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end phase 1

 サバイバル生活が始まってから、2()8()()()()()()()


 俺は頑張った。本気で頑張った。俺はアオイ先輩を助け、アオイ先輩は俺を助けてくれた。


 "七色の森"を抜けた後も、色々あった。

 ある日、アオイ先輩が生理になった。

 ある日、歯ブラシを作れないか試行錯誤した。

 ある日、初めて獣を狩った。

 ある日、アオイ先輩を怒らせてしまった。

 ある日、何故かドラムをアオイ先輩に教えることになった。

 ある日、大雨が降りテントで一日中過ごす羽目になった。

 極限状態という土台の上で過ごす日常。一人では作り出せない思い出の欠片。全ての出来事は、俺がここまで来るために絶対に必要なものだったと断言できる。

 

 本来であれば、一ヶ月近くもこのような大自然の中で過ごすなど、現代人である俺たちにはまず不可能だったはずだ。

 なのに、あまりに都合の良い展開が多く、俺は何度も、俺たちをこの世界に放り込んだ何者かの思惑を考えた。

 ただ、その度に、そんなことはどうでも良いだろと切り捨てた。

 最も重要なのは、アオイ先輩のことだ。

 アオイ先輩が生きている限り、俺も生きる。アオイ先輩が死ぬ時は、俺も死ぬ。

 アオイ先輩を助けるために、俺は生き続けなければならない。だから俺は、アオイ先輩に助けてもらうことも厭わない。

 少し異常な精神状態だったことは自覚していた。だが、それぐらい研ぎ澄まさないと、この異世界で生き抜くことは不可能だと、あの時ゴブリンに襲われた時から妄信するようになった。


 あれ以来、モンスターとは遭遇していない。"七色の森"のような幻想領域も現れていない。

 それでも俺はサバイバルナイフを常に握り、アオイ先輩には折れた剣を持たせ続けた。途中から自然と寝ずの番はしなくなったが、俺は眠りが浅くなり、ちょっとした物音でもすぐに意識が覚醒するようになっていた。


 道具もあるし、"スキル"もある。ただ生きるだけなら何も不都合は無くなっている。

 だが、それはただのスタートラインでしかない。

 ここが異世界であると、自覚を持たなければならない。元の世界に帰れない可能性が非常に高いと、覚悟しなければならない。


 この世界に、()()する必要がある。


 未だたった一人の人間にすら出会えていない。仮に出会えたとしても、言葉が通じるか分からない。友好的であるかどうかも分からない。

 もしも、出会った相手に襲われたとしたら。逃げることができない状況に追い込まれたとしたら。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ここ数日の俺は、そんなことばかり考えていた。

 例えば、異世界転生モノの作品には"盗賊"と呼ばれる犯罪者がいる。

 こいつらは大抵、倫理観などという高尚なモノを持ち合わせておらず、欲望のままに他者を襲い、奪い、犯し、殺す。

 現代社会においてはほぼいないし、いたとしてもすぐに刑務所行きになるであろうクソ下衆共が、この世界には存在しないと断言できるはずもない。


 これはメタ的な発想で、実際はどうなのかなんて分からない。それでも、ありとあらゆる想定はしておくべきだ。

 そう考え、俺はアオイ先輩と話をした。

 もしこの場所で人と出会ったら、警戒すべきだ、と。万が一の時のために、準備を整えておくべきだ、と、俺は真剣に提案した。

 アオイ先輩は、俺の気持ちに呼応するように、力強く、頷いてくれた。


 これが、このサバイバル生活における最後の、そして最悪の事件を乗り切るための布石となった。


 しかし――。


◇◇◇


 それは、夕方のことだった。


 俺たちはいつものように、キャンプの準備をしていた。テントを立て、焚き火用の木を集め、魚を獲ろうと川のほとりに向かうと、「おぉーい!」と、明らかに俺たちを呼ぶ男性の声が聞こえた。


「!?」


 唐突すぎて、内臓が跳ねたかのようにびくりとしてしまった。一度息を吐き、吸い、声のした方向に身体を向ける。

 長い、ほぼまっすぐの砂利道の向こうに、二人の人影が見えた。こちらに近づいてくる。

 二人の顔が視認できる距離にまでになった時、俺は不覚にも涙が出そうになった。


 ああ、ついに。ついに、人と出会えた。


 事前にあれだけ警戒しろとアオイ先輩に伝えていたはずなのに、当の本人はこの体たらくだ。本当に度し難い意志薄弱さである。

 ただ、目の前の二人はどう見ても俺たちを害するような人間だとは思えなかった。

 どちらも人の良さそうな顔立ちでこちらに微笑みかけている。一人は壮年の男性、もう一人は青年だ。

 やはりと言うべきか、どう見ても日本人ではない、西洋的な彫りの深さ。着ている衣服は特徴が見出せないほど地味だが、上にいわゆるレザーアーマー、と呼べそうな防具を装備している。また靴はロングブーツで、腰のベルトに剣を差している。

