四季 青:People = Shit
嘘を吐いた。
私は、彼のようになりたいわけじゃない。
何もかもがどうでもいい。私は世界に、価値を感じていない。
だとしても、全てを受け入れる。全てをさらけ出す。
灰色の思い出をひたすら取り込み、虚飾にまみれた好意を振り撒き。
そうやって、自分を罰し続けていこうと子供ながらに決めていた。
私はきっと、狂っている。
なんのことは無い。虐待。いじめ。その他諸々。
そういった、どこにでも転がっているような不幸な出来事が積み重なった結果、私のどうしようもなくマゾヒスティックな人生観が構築されていった、という話だ。
私がギターを手に取った理由なんて、ただの気まぐれでしかない。気まぐれに、自分という人間を音楽で表現するとどうなるのかを知りたかっただけだ。
全ての想いを受け入れるためにステージに立ち。
全ての想いをさらけ出すためにギターを弾き、歌い。
そんなモノどうでもいいと切り捨てるために、笑う。
続けていく内に表現は最適化された。ファンも獲得し、インディーズデビューの打診が来るまでになった。
何もかもがどうでもいいはずなのに、いつの間にか私は音楽を楽しんでいた。これは、私の矛盾の始まりだ。
私は苦しみ続けなければいけない。嘘を吐き続けなければならない。救われようとしてはいけない。自傷行為は、私が私を保つための手段だったはずなのに。
それなのに私は、音楽の中でだけは純粋でいられた。普通でいられた。幸せを感じてしまっていた。
もっと狂いたいのに、もう狂いたくない。そんな二律背反。音楽は、私にとっての逃避行動へと変貌していた。
◇◇◇
私が彼と初めて出会ったのは、部活の歓迎会の時だった。
彼が軽音楽部に入部してからずっと、私は彼のことが気になっていた。
部室前の広場で見かけるたびに、ミニアンプにヘッドホンを挿してギターを練習していた。ずっと、一人の世界にこもり続けていた。
いつかのライブで、同級生バンドのヘルプで出演していた時に観た彼も、やっぱり一人の世界にこもり続けていた。
あまりにも淡々としていた。周りのメンバーの奏でる音に合わせるだけの、ロボットのような演奏。ライブなのに、ただただ自分のための練習をしているだけであるかのように見えた。
自己中心的。だがその技術は、他の部員と比べて圧倒的に隔絶していた。
私にはそれが、周りの目など気にすることなく、ただひたむきに楽器とだけ向き合い、その先にある自分の目標に向かって、迷うこと無く突き進んでいるかのように見えた。
私は、そんな彼の様子を見続けて、羨ましいな、と、いつからか思うようになった。
私のもう一つの二律背反が始まったのは、そこからだった。
気になるけど、どうでもいい。
羨ましいけど、どうでもいい。
真似したいけど、どうでもいい。
憧れているけど、どうでもいい。
話し掛けたいけど、どうでもいい。
どうしていつも一人でいるのか、どうしてそんなに上手いのか、どうしてこの軽音楽部に入部したのか、どうして固定バンドを組まないのか、どうしてそんなに練習を頑張っているのか、どうして、どうして、どうして、どうして、どうでもいい、どうでもいい、どうでもいい、どうでもいい。
そんな風に日々を繰り返し、その果てに異世界へと流れ着いた。
わけが分からない。あの真っ暗闇な洞窟で、私はひたすら怯えていた。
何も見えないのにただ水の滴る音だけが聞こえた。まるで拷問のような時間。そして足音がして、振り向くと光が現れていて。彼の顔を見た瞬間、私の心は異様なほど高鳴った。
きっと、あの時からだ。心の底から湧き出てくる欲求に逆らえなくなったのは。
吊り橋効果だのなんだの、そんなのどうでもいい。異世界だろうとなんだろうと、そんなのどうでもいい。
彼のことが知りたい。知りたくてたまらない。彼の何もかもを、狂おしいほど知りたくなった。
私はこの28日で、タガが外れてしまった。
気になっていた彼と、どうでもいい彼と、二人っきりの世界で過酷な日々を過ごす内に、私の心がだんだんと暴走していくのを自覚していた。
私は彼が大好きになってしまった。誰よりも何よりも大好きになってしまった。何もかもどうでもいいと思っていたのに、大好きになってしまった。
キリッとしていて、でもどこか気だるげな顔が好きだ。普段は無表情だけど、たまに見せる笑顔が好きだ。はっちゃける時の顔が好きだ。いざという時に見せる男らしい顔が好きだ。無精ひげが生えてきて、ワイルドになった顔が好きだ。でもやっぱり無表情な時の顔も好きだ。
少し筋肉質な身体が好きだ。汗をかいて艶めく肌が好きだ。日焼け跡が好きだ。首元のほくろが好きだ。浮き出た鎖骨が好きだ。努力の痕が見える手が好きだ。触れた時の、絡めた時の、抱きついた時の温かさが好きだ。
