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『世紀大戦』

数刻後 枢機院 中央広間


 特対課の一件に決着がつき、兄斗は完全に気を緩ませていた。

 そんな中、彼のケータイが震えだすようにして音を鳴らす。


「もしもし?」

『君口か?』

「ああ。レイゼンさん」

『俺はいつまでお前のフリをしていればいいんだ……』

「あ、ごめんなさい。もう大丈夫ですよ。僕もすぐそっちに戻ります」

『そうか。ところで……』


 その瞬間、兄斗の背筋に冷たいものが走った。




『花良木四葉はどこに行った?』




 奇妙な違和感が、蔓のようにして兄斗の首筋を締め付けながら、彼の中に入ろうとしてきた。

 全ては解決し、問題はもう何もないはずだ。

 だというのに、その予感は確かに突如として彼の脳内に出現した。

 不気味なほど、唐突かつ鋭敏に。


「……は、はい? え? 傍に居ないんですか?」

『居ないっていうか……ああ。ずっと居ないな。お前の企みがバレたんだろう。そっちに向かってるんじゃないか?』

「……」


 普通に考えればそうとしか考えられない。

 兄斗が病室を出ていくことを予期し、先んじて行動することくらい四葉ならあり得る話だ。

 だがしかし、兄斗は言い知れぬ不安を隠しきることが出来ない。


「……ちょっと失礼します」

『え、おい。俺はいつまで――』


 まだ話を続けたかった様子のレイゼンを無視し、兄斗は必死に脳内に溢れ出した嫌な予感を追い出す方法を探していた。


「君口?」

「どうした? 兄斗」


 いの一番に兄斗の様子がおかしいことに気付くのは、親友の上柴と兄・快太。


「……ちょっと……うん。花良木を探してくる」

「ははーん。彼女怒ってるだろ? お前が勝手に病室抜け出したから。つーか、俺もお前に大人しくしてろって言ったんだから、言うこと聞いてれば良かったのに。お兄ちゃん悲しいぜ」

「……」


 何故かは分からないが、今の兄斗には快太の言葉が聞こえていない。

 早く四葉に会いたくて仕方なくなっていた。


「おい、兄斗?」


 兄斗は冷ややかな汗を垂らしながら走り出していた。

 向かう先は決まっていないが、まずは取り敢えず、この枢機院から出るために。


「君口!」


 上柴の声も虚しく、兄斗は止まることなくこの場から去っていった。


     *


セントラル・ストリート


 いくら探しても、四葉の姿は見当たらない。電話を掛けても繋がらない。

 兄斗の心中に突如として現れた嫌な予感は、そこから出ていこうとしない。


「……クソ。何で出ないんだよ……」


 ケータイを握り締め、胸のざわめきを無視するために足を動かす。

 行く当てなど無いが、それでも動き続けないと、心臓の音がうるさく感じてしまうのだ。


「おんやぁ。弟君じゃないの」


 そんな中、声を掛けてきた女性が一人。

 兄・快太の妻である川瀬来菜だ。


「来菜姉ぇ……」

「怪我したんじゃないの? 見舞い行こうと思ったのに……駄目でしょ。勝手に出歩いちゃ」

「怪我は治った。今は四葉を探してるんだ」

「四葉ちゃん? 傍に居たんじゃないの? ……そうか分かった。抜け出してきたなぁ? 悪い子だねぇ、まったく」

「……」


 不安に加え、罪悪感まで混ざり出した兄斗の表情を見ると、流石の来菜も軽口を言えなくなる、


「……何かあった? 旦那は全部解決したって言ってたけど」

「いや……そっちは解決したよ。うん。何でもないよ。ただ、ちょっとアイツを怒らせたのかもしれない……。電話にも出ないし」

「電話に出ない? おかしいねそれは」

「え?」

「だって、四葉ちゃんからしたら、特対課の問題が解決したかなんて分からないじゃん? むしろいなくなった弟君のことを心配して、連絡を取ろうとするはずでしょ? 向こうからは着信履歴とか無いの?」

「……無い」


 もしかしたら、それが違和感の正体だったのかもしれないと、兄斗は今気付いた。

 自分が病院を抜け出した事実を知ったなら、まず連絡を取ろうとするのが四葉のやり方のはずだ。

 というか彼女は、兄斗と連絡を取るために、ケータイを最近買ったばかりなのだ。その彼女が、自分がいなくなったこの状況で、手にしたばかりの便利道具を使わない理由はない。


「……何かあったのかもしれないね。あたしも探すよ。旦那さんにも頼も」

「……そ、そうだね……」


 その時、兄斗のケータイがまたも音を鳴らした。


「四葉!?」

『え? あ、いや……俺だよ。兄です』

「……あ、そう……」

『何だよそのテンションの低さ。まだ彼女探してんのか? それよりさ、ちょっと聞きたいことあるんだけど……』

「いや、それより兄貴にも――」


『病院で、三つ目の宝石を見てないか?』


 焦っているのは、どうやら快太も同じ様子だった。

 落ち着いた話しぶりの一方で、快太は兄斗の声を遮った。


「……ごめん、何て?」


 病院という単語だけ聞き取れた兄斗は、四葉に関連しているのかと思って兄の話を聞く姿勢に入った。


『いや、特対課課長の黒井出さんなんだけど……どうやら危ない代物を、病院で落としたって話でさ。いや参ったよホント。これから病院に行こうと思ってんだけど、もしかしたらお前が見かけたんじゃないかって思ってさ……』

