『人間と化け物』②
スパンャキ央中
「三幸ちゃん!」
花良木三幸によく似た少女を見つけた四葉は、この異世界空間で彼女を追いかけていた。
どういうわけかその少女は四葉から逃げ回り、止まってくれる気配がない。
中央キャンパス付近によく似た風景の通りを走り続け、四葉は何とか彼女の背中を掴もうと試みる。
が、しかし、想像以上に三幸らしき少女はすばしっこい。
「な……!?」
段差のある場所でも手すりを飛び越えてジャンプし、二、三メートル近くある高所も窪みを伝って登りきる。
やがて四葉は彼女を追えなくなり、一号館の屋上庭園付近で彼女を見失った。
「ハァ……ハァ……ど、どこに……」
膝を抱えて、息を整えていたその時――。
「ばぁッ!」
「うひゃぁっ!」
いきなりその少女が目の前に現れた。
四葉はすってんと転んでしまい、制服のスカートを地に付けてしまう。
「……み、三幸……ちゃん……?」
傍で見る彼女の顔は、やはり間違いなく花良木三幸の顔。
そして、四葉はもう彼女が偽物であると疑わなかった。
「四葉お姉ちゃん久しぶり! 元気!? わっ! 大胆なパンツ履いてるね!」
「ッ!?」
どうやら転んだ拍子で三幸に見えてしまていたらしい。
四葉はすぐにスカートで隠し、顔を真っ赤に染める。
「わかった! 彼氏できたなぁ、この幸せ者! 末願くお幸せにな!」
「三幸ちゃん……」
「あれあれなぁにその顔? 私に会うのが久しぶり過ぎてビックリしてる? そりゃするか! いいから笑って四葉お姉ちゃん! 四葉お姉ちゃんは笑顔が似合うよ! これマジでな!」
「……三幸……ちゃん……!」
我慢できず、四葉は彼女を思いきり抱き締めた。
「……あれあれ? どうしたの四葉お姉ちゃん。………………ごめんね。勝手な真似して」
「三幸ちゃん……!」
それから少しの間、四葉は彼女から離れることが出来なかった。
*
「じ、自殺……!?」
四葉は三幸から直接、彼女の死因を聞かされた。
何もかもが理解できない状況で、もう四葉の頭はショートしている。
「……なるほど。学園は『事故』で処理したんだ。まあ妥当だね。カースの存在は、国外には出せない。少なくとも、二ノ宮学園長はそう考えてたし」
「ど、どうして……どうしてそんな真似……」
「世界を救うためだよ」
混じりけなしの瞳で、三幸はそう言ってのけた。
「……どういう意味……? 全然……全然分からない……」
「……そうだなぁ。何から話すべきか……」
見た目は亡くなった時のままである十三歳の姿だが、三幸は元から聡明な少女だ。
四葉は、彼女には何か深い思惑があるのだと考えた。
「……ならまずは、百年前のことから話すべきかな」
「百年前……?」
「ここは、サイバイガルに巣食う化け物を封印した世界。元の世界のコピーから、時空を歪ませて創ったこの世界でも、私の『反転』のカースは効く。見せてあげるよ。……百年前の光景を」
そして三幸は、指をパチンと鳴らした。
特に何の意味も無いモーションだが、彼女は自身のカースを発現した。
辺りの時空が全て反転し、全てが戻されていく。
二人は確かに一号館の屋上庭園にいたはずだが、いつの間にか一号館は消え、二人は地面に立っていた。
要するに、時間が巻き戻されていったのだ。
「……!? な、何これ……」
「私のカース。事象を反転することが出来るんだよ」
「み、三幸ちゃん……狂信者だったの……?」
三幸はニッコリと笑い、笑顔だけで肯定を示した。
そして、彼女は目の前を指差す。
「……あれは……」
そこには二人の人物がいた。
一人は二十代後半と見られる男性で、もう一人は三幸や四葉と同じか、それよりも若い少年だ。
「あれは……ウィルソン・ハララードとベンドール・キリアクス。そして……」
鈍い音が、空気中を伝って四葉の鼓膜を揺らしてくる。
空はねずみ色で、大地は荒れて廃れている。
人間は目の前の二人しかないというのに、その鈍い音の正体はどこからも掴めない。
空や大地が清浄を失っている理由も分からない。
……いや、そもそもそんなことに理由がいるはずはない。世界というのは必ずしも彩りに富んだ風景で作られているわけでもないし、音の正体は耳鳴りかもしれない。
