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『祝われた日常』

二〇三五年 三月一日 日本 新日本未来ホテル 披露宴会場


 呪われた日々は終わらない。

 だが、日常は呪いだけで出来ているわけでもない。

 少なくとも今この場は、祝いの空気で満ちていた。


「ハッ! おめでとうございますよ、お兄様方」


 兄斗は正装を着て、この披露宴の場に訪れていた。

 当然、快太と来菜の結婚披露宴だ。


「いやぁここまで長かったなぁ。……ホント」

「だねぇ。あ、四葉ちゃんもわざわざありがとね?」


 四葉も兄斗と共に日本にやって来て、この二人の式に赴いていた。


「いえいえ! お呼びして頂き、誠にありがとうございます!」

「……しかしまあ、兄貴は知り合いが多いね。見たことない人ばっかりだよ」

「そうかな。ま、祝ってくれる人がこれだけいるんだ。……恵まれてるよ、俺は」

「感謝しろよ」

「ああ!」


 兄斗は若干嫌味たらしく言ったつもりだったが、快太は素直に解釈してしまう性分だ。

 そんな人柄だからこそ、彼の式に多くの人が集まるのだろう。

 新郎新婦に挨拶をしたい人間はいくらでもいるので、兄斗と四葉は必要最低限の言葉を交わしてその場から離れた。


     *


 ホテルの一階に会場はあり、今は中庭でアフターセレモニーの最中だ。

 二人と言葉を交わしたのち、四葉は近くにあったベンチに座った。


「……良いものですね」


 兄斗は彼女の傍で立っている。


「お。四葉ってこういうところ苦手だと思ってたよ」

「苦手ですよ? でも所詮は私も女の子ですから。綺麗な花嫁姿の来菜さんを見て……」

「自分も同じ格好をしたいと思ったって?」

「……さて、どうでしょう」


 四葉は意味ありげに目を伏せる。

 そこで兄斗は、先日のことを思い出す。ここに来る前、四葉の家族に会った日のことだ。


「……聞いてたより、随分と素敵な家族だったじゃないか」

「厄介払いがしたいだけかもですよ? だから先輩には良い顔をしたとか」

「あるいは、お前がサイバイガルで色々な経験をしている間に、こっちの皆さんも変わられたとか」

「……」

「自分にとって都合の良い方向で考えるべきだ。僕がその場にいないときの四葉への接し方はどうだったのさ」

「……先輩の説の可能性が……高いかも……ですね」


 人間というのは、近くにいすぎると相手のことを読み取りにくくなることがある。

 少し離れることで、逆に今まで思いやりが足りなかったと気付くこともある。

 それはともかくとして間違いなく、四葉の伯父夫婦と義理の姉たちは、四葉に対する接し方を以前までと変えていた。

 もっとも、それで四葉が、今まで知らなかった愛を受け入れられるとは限らない。

 だがしかし――。


「……お爺様に聞いたんです。私の名前の由来を」

「ん?」

「『四葉のクローバーを知らないのか?』……って言われました。フフ……分かりやすい、単純な理由ですよ。たまたま私が生まれた日、それを見つけただけなんですって」

「へぇ。最高に素敵な由来じゃないか」

「それと……三幸ちゃんの名前の由来も」

「……」

「……長男夫婦の間に出来た、三番目の娘だから……です。『幸せ』の字に、悪意なんてあるわけがなかったという話ですよ」


 それを聞いて、兄斗はどっと肩の力が抜けた。

 無駄な気苦労を背負ってしまったと、軽く息を吐く。


「……そっか。……そうだよなぁ。……いや、そりゃそうだ! 上柴の奴! 珍しく予想外しやがって!」

「あはは。先輩、次会ったら文句言っといてくださいね? まあでも……お爺様と何気なく話すきっかけを得られたのは良かったです。……私が愛されていたことも、改めて実感しました」

「当たり前だ。人間ってのは、愛されてなきゃ生まれてこない。仮に生まれた時に愛されてなかったとしても、いずれは愛してくれる人が現れる。四葉は恵まれてるよ。家族に含め、この僕にも愛されているんだから」

「……ですね」


 なかなか写真撮影が終わらない。

 新郎新婦のお色直しの時間も、少し押すことになるかもしれない。

 それでも今の時間は悠久のものであるように感じられる。

 兄斗には、そう感じられたのだ。


「四葉」

「何ですか? 先輩」

「……ウィルソン・ハララードは、確かにあのサイバイガルの地に呪いをかけていた。自分よりも遥かに若くして亡くなった、相棒であり弟子のベンドール・キリアクス……その彼の力を、サイバイガルに訪れた彼の血族に宿す呪いさ。きっと僕は、訪れるべくしてサイバイガルに訪れ、目覚めるべくして力に目覚め、神々の怨念を鎮める使命を持っていたんだ」

「……どうなんでしょうね。今となってはもう……分からないことです。それに、先輩がサイバイガルに訪れたのはもっと別の呪いの影響です」

「別の呪い?」

「はい。この私に出会うように、呪われていたんです」

「……ハッ。それはどちらかと言えば……祝われていたって感じだね」


 呪いの物語は、ここでその終結を迎える。

 だがしかし、君口兄斗を始めとする学生たちの『青春』は、まだまだ終わらない。

 狂信者ファナティクスたちは、新たな日々を新たな思いを胸に抱きながら進み続ける。

 その監視役たちもまた、次の目標や夢、あるいは学業や愛に奔走する。

 生徒会は元特対課の面々と共に、サイバイガルの学生たちを陰ながらサポートしたり邪魔したり……といった毎日に、戻るのかもしれない。

 上柴六郎を始めとする学生たちは、卒業、進級の時期に差し掛かり、毎日を変化させることになるのだろう。

 新日本連邦や川瀬夫妻の物語は、こことはまた別のところで語られるかもしれない。

 そして、君口兄斗と花良木四葉は―――――。



「四葉」

「何ですか? 先輩」

「―――――――――――」

「……………………………………はい! もちろんです!」

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