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『人間と化け物』④

数分前 一号館 地下


 兄斗は学園長・二ノ宮巖鉄と共に階段を下っていた。


「……ブラックボックスの下に、まだ地下があるとは知りませんでした」

「……上のアレは、海外から持ち込まれた『玉手箱』と呼ばれる呪いの道具が、発現したものだよ。本当の意味での学園の『ブラックボックス』は……この下にある」


 兄斗は真藤魎一から聞いた話を思い出していた。

 彼の言う通り、もしかしたらこのサイバイガルには、『呪い』以外の超常現象がいくつもあるのかもしれない。


「玉手箱とケルベロスの写真機を始め、ナルキッソスの鏡も、アンテロースの矢も、外から持ち込まれた、人間の『想いの力』が具現化された物体なんだ。あるいはそれを『呪い』と表現することも出来るかもしれないが……少なくとも、このサイバイガルに巣食う『何か』は……人間ではない存在の、『想いの力』なのだろう」

「……学園長は、どこまで知っていたんですか?」

「それが残念なことに、ほとんど何も知らなかった。……嘘だと思うかな? 僕は、先代の学園長のやり方をただ見よう見まねで模倣していただけだ。自分のやっていることが……何を意味するのかさえ、理解していなかった」

「けれど、花良木三幸の計画には従った」


 一瞬、巖鉄の歩みが止まった。

 だがすぐにまた階段を下り始める。


「……僕は今でも後悔している。もっとも、そんなことを信じてもらえるとは思わないが。僕には彼女のような特別な力はなかった。愛野紗衣良からの提言を受けて重複封印の頻度は増やしたが、あの化け物は確かにこの世界をだんだんと侵食し始めていた。……『影の世界』を知っているだろうか? オチミズ研究室の影の中にある世界だ。アレは、化け物が『あちらの世界』と『こちらの世界』を繋ぐために生み出した、中間の世界。セントラル・ストリートで人が立ち止まる、あの現象もそうだ。少しずつ、だがしかし、確実に封印の効果は切れ始めていた。花良木三幸の、自分を犠牲にするという提案を受け入れない選択肢は……僕のような何の力も無い人間には、思いつかなかった」

「……よく言いますよ。貴方だって先日までは狂信者ファナティクスだったじゃないですか」

「……変わらないよ。巨大な力の前では、等しく無力だ。彼女もまた強い少女だった。魂だけを『あちらの世界』に送り、肉体は腐敗させて上にあるブラックボックスで発見されたことにする。そうすることで、カースを利用しての自殺だと思わせた。そうすれば、教育科学省も死因を隠蔽して家族に伝えると考えたのだろう」

「……でも僕は、三幸ちゃんが正しいことをしたとは思いませんよ。絶対に……」

「……そうか」


 そして二人は階段を降り切った。

 さらに奥まで進むと、真っ暗な地下に僅かな明かりに照らされたフロアが見えてくる。

 だが、巖鉄はまだ明かりをつけていない。

 そこには――。


「やあ来たね」


「来菜姉ぇ!? と……兄貴も!?」


 快太と来菜が、先回りしてこの場所に辿り着いていた。


「こんにちは二ノ宮学園長。お久しぶりです」

「……ああ。久しぶりだね。君口……いや、川瀬快太君」

「どうして兄貴たちがいるんだよ!?」

「そうだなぁ。来菜の能力は……覚えてるだろ?」

「…………?」


 それは兄斗も分かっているのだが、やはり繋がらない。

 一方で、何も知らない巖鉄のために快太は説明した。


「学園長。実はこの来菜は、瞬間記憶能力……いわゆるカメラアイを持ってるんです」

「ふむ……それは初耳だな」

「いや! それは僕も覚えてるし、だからガキの頃のことを忘れないで弄ってくる来菜姉ぇが苦手なんだけど……って! そうじゃなくて!」

「苦手意識もたれてたなんて……!? ショック!」

「嘘吐け知ってただろうに!」

「兄斗」


 兄に窘められ、兄斗は一度落ち着いた。

 実は、来菜は自分がカメラアイを持つことを少し嫌がっていた過去がある。

 兄斗もそうだが、彼女のその力を怖がる者が、身近に多くいたからだ。

 そのことを思い出し、兄斗は若干反省した。


「……ごめん。苦手だけど嫌ではないから」


 来菜は白手袋を付けた手を横に振った。

 幼い頃に兄斗が見てきた彼女と違って、最近は何故かいつも白手袋を付けている。

 その理由は分からないが、もしかしたらオシャレなのかもしれない。


「いやぁ、構わん構わん。正直な弟君は可愛いねぇ。でだ。あたし、サイバイガル全土を調べるために、至る所の地図を見てきたんだよね。でさっき、気が付いた」

「何に?」


 そう尋ねると、快太が二枚の地図を出してきた。

 どうやらどちらもこの一号館の地図のようだ。


「これ。二枚の違い分かるか?」

「……は? どっちも同じに見えるけど……」

「違うんだなぁこれが。見て。地下の部分。微妙に広さが違う」

「……言われてみると……いや、違うか? 同じくない? 重ねないと分からないな……」

「あたしは重ねなくても分かる。ババーッて流し見するだけで分かる。でサイバイガルの地図全部チラチラ見てたんだけど、この一号館の地図だけ、昔のと今のとで少し違ってるの」

