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『人間と化け物』③

 時を同じくして、兄斗は四葉と同じ話を聞いていた。

 そして、彼はその話を聞いてすぐさま『彼女』のもとへ向かった。

 サン・ジアン殺人の実行犯・愛野紗衣良あいのさいらのもとへ――。


 ……原田峰次という人物は、一言で言えば根暗な男だった。

 彼の口癖は『はあ』と『いえ』。いや、それは最早口癖ではなく、彼の発する言葉の大半だった。

 そんな彼だが、勉学に対してだけは情熱的な態度を取っていた。

 非常に優秀な男であり、とりわけ専門の民俗学に関しては、サイバイガルの教授の知識をも超えていた。

 そして彼は、必然的にサイバイガルの文化、歴史を調べることになる。

 加えて、彼は『カース』をその身に宿すことになる。

 それは、何も無い所から蛍を呼び出すという能力で、実は蛍型の怪人を生み出すことも出来る。基本的に電気代を節約するのに使っていたが、彼はそのカースの出所を掴もうとした。

 サイバイガルとカースについて同時に調べれば、優秀な彼がウィルソンとサイバイガルの関係を知るのは必然だった。


 ――「……そうか。これが、私の血の宿命……」


 誰にもその独り言を聞かせようとせず、峰次は自身の血に流れる運命を悟った。

 もっとも、独り言を聞かれていないと思っていたのは、彼だけだったのだが。


 ……愛野紗衣良という女性にについて、特筆すべき事柄は何も無い。

 何故彼女が一連の『呪い』の事件に関わったのか、恐らく永遠に妥当な理由は判明しないことだろう。

 彼女は自身の起こした殺人事件における供述で、こう述べている。


 ――「一目惚れです。……はい。それだけです。いけませんか? いけないのは、殺人に関してだけでしょう? 私が恋をしたその理由に、何か文句があるとでも?」


 結局、いくら警備が調べても、紗衣良と峰次の繋がりは微塵も出てこなかった。

 それでも彼女は、自身と峰次の関係を『永久の契り』と抜かして止まず、警備は彼女が妄想を発展させ、錯乱に陥って殺人に及んだのだと結論付けた。

 一方で紗衣良本人は犯行を認めており、心神喪失だけは否定し続け、実刑を望んだ、

 だがしかし、彼女は警備にこうも述べてもいる。


 ――「彼女には悪いことをしました。でも、感謝もしています。私と峰次さんは……これでようやく、『繋がった』」


 ……サン・ジアンという女性が何者だったのか、実は詳細に公表されてはいない。

 警備がその情報を秘匿し続けたのは、彼らだけはその情報の不正確さを明らかに出来たからだ。

 兄斗は彼女の子どもの頃の写真を入手し、そこから彼女が呪いを残した可能性を考慮したが、その写真がいつどこで撮られたものか、今に至るまで分かっていない。

 そしてスーザンから話を聞いた兄斗は、彼女の本当の正体を知ることになる。

 彼女の遺体は、確かに火葬され、ある共同墓地に埋められた。

だが、現在その埋められた遺体が消えてしまっているという事実は、掘り返されない限り永遠に判明しないことだろう――。


     *


サード・ジェネレーション刑務所


「……初めまして。愛野紗衣良さん」


 兄斗は、彼女の視線を受けて鳥肌が止まらなかった。

 恐ろしい眼力を持っていたわけでも、ただならぬ雰囲気を感じたからでもない。

 あまりにも、あまりにも、愛野紗衣良という女性は――――『凡人』だったからだ。


「初めまして。えっと……君口兄斗くん……でしたっけ? 初めましてで……良いんだよね? やだ、ちょっと不安になってきた。こんなおばさんに、何の用なのかな?」

「……単刀直入に聞きます。『あちらの世界』に行く方法を……知っていますか?」


 つい、兄斗は話を急いてしまっていた。

 一刻も早く、このどう見ても殺人犯に見えない普通のおばさんの前から、逃げ出したかったのだ。


「……ふむ。参ったなぁ。単刀直入過ぎるよ。でも……うん。分かった。聞きたいことは分かったよ。じゃあ、ちょっとおばさんの話聞いてもらっても良いかな? ああごめんね、ちょっとだけだから。気を悪くしないでね?」

