『人間と化け物』⑤
一号館 地下
二人が戻ってくるまであと少し。
この場では三人がその帰りを待っていた。
「……二ノ宮学園長。俺は、兄斗からこの学園のカースの話をいくつか聞いて、疑問を持ったことがあるんです」
「……何かな?」
快太は来菜と共に、壁に寄り掛かりながらリラックスしていた。
一方で、二ノ宮巖鉄はただ真っ直ぐに立ち続けている。
「……『ワンダー・セブン』……カースを持つ者・『狂信者』の監視役……ですっけ? 何なんですかそれは」
「……今君が言ったままの存在だが……元は、名前など無かった。昔は確認された『カース』のことを『ワンダー』と呼んでいたのだが……いつの間にか、監視役のことをそう呼ぶようになった」
「『呪い』ではなく『不思議』ですか……。妥当ですね。人間は、理解できないものに意味を欲しがる。『呪い』として扱った方が、いくらか理解しやすい」
「……」
やがてサイバイガルの民は、確認された現象のことを『カース』、それを持つ者を『狂信者』と呼ぶようになる。
つまりかつて数え上げられた『ワンダー』とは、人間を指す言葉とは限らなかったのだ。
「……で? 『セブン』は現在『ファイブ』でしたっけ? どうして一人……いや、一つ多く数えられていたんですか? このサイバイガルでの超常現象は」
「……それは……」
今では慣習的に民衆が一つ多く数えているだけだが、そこには確かに意味があった。
サイバイガルに人が増え始めたことで、ある時を境に秘匿するようにと言われた、ある『不思議』。
そして、その意味は――。
ズァァァッ
その時、黒い渦の中から腕が一本出て来た。
「兄斗!」
「四葉ちゃん!」
出て来た腕は兄斗のもので、四葉を引っ張って中から顔も出す。
二人が完全に出てくると、黒い渦は消えてしまった。
「!? 消えた……!? 封印は……」
「……もう必要ないってことですよ。学園長」
兄斗はニコリと笑みを向けてそう言った。
「? 封印って何だ? 中に何がいたんだ? 兄斗」
「ああ。神様の残した怨念の……化身みたいな奴」
「はぁ!? ど、どういうことだよ……」
今初めて快太は兄斗が危険な目に遭っていたことを知る。
もっとも、ウィルソンとベンドール、原田峰次、そして花良木三幸による抑圧と、数ヶ月前の現実での中途半端な顕現などの影響を受けて、先の化け物は兄斗と戦う前から相当削られてはいた。
兄斗はほとんどトドメを刺しただけで、命のやり取りになる可能性は初めからなかった。
「さ、帰ろっか」
「はい、先輩」
戸惑う快太たちを置いて、二人はとっとと歩き出した。
地下二階は真っ暗だが、確かに彼らの向かう方向に明かりは存在している。
眩いばかりの明かりが、存在していた。
*
*
*
数日後 サード・ジェネレーション刑務所
一連の事件に、一旦の幕が下りた。
特対課はサイバイガル生徒会の雑用に加わった。
サイバイガルに巣食う化け物は、完全に消滅した。
そして、学園国家サイバイガルの独立が宣言されて、数日が経つ――。
「ご機嫌よう。勘違いオジサン……ああ間違えた。アルフレッド・アーリーさん」
滑川瓢夏は、フッと笑みをこぼしながら肘を机上についた。
彼女は天久翔と共に、アルフレッドと面会をしに来たのだ。
「……笑えないな。君口兄斗と上柴六郎は……私が辿り着けなかった真実を見つけた。このサイバイガルにずっと息を潜めていたのは……『説明できない存在』だったという真実を」
「貴方はどうしてそこまで理解したかったの? 理解できない存在のことを」
「無知を恐れたからだ。なあ翔君。君のような周りに流されるだけの人間には、理解できないかな?」
「あ?」
怒りで血管を浮かび上がらせたのは、瓢夏の方だ。
「ステイ瓢夏。どうしたんですか? アルフレッドさん。そんなあからさまな喧嘩の売り方……らしくないですね」
「……フッ。私も苛立っているのさ。滑川瓢夏……君は人間がどういう存在なのか、理解出来ているか? 私にはもう分からない……。呪いを受けた狂信者。呪いを操る霧宮翔子。怨霊と交流できる真藤魎一。人工的に透明化能力を得た夕島サリエ。超能力を持つ久保清太郎に、川瀬快太。超人的肉体を持つチャールズ・ドレーク。催眠術を使うリリィ・スレイン。瞬間記憶能力の川瀬来菜。規格外の頭脳を持つジェイソン・ステップに、レイチェル・A・サイバイガル。そして……そうだな。ナチュラルに狂っている、滑川瓢夏。一体誰が『ただの人間』なのか……」
「あら、私こそが何の力も無いただの人間よ?」
「……だから……私にはもう、その『ただの人間』の基準が分からないのだよ。どいつもこいつも……大人しく型にはまってくれない化け物ばかりだ」
アルフレッドは、どこか脱力しているようだった。
ある意味では意固地になって『理解』に拘る彼も、型にはまってくれない他の『人間』と同じなのかもしれない。
「うッ……!?」
その時、アルフレッドの様子がおかしくなった。
まるで、急に発作が起きたかのように胸を抑え、立ち上がる。
「あ、アルフレッドさん!?」
翔は動揺して心配するが、何も分かってないはずの瓢夏は、スンとして着席しているままだ。