「そもそも何で昔の地図も見たの……?」

「俺が見てみたらって言ったんだ。勘で、何かあるかなって思ってさ。しかも、来菜は一分足らずで全部記憶しきれるわけだし、時間も食わない」

「……それで? 何で昔のと違うの? 一号館の地図だけは」


「……作成者が、地下を見ていないからだよ」


 答えたのは巖鉄だった。


「……そう。俺もそう考えた。作成者自身が調べられていないのなら、その空間の地図上における広さが人によって多少変化するのは仕方ないだろ? つまり、一号館の地下は秘匿されている。もしかしたら……昔からずっと、何かを隠すために……」

「……そうだ。君口兄斗君、地下二階の存在は、君だけが知らなかったわけではないんだ。そこに通じる地下一階ごと、存在を隠されていた。地下一階に玉手箱が放たれたのは……地下二階に誰も近付けないようにするためだったんだ」

「そう……だったんだ。じゃあ兄貴と来菜姉ぇは、怪しいと思ってここに来たの?」

「ああ。俺たちは、四葉ちゃんのいる場所に行くための、『何か』があるんじゃないかと思ってここに来た。……もしかしたらそれは、『あの中』に入れば辿り着くのかもしれない」


 快太と来菜は先程ここに来たばかりで、今から兄斗に連絡してみようと思っていたところだった。

 だが、兄斗は兄斗で、別の手掛かりからここに辿り着くことが出来たのだ。


 そして、彼らの目の前には、巨大な黒い渦が存在していた。

 その渦の周りには、不気味な装飾がその渦を囲うようにして施されている。

 何かがそこで祭られているかのような、奇妙な図だ。


「……この中に……」

「じゃ、行ってらしゃい。弟君」

「?」

「俺と来菜はここで待ってるよ。頑張れな」


 言葉を失ったのは巖鉄だった。

 明らかに、兄斗一人に向かわせるのは危険だ。


「……き、君は行かないのか?」

「俺ですか? いやぁ……俺もそうしたいんですけど……」


 快太が苦笑いをしながら見る兄斗の表情は、『邪魔をするな』と言わんばかりの怒気に満ちたものだった。

 そもそも、サイバイガルに巣食う化け物の事情を知らない快太は、兄斗の能力で十分彼女を助けられると考えている。

 ……それが間違いかどうかは、ともかくとして。


「悪いけど兄貴、今回ばかりは僕だけに任せてよ。僕は彼女に呪われてるんだ。自分がピンチになった時、絶対必ず助けに来るように……ってね!」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


現在 『あちらの世界』


 四葉に迫る間一髪の危機を、兄斗はその『リフレクション』で防いでみせた。

 完全に覚醒した彼の能力は、バリアを無限に出現させ、あらゆる攻撃を防ぎきることが出来るのだ。


「先輩!」

「四葉! 良かった……無事みたいだな!」


 空中に浮かぶバリアに乗った兄斗は、そこから四葉とその後ろにいる一人の少女の姿を確認する。


「……後ろのは……花良木三幸……!?」

「……誰?」


 彼女の容姿は既に何度か写真などで見ている。

 兄斗はすぐにその少女が本人だと気付いた。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 その時、首の曲がった化け物の人面が二つに割れた。

 割れた頭部の内側の肉部分が裏返り、表に出てくると、三つの目玉が無数の舌と共に飛び出した。

 だが、まだ変化は終わらない。

 まるで泥を吸引機で吸い取っているかのような音と共に、化け物の肉体に変化が出始める。

 その胴体から、一つ、二つ、三つ、四つ……どんどん新たな首が生えてくるのだ。

 最終的には元の首を含めた九つの首が、いずれも様々な方向に九十度ほど折れ曲がりながら、蠢きを見せる。

 その全ての首に頭部があり、先のような無数の舌と三つの目玉が付いている。


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


「……なるほど。恐ろしいか? この僕に消されるのが……!」


 兄斗はその化け物の変化を、防衛本能によるものだと考えた。


「まずい……この世界にヒビが入ってる!」


 三幸に言われて空を見ると、確かにまるでガラスのようにヒビが入っていた。

 だが、そんなことは最早どうでもいい。

 兄斗だけでなく、四葉もそう考えていた。


「大丈夫……! 三幸ちゃん。あの人は……先輩は、多分きっと……」

「……!」


 三幸も実は気付きかけていた。

 化け物の封印は、その先の完全な退治を目的としている。そして、その方法は当時既に死亡してしまったある人物の存在が不可欠だった。

 そして、君口兄斗はその血を引いていた――。


 化け物は、悲痛に感じられるような叫び声を上げ続ける。

 確かに兄斗の言う通り、恐れているようだった。


「……やあ化け物。なんだ……随分と苦しそうじゃないか。……当然か。百年近く封印されて、弱ってないわけがないんだ。仮に世界を滅ぼせる力を持っていたとしても……まだ封印を解けきれずにいる今は、本来の力の半分も出せないのかな?」


