『世紀大戦』②
トーリトス・ルラトンセ
ここは、セントラル・ストリートによく似た風景の大通り。
他の人間の姿は見当たらず、本来のセントラル・ストリートの喧騒を、微塵も感じさせない静寂で溢れ返っている。
まるでという副詞を付ける必要もないほど、まるっきり現世と思えない空間。
歪んだ空と、生暖かい空気に包まれたこの場所は、現世ではない。
そして、花良木四葉はそこにいた。
「……繋がらない……」
彼女もまた兄斗に連絡を取ろうとしていたのだが、電波が通じない。
手に持っていたはずの宝石のような物体は、いつの間にか消えていた。
彼女は自分がカースに呑まれたのだと勘付いた。
「……これは何かのカース……? せめて……せめて誰かいたら……」
人間どころか虫すら周囲にいる気配がない。
広すぎる世界の中で、彼女は孤独感に苛まれる。
「……あれ……?」
彼女の五感以外の感覚が、何かの気配を感じ取った。
そうする根拠は何も無かったが、彼女はふと振り返って背後を見る。
すると、そこには……。
「嘘……」
見覚えのある――――――――――小さな少女の姿。
「……三幸ちゃん……?」
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枢機院 中央広間
天久翔は、広間にあったベンチに腰を下ろした。
「……なあ会長」
「なあに? 翔君」
「思ったんだが……今回俺、何もしてなくないか?」
「……」
翔は他の生徒会のメンバーに視線を送る。
……が、目を逸らされる。
「翔君はね、傍に居てくれるだけで良いのよ?」
「否定しないんだ!? もしかして俺って要らない子!?」
「私は必要だと思ってるけど……」
翔と瓢夏はもうずっと昔から、互いのことを強く想い合い続けている。
言えることではないのだが、翔としては瓢夏だけではなく、他の者にも頼られるような人間になりたいと考えていた。
もっとも、周りからの翔の評価が上がれば上がる程、瓢夏は嫉妬で恐ろしい怪物に変貌してしまうのだが。
「まだみんないる!?」
翔と瓢夏が割といつもの会話をしている中、君口兄斗がこの場に戻って来た。
「あら君口君。どうかした?」
「……山本さん。ちょっと良いですか?」
用があったのは、ずっと沈黙を貫き続けていた生徒会副会長・山本五郎に対してだった。
兄斗は真っ直ぐ彼の傍に向かっていく。
壁際で凛として起立し続けている山本には、どこか重々しい風格がある。
「何でしょう?」
室内でも帽子を被り、眼帯を付けた老紳士の彼は、硬い表情のまま応じる。
「お話を伺いたいんです。僕と上柴の想像が、正しいのかどうか……」
「……?」
*
兄斗は粗方事情を話し、四葉救出のために協力を仰いだ。
傍で話を聞かされた特対課の巌以外の面々は、巌のミスに対して呆れ果てている。
「課長ったら、仕様がない人ね……」
「ふむ……ならば手伝いましょうか?」
いつの間にか拘束を解かれた特対課は、もう味方面している。
いや、翔子と清太郎はそうでもないが。
「助かるよ、真藤さん。アンタの友達なら、石ころ一つ見つけるのも大変じゃない」
「……君口兄斗。私達を自由にして良いんですか?」
「四葉を助けられるのなら、藁にも縋りますよ僕は」
「……馬鹿馬鹿しい。私の力を恐れない人間はいません。それは、いつでも後ろから刺す準備があるという意味ですか? 随分と……随分と、嫌悪感や不快感を隠すのが上手ですね……」
彼女の言い方が、本心から疑問に感じているように見えなかった兄斗は、面倒なその態度に疲れてしまった。
フォローする役目は、彼女の同僚にある。
「まあまあ霧宮さん。君の力を怖がらない人くらい、いくらでもいるでしょ」
「久保さん……。簡単に人を殺せる私のような化け物を、どうして恐れないでいられるっていうんですか。そんな人間は……いるはずが……」
