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『敵影』

二ヶ月前 中央キャンパス


 君口兄斗は退屈な毎日を過ごしていた。

 とりとめのない日常。

 ありふれた、代わり映えの無い景色。

 それでも、彼は退屈に押し潰されて身動きを止めたりはしない。

 彼はどこまでも青春を求め続ける熱い男だった。


「恋したいなぁ……」


 合理的に青春を謳歌する手段を探る。

 友人が少ないのはただ優先順位が別にあったからだ。

 今年三年となった彼は、今に至るまでの二年間の学園生活を『観光』に費やしていた。

 学園国家サイバイガルは広く、観光は一年で終わらない。

 国の地理を全て把握してから、彼は行動を開始した。


「……ん?」


 ふと少し離れた駐輪場に目がいく。

 今日は風が強い為か、自転車が数台倒れている。

 ただ、その倒れた自転車を直している人間がいたのだ。


 ――あの子……。


 見た目からして兄斗の少し下くらいの少女。

 彼女は一人、必死に倒れている自転車を立てさせ続けていた。

 兄斗はそれを見て……困惑した。


 ――何の意味があるんだ……?

 ――今日は風が強い。戻してもまた倒れるだけだ。

 ――誰かが見ているわけでもない。僕はたまたま通りかかったけど、たいしたアピールにはならない。

 ――そんなことをして……何の意味があるんだ……?


 そんな兄斗の困惑を他所に、彼女は全ての自転車を元に戻すと満足げに汗を拭った。

 そこでようやく兄斗は理解する。


 ――……自己満足か。


 それが、彼と花良木四葉のファーストコンタクトだった。


     *


セントラル・ストリート


 兄斗が四葉を初めて目撃してから数日後。

 今度は朝方の人が少ない通りで彼女に遭遇する。

 兄斗は自販機から缶コーヒーを買っていた。

 早起きしてしまったため、何の気なしに散歩している途中だった。


「……ん?」


 自販機から少し離れると、背後に気配を感じ取った。

 それが四葉だった。

 兄斗は歩きながら僅かに視線を彼女に向ける。

 彼女は兄斗の視線に気付いていなかった。


 ――……ゴミ拾い……?


 四葉は自販機横にあるゴミ箱、その周辺に転がっている空き缶やペットボトルを、拾っては丁寧にゴミ箱に入れ直していた。


 ――……これも意味無いことだ。

 ――どうせまた誰かが無造作にその辺に捨てる。

 ――本当に道端のゴミを無くしたかったら、注意喚起とかそういったことからするべきだ。もしくは、今自分がやっていることをしっかりたくさんの人にアピールしなくちゃいけない。

 ――彼女は……自己満足のために行動しているだけじゃないか。


 少し冷淡な言い方だが、別に口に出したりはしない。

 兄斗はそれを彼女に聞かせることも『意味が無い』と理解していた。

 自己満足という名の感情で動く人間に、合理的な説明をするのは愚かなことだ。

 第一、そういった意見を述べてしまえば、彼女の行動を『アピール』として受け取ったことを認めることになる。

 すると自分の言葉に矛盾が生まれ、合理性は失われる。

 だからただ何も言わず、彼は通り過ぎるだけだった。


     *    


 それから数日。

 彼は何度か四葉を目にしていた。

 どうやら彼女は同じ学部の人間らしく、授業の時間帯も、その場所も被ることが多い。

 そして、彼女の日常は兄斗の興味を少しずつ誘っていた。

 ある時は、講義で教授が先頭の席から順に配る資料が後部で余った時、彼女は一番後ろの席に取り残された資料を一人で集めてその後始末をわざわざ教授に尋ねに向かい、結果捨てていた。

 またある時は、食堂で自身が食事を終えた後、どうせそこのスタッフがやるというのに、自らが利用した机と、その近く一帯の机を台拭きで綺麗にしていた。

 他にも、彼女は必ず最後に教室を出て電気やエアコンを消す。

 落とし物を見たら必ず警備に届ける。

 乱雑に戻された図書館の本を整頓する。

 他人の衣服に付いたゴミを何食わぬ顔で払う。

 とにかく彼女は――無意味な善行を重ねる日々を送っていた。


「……誰も気付かない。気付いてもらおうともしない。彼女はそれでも自己満足できればそれでいいのか? それともそんなの善行じゃないと誰かに否定されたくないから? ああ……僕はいつの間にか君のことばかり追いかけている。そうか……これが恋か!」


