サイバイガル・タイムズ 二〇三四年 創刊号
美しき才能の原石たちよ!
諸君は自身を切って磋き、さらに琢いて、それでもまだ磨き続けているだろうか!?
二〇三四年は重畳の羨望と憧憬でもってその始まりを告げた。
ワールドチャンプ……チャールズ・ドレーク・〝K〟・韓信の活躍を、諸君は当然ご承知であることだろう。
わが校からまたスターが誕生した!
諸君もこの一年賢明で懸命な努力を続け、切磋琢磨に励んでほしい。
チャンプのように素晴らしい功績を、そして自分自身にしか成し得ない『何か』を残していってほしい。
さて、記念すべき今年度の初回は、愉快痛快奇天烈な一面から紹介しよう!
『過ぎ去りし薫風! 二十平米の影に潜む謎!』
諸君は覚えているだろうか。
あの懐かしきセピア色の香りを。
もう戻らない日陰の中に失われた情熱を。
その名は、駄菓子屋『食べ坊』。
区画整理によって立ち退きを余儀なくされた我らの故郷は、今はもうその一片の残痕も存在しない。
あるのはただ新設された研究施設。それだけだ。
無論、研究に与する皆々様の御健闘は重々承知である。
しかしこの寂寞の想いは失うことなく記憶の中に残り続けている。
結果は致し方なく、さりとて口惜しさは無くならない。
そんな折、驚くべき『現象』が観測される。
「影の中に食べ坊を見た」
それが観測者の発言だ。
彼は研究施設と横の建物との間に生まれた二十平米あまりの通路を歩いていた。
そこは研究施設によって発生する日陰の領域。
なんてことはない、ただの『道』のはずだった。
しかし、観測者はこう言っている。
「ありゃ駄目だ。わけわからん。どうせまた『カース』の類だろう。俺は影に呑まれて別の世界に攫われかけた。もう二度とあの道は通らん」
意味が全くわからない。
ただ、詳しく彼の話を聞いてみるとその全貌が明らかになってくる。
諸君は影の中に広大な世界が広がっているというような『妄想』をしたことはないだろうか?
だが、観測者の彼はどうもその妄想を現実のものとして体験したらしい。
まるで沼に引き込まれるかのように影の中に沈められ、気が付いたら目の前にはあの駄菓子屋『食べ坊』があったのだという。
彼は再度食べ坊の生み出す影の中に入り生還したらしいが、影の中にあった食べ坊の存在する世界はとても閑散としていて、自分以外には誰一人として存在していなかったという。
我々が調査したところ、どうやら確かに観測者の彼が言う通り研究施設の影は食べ坊の存在する世界に繋がっているらしい。
やはり『カース』だろう。
もちろん生還には難を要さなかったが、我ら『情報屋』の調査隊は観測者の彼とは違い、あの影の世界に『存在』を確認した。
人かどうかの判別は出来なかったが、確かに生きている『何か』だった。
襲い掛かってくることはないが、会話などは通じない。
人型で、黒く暗い、まさしく影のような存在だった。
果たしてアレは一体何者なのか。
あの世界はアレの住む世界なのか。
最後に観測者の彼の言葉を一つ残しておこう。
「食べ坊の呪いだろ。潰されて怒ったのさ。いやぁ俺としちゃあんな体験は二度とごめんだが、胸がスッとする良い気分だぜ。俺も食べ坊は利用してた。みんなあそこがなくなって悲しんでたんだ。でも、本当はずっとあそこにまだ残ってたのさ。嬉しいねぇ。ま、俺はもう行かないが、あそこに愛着のあった奴は一度訪れてみてもいいんじゃねぇのかな。愉快な気分になれるかどうかは……そいつ次第だが」