 両者とも、異世界転生モノの作品でよく見かける一般的な"冒険者"の装いである。


「こんばんは、お二方」


 壮年の男性が紳士的な口調で挨拶してきた。


「あ……こ、こんばんは」


 詰まりながらも、どうにか挨拶を返す。まだ頭が混乱しており、元々人とあまり関わろうとしないタイプなので、何を話せば良いのか上手く定まってくれない。

 予想はしていたが、言葉が通じる。ただ、その点について考える余裕は無かった。

 俺がわたわたしていると、それを見かねたのかアオイ先輩は俺の斜め前に立って言葉を発した。


「こんばんは。突然すみません、この近くに村や町はありませんか? 私たち、その、なんというか……」


 相手から俺たちはどう見えているのか。少なくとも無害だと判断していることはほぼ間違いないが、それ以上のことは分からない。

 情報が足りなさすぎるのでぼかすしかない。恐らくあえてこういう訊き方をして先に相手の反応をうかがうつもりなのだろう。アオイ先輩のその判断は適切だと感じた。

 

 だが、その直後。

 彼女が背中に回した左手の形を見て、俺はぞっとした。


 危険度小。


 事前に示し合わせておいた、ハンドサイン。

 指の本数で示す、人と邂逅した場合に取る四段階の行動指針だ。


 黒いモヤには、濃淡がある。

 これまでの経験でアオイ先輩が自覚した、"サバイバー"の更なる詳細だ。

 食べられない食料。"ダンジョン"だと思われる領域。俺に突撃してきた獣。ゴブリン。その他、危険なもの全て。

 これらには全て黒いモヤが掛かっていたが、その濃度に違いがあった。

 濃ければ濃いほど、危険性が高い。つまり、黒いモヤとは、要注意から絶死まで、グラデーションのように視覚化される死の気配であるとアオイ先輩は結論付けた。


 アオイ先輩は、指を一本立てていた。

 これは、要注意。

 普通に会話をして情報を集めるが、隙を見て逃げる。

 俺たちにはこの世界の情報が足りない。当てもない。だから、軽いリスクならそれを取ってでもリターンを得よう、という方針だ。

 もちろん、どのような危険があるかは分からない。常に注意を払い、キリの良いところで切り上げるつもりだ。


「あぁ、あぁ、それなら村が一つありますよ。ここからだと一日ほど掛かりますが」

「ほ、本当ですか!」

「はい――ですが君たち、もしかして、"ドリフター"、ではないですか?」


 壮年の男性は、俺たちの全身を一瞥し、

 固有名詞と思しき単語を含ませて質問してきた。


「"ドリフター"……って、なんでしょうか?」


 アオイ先輩が、問い返す。


「本当に"ドリフター"なら言われても分からないんじゃないか、マルク」


 ここで青年が、壮年の男性――マルクに指摘する。

 ドリフター。なんとなくは意味を想像できるが、訊ける相手がいるのだから考察は無意味だ。

 ただ、俺の予想が正しければ――。


「あぁ、あぁ、これは失礼。……そうですね。君たちは、地球から、この地に流されてきたのではないですか?」

「!」


 予想通りではあった。だが、それでも俺は驚愕した。

 地球。俺たちが生きてきた、惑星の名称。

 ここまで具体的に俺たちの正体を言い当てたということは、他にも俺たちと同じ境遇に放り込まれた人間が存在する、ということになる。それどころか、結構な割合で、いる。マルクの口ぶりから、俺はそう感じ取った。


「……どういうこと、ですか? 地球から? ここは、地球ではない、ということですか?」


 アオイ先輩は、知らなかった風を装って質問を返す。ただ、本当の意味でここが異世界だと確定したのはマルクと話してからなので、この反応はある意味本物だとも言える。


「えぇ、えぇ、信じられないのも無理はありません。流れてきたばかりの"漂流者(ドリフター)"は皆、君のように戸惑います。ですがこの地、"アーエール"を知るにつれて、ここが地球ではない、別の世界だと納得してくれます」

