『世紀大戦』③
暫しの沈黙を経て、兄斗は自ら口を開いた。
「……ありがとうございました。山本さん。でも……正直驚きました。そんな状態で……よく日本は世紀大戦に勝利しましたね」
「……これも秘匿された歴史ですが、日本にはかつて、今でいう君の兄のような存在がいたのですよ。『人間兵器』として酷使され、今はもう……亡くなっていることでしょうが」
「……そうですか」
人間の武力を遥かに凌駕する超常的な力は、それを持つ者が人間である以上、人間のために使われてしまうことになる。
今までの全ての話は、兄斗にとって他人事では済まされない。
彼の兄・快太は、政府と意見が合わなくとも、立場上は今もなお、あちら側の人間なのだ。
「私の話は……役に立たなかったでしょう?」
「いえ。そんなことは……………………ッ!?」
彼から聞いた話を頭の中で反芻していた兄斗は、今ようやく欲していた情報を手にした事実を理解する。
「……ちょっと待ってよ。それならつまり……」
「? どうしました?」
「……そうだ。山本さん。ウィルソン・ハララードは、何故未来になってから『戦犯』扱いを受けることになったと思いますか?」
「? それは……アピールになるからでしょう。これから先の、濁った平和の世では……」
「違いますよ。そうじゃない。そもそも開戦の原因は当時の日本政府にある。でも裁かれたのはウィルソンだけだ」
「それは、ウィルソンが敗戦国出身だからでしょう。日本に責任は無いと、自国民に…………」
そこで山本も違和感を持った。
すると、先にその違和感に気付いていた兄斗が頷いた。
「そうです。意味が無いんですよ。自国民へのアピールなんて。だって、当時の日本政府を最も恨んでいるのは、間違いなく戦争の最大の被害者である、日本の人間なんだから」
「……それは……まあ、そうとも言えなくはないでしょう。実際日本は領土こそ拡大し、新たな『日本人』を相当増やしはしましたが、終戦時の本州の人口は……壊滅的状態でしたからね。ですが、アピールの意味は無く、ただ戦争法規を破った事実を追及されただけとも考えられます。当時の日本政府の責任は、都合が悪いと抹消されただけなのかもしれません」
「しかし現実に、今も当時の日本政府の巨悪ぶりは語り継がれています。山本さんの知る情報が正しいのなら、やっぱり変ですよ、ウィルソンの裁判は。彼の母国も今では日本の属国。その属国からの反感を生むだけで……日本政府には、彼を裁くメリットが無い」
「……一理ありますが……やはり私はそこまで違和感を持てません。ウィルソンが悪党だとすれば、何もおかしな話にはならない」
「でも僕はウィルソンに良い人であってほしい。だから僕には他のみんなが見えない事実を見ることが出来る。当時の日本政府にとって都合が悪かったのなら、一体誰に都合が良かったのかって話ですよ。ウィルソン善人説を前提に置いて考えれば、おのずと見えてきます。彼が戦犯となったのは、このサイバイガルにおける戦争の引き金となったから。仮にそれが事実なら、戦争をこの地で起こさなければならない事実があったんじゃないですか? そして彼は、当時の日本政府と交渉をしていたんじゃないでしょうか? 将来自分を、戦犯として裁くように……と」
完全に、自分にとって都合の良い推測だけで話を進めていく。
山本はそんな兄斗の姿に、友の姿を重ねていた。
「そんなことをする……意味は?」
「知らないわけがないでしょう山本さん。この国は、A級戦犯ウィルソンの存在なしに生まれることはなかった。だってそもそも、『彼がその邪魔をしていたんだから』」
「……」
「知る人は知っています。噂ですけど。『ウィルソンは、本心では学園国家の設立を目指していた。だからこの地を当時の大国日本に明け渡すため戦争を起こした』ってね。しかし、学園国家の設立を望んでいた体の日本政府は、そんな歴史を認められない。それだとまるで、日本が学園国家設立を望んでいなかったように見えるからだ。だから日本の歴史では、『ウィルソンは学園国家の設立を拒んでいた。だから日本の大使館を襲撃した』と習わされる。けれどもし、その歴史自体が、ウィルソンの作り出した嘘だったとすれば?」
「嘘……ですか……」
「日本だけの歴史を学んでいたら分からないでしょうけど、この国は色んな国の史料を見られる。二十世紀初頭の日本政府は、国内に対して学園国家の設立を公約に打ち立てた。しかしそれは国民に良い顔をするための方便で、本当はサイバイガルに関わる気はなかった。そこでウィルソンの襲撃事件。大義名分をプレゼントされた日本軍は、サイバイガルという地での武力行使を許され、政府の意向を知らずにサイバイガルを手にするために戦闘を始める。消極的だった政府とは裏腹に、軍はこの地での戦いに勝利を収めそうになりました。でも、学園国家の運営を行う寛容さは、当時の日本政府には無い。……だからこそ、切迫した政府にウィルソンは取引を持ち掛けたんじゃないですか? 当時の日本政府は、何よりもまず、学園国家の運営を海外に許容されない可能性を危惧していた。だからウィルソンは襲撃の証拠をくれてやることで、政府にサイバイガルの設立を約束させた。戦犯として永遠に自分の名を残せば、日本がサイバイガルの宗主国であり続ける大義は失われない……って付け加えて。まあ現実は、それを引き金に世界大戦に変貌していって、学園国家の設立自体は二十一世紀まで持ちこされたわけですが……。それでも政府はウィルソンとの約束を反故に出来なかった。その理由は恐らく、後から日本政府もサイバイガルの開拓をしなければならない事情を知ったから。そしてそれこそが、ウィルソン以前からこの地に蔓延っていた、世界全体に危険を及ぼす可能性のある『カース』の存在だったんだ。…………と、そんな筋書きはどうでしょう?」
やはり、兄斗のそれは推測の域を超えることがない。
だがしかし、山本には兄斗が見ている景色が見え始めていた。
「…………随分と君に都合の良い推測ですが、今はその可能性を信じても良いかもしれません。つまり、ウィルソンはサイバイガルのカースを御するべく、人が住まないこの地に国を欲していた……と」
「そうですとも! 僕はずっと、こう仮説を立てていたんです! 『カースの正体がウィルソンの呪いなのではなく、ウィルソン自身もカースに呪われていた』のだと!」
それは、ウィルソンを悪玉として見続けていたアルフレッド・アーリーなどには、決して辿り着けない仮説であり、真実だった。
「『三つ目の宝珠』の正体は、恐らくこの地に巣食う化け物ですよ。そしてウィルソンは……いや、ハララードの血族は、ずっとそれと戦ってきた。だから彼らにだけ特別な反応を見せる! 外敵と共に呪い殺そうとしてくる! だったら簡単だ! 『三つ目の宝珠』は渡るべくして四葉の手に渡った! ハララードの血筋のもとに、それはまだ現れる! 思っていた通りだ!」
兄斗は初めから確信していたかのように大声を上げる。
立ち上がり、早くもこの場を去ろうとする兄斗を見て、山本は思わず吐息を漏らした。
「おやおや……まるで、初めからそのように予想していたようじゃないですか。必要でしたかね、私のつまらない話は」
そして兄斗は、少しもきまりを悪くすることなく笑顔を見せた。
「もちろん! だって言ったじゃないですか。僕はただ、『僕と上柴の想像が正しいかどうか』を、聞きに来ただけだって!」
若すぎる彼の風に当てられ、老紳士は再び帽子を被り直した。
あとはもう、自分のすべきことは何もない。
ただ一つ、彼と、彼の愛する少女の無事を祈るだけだ――。