 兄斗は一人、誰もいないところで『青春』を見出した。

 この後、彼が最初に四葉と会話をした時、彼女は自分が兄斗に既に知られているとは予想していなかっただろう。

 彼女が兄斗の『監視』を任されることになるのは、もう少しだけ後の話――。


     *


一ヶ月前 一号館屋上庭園


 兄斗は何をするにも『粋』を求める癖がある。

 食事を毎度同じ場所でするのは風情が無い。

 そう考えている彼はこの日、この一号館の屋上にある庭園、そこにある休憩所のようなスペースで昼飯を食らっていた。

 そこからは下の景色がよく見える。

 見えるのは中央キャンパス・フロントエリア。

 そこはスペースの空いた広場だが、円形で外周に階層がいくつかあり、その階層ごとに存在する小さな店などによって周りを囲まれている。

 階層は三階程度で、一号館の屋上からは見下ろせる高さでしかない。

 普段は学生などがその外周の店を利用して楽しむ場所なのだが、今日は違った。


「……アレは……?」


 ホットドッグを握りながら、明らかにいつもとは違う雰囲気のフロントエリアに目を向ける。

 人はいつものように何人かいる。

 だが、様子がおかしい。

 まるでその人々は、たった一人の人物を取り囲むように集まっている。

 兄斗からは彼らの声を聞くことは出来ない。

 だからただ細い目で見るだけで、マスタードのたっぷり乗ったホットドッグを口に運ぶ。



「このガキ……面倒ばかり起こしやがって……!」


 フロントエリアで大人数に囲まれているのは、薄髭で壮年の男。

 カジュアルスーツでわかりにくいが、細身ながら屈強な体つきをしている。

 彼は周囲を囲む者達ではなく、階層の最上階で柵に座り、空中に出した足をブラブラさせている一人の少女に睨みつけていた。


「ハッ! たまんねぇ~。うちの事馬鹿にした罰? って感じ? キャハハハ! 天下のワールドチャンプも形無しねぇ!」

「ガキがぁ……!」


 金髪の美少女だが、とても口が悪い。


「バーカ。とっととおっちねよ! クソ雑魚チャンプがよぉ!」

「……!」


 周囲の者どもは、瞳に色が無かった。

 まるで……いや、確かにこの少女に操られているのだ。

 壮年の男を倒すように、と。


「ちょっと! 何やってるんですか!?」


 その時、彼女は現れた。



「……花良木……」


 兄斗は勝手に彼女の名前を把握していた。

 ホットドッグを持つ手が止まる。

 もう四葉を視線で追いかけていた。



「……誰? うちの邪魔すんなよブス。たまんねぇわマジで」

「うわ……口悪……。とにかく、こんなところで騒動起こされても邪魔なので。解散してくれませんか?」


 いつもの通り、無駄なこと。

 彼女が出張る必要は無い。

 しかし、兄斗はもう彼女のやっていることを無意味だとは思わなかった。


「無駄だぜ嬢ちゃん。コイツはあのクソガキの『カース』だ。それともアイツを説得できるのか?」

「? 『カース』……? 何ですか? それ」


 この時の四葉はまだ入学したてで、カースのことを知らなかった。

 壮年の男はそれを察して説明する。


「一年か? いいか、よく聞いて覚えておけ。この学園国家サイバイガルでは、たびたび謎の超常現象が起こる。その正体は未だ不明……。俺達はそういったよくわからない超常現象を総称して『カース』と呼んでいる。そして――」

「今だやれぇ!」


 金髪の少女の掛け声に応じて、二人を囲む集団が攻撃に移る。

 壮年の男は『しまった』という顔をするが、四葉は落ち着いている。

 彼女は難なく向かってくる男をいなし、その場に倒れさせる。


「な……!」

「……合気道か」


 金髪少女は苛立って四葉のことを睨みつける。


「は……ハァ? 何なの? クソ苛つくんだけど。そもそも誰だし」

「……正直意味わからないですけど、説得に応じるタイプじゃないのは確かですね」

「嬢ちゃんお前……」


 四葉は小さく溜息を吐く。

 続けて向かってきた男たちも簡単にいなしてみせた。


「じゃあここにいる連中全員のしちゃえばいいですかね? というかそもそも、何が目的なんですかこれは」

「クソッ……クソッ……クソビッチがぁ……!」


 金髪少女は苛立ちからか頭をガシガシと掻いている。

 その隙に壮年の男は先程の説明を続けた。


「……『カース』は稀に人間と共生することがある。『カース』という名の超常現象を起こせる人間……それを俺達は『狂信者ファナティクス』と呼んでいる。わかりやすく言い換えるなら超能力者だな」