「そうかな? 僕は全く怖くないけど」
そう言って、清太郎はずっと被っていた野球帽を脱いだ。
そして、翔子はその目と口を大きく開くことになる。
「な…………な……!?」
清太郎の頭部には――――――――――――髪の毛が無かった。
「えぇ……」
「いや何その反応!? あのね、僕昔自分の炎で髪の毛燃やしちゃってさ。だからまあ、霧宮さんの能力は効かない。だって髪の毛ないんだもん」
「…………」
実際のところ、翔子の能力を発動させるには、体毛であれば髪の毛でなくてもよいのだが、とにかく清太郎は彼女を恐れていなかった。
それだけは、間違いのない事実。
「……馬鹿馬鹿しい」
そうして呟いた彼女の内心は、馬鹿馬鹿しくも少しだけ爽やかな明るさを見せていた。
そのことに、まだ彼女自身は気付けていない。
*
生徒会執行本部 副会長室
兄斗と山本は向かい合ってソファに座った。
まだ兄斗の用事を聞いていない山本は、それでも彼を自分の部屋に招き入れていた。
「……君は捜索を続けなくて良いのですかな?」
「思ってたよりたくさんの人が手伝ってくれてますから。狂信者や『番犬』、生徒会に特対課、他にも僕の知り合いの生徒が複数。……ありがたい話だ。だから僕はむしろ、別の方向から探りを入れることにしたんです」
「? 『探り』とは……?」
何から順番に話すべきかを考えた兄斗は、まず『三つ目の宝珠』を知るに至った出発点を説明することにした。
話が取っ散らかることになるかもしれないが、目の前の山本五郎という男は、常に取っ散らかった物言いの女を上司に持っている人物。そういう意味では心配は要らないだろう。
「僕と四葉は、この夏の課題でカースについて調査をしました。その途中で、カースとウィルソン・ハララードの繋がりを示す論文も目にした……」
「アルフレッド・アーリー……彼の論文ですか」
「ええ。あの嫌われ者のオジサンは、ウィルソンの呪いこそがカースの正体だと結論付けていた。けど僕は、その結論が…………気に入らなかった」
そこに根拠は何もない。
だが、兄斗がそう感じるのは自然な話だ。
「だから僕はむしろ、その逆の説を証明したくなったんです。これは、四葉には内緒で調べてたんですけど……」
「ふむ。ではあのアンケート結果の不自然な部分は、もしかして君が調査を怠ったからだったのですかな?」
「えっ。ぼ、僕らのレポート見たんですか……?」
「ええ、まあ」
兄斗と四葉の共同研究では、カースに対する社会の評価をアンケートで調査するという部分がメインだった。
しかし兄斗は、そのアンケート結果に不満を抱き、実は勝手に独自の標本を抽出し、偏った結果を出していた。
もちろんそれはすぐに四葉にバレてしまい、兄斗はかなり怒られている。
「……四葉は気にしていない様子だったんですけど、僕はあのアンケートもやりたくなかった。『カースの原因がウィルソンにあると思うか否か』……学生の回答は、気に入らないことに『はい』が多数だった。だから弄ったんです。まあバレて修正を余儀なくされましたけど」
「……何故君は、そこまでカースとウィルソンの関係を否定したがるのかな? 『気に入らない』とするその根拠は?」
「根拠なんて無いですよ。感情論です。知っての通り、ウィルソン・ハララードは四葉のご先祖様。四葉は良い子です。だったらそのご先祖様も良い人であってほしいでしょう? 自然な流れだ」
「なるほど……。根拠は無いと……」
「でも、見つけられるかもしれない。山本さんから、あの『世紀大戦』の話を伺うことが出来れば……」
「……」
山本はまだ兄斗から、彼が何故自分に話を聞きに来たかを説明されていない。