「……」

「……峰次さんと私はね、愛し合っていたの。……あらやだ、ちょっと恥ずかしい言い方になっちゃったね。でもうん、事実だから。私はね、峰次さんが悩んでるのを窓から見て、で、隙を見て部屋に入って、彼の帰りを待って、で、協力させてもらったの」

「……脅して……ですよね?」

「やだもう。ふふ、そんな難しいことは出来ないってば。誰に聞いたの? ……ああ、いや、スーザンさんね。あの人、お喋りだから。私ほどじゃないけど。なーんて」


「……話は聞きました。貴方のもとから『三つ目の宝珠』が原田峰次さんのもとに渡って、彼は『あちらの世界』で化け物と戦った。化け物に勝利した彼は、何とかこちらの世界に帰って来るも、このままではいずれ封印が解け、ウィルソンとベンドールの手によって抑えられてきたあの化け物は、『こちらの世界』に解き放たれる……。彼は、そう予想した」

「それもスーザンから聞いたのね? まあ、私があの子に話したんだけど。当時は信じてなかったけど……今は違うのね。良かった良かった。あの子が元気なら嬉しいわぁ」


「……その後、カースはまた別の形で原田さんを殺しにかかる。その現象の正体が……『寂寞の少女』……サン・ジアン」

「おぉー。凄いなぁ。スーザンさんったら、そこまで分かっちゃったの?」

「いえ、これは僕の予想です。この地に訪れたハララードの血族は、一、二年もしないうちに必ず命を落としています。……実例は二件のみですけど。だったら僕の大事な四葉のことも、サイバイガルは殺そうとしているのかもしれない。教えてください、愛野さん。『あちらの世界』に行く方法は……」

 何とか聞き出そうとする兄斗だが、紗衣良のペースは崩れない。

 しかも、余計な一言の所為で、彼女の興味は別に移ってしまった。

「大事な人ってもしかして恋人? 素敵ねぇ。若いっていいなぁ。青春しなよ? 少年」

「愛野さん……」


「サン・ジアンは、このサイバイガルが創り出した、存在しない人間」


「!?」


 自身もそう理解し、覚悟はしていた兄斗だったが、改めて他の人物にそう告げられると、怯まざるを得ない。

 何故なら彼は今も、確かにサン・ジアンの子どもの頃の写真を持っているからだ。


「でも、人間としての意識は持ってた。記憶もあるし、驚くことに子どもの頃の記録まである。だから優しい峰次さんは、秘密裏に調べて彼女の正体を掴んでも、存在するだけで周囲を呪う彼女を殺せなかった。何故なら彼女自身にはその気がなかったから。だからまあ、私は静観していたんだけど……そしたらビックリ! 峰次さん死んじゃって! ふふ、ホントビックリだった。死に方とか、完全に腐敗させてたからね? 警備は一ヶ月以上誰の目にも止まらずに死んだんだって言っていたけど、違うのこれ。一瞬で腐敗させたの。凄いでしょう? これが呪いの力かぁ……って、私感心しちゃった」

 ちらりと見たサン・ジアンの子どもの頃の写真は、いつの間にかただの紙切れになっていた。


「……何で笑ってんですか?」


 しかし紗衣良は、冷や汗を流す兄斗の言葉を無視して続ける。


「彼女は自分の所為で峰次さんが死んだって喚いてた。まあ事実だけどもねぇ。そんで私イラっとしちゃって、ついやっちゃったの。あの子の最期の言葉、教えてあげる。……『寂しい』……ってさ。人間じゃないくせにねぇ」