「いや、だから意味わからないんですけど」

「ここで生活していればすぐに慣れるさ。それほどこのサイバイガルって場所は『呪い』に満ち溢れている」

「……超能力者ねぇ」


 まだ信じていない顔だ。

 だが、複数の人々を操っている彼女の姿を見ればその可能性を考えざるを得ない。

 そして、金髪少女は突然冷静になった。


「……よし決めた。メンドーだからここで消えとけよ。クソアマ」


 四葉に倒された者達が起き上がる。

 彼らは戦意を喪失することもなければ、痛みで引き下がりもしない。

 受け流すことが主体の四葉には、多勢であることも含めて厳しい相手だ。


「く……!」

「嬢ちゃん、しゃがんで背中貸してくれるか?」

「え?」


 疑問に思いつつ、言われた通りに四葉は頭を下げる。

 馬跳びにおける馬役の要領で背中を天に向けた。

 すると、壮年の男は高くジャンプし、逆さまになったその瞬間、彼女の背に手を乗せる。

 一瞬だが、彼はそのまま足を大股に開いて回転した。



 ドガガガガガガガ



 彼の回転する足が向かってくる連中をなぎ倒す。

 四葉に負荷が掛からないよう、彼はすぐにスッと手を放して着地した。


「な……嘘……」


 金髪少女は、柵から乗り出してブラブラしていた足の動きを止めた。

 壮年の男の身体能力は、彼女の想像を優に超えていたのだ。


「……舐めてもらっちゃ困るな。素人をいくら操っても無駄だぜ?」


 壮年の男はジャケットの襟を正す。


「クソ……どいつもこいつも……」

「なぁ、もういいだろう? やんちゃするのは仕舞にして、真っ当な学生生活を送らないか?」

「……うるせぇよ。〝キング〟韓信かんしん。うちの事何も知らねぇくせによぉ」


 壮年の男――韓信は小さく息を吐く。

 そして今しがた自分が蹴り飛ばした男たちに目を向けた。


「……まったく。悪いなみんな。今度焼き肉奢るから許してくれ」

「? この人達知り合いなんですか?」

「……ああ。同じゼミの連中だ。あのガキに操られちまってるが……ホントは普通の気の良い連中なんだ」

「……そうですか」


 韓信が最初『面倒』と言ったのは、自分の身の危機を感じたからではない。

 彼にとって、金髪少女が何人操ろうがたいした脅威にはならない。

 ただ、あまり仲間に手を出したくなかっただけだったのだ。


「俺はこう見えて格闘技の世界チャンプなんだ。『そんな細身で?』って思うかもだが……ちょっと色々あってな。まあ嬢ちゃんは下がってていい。取り敢えず全員俺が対応するから」


 しかし四葉は下がろうとしない。

 彼女はやはり、『彼女がする必要の無いこと』を進んで行う人間だった。


「嬢ちゃん? 聞いてる?」

「……」

「え? 無視? おじちゃん泣いちゃうよ?」

「……」


 返事はしない。

 彼女は自分が無意味なことをしていると理解しているからだ。


「……うぜぇ。邪魔なんだよ、馬鹿どもが! もういい帰る!」

「あ、おい! 待てよ! ツァリィ!」


 二人の戦意を見て逆に気を削いだのか、金髪少女――ツァリィ・メリックは立ち去った。



「……やっぱりそうするよな。花良木、お前はそういう子なんだよな」


 一号館の屋上から見下ろしていた兄斗は一人勝手に納得する。

 会話は聞こえないが、先程の韓信の回転蹴りはしっかり見ている。

 どう考えても四葉が出張る必要は無い場面だ。

 それでも残る彼女を見て、兄斗はますます関心を強めていた。



 ツァリィがいなくなると、四葉は韓信に何も言わずその場を去ろうとした。


「あ、嬢ちゃん」

「……」


 振り向きすらしない。

 彼女は韓信に不快な思いをさせても構わないと考えているのだ。

 ただ、韓信は無視されただけで不快になる人間ではなかった。


「わざわざ間に入ろうとしてくれて、サンキューな。……おーい。聞いてるか―?」


 やはり何も言わずに立ち去る。

 韓信が身振り手振りをしても全く意味の無いことだった。



 そして、そんな様子を見て兄斗は理解し始める。


 ――……そうか。

 ――お前は『推し量られたくない』んだな。

 ――自分のやっていることを偽善だと言われるのも、それを褒められるのも、感謝を貰うのも、全部嫌なんだ。

 ――他人に自分の行動の評価をされるのが嫌だというのに……『無駄』な『良いこと』をしてしまう。それはお前の根っ子がどうしようもなく良い奴だからだ。

 ――それでもそんな行動を止めないのは……自分自身を強く肯定しているからだ。

 ――……他人にどう思われようが自分を貫く、そんなお前は……途轍もなく美しい……!

 ――高潔で、可憐で、正大だ!


「ああ……僕はやっぱり君のことを……愛してしまったらしい!」


 一人演技染みた態度でコーヒーカップを掲げる。

 もちろん誰も見ていないからこそできることだが、彼はその想いを大声で口に出し、そしてコーヒーを飲み干した。


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