だが、彼が聞きたい話とはその『世紀大戦』についてということが分かった。聡明な山本は話の流れを遮らず、まだ兄斗から理由を聞こうとはしなかった。
「……酸鼻な過去に、立ち入る覚悟はあるのか?」
その山本の声は、低く重たいものだった。
しかし、今の兄斗は……いや、そもそも彼は、その程度で怯むような真っ当な男ではない。
「もちろん。むしろ、覚悟がいるのは貴方の方でしょう? 山本さん。話したくなければ、別に話さなくたっていいですよ」
「…………いや。君の目論見は分かりませんが、黙っておくべきことでもない。悲惨な戦争の話を伝え説くのは、老人の役目。その前に一つ、聞いてもよろしいですかな?」
流石に思い出したくない話をするには、若干の間が欲しい。
兄斗は独り善がりな性格だが、そんな彼の内心は汲むことにした。
「……先程君は枢機院で、『三つ目の宝珠』というカースについて話されました。ハララードの血筋に固有の反応を見せるカース……それが、ウィルソンと無関係であるはずがない。君は、このカースを消し去る手掛かりを手に入れるために、ウィルソンのことを……いや、世紀大戦のことを聞きたいのですか?」
「……まあそうですね」
山本がずっと兄斗に対し、自分に話を求めてきた理由を聞かずに話を聞き続けられていたのは、何となくその理由を確信していたからだ。
存在するかも分からないもう一つの『三つ目の宝珠』に関しては、既に学園中を兄斗の仲間が探し回っている。
だからこそ兄斗は、僅かな手掛かりを別の手段で手にしようと考えたのだ。
「……この国で、僕の知ってる戦争体験者は貴方だけです。もしかしたら……もしかしたら、手掛かりが得られるかもしれない。だから……すみません。お願いします」
兄斗はゆっくりと頭を下げた。
そして山本は、自身の眼帯に手を当てる。
「……私は、ウィルソン・ハララードのことを何も知りません。所詮は終戦間際を生きただけで役得に預かった、駒の一つでしかない……。なので出来る話と言えば、身の上話だけですが……それでも構いませんか?」
「はい。お願いします」
山本は帽子を脱いで目を細め、己の過去を回想する。
脳内に映し出されるのは、悲惨な灰色の情景だけだ。
「……一九八二年、私は北太平洋戦線に出兵しました。しかし、私は陸軍の立場を望み、上陸作戦でそちらに転じました」
「? 何故ですか?」
「不当に非難されることの多い陸軍に入った友を、傲慢にも憐れんだからです。その友は明るく向こう見ずで、まるで己に陶酔しているかのように、とにかく刹那的な男だった。こう話すと悪く聞こえるかもしれませんが、素敵な人物でしたよ。……君にも似て」
「……」
「戦場では皆が酔うことになりますが、とりわけ彼のようなタイプは前線に駆り出されやすい。それでも彼は長く勇敢に戦い続けた。私はそんな彼を尊敬し、そして……理解していなかった。ある日、彼は私に言ったのです」
――「……お前には俺が、自分に酔った死にたがりに見えるか? 違うんだ。俺は…………俺はただ、恐怖をひた隠しにしているだけなんだ。酔ったフリをして、その実ずっと目は覚めている。銃剣を握る手の震えは、武者震いでも酔いによるものでもない。俺はただ……ただ……死ぬのが、怖い……。怖いんだよ……!」
「……彼は私と何も変わらない、小さな人間だったのです。しかし、彼が弱音を吐いたのはその夜だけだった。以降の彼は今まで通り周囲をけん引し、高笑いをしながら戦果を挙げ続けた。だがそれも永遠に続くものではない。……戦争は長すぎた。彼は戦場で、その命を落とすことになりました」
その後、友に代わって周囲を率いた山本はのちに『英雄』扱いをされることになる。
その呼び方を彼が嫌うのは、亡き友の存在を忘れられないからだ。