 原田峰次と愛野紗衣良の関係は、歪なものだった。

 二人は連絡を取り合うこともなく、ただ紗衣良が勝手に峰次の部屋に上がり、無理やり彼から彼の話を聞きだすというものだった。

 当然だが峰次は紗衣良のことを何も知らない。

 そもそも人間関係を厭う峰次は、紗衣良だけでなくサン・ジアンのことも、他の皆のことも、なるべく避けて暮らしていた。

 それでも彼は孤独を感じないタイプの人間だったが、紗衣良は彼のことを素敵な人間なのに孤独に陥ってしまっているため、自分が救わなければならない男だとスーザンに話していた。

 しかし、スーザンはそんな話を聞かせてくる紗衣良を、ずっと鬱陶しく思っていた。

 生み出された経緯はともかく、サン・ジアンは人間だった。歯車が食い違えば、峰次と共にサイバイガルの化け物と戦う未来もあったかもしれない。

 故に、本当の意味で孤独な人間は…………紗衣良の方だったのかもしれない。


「……もう分かりました。十分です。いいから教えてください。原田さんが死んで、サン・ジアンさんが死んだ後、あの地点では、また別の呪いが生まれた。『首の曲がった化け物』は、サン・ジアンさんの体を媒介に『こちらの世界』に顕現するつもりだった。貴方は……どうやって、復活しようとしたあの化け物を、『あちらの世界』に封じ込めたんですか?」


 ようやく、紗衣良はニッコリと笑みを見せて答え始めた。


「違う違う。私は何もしてない。封印はね、元から元から。ウィルソン・ハララードはね、『陣』を作ったの。まあ彼というよりは、彼の雇った術師がだけど。これ、峰次さんに聞いた話ね。ほら彼、『あちらの世界』でウィルソンの記憶を貰っちゃったから。ベンドール・キリアクスが先立っていなければ……封印された化け物を倒して終わりだったんだけど、結局封印どまり。いつかは解ける。……残念だけど、私は封印の仕方なんて分からない。頼んだだけなの」

「……誰に?」


「二ノ宮学園長」


 それだけ聞いて、兄斗は立ち上がった。向かう場所が決まったからだ。


「あら、もう行っちゃうの? 学園長、実は何も知らないのよ? 先代から頼まれた重複封印を、ただ定期的にやってるだけ。峰次さんがあんなことになっちゃったから、私がその定期を増やすべきって言ったの。でもきっと……それもいつかは……」

「……いや、今日で終わらせる」

「……へぇ。出来るの? 貴方も化け物なのかしら?」


 兄斗は、少しだけ悲しい目で紗衣良を睨み付けた。


「……そうだよ。僕もアンタも、人間って名の……化け物さ」



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



トーリトス・ルラトンセ


「……原田さんは、また別のカースに巻き込まれて命を落としたの。そして私も……『不幸』というカースに襲われ始めた」


 三幸は、目の前で起きている十年前の原田峰次の生み出した蛍怪人と化け物の戦いに決着がつくと、自分の胸を抑えて呟いた。

 結局三幸は知らずに亡くなったのだが、峰次が亡くなった本当の理由は、彼自身がサン・ジアンの呪いを受けに行ったからだ。

 カースとは別の、ウィルソン・ハララードが学んでいたという、いわゆる『魔術』のようなものを利用し、自身を訪ねたサン・ジアンを本当の人間にしようとした。

 しかし結局失敗し、二人の初めての会合は、呪詛返しのような形で峰次が死して終わる。

 自分が呪いを周囲に振り撒いている事実すらその場で初めて聞かされた彼女は、呪いを受けて死にそうな彼の最期の言葉を思い出しつつ、紗衣良によって殺された。

 

 彼の、『君は生きていい人間だ』……という言葉を。


「……自殺を決心したのは、私以外の人が実際に死にかけた時。屋上から飛び降りようとしてる人がいて、私止めようとしたの。でもそしたら私が落ちちゃって……」


 四葉はハッとした。


「え……じゃ、じゃあまさかそれで」

「ううん。その時は、謎の力に助けられたの。でもその後、飛び降りをしようとした人に話を聞いたら……『覚えてない』って言うの。操られてたんだよ。……サイバイガルのカースに」

