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『人間と化け物』

二ヶ月前 中央食堂


 その日、四葉の目を盗んで兄斗は上柴と二人で会っていた。

 押し過ぎるのを良しとしない彼は、稀にそういうことをする。

 だが今日は、別に四葉の気を引きたかったわけではない。


「……広域解析の授業の件、覚えてる?」

「? 珍しいな。お前の興味はすぐ移り変わるもんだと思ってたぜ」


 広域解析の授業の件。それは、広域解析の試験の日になると、ゼロ点解答を提出する謎の存在が複数現れるといった超常現象……カースについての話だ。

 結論として、上柴はその存在が人間ではなく、幽霊のようなものだと推理した。加えてその幽霊の正体は、解答用紙に記された学籍番号から、『花良木三幸』であることが判明した。


「……僕も調べたんだ。花良木の従妹……三幸ちゃんについて」

「ああ、そういうことか……」

「……あの授業で、十年前からゼロ点解答を出し続けていた幽霊の正体は、確かにデータ上は花良木三幸になっていた。そこで一つ、妙なことに気付いた」

「十年前に、花良木三幸は在籍していない…………だろ?」


 上柴も、同じことに初めから気付いていた。

 十年以上前の入学者の学籍番号であるにも関わらず、そのデータは花良木三幸を指し示すものに改竄されていたのだ。


「……うん。三幸ちゃんは十三の時……つまり三年前にこの国で亡くなった。でも、ゼロ点解答の学籍番号は、本来十年以上前の生徒を表しているはず。学園に保管されているデータだけが、何故か『花良木三幸』に置き換わっていた」

「付け加えて、今年のゼロ点解答者は複数存在していた。それら全てのデータもまた……花良木三幸に置き換わっていたけどな」

「……広域解析の王神明教授は、そのことに……」

「いや。あの人はそこまで詳しく調べていない。データが置き換えられたのは、まず間違いなく彼女がこの学園に来た三年前以降。ただし、『現象』自体は十年ほど前から続いている。俺は……十年前に発生した何者かのカースが、花良木三幸の呪いに上書きされたんだと思ってる」

「僕はそう思わない」

「…………根拠は?」

「ない」

「なんじゃそら」


 上柴はガクッと肩を落とした。


「……根拠はないけど、僕は花良木の反応を見て疑問に感じたんだ。やっぱり……三幸ちゃんって子が、未来に呪いを残したとは思えない」

「……別にその推測自体は間違いとは言えねぇけどさ。でも、根拠がないと話になんねぇだろ」

「……十年前、セントラル・ストリートで殺人事件があった」

「は?」

「被害者はサン・ジアンという名の女性。そして……これが、彼女の『子どもの頃』の写真」


 兄斗は懐から一枚の写真を取り出し、それを上柴に見せた。

 そして上柴は、愕然とする。


「……嘘……だろ……」

「どうかした?」

「……俺は、『彼女』を見てる。いや、見たことがある。広域解析の教室で、お前のリフレクションによって祓われたところを……」


 これより数ヶ月前、広域解析の試験における一連の現象を、上柴は独自に調べていた。

 そして、彼は広域解析の教室に出現した少女の幽霊のような存在が、兄斗の前で消滅したのを実際に確認している。


「……なるほどね。やっぱりこの子が、上柴の見た少女だったってわけか」

「……どういうことだ? 俺はてっきり……アレが花良木三幸なんだとばかり……」


 兄斗はサン・ジアンという人物の子どもの頃の写真を見つめ、語り出す。


「『この頃』が、彼女にとって最も孤独でなかった時代……だったのかもしれない。それから少しして、学園国家サイバイガルに来た彼女は激しい孤独に苛まれる。再試験を経てもなお広域解析の単位を取れず、そのまま亡くなった彼女は、当てつけのようにゼロ点の解答用紙を毎年提出するようになる。それだけ彼女は……勉強が嫌いだったんだろうね」

「……結果として、王神明教授は学生に単位を取りやすくさせるため、再試験の基準を変更する。それでもサン・ジアンは試験の平均点を下げ続けた。もっともっと他の学生が簡単に単位を取れるようにするため……か?」


 兄斗はコクリと頷いた。


「……これが、十年前にカースが誕生した根拠。けれど上柴の言う通り、そのカースが花良木三幸によって上書きされたっていう可能性を、否定できる根拠はない。ただ……ただ、サン・ジアンの殺人事件に関してはまだ続きがある。事件に関わりのある人物の一人に、花良木と三幸ちゃんの従兄弟伯父がいたんだ」

「……何?」

「名前は原田峰次。当然だけど、彼もまたウィルソン・ハララードの血族。……なあ上柴。僕はこう思うんだよ。三幸ちゃんが呪いを残したんじゃない。むしろ彼女の方が……『何か』に呪われたんじゃないかって」

「…………」


 全ては、兄斗にとって都合の良い方向に思考を働かせただけの、推測。

 だが、思考を止めないことに意味がある。


「一緒に調べてよ。ウィルソン・ハララードも、原田峰次も、花良木三幸も、そして花良木四葉も……誰かを呪ったりするような血族じゃない。被害者なんだよ、きっと。この地に巣食う『何か』によって呪われてしまった血族だったんだ。僕はそのことを証明したい」

「……花良木には内緒でか?」

「……生徒会に聞いたところ、三幸ちゃんの死因は隠蔽されているらしい。本来は……事故ではなくカースを利用した『自殺』だったって、会長は言っていた。僕は違うと証明したいけど、まだ……まだ花良木には話せない。……証明するまでは」