だが……理由がある気がしたのだ。
キリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキ
「……………………………………………………」
耳を劈くようなその音と共に、『それ』は再び四葉の前に現れた。
首が九十度に曲がった、キリンのような四つ足の生物。
頭部は人間の顔を逆さまにしたような形をしていて、明らかに『化け物』としか呼称できない存在。
「これは……美術館の……いや、あの時の……!」
四葉は知らないことだったが、サイバイガルのフィリー美術館にある像は、キリアクスの親族が、未来の人々に警告するために作らせたものだった。
そう。この怪物は、サイバイガルに巣食う化け物が、形を作った時の姿――。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
四葉と三幸の見ている前で、ウィルソンとベンドールは冷静にその化け物と相対していた。
「……ベン。どう思う?」
「……今までで断トツっスよ。こんだけ強い『圧』を感じんのは……初めてっス」
「では、君でも倒せないか?」
「……いやぁ、ンなこたないっスよ? けど……コイツぁ上っ面だ。人が住んでねぇからか、この島全土が奴の温床になっちまってる。えっと……師匠にも分かるように言うと、ネイチャーパワーがデカすぎて、マンパワーが足んねぇんス」
「ますます分からないのだが……」
「ま、コイツは取り敢えずかっ消しますよ」
そう言うと、ベンドールの背後から突然六角形の結晶体が出現する。
まるでそれは、君口兄斗の『リフレクション』のようなバリアだ。
さらにその結晶体が複数生み出されると、一斉に化け物の方向に向かっていく。
「ああああああああああああああああああああああああああ」
「うっせぇッ!」
無限かと思えるほどの数のバリアが、次々に化け物に向かっていく。
それらは化け物を細々に切り刻み、身動き一つ取れないようにしていく。
「ああああああああああああああああああああああああああ」
「オラオラオラァ!」
自ら殴ってバリアを飛ばし、少しだけ加速させて化け物に向わせる。
化け物は意外にもこちらに対して攻撃を仕掛けようとしてこなかったため、ベンドールの一斉攻撃は難なく通る。
そして、この猛攻の前に化け物は完全になす術が無かった。
やがて限界が来たのか、化け物は大きな音を立てながら地面に倒れ込む。
そして、まるで初めからそこにいなかったかのように、倒れた化け物は消えていった。
「ヘイ! 終わりィ!」
その時、ベンドールの足元が光り出す。
完全に油断したベンドールは、その光にすら気付いていない。
「!? ベン!」
ウィルソンは瞬時にベンドールを突き飛ばし、自らがその光の上に立った。
「師匠ッ!?」
光はまるで触手のように地面から生えて、ウィルソンにまとわりつく。
「ぐ……ッ! あぁ……ッ!」
まるで電気クラゲに絡まれたような痺れと痛み。
ウィルソンは叫び声を上げることすら出来ず、その場に倒れ込んだ。
「師匠! 大丈夫っスか!?」
「…………ッ」
四葉は一連の様子を見て唖然としていた。
「……み、三幸ちゃん……これは……」
「ウィルソン・ハララードは、この時サイバイガルに呪われた」
「……!? と、というか……彼の力は一体……」
ベンドール・キリアクスの能力が君口兄斗と同じものだということは、四葉にはすぐ理解できた。
そして彼女は、兄斗とベンドールの血が繋がっている事実を知らない。不審に感じるのは当然だ。
「彼がのちに、大戦の英雄の一人に数えられることになった理由。『不思議』は隠せても、戦果は隠せないでしょ? ベンドール・キリアクスは、カースとは全く別のあの不思議な力を、いつからかは知らないけれど使えたらしいんだ」
「……」
ベンドールの必死な声掛けを受け、ウィルソンは何とか片膝をついて起き上がる。
「し、師匠……大丈夫……っスか?」
「……ああ。問題……無い……」
「……」
「……ことはなさそうだな」