「……!」

「誰かを巻き込んでまで私を殺そうとしてくるその呪いと戦い続けるなんて、私には出来ない。でも、誰もいない『この世界』でなら不可能じゃない。だから私は、『封印の間』で魂を捧げたの。それが……この世界に来る、もう一つの手段だからね」

「で、でも……でもでも……どうして……。どうして、三幸ちゃんが死なないといけないの……?」

「向こうに肉体があると、そっちに引っ張られる。だから捨ててきたの。学園長に頼んで」

「……ッ!?」


 三幸は三度指を鳴らした。

 すると、周囲の風景は四葉が初めてここに来た時と同じものに変わっていった。

 そして……。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


「!?」


 化け物が現れるのも三度目だ。

 二人の目の前に、煩わしい叫び声を上げなら立ち塞がる。

 空は灰色で、濁り切っていた。


「安心して四葉お姉ちゃん。私は『反転』の力でアレを倒し続けることで、永遠にサイバイガルの化け物をこの世界に閉じ込め続けられる。そして、肉体ごとこっちにやって来たお姉ちゃんは、アレを倒せば生きて元の世界に戻れるはず」

「……三幸ちゃん……」


 花良木三幸が死を決心した理由は、彼女の言う通り『世界を救う』という大義にあった。

 いずれ封印が解けるのなら、その事実を『反転』させ続ければいい。

 自身に降りかかったこの地の呪いを、この地の呪いの源泉を抑えるために使い続けるのだ。

 それも、永遠に。

 これだけの決心を可能にしたのがたった十三の少女であり、自分がずっと心のよりどころにしていた三幸だと知り、四葉は…………。


「え……」


 四葉は三幸の前に立ち、化け物と向かい合った。


「よ、四葉お姉ちゃん!? 何を……」

「……それでも私は、自分を犠牲にしたやり方は、間違っていたって言い続ける」

「……四葉お姉ちゃん……」


 きっと何の意味も無いのだろうが、四葉は両腕を広げ、精一杯三幸を守ろうとした。

 目の前の化け物の図体はマンションと変わらないほどのサイズ。決して、そんなことをしても守れるわけがない。


「三幸ちゃんはいつもいつもそうだった! 自分ばかり背負い込んで……私にいつも笑顔を向けてくれて……私は……私は救われてばかりだった! でも私だけじゃなく世界まで救おうとしてる! ……一人で背負い過ぎなんだよ……三幸ちゃんは……!」

「……」


 果たして、彼女が自殺の決心をすぐに可能としたのは、その覚悟の強さだけだったのか。

 四葉だけではなく、周囲の全ての人間に気を遣い続けて生きてきた三幸の内心は、もう彼女自身にも掴みきれない。


「……ありがとう、四葉お姉ちゃん。でも良いの。四葉お姉ちゃんは元の世界に戻って? 私は……そんなに私のこと想ってくれる人がいるって知れて……それだけで……十分だから」

「……ううん。もう良いんだよ、三幸ちゃん」

「え……?」


 そうこうしているうちに、化け物はその長すぎる首を、鞭のようにしならせて攻撃を仕掛ける。


「あのね。私も……実は私も呪われているの。私がピンチの時、絶対必ず助けに来ちゃうある人に」


 パリィィィィィィィィィィィィィィィィィン


 何かが、空間を裂いて現れた。

 そしてそれはすぐに、四葉たちに攻撃しようとしていた化け物の長い首を弾き飛ばす。

 弾き飛ばしたのは、六角形の結晶体。だが、現れたのはそれだけではない。

 空中には、その結晶体……『リフレクション』に乗った、『彼』がいた。


「……愛してますよ。兄斗先輩」



 そして――――――――君口兄斗は振り返る。



「僕も愛してるよ。四葉!」

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