「……一九九十年、何度目かも分からない一時休戦は、私にとっては初めてのものでした。一時的に故郷に帰ることになった私は、友の遺留品をその家族に直接届けに行こうとした。しかし、何故か彼の故郷の村は見つからなかった。いくら探しても探しても、見つからない。その村は、地図から完全に消えてしまっていたのです」
「……? それは一体……」
「…………集団自殺……です」
「!?」
「村民全員が心中。破綻した村は更地となり、やがて新たな街の一部へと変わっていました」
「な、何で……!? そんな馬鹿な……」
「……そちらの真相は分かりませんが、当時の日本政府はある政策を、国外には秘密裏に施行していました。私もその事実を、何故か帰国するまで知らされなかった。いや……そう。海外に飛ばされていた日本出身の人間は皆、その事実を知らなかった。何なら、今もなお……」
「は……はぁ? 一体どんな政策を掲げられたら、村民全員集団自殺なんて真似するんですか! しかも国外に知られずにって……」
山本は、少しだけ辺りを気にするそぶりを見せた。
この部屋の二人の会話を聞いている人間など、誰一人としていないのだが、それでも彼は一応確認せざるを得なかった。
「……当時の日本政府は、未曽有の大規模侵略と度重なる植民地の拡大で、最早まともに機能させることも困難でした。国内政治、国外政治、そして戦争、戦争、戦争……。何かを切り捨てなければ、一歩も前に進めなくなる。……あろうことか当時の政府は、自国を切り捨てたのです」
「……ッ!?」
「優秀な人間は海外に送って植民地政策を推し進めさせ、国民総徴兵で労働力は戦争に注がれる。情報統制で全国民に真実を伏せ、国を動かす者までも海外に拠点を改める……。この政策の恐ろしい点は、徹底して国外にすら情報を流さないようにしたことです。自国の危機を、自国民だけでなく海外にも隠し続けた。そして、結果として本国の機能は……完全に破綻した」
「……ま……待って下さい。そんな話は知らない。そんな歴史は……知りません……。僕も僕の両親も日本出身ではないですけど、今の日本がそんな……一度破綻した国のようには、見えませんでしたよ?」
「破綻すれば政策は無かったことにされました。それが一九八九年のこと。今から四十五年前です。少なくとも今の状態に戻るには、十分な時間と言えるでしょう。何よりも、戦勝国として名を改めた『新日本連邦』は、世界の半分以上の国を属国として従えており、資源は溢れている」
「…………」
兄斗は完全に言葉を失った。
もっとも、彼の欲しがっていた情報は、実はまさしく『これ』だったのだが。
「……現在の『日本人』の果たして何パーセントに、『元々の日本人』の血が流れているか分かりません。詳しい事情は分かりませんが、困窮し、飢えと渇きに苛まれた国民がどういった行為に及ぶかは想像に難くありません。もっとも……私はまだ、あの村が消えた理由を、『集団自殺』の所為だとは信じきれていませんが……」
「……僕の先祖はベンドール・キリアクスと呼ばれる、戦争の英雄です。……確かに、『元々の日本人』では……ない……」
「元々身寄りのない私には家族などおらず、故郷と言えるのは国そのものでしかなかった。それでも私は激しく絶望し、同時に憤慨した。だからこそせめて、戦禍の中心となったこのサイバイガルの創建に携わったのです。そして恐らく、私はもう二度と……『あの国』には戻らないでしょう」
「……」
「……死を恐れ続けていた友は、故郷のことを何も知らさず、無知と恐怖に視界を奪われ亡くなった。そのことが、私はどうしても許せなかった。だから私は……自身のこの眼を、友に供えることにしました。せめて……せめて少しでも、彼の視界が晴れることを願って……」
山本は自分の眼帯を摩った。その奥に隠した彼の怒りは、決して誰にも推し量れない。




