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"ハンター"・オブ・ザ・デッド 2

「それ、"スキル"かも!」


 俺の中で生じた不可思議な感覚。その正体についてアオイ先輩に指摘された俺は、再度川の中に立って獲物となる魚を見定めていた。

 よく分からない、という実感の無さと、ついに俺にも"スキル"が、という喜びが混在した奇妙な感情が俺の心を満たしている。

 十中八九、アオイ先輩の言う通りだろう。あんな感覚は生まれてから今まで一度も感じたことがない。

 いわゆる"ゾーン"、と呼ばれる現象だろうか。

 アスリートなどが極限まで集中した時に突入する、覚醒状態。

 あの時俺は、集中していた。そして、いざ撃とうとした瞬間に"ゾーン"に突入し、魚を仕留めるための最適な行動を実行し、そして成功させた。

 とすると、俺のスキルは"容易にゾーンに入れる"能力、だろうか。

 ……いや、何か違う気がする。


 これ以上の考察を行う前に、検証だ。

 先ほどのシチュエーションに、再現性があるかどうかを確認する。

 即ち、魚をもう一度仕留められるかどうか、だ。

 俺は、アオイ先輩が発見したキラキラ魚影に向かって、ボウガンを構えた。


 結果、百発百中だった。


「俺、すげえ……」

「さっすがレンくん」


 アオイ先輩は嬉しそうにうんうん頷いている。俺も超嬉しいです。

 俺たちの足元には、魚が6匹転がっている。

 全て、俺が仕留めた。

 この時気づいたが、魚をこうも簡単に即死させることなど普通はできないはずだ。浅はかな考えの元動いていた自分に呆れたりもしたが、結果オーライなのでよしとする。

 しっかりキラキラもしているようだが、生では食べられないタイプのキラキラらしい。寄生虫などがいたりするのだろうか。どんな感じで見分けているのか、気にならなくもない。


「じゃあ、捌いてみようか。やったこと無いけど、レンくんはある?」

「俺も無いですね」


 もちろん、俺たちが食べたいのは焼き魚だ。

 下処理を行い、火で十分炙り、塩を適量振りかけた、アチアチホクホクの超美味いしか言うことのない焼き魚なのだ。

 初めて本格的な調理をすることになり、俺たちはどこか浮かれていた。これぞサバイバルの醍醐味だと、状況を忘れて楽しめる数少ない機会だったからかもしれない。


 体長2、30センチ程度の魚たちを、一匹一匹捌いていく。

 よく分からないままにサバイバルナイフで腹を裂こうとするが、切れ味が悪いせいかなかなか上手くいかない。

 それでもなんとか頑張って、少しぐちゃぐちゃにしてしまいながらも腹を開くことに成功した。

 内臓らしき黒い物体をできるだけ掻き出し、それが済んだら川で洗って下処理完了。これで良いのだろうか。多分大丈夫。料理は愛情を込めれば美味くなる。愛情を込めて腹を掻っ捌いたので何も問題は無いはずだ。

 そんな感じで交互に下処理を進め、途中でアオイ先輩が焚き火用の枝を集めなければならないことを思い出して役割分担をした。"コンロ箱"があるので本来は不必要だが、そのツッコミは野暮というものである。

 全ての魚の下処理を終えた頃に、枝を大量に抱えたアオイ先輩が戻ってきた。


「……私、今、最高に楽しい」

「……俺もです」


 焚き火を作り、石で囲い、細い枝で刺した魚を焼きながら、アオイ先輩はぼそっと呟いた。

 この言葉は、俺たちの内心のテンションの高さを示す一言だった。


 そして、十分に魚が焼き上がる。

 串を上げ、塩を振り掛け、ゆっくりと口に運ぶ。

 口を大きく開け、かぶりつき、咀嚼。


「うんっっっっっっまっ……!」

「…………にゃー」


 アオイ先輩は猫になった。それだけ美味い、ということだ。どういうこと?

 いや、本当に世界一美味いのだ。

 何この見た目、匂い。味。食感。俺の感覚器官全てをこれでもかと刺激してくる至高の食べ物は。

 薄味なのに濃厚。矛盾しているはずの言葉が複雑に絡み合い、口の中で踊り狂う。

 噛めば噛むほど染み出してくる旨味のエキスが俺をトリップさせる。


 俺は天国にいた。魚天国。魚天使たちが私に向かって微笑みかけ、魚神王は私の様子を見て満足そうに頷いておられます。あとさかな○ンもいます。

 おお、神よ。我ら矮小なる人間如きに、母なる恵みをお与えくださりありがとうございます。

 私は既に、魚神教の敬虔なる信徒として活動することを心に決めておりました。

 汝ら、魚を愛し、魚を食せよ。さすれば神は救いを与えてくださることでしょう。


「レンくん、よだれよだれ」

「…………はっ」


 アオイ先輩の指摘で我に返った。思わず魚神教とかいうわけわからん宗教に入信してしまうところだった。いや実際入信していたな危ない危ない。

 それもこれも、魚が美味すぎるのが原因だ。

 なんだかんだで二週間経過している。それまでのメイン食材は虫と甲殻類だった。

 確かに、美味い虫もある。だが、そもそも虫という食材自体に抵抗感があり、それを無視したとしても結局はオヤツでしかなく、食事をしているという実感を感じることができなかった。甲殻類は慣れ親しんでいるので問題無く食べられたが、量が少ないのがネックだった。