心意気が好きだ。優しさが好きだ。ちょっと過剰だけど、気遣ってくれる所が好きだ。頑張っている所が好きだ。ネガティブな所が好きだ。慎重な所が好きだ。たまに笑わせようとしてくれる所が好きだ。
大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してると何度言っても何を言っても足りないぐらい、私は彼に心酔してしまっていた。
彼が望むのであれば、私はなんでも受け入れるし、なんでもする。私は彼になら◯されてもいい。ゴミクズのように扱ってくれてもいい。○されてもいい。○された後に○されてもいい。その後○○○○に○○○まれ、○○かどこかに○されてしまったって、別に構わない。◯し、◯され、◯し、〇〇され、〇〇◯れ、〇〇◯◯〇〇、〇〇◯◯〇〇〇〇◯◯〇〇〇〇◯◯〇〇、〇〇◯◯〇〇〇〇◯◯〇〇〇〇◯◯〇〇〇〇◯◯〇〇〇〇◯◯〇〇〇〇◯◯〇〇〇〇◯◯〇〇。
だが、彼はそんなことを望まない。望むはずがない。
彼は考えすぎる。優しすぎる。善い人すぎる。そして、私のことを想いすぎる。
私には伝わっている。彼の想いが、十分すぎるほどに。
だけど私は、受け入れられない。受け入れてはいけない。私がそれを受け入れてしまえば、彼も私と同じように、狂ってしまうから。
彼には普通でいて欲しい。普通の幸せを享受して欲しい。生を謳歌し、死を悼み、夢に向かって邁進し、私以外の愛する人と幸福を分かち合い、子を成し、老衰し、家族や友人に囲まれて、最期まで幸せなまま、穏やかにその生を終えて欲しい。ここが異世界であったとしても、もしも地球に二度と帰れないとしても、そんな普通の人生を過ごすことはできるはずだ。
私はそのために生きて、彼を助ける。彼が『普通』でいるために、私の全てをかけて彼の役に立ってみせる。
やっぱり私は矛盾する。
いつかどこかで、別れの日が訪れる。彼の普通の人生に、狂った私の存在など必要ない。
だけど、私の元から離れるのだけは許さない。
そんなことを思ってしまう自分が許せない。
私は彼のことが大好きだ。でも、彼の恋慕は受け入れたくない。私は彼と一緒にいたい。でも、私は彼と一緒にいたくない。
何度も何度も何度も何度も矛盾を繰り返す。整合性が取れていない。道理が通っていない。そのたびに私は狂っていく。そのたびに何か、仄暗い快楽のようなモノを感じてしまう。
私は"矛盾性愛者"になっていた。
どうすれば良い? 彼の普通のために、私のクソみたいな性的嗜好のために、私たちはどうなれば両立するのか?
私は考え、そして折衷案を思いついた。
彼の『道具』になればいい。彼の悩みを解決するための、彼の欲望を満たすための、彼の役に立つための、『生きた道具』になればいい。
四季青は、名護蓮の『奴隷』になればいい。
これが、狂ってしまった私の下した決断だった。
◇◇◇
私は、思ってしまった。
レンくんが少しだけ壊れてくれれば、私を『奴隷』にしてくれるかもしれない。
だから私は、この異世界で最初に出会った二人の人間を利用することにした。
私は"サバイバー"というギフトを持っている。だから、二人が悪意を持つ人物であることは分かっていた。
本来なら、もう少しで村があるという情報を得た時点ですぐに逃げるべきだった。あの、かすかに黒いモヤが掛かった飲み物を提供される前に離れれば、こんな事態になることを防げた可能性は高かったはずだ。
だが、しなかった。それは私が、こうなることを狙っていたからだ。
レンくんは"ハンター"というギフトを持っている。だから、二人を殺せることは分かっていたし、いざという時にはそうすると彼は覚悟を決めていた。
私のために、人を殺す。そうなれば、もしかしたら。
壊れてくれるんじゃないか。
そんな、私の悪意で。
足元に転がっている死体。少し遠くに転がっている死体。そんな物どうでもいい。何もかもどうでもいい。
私はレンくんを優しく抱きしめた。死体の横に立つ、今にもバラバラに壊れてしまいそうな、そんな表情をしていたレンくんを、これ以上は壊れてしまわないように、優しく、優しく。
レンくんを助けたい。レンくんを守りたい。レンくんの『奴隷』になりたい。
ああ、レンくん。
レンくん。
レンくん。
レンくん。
大好き。
大好き。
大好き。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
レンくんレンくんレンくんレンくんレンくんレンくんレンくんレンくんレンくんレンくんレンくんレンくんレンくんレンくんレンくん大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる――――。
◆◆◆
ワタシは、笑みを浮かべた。