ウィルソンには分からないが、ベンドールの方はウィルソンの身に何が起きているか《《見えて》》いる。
彼は焦りからか、顔面が冷や汗に塗れていた。
「……ヤバいっスよ。師匠……コイツは……」
「ヤバいのなら、もっと安心させる言葉を吐くべきだろう……ベン」
紫色の痣が、ウィルソンの全身に広がっている。
落雷による熱傷のような痣だ。
「……サイバイガルの呪いは……自然が生み出した呪い……。師匠……コイツは、人間に敵意を持っているんスよ。どうせまたすぐに復活する。今度は……もっでけぇバケモンになって」
「なら……我々の仕事は、『これから』というわけだな」
「……長くなるっスよ。今回ばかりは」
「上等じゃないか。最後に勝つのは……我々人間だ」
ウィルソンは、ベンドールの手を握って立ち上がった。
やがて未来に名を遺す、戦犯と英雄の戦いは、誰にも知られず始まったのだ。
「……そうしてウィルソンは、その子々孫々に至るまで呪いと戦うことになる」
「!」
突如四葉が気配を察知したのは、謎の人型をした影の集団。
大きな化け物を倒したのだが、今度は人間サイズの敵が無数に現れ、周囲の大地を埋め尽くす。
これからウィルソンとベンドールは、この影の集団と戦闘することになるのだ。
だがそこで、三幸は再度指を鳴らした。
「三幸ちゃん……」
「この何も無い更地・サイバイガルは、今から数千年以上前に神々が争った土地とも言われている。四葉お姉ちゃん、一号館のモニュメント見たことある? 不死鳥のモニュメント。アレは、この地で起こった神々の争いを、沈めた存在を言われているんだって。ホントかどうかは、今となっては知りようがないけど」
三幸が指を鳴らすと同時に、再び時間は変化していく。
今度は彼女が彼女自身のカースによる影響を『反転』させたのだ。
それによって、時が現在に向かって動き出した。
「……ウィルソンはこの地に宿る神々の怨念を、人間の『想いの力』によって押さえつけようとした。そうしないと、いずれこの地に巣食う神の呪いが、世界を滅ぼしてしまう可能性があったから」
「な……!? 世界を……滅ぼす……?」
「別に、信じられない話じゃないでしょ? さっきの化け物見たらさ」
実はこれまで三幸以上に多くの超常現象を目にしてきた四葉だが、だからこそ逆に信じられなかった。
彼女はある程度の非現実をその身で体感してきたので、その限界を自分の中で決めつけてしまっていたのだ。
そこが、超常現象のほんの一部しか見ていない三幸との違い。
一方の三幸は、先入観を完全に捨てて、現実を受け入れていた。
「……か、仮にそうだとしても……ウィルソン・ハララードに……何が出来るって言うんですか……?」
「この地を日本に明け渡すこと」
「!?」
「ウィルソンはね、元々戦争なんてものと無関係なところで生きていたの。当然世界から見たら小さい存在の彼は利用される。学園国家をこの地に作ることで、人間の『想いの力』を集めるという自身の目的自体は果たせたけれど、たくさんの犠牲は避けられなかった」
「ベンドール・キリアクスは……確か日本軍にいましたけど……」
「それは、ウィルソンが戦争の発端として世間に認知されて以降の話だね。二人の間に何があって対立する立場になったかなんて分からないけど、世界全てと戦争による犠牲者を天秤にかけ、後者を切り捨てたウィルソンの判断が正しかったかどうかは……分からない。ベンドールのように特殊な異能を持つわけでもない彼に出来ることは、限られているしね」
後の世ではもう、好きに解釈されるしかない。
ただ、一つだけ確かなのは、ウィルソンとベンドールの関係は、この世に蔓延る超常現象による危機を祓う、ある種の退魔師のような立場の師弟であったこと。
互いに協力して戦いを続け、世界のために行動していた事実は、間違いないはずなのだ。
実際この地に学園国家を建設し、人間が住み着くことで、化け物は一時的に出現することがなくなった。
「……さて。次は……原田峰次さんの話をしよっか」
気が付いたら、またも目の前には大きな『首の曲がった化け物』がいる。
そして、その化け物と相対しているのは――――――――原田峰次。