「ぐ……か……!」
「何かしら?」
「いやいや何でそんな落ち着いてんだよ!? おいちょっと! アルフレッドさん!? 大丈夫かよおい!」
彼の目は、明らかに何らかの光を発していた。
『……ジャマ……バカリ……ヲ……』
その声は、アルフレッドであってアルフレッドではない『何か』に聞こえた。
これは間違いなく何らかの超常現象であり、サイバイガルに巣食う化け物が消えた後に現れたということが、何を意味するか瓢夏は理解していた。
「……この地に訪れた人間が超常現象をその身に宿すのには、理由がある。『カース』はサイバイガルに初めからいた存在の呪いじゃない。……貴方の能力なんでしょう? 七不思議の七番目の存在……それは、『サイバイガルに訪れた者に異能を与える現象であり、それを実行する人物』のことだった……」
細かく刻めば二十七年ほど前のこと。サイバイガル建国から三年が経った頃だ。
建国直後から確認されていた『ワンダー』の一つに、『それ』は数え上げられていた。
しかし戦後復興が進むにつれ、慎重派に変わった日本政府と折り合いがつかなくなった『上』からの秘匿要請が国民全員に下り、七不思議の七番目の存在は、今では忘れられつつあった。
サイバイガルの国民は学生ばかりで、国内に居座り続ける者は少ない。『上』はそれを利用して秘匿し続けられると考えたのだが、逆にその所為で、行政を指揮する日本政府の『裏切り』を甘受することになる。
裏から教育科学省に圧力を掛けて特対課を動かさせるも、行政に携わることを許されない『上』の目論見は、自分たちが秘匿し続けた所為で政府には無いものとして扱われる。
日本政府とサイバイガル枢機院の両方を出し抜くために行った秘密裏な暗躍は、逆に暗躍で済ませようとしたために、最終的に『サイバイガルの独立』という彼らにとって望まない結果を生むことになってしまった。
そして今、『上』に従って動いていたただの駒が、破れかぶれの行動に移り出していた。
『ジャ……マ……ヲ……』
瓢夏は少しだけ息苦しさを感じ始めた。
その原因は恐らくだが、目の前の『何か』にある。
『……シ……ネ……!』
その瞬間、アルフレッドは自ら目の前のアクリル板に頭を打ち付けた。
「!?」
「お、おい! 何だ……何をしている!?」
後ろにいた刑務官が事態の異常を見て声を上げた。
その刑務官と翔が驚く一方で、瓢夏は何故か笑みを見せた。
「……やるじゃない」
そして、アルフレッドは頭を上げた。
額からは血が流れ出ている。
ゆっくりと着席した彼の目は、元の彼の目と変わらなく見えた。
「……そういう……ことか……。『彼』は……ウィルソン・ハララードのフリをして、この私に接触していたらしい……」
「大丈夫? やれやれ。今のは……教育科学省の上にいる人かしら?」
「???」
翔は全く状況を理解できていないが、この二人だけが納得したまま話を続ける。
「……いや。それならば、枢機院が隠す必要は無い。……もっと上の……いや……『上』と言うべきかどうか……。あのやんごとない連中は……」
「少なくとも今の様子だと、彼らの望む結果にはならなかったみたいよ? きっと秘匿し過ぎた所為で、政府にないがしろにされたのよ。でも昔はきちんと公にしていたからこそ、『ワンダー』に数え上げられる慣習は消えなかった。三十年前からここを卒業しないでいる学園長は知っていたんでしょうけど、評議官のお父様もお母様も、自分の上にいる存在は教育科学省だとして動いていた。だから今回の独立の話も進められちゃったわけね。……いずれにしろ、川瀬君をこちらの味方につけた以上、私達をどうこうすることは不可能」
「……なるほど。君はそのために川瀬快太がこの地に赴くように情報操作し、さらには君口兄斗の命が狙われるように仕向けたのか」
「……フフフ。だから、貴方は勘違いが過ぎるんだってば。君口君も川瀬君も、死んでほしくはない。とにかく……貴方を利用してあの化け物の封印を解こうと目論んだ馬鹿は、こうして見事に貴方から追い出された。きっと今頃……上に抹消されるでしょうね」
アルフレッドが『彼』に教わったのは、カースの覚醒という真っ赤な嘘。
その嘘に騙されたアルフレッドは、数ヶ月『首の曲がった化け物』を現世に不完全な形で顕現させた。
だが、彼は本来気付けたはずだった。
日南貞香の持つ『認識操作』の能力を自力で入手できた事実から、それら『カース』と呼ばれるものがウィルソンの呪いによるものではないと、気付けたはずだったのだ。
それでも彼は、他の全てのカースを理解してみせたかったのだろう。
自分が踊らされていた事実を知り、逆にアルフレッドはスッキリしていた。
それは、自身も最早、誇らしき『ただの人間』だと判明したから。
彼は先程、再び自分を利用し、瓢夏たちに危害を加えようとした相手を、自分の内から出てくる『理解できない力』によって、払いのけてみせたのだ。
「……どう? 化け物と何も変わらない人間を、自力で振り払った感想は」
額から血を流しながら、アルフレッドは微笑んだ。
「……悪くはない……な」