 

 だが、この魚という食材はやばすぎる。

 適当に内臓かどうかも分からないものを取り、炙り、塩を振っただけの調理でも、最高に美味い。

 もはや、今までの食事には戻れないほどのインパクトを俺の舌は感じ取ってしまった。

 あっという間に食べ尽くし、二匹目、三匹目も数分経たずに俺の胃の中へと消えていく。残されたものは頭と骨だけであった。


「……ごちそうさまでした……」

「……幸せだぁ……」


 アオイ先輩も、俺と同じようなタイミングで食べ終わったようだ。腹をさすりながら、だらしない笑みを浮かべている。

 俺個人としては微妙に足りない。明日からは大物を狙うか数を増やすかしないと、と既に食事の内容が決まっているかのような思考になっていた。


「……ねえ、レンくん」

「はい」

「私、今日で死んでも良いかも」


 とても素敵なとろけ顔だけど死んではくれるなアオイ先輩。


◇◇◇


 焼き魚に舌鼓を打った次の日の早朝。

 俺はテントから抜け出し――あれ以来抱きつかれてはいないししっかり距離を取って寝ている――顔を洗ってボウガンの用意をした。

 冷たい水にひーひー言いながらも、俺は食料となる魚を二匹仕留め、捌いた。昨日の魚と同じ種類に見えるため、食べても問題は無いはずだ。

 アオイ先輩が起きてきたタイミングで焚き火が完成し、最高の朝食タイムと相成った。しばらくは魚から離れられそうにない。


 その後、いつものように川沿いを移動している時のことだった。


「……え?」

「うわあ、綺麗な色」


 えんえんと普通の森が続いていたのに、いきなりその景色が変化した。

 赤い葉、青い葉、黄色い葉、紫色の葉。

 現実味の無い、色とりどりの葉を付けた木々が生い茂る森へと、ある地点から急激に変質していたのだ。


「……なんだ、これ」


 こんな木が、地球に存在するはずが無い。ここが異世界だと考えられる根拠がまた増えた。

 更に、川沿いを進むことはできなくなっている。地形が変化し、ある日の渓谷のようになっているからだ。

 先へ進むためには、この"七色の森"を抜けるしかない。


「なんだか素敵だねぇ」

「そう、ですね……」


 アオイ先輩はブレない。あくまでもお気楽そうな調子で感想を述べた。


「黒いモヤも掛かっていないし、入っても大丈夫そうだよ」


 "サバイバー"という、元の世界ではまず怪訝な表情をされるであろう、しかし信用に値する根拠を携えているからか、特に問題は無いと太鼓判を押す。

 ただ、『入ったら死ぬ』わけでは無くとも、異質であることは確かだ。ここは準備を入念に整えておくべきだろう。俺はアオイ先輩にそう提案し、水の補充、食料となる虫や魚を確保しておくことにした。


 俺は川で魚を、アオイ先輩は森で虫を捕まえに向かった。

 前回の狩りと違い水深の深い場所があったが、運良く浅瀬にいる魚を二匹仕留めることに成功した。

 虫は生きたままアオイ先輩の持つビニール袋に入れれば良いが、魚は鮮度の問題がある。下処理をし、すぐに食べれば問題は無いだろうと二匹とも捌いていく。

 捌いて内臓を取った後、塩を腹に少し詰める。これで良いのかどうかは分からないが、"サバイバー"なら食べられるかどうか確認可能だ。

 

 こうしてできる限りの準備を整えた俺たちは、"七色の森"の中に踏み込んだ。

 途端、それまでの普通の森と比べるまでもなく異様な景色が俺たちを出迎えた。

 色とりどりの花。とんでもなく大きなキノコ。美しい青い蝶が、そこかしこで光る鱗粉をばらまき、角の生えたリスのような動物が、絡み合った木の枝をさっと伝っていく。


「……すごい……」


 ここは、ここだけは、完全なるファンタジー世界だった。

 神様が、何も考えずこの領域にぽんと配置したかのようなミスマッチさに、俺は強い違和感を覚える。

 普通の森と、この森の境界線がはっきりと分かる。自然に生まれた領域でないのは明らかだ。

 この異世界特有の現象だろうか。魔法か何かの影響で、この領域が変質してしまった?

 原理を考えたところでどうしようもないことは分かっているが、つい思索にふけってしまう。癖とはなかなか抜けないものだと軽く自虐し、意識を戻した。


「……進みましょう」


 俺たちは、歩き出した。

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