「"アーエール"……」

「はい。ちなみに"アーエール"という名称は、過去にいたドリフターが名付けたものです。歴史的に我々アーエールの人類とドリフターたちには深い関係があるのですよ」


 ここは"アーエール"と呼ばれる世界。そして、"ドリフター"はこの世界に昔から存在していた。

 少し、この世界について紐解かれる。が、今はそのような情報よりも。


「まぁ、まぁ、こういった話は置いておきましょう。それよりも君たちの今後について、です。君たちは今、行く当てがないと思います」

「そうです、ね。その通りです」

「安心してください。実は私たちは、君たちのように『アーエールに流れ着いたばかりのドリフターを保護する』という仕事を国から仰せつかっています。ですので、私たちと同道していただければ、身柄の安全を保証できます。また、王都まで行けば、衣食住についても保証されます。どうでしょう、まずは村へ、その後王都まで案内しますので、それまで私たちと行動を共にするというのは?」


 そういう『設定』だと、俺たちには分かる。

 何かを企んでいる。俺たちに害をなす、何かを。アオイ先輩が俺に知らせてくれたのだから、間違いない。

 断るべきか、否か。

 この辺りの判断は、アオイ先輩に任せている。黒いモヤが見えるのは彼女だけで、コミュニケーション能力が高いのも彼女だ。

 事前に俺たちは、役割分担をしようと決めていた。ここは、アオイ先輩の出番である。


「なるほど、そうだったんですね……! そんなのもちろん、こちらからお願いしたいぐらいです! よろしくお願いします!」

「よ、よろしくお願いします」


 アオイ先輩は、情報収集を続行することを選んだ。

 彼女ははきはきと、俺はおどおどと。

 二種類の無知で無警戒な人間を演じ、相手を可能な限り油断させるつもりで。

 こんな、生死に関わるかもしれない駆け引きなんて、やったことが無い。あるはずがない。

 だが、ここは異世界だ。きっとこの先も、命に関わるような出来事はいくらでも降りかかってくるはず。

 だから、これは練習。あくまでも危険度小、要注意人物の企みから上手く逃れるという、大したことのない試練でしかない。

 全てはアオイ先輩のために。

 俺はこの試練を乗り越え、強くなってみせる。


「あぁ、あぁ、ありがとうございます。ですが、今日はもう日が暮れます。私たちの野営地に向かいましょう。ご案内いたしますので、荷物をまとめていただければと」

「承知しました! ……レンくん」

「はい」


◇◇◇


 俺たちは移動し、テントなど諸々を片付ける。その途中、念のためアオイ先輩に耳打ちしておく。


「気をつけて下さい。危ないと思ったら、すぐに合図を」

「うん、ありがとう。……レンくん」

「ん?」


 頬に、柔らかい感触。


「大好きだよ」


 儚く、美しい微笑を浮かべながらそう言って、片付けに戻った。


 …………マジっすか。


 一瞬の出来事だったが、嬉しすぎる言葉とともにSeppunされてしまった。え、マジで、なんでこのタイミング?

 どうも"七色の森"以降、アオイ先輩はスキンシップ過多だ。

 流石に今のレベルの行為は無いが、手を繋いできたり、腕を絡めてきたり、いきなり抱きついてきたり、果ては寝る時俺の身体にひっつきながらあちこちをもぐもぐしてきたりと、割と本気で困っていたりする。メーターが振り切れるたびに、良きタイミングでかくかくしかじかでなんとかしているが。

 こんだけアピールされてるんだからやっちまえよ、あるいは一思いにやってくれよ、という話なのだが、正式に付き合っているわけでも無いのでそれはまずい。だから俺は、何度もあの時の返事をしようと試みている。

 しかし、その度にはぐらかされる。


 本当に、何故? といった悶々とした気持ちを抱えたまま、ここまで来た。そして今回のこれだ。

 うがーーー! と叫びたくなるが、今はそのタイミングではない。

 顔を逸らし、よく見ると頬を染めているアオイ先輩が狂おしいほどかわいすぎて抱きしめたくなるが、今はそのタイミングではないのだ。

 あの二人から、情報を入手する。そして、アオイ先輩と共に逃げる。

 この件については後回しだ。とにかくアオイ先輩は絶対に守ると気合いを入れ、整理の終わった革袋とショルダーバッグを背負い、リュックを背負ったアオイ先輩と共に、待っている二人の元へと歩いていった。

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