 化け物は全ての頭部を兄斗の方に向けた。

 そして、その頭部に青白い光が集まっていく。


「前回は防戦一方で攻撃をレイゼンさんに任せたけど、今回はそうはいかない。……『リフレクション』で、否定してやるよ。お前の存在を」

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」


 集まった青白い光は、そのままレーザーのようにして兄斗に向かった放出された。

 九つの頭部から放たれる九つの光線を、兄斗は九つのバリアで受け止めた。

 そして、その光をそのまま――――弾き飛ばす。


「……別に可哀想だとは思わないよ。でもそれは、お前が僕ら人間にとっての害だからってわけじゃない。ただ単純に、僕の四葉を襲ったからさ」

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 弾き飛ばした光線は、そのまま化け物に降り注ぐ。

 どういった効果のある光線だったのかは、それによって体が溶けだした化け物の姿を見れば明らかだ。


「僕らもお前とそう変わりはしない。人間も……化け物みたいなもんさ。僕は今日そのことに気付いた。想いの力だとか呪いの力だとか、そんなもんだけじゃない。兄貴や来菜姉ぇ、特対課の連中に、キングやリリィ・スレインみたいなのもいる。特別な力なんてなくても恐ろしい、会長や愛野紗衣良みたいなぶっ飛んだ奴もいる。それが人間。それが化け物。……残念だけど、たった一体の化け物が……大量の化け物に勝てるわけがなかったのさ」


 そして、化け物は姿を消した。

 それと同時に、灰色だった空は澄み切った青に変わっていく。

 一方で、世界のヒビは広がりを見せていた。


     *


 兄斗は無傷のまま化け物を倒しきり、四葉たちのもとに降り立った。


「……貴方は……ベンドール・キリアクスの子孫……?」

「ああ、そうだよ。僕の名前は君口兄斗。初めまして三幸ちゃん」

「……へぇ。カッコいいじゃん! 顔好み!」


「!?」


 四葉は今、とんでもない顔をしている。


「なんてね。冗談冗談。……消えたの? サイバイガルの呪いは……」

「……さてね。ウィルソン・ハララードは、人間の想いの力でアレを押さえつけたんだろうけど……むしろその人間の想いの力の方が、神々の怨念なんかよりよっぽど恐ろしいから。呪いは決して……なくならない」

「……人間が住み着いたことで、逆に人間の呪いが蔓延してるって言いたいの?」

「……いや。人間の呪いってのは別にここ以外にもあるからさ。世界は呪いで溢れてる。世界を滅ぼすような脅威なんて……なんなら僕の身内にもいるんだよ」


 このサイバイガルの化け物を消し去っても、この世界に完全な平和が訪れるというわけでもない。

 少なくとも兄斗は、兄を始めとした化け物染みた人間たちを思い出し、世界は所詮、絶妙なバランスで成り立っているだけなのだと感じた。


「ま、正直世界がどうのとかはどうでもいい。僕はただ……愛する人を助けに来ただけさ」


 そう言って、兄斗は四葉を抱き寄せた。

 いきなりだったので四葉の方は少しはにかんでいるが、嫌だとは微塵も思っていない。


「……そっか。そっか……そっか! ……ごめんね、四葉お姉ちゃん」

「三幸ちゃん……」


 三幸が謝罪した意味は分かっている。

 自分を犠牲にして化け物の封印を留めようとした彼女を、責めることは出来ない。


「三幸ちゃん、私は……」

「ううん良いの。君口さん……だっけ? 四葉お姉ちゃんのこと不幸にしたら、呪うからね?」

「心配しなくても、祝わせてやるさ」

「ふふ」


 世界のヒビは増え続ける。

 やがてこの世界が消えれば、兄斗と四葉は元の世界に帰ることになるが、三幸は違う。

 彼女の魂は、還るべきところへ還る。


「……三幸ちゃん。私は……私は、三幸ちゃんのことが大好きだった」

「私もだよ四葉お姉ちゃん。でも、四葉お姉ちゃんを愛しているのは私だけじゃない。だから……そんな不安そうな顔しなくて良いんだよ?」

「……ッ」


 四葉は三幸のことを再び抱きしめた。

 これが二人にとって、最後の別れとなる。


「バイバイ……三幸ちゃん……」

「……バイバイ、四葉お姉ちゃん。みんなによろしくね」

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