◇◇◇


 日が昇って暫くすると、例の星も太陽に追従するように昇ってきた。川の向こうからどでかい星がぬーんと顔を出してくる光景になかなか衝撃を受けたが、もうなんかどうでもいいやと感情を無理やり麻痺させた。スケールがでかすぎる。特に身体に異常が発生しているわけでもなし、気にしても仕方がない。

 

 そろそろ起きる頃かな、とアオイ先輩を見る。

 なんだか幸せそうな寝顔だ。口をもぐもぐさせていてかわいい。

 さっきまで女の人の寝ている姿を見るのは云々とか思っていたが、その様子をバッチリ目にしてしまったせいでいつの間にかそのスマートな自分ルールは雲散霧消していた。俺の中の紳士は死んだ。

 うん、かわいいっすね、マジで。起きている時はそこまで思わないが、寝ている姿はまるで中学生ぐらいにしか見えない。あれ? 俺ってまさか、あれ?

 緩いアーチ眉。まつげが長い。泣きぼくろ。鼻は小さく、しゅっとしている。唇は薄いが、触ったらぷるっぷるな気がする。いや触らないけど。化粧をしている感じは無く、透明感が半端ない肌に、それら顔のパーツがバランスよく配置されている。ついでに体格にも言及すると、140cm後半ぐらいの小柄な身体だが、出るところは出ている。極めて丁度いいぐらい出ている。なんなんだこの完成された美少女は最高かよ。

 そういう俺のあくまでもただの観察的な目線を察したのか、ようやくアオイ先輩は目をゆっくりと開けた。


「んぅ…………あー、レンくん、おはよー」


 目を擦り、とろんとした笑みを浮かべるアオイ先輩から放たれる超絶かわいいがこの俺の心の臓を穿ちかけるがすんでのところで回避し、無表情で普通に起こそうとしてましたよ風を装って普通に声を掛けた。


「おおおおはようございますアオイ先輩」

「……えっへへ、レンくんだぁ」

「ゴッホ」


 どうやら二段構えの超絶かわいいだったようで、不意を突かれた俺は死んだ。死因は尊死で、最期の言葉は有名なあの人の名前である。YOU DIED。


 ローディング時間3秒程度で復活した俺は、自分の知識が足りなくて非常にマズイ状態であることを話した。


「私もあんまり詳しくないなぁ……あっでも、サバイバル系の動画をちょっとだけ観たことあった。Fire、Water、Shelter、Food、この四要素を確保するのが大原則だって言っていたはず」

「なるほど」


 火、水、基地、食料。似たようなことは考えていたが、整理するのは重要だ。確かに、これらが無いと生きていける気がしない。


「……水はあるけど、火は起こせない。基地は葉っぱを使えばどうにかできるとして、食べ物は……」

「火と、食べ物の確保が課題だね。火起こしの仕方はうろ覚えだけど、移動の合間に挑戦してみようか」

「え、知ってるんですか?」

「ほんと、うろ覚えだよ。枝を板にくるくる擦りつけて、摩擦熱で火種を作って、燃えやすいものに火種を入れて、息で酸素を供給する、って感じだったはず」

「おお……」

「どうせ失敗しまくりになると思うから、気長にやってこう。後は、食べ物の確保だね」

「火が使えない限り、生で食べられそうなものを探すしかなさそうなんですが、いかんせん知識が……」

「それは私もだなぁ……うーん」


 ここで沈黙が挟まる。俺もアオイ先輩もしばらくの間考え込み、いややっぱり分からない、お手上げだと結論づけた。アオイ先輩も「とりあえず、移動しながら考えるしかないね」と片目をつむって両手を上げた。


「後は、お互いが持ってる物の確認をしよう……てかレンくんのは、それで全部?」

「申し訳ない……役立ちそうな物は、あんまり」


 ショルダーバッグの中身は、アオイ先輩が寝ている間に全て地面に広げていた。

 モバイルバッテリー、ポケットティッシュ、タオル。使えそうなものといえばこのくらいで、後は財布、定期、ピックケースなどの明らかにこの場にふさわしくないアイテム類だ。