 兄斗の知っている四葉なら、仮に三幸の死因が本当に自殺だとしても、それでもその事実に耐えてみせるだろう。

 それでも兄斗は、愛する彼女のために少しだけ……ほんの少しの間だけ、隠し事をすることにした。


「オーケー。じゃあやろうぜ君口」

「ありがと。流石、ノリ良いね」


 こうして、二人はアルフレッド・アーリーが辿り着けなかった真実に近付くことになる。

 前提に置く仮説が違ったことで、彼らはカースの源泉に触れることになったのだ。

 もっとも、『触れる』という意味では、アルフレッドもまた、『それ』に接触してはいたのだが。


     *


現在 とある家宅


 兄斗はある人物の家にやって来ていた。

 その人物は見たところ四十過ぎほどの女性で、兄斗と彼女は向かい合って二つのソファに座っていた。先の山本との時と同じ状態だ。


「……お久しぶりね。君口兄斗君」

「え……。あ、あの……どこかでお会いしましたっけ?」

「会うのは二度目かしらね。覚えてない? セントラル・ストリートの真ん中で……一度、貴方に声を掛けられたのだけど」

「………………あ。も、もしかしてあの時の!?」


 半年前、兄斗はセントラル・ストリートである現象に遭遇していた。

 それは、通りのある地点に足を踏み入れた人物が、口を開いて生気を失い、首を九十度横に曲げた状態で立ち止まってしまうという現象だ。

 その原因が気になった兄斗は、同じ場所に足を踏み入れても無事だったこの女性に、一度声を掛けている。

 ただし結局、当時の兄斗はすぐに別のことに興味を移し、詳しく原因を明らかにすることはなかった。


「……二度目の方は……きっと、君口君たちは気付かなかったでしょうけど……」

「え……? そ、それはどういう……」

「でもずっと感謝していたのよ? 私を、元の姿に戻してくれて……」

「……!?」


 そこで兄斗は勘付いた。

 二ヶ月ほど前、アルフレッド・アーリーによって出現したカース・『首の曲がった化け物』。

 もしかしたらその正体こそが、今目の前にいる女性だったのではないかと。


「まさか……」

「私の名前はスーザン・キリアクス。知らなかっただろうけど……実は、貴方とは遠い親戚なのよ?」

「え…………えぇ!? あ、あれ……僕、てっきりここは原田さんの家だとばかり……」

「いえ。ここは確かに原田由紀乃(ゆきの)の家よ」

「あ、あれ? おかしいな……」


 兄斗はウィルソンの血筋の人間のもとに、『三つ目の宝珠』が渡っている可能性を考慮した。

 そのため、四葉以外にこの学園に存在している、ウィルソンの血族の家を訪ねたのだ。


「由紀乃は今、実家に帰ってるわ。まあちょとした家庭の事情で」

「え? ……い、いや、それは分かりましたけど、じゃあ何で貴方はここに……」

「ペットの世話を頼まれて」


 よく見ると、確かに部屋の奥にペットハウスが見える。

 どうやら犬を飼っているようで、今は寝ているらしい。


「……ご、ご友人……なんですか?」

「ええ。それで、君口君は彼女に何の用だったのかしら? 良ければ伝えておくわ」

「あ……いや、その……この国にいらっしゃらないのなら……うーん……参ったな……クソ……」

「どうしたの?」

「あ、いや、その……」


     *


 兄斗はスーザンに対して隠さず事情を話した。

 ただ、残念ながらウィルソンの血筋である人物のあてはもう無い。

 唯一の可能性だった原田由紀乃という人物が不在だと聞いて、兄斗はだいぶ動揺していた。


「……そういうこと……」

「僕の調べた限り、サイバイガルにいるウィルソンの血族は四葉と由紀乃さんだけです。彼女がいないとなれば……『三つ目の宝珠』は……もう……」

「由紀乃は、ウィルソンの血筋じゃないわ」

「!」


 スーザンは、まるでまだ何か手掛かりがあるとでも言うかのように、切り出した。

 だがその事実はむしろ、兄斗のあてが外れていたことを、残酷に示しているようにしか見えない。


「彼女は原田峰次さんの姪。けれど、実のところあの子は養子で、ウィルソンの血は流れていないの」

「そんな……」

「……でも、『私』は彼と無関係とは言い切れない」

「え?」


 確かに原田由紀乃という人物は関係の無い人間だったが、ここに兄斗が来たことには、意味がある。

 全ては必ず繋がっているのだ。


「アルフレッド・アーリーが私を『使った』のは、私がキリアクスの血筋だから。貴方や貴方のお兄さんと同じ……大戦の英雄、ベンドール・キリアクスの……ね」

「ど、どういうことですか? あ、貴方は何を……知ってらっしゃるんですか?」

「百年前、キリアクスとハララードはこのサイバイガルの地に訪れた。そして……ハララードは呪われた血族になったの。私は二ヶ月前、あの化け物に魂を乗っ取られて……その時そのことに気付いた。遥か昔の記憶が、頭の中に流れ込んできたの。そしてようやく、十年前のあの事件のことを理解した。……君口君、もしかしたら『彼女』が何か知っているかもしれない。だから……あの時のことを、貴方に話してもいいかしら?」


 今の兄斗はどんな手掛かりも見落とす気はない。

 当然話を聞かないわけもないので、兄斗は目の前の人物の話を行く姿勢に入った。

 そして、時を同じくして別の時空では、四葉も同じような状況に立ち会っていた――。


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