「気にしない気にしない。私も似たようなものだし」


 使えそうなものだけピックアップすると、俺のジャケット、モバイルバッテリー、箱ティッシュ、虫除けスプレー、ウェットティッシュ、タオル、マスク、空のペットボトル、ヘアゴム、折りたたみ傘、ビニール袋、ポーチ、そしてドラムスティック。


「……なぜにスティック?」

「……さあ……?」


 さあ、って……。別にいいけど。


「……ちなみにそのポーチの中身は?」

「まあ、女子の必需品ってやつだよ」

「おっ、おう……」


 すいませんでした。なんとなく。


 持ち物の確認を済ませた後、色々と準備をし、出発した。

 関係は無いが、髪の毛の一部をヘアゴムで留めたスタイルになったアオイ先輩は超絶かわいかった。俺の内臓がときめくのを感じた。


◇◇◇


 俺たちは、定期的に休憩を挟みつつも、ひたすら歩いた。

 基本的に川沿いに、時折食べ物を探すために森の中を、ただただ歩き続けた。

 小さな滝のようになっている場所。支流っぽく、流れが分かれている場所。向こう岸に鹿っぽい動物が居るのを発見し、二人で鹿だ鹿だとはしゃぎ。森の中で、またもやブルーベリーの群生地を発見したので、食べれるだけ食べ、集めるだけ集め。

 様々なイベントをこなし、夕方に差し掛かる時間帯。そこでアオイ先輩は、奇妙なことを言い出した。


「……やっぱり、試してみよう。キラキラしてるやつ」

「え?」


 キラキラしてるやつ? どういうことだろうか。全く意味が分からない。


「……んー、レンくん。私、ちょっと冒険するね」

「どういうことですか?」

「あのキノコ、食べてみる」


 アオイ先輩がそう言って指さしたのは、森の中の開けた場所。短い雑草に紛れた地面にいくつか生えている真っ白なキノコだ。

 俺とアオイ先輩は、例のベッド用葉っぱを集めるため森の中に入っていた。これから葉っぱを折り取りまくるぞー、と俺が袖をまくって気合を入れていた時の発言である。


「いや、毒見なら流石に俺がやった方が……」

「ううん、毒見じゃない。これ、食べられる気がするんだよね。キラキラしてるやつは、食べられる。うん、間違いない」


 要領を得ないアオイ先輩の言葉。だが、どこかで見たような気がする、確信めいた表情をして言った。


「……それなら、一緒に食べませんか?」

「え? 駄目だよ、万が一のことがあったら……」

「どうせその万が一があったら俺も後々野垂れ死ぬだけです。それに、自信があるんですよね? 一蓮托生でいきましょう」

「うーん……うん、分かった、一緒に食べよう」


 俺とアオイ先輩は、キノコを一本ずつむしり取った。

 威勢の良いことを言ったが、実際に目の前にすると勇気がいるものだ。

 毒っぽさは、全く感じられない。至って普通――普通の定義が不明だが――の、カサが丸っぽいキノコである。なんとなく、マッシュルームに似ているかもしれない。

 匂いは……なんともいえない。キノコ? らしい匂いだ。

 とにかく、有言実行だ。アオイ先輩が食べるのなら、俺も食べる。万が一毒だったとしても、それは運が無かったと諦める。


「じゃあ、食べましょうか」


 土は根元にしか付いていないが一応払い、くるくる回しつつ心の中で覚悟を構築していく。


「うん。せーので食べようか。……せー、の!」


 勢いとは裏腹に、一口ちょっとだけかじった。アオイ先輩は一気にいっていた。威勢のいいこと言ってすいませんでした。


「お……? 結構、イケる」


 クセの無い薄味で、弾力があって噛み心地が良い。噛めば噛むほど味が出て美味い。マッシュルームのような味だ。……マッシュルームの形をして、マッシュルームの味がするって、それってつまりマッシュルームでは?


「……やっぱり、そうだ」


 アオイ先輩はアオイ先輩で、何か納得したかのようにうんうんと頷きながらキノコを食べている。


「……ふぅ。アオイ先輩、何か分かったんですか?」


 様子が気になり、口の中を空っぽにして話し掛ける。アオイ先輩もすぐに食べ終わり、こちらに目を向けて重々しく口を開いた。


「……レンくん。ちょっと、今から面白いこと言うね」

「え?」

「私、超能力に目覚めたかもしれない」

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