「…………何だって?」


 違和感の正体は、具体的な代物ではない。彼は気付いていないが、兄斗の持つ『リフレクション』が、彼に迫る危機を察知しただけだったのだ。

 そしてその危機は、もうすぐに彼の身に降りかかる――。


     *


サイバイガル中央病院


 兄斗と来菜は、この病院で快太、上柴、そして巌と合流した。

 そこで兄斗は四葉がいなくなったことを話し、一緒に探してほしいと頼む。

 すると、枢機院から来た三人は激しい動揺を見せ始めた。


「それで、もしかしたら病院にまだいるかもって思ったんだけど…………聞いてる?」

「……まさか……」

「おいおい嘘だろ……」

「わ、私の所為か? こ、これは私の所為……ではないよな?」

「?」


 快太は一旦自分自身を落ち着かせ、そしてひと呼吸を置く。


「……良いか兄斗。落ち着いて聞いてくれ。もしかしたら四葉ちゃんは……この黒井出さんが持ってきた、ある呪物に……取り込まれたのかもしれない」


「……………………は? はぁ!? おい! どういうことだよ!」


 兄斗はすぐさま巌の胸倉を掴んだ。


「わ、私の所為ではない! あ、あんな物知らない! 知らないんだ本当に!」

「いいから説明しろよコラァ!」

「ま、まず放してくれ! 輩か君は!」


 兄斗は苛立ちに任せて勢いよく巌を放す。

 巌は何度か咳をしてから、襟とネクタイを整え直して話し出す。


「……本当に知らないんだ。気が付いたらポケットに入っていた。三つの目玉のような形をした宝石の、塊みたいな物が……」

「意味分かんねぇよ。じゃあ何で呪物だって分かった?」

「上に確認を取ったところ……サイバイガルの『カース』だと判断された」

「俺もその話を日本で聞いたんだ。で、黒井出さんから回収することにしたんだが……」

「……それを落としたと」

「は、はは……」

「笑ってんじゃねぇぞオッサン! どんだけ無能なんだよあぁッ!?」

「す、すまん……」


 四葉に危機が迫っているとなれば、兄斗もエキサイトせざるを得ない。

 彼は今相当冷静さを失っている。


「落ち着け君口。お前は知ってんだろ? 俺とお前で調べたんだから……」

「ハァ? 何の話だよ」

「聞いてなかったのか? 『三つ目』って部分をよ」


 ゆっくりと、兄斗はその意味を理解する。


「………………ッ!?」


 彼らにとって『三』という数字は、特別意味のある数字だ。

 実は既に、兄斗と上柴はこの呪物の存在を知っていた。

 兄斗は今ようやく落ち着きを取り戻し、そのことを思い出す。


「……待てよ。三つ目の……宝石のような……って、まさか……!」

「そうだよ。十年前の例の件。そして、三年前の……」

「じゃあ花良木は……!」


 そこで、ずっと黙って聞いていた来菜が口を開く。


「ちょいちょいちょい。何が何だかサッパリなんだけど? 四葉ちゃんはどうなったの? ねぇ旦那さん」

「……そのカースは、ハララードの血筋の人間に反応すると、その人物を異世界に飛ばす効果があるらしい。十年前と三年前に確認されたらしいが、実は俺もよく知らないんだ。お二人さんは詳しいみたいだけどな」

「ハララード……」


 来菜も快太から多少の話は聞いている。

 その話とはすなわち、この学園で発生する『カース』という現象は、ウィルソン・ハララードの呪いであるとする、アルフレッド・アーリーの持論だ。

 彼の主張では、ウィルソンと同じ血を持つ花良木家の人間は、カースに取り込まれやすいとされている。

 だがしかし、兄斗と上柴は全く別の角度から、大いに異なる結論を出していた。


     *


 病院の前で話し続けているわけにもいかないと考え始めた五人は、取り敢えず中に入って歩きながら会話を続ける。


「……運が悪かったとしか言えねぇよ。『三つ目の宝珠』が偶然今日出現して、しかもその場所がよりにもよって特対課の課長さんの手元だなんて」

「おまけにそれを、四葉のいる病院で落とすんだもんな」

「…………悪かった」


 流石の巌も反省し、やはり落ち込んでいる。今日二度目の消沈だ。


「……いや、偶然とは言い切れないか。この国の危機を、この国自体が気付いたんだ。だから玉手箱っていう別の呪物を持ったこのオッサンの手元に現れた。邪魔な他の『呪い』を呪うため」

「……? ど、どういうことだ?」

「……アンタは落として正解だったって話だ。そうでなきゃ、玉手箱を使った時点でアンタが呪われていた。いや……死んでいた」

「!? な、何……?」

「これまでに何度か、外から来た『異能』を排除するためにそいつは現れたことがある。兄貴は気付かなかったようだけど、『三つ目の宝珠』の本来の目的は、邪魔者の排除だ」

「何……?」


 こればかりは快太も驚くことしか出来ない。

 彼も日本の政府も理解していないが、この国に巣食う『呪い』の源泉は、ずっと根深い所に存在している。

 そして兄斗と上柴は、完全な偶然でそこに近付いていた。


「……けれど、三年前と十年前、ウィルソンの子孫である二人は、『三つ目の宝珠』から違う効果を発現させた」

「待てよ兄斗、それって……」

「その二人ってのはもちろん四葉の従兄弟伯父である原田峰次と…………花良木三幸だ」

「……!」

「異世界に飛ばされた二人は、持ち前のカースでもってその世界から脱出したらしい。けれど、四葉にはかなり酷な話だ。話通りなら……その世界を支配する化け物を屈服させないと、戻って来られないらしいからね……」


 まったく別の時空間に飛ばされるカースといえば、『食べ坊』がある影の中の世界のようなものがある。

 しかしその世界から出る方法は、影の中に再び入るだけという簡単なもの。

 飛ばされた世界で『力』を誇示しなければならないというパターンは、一般的な少女にはあまりに厳しい条件だろう。


「……戻って来られない可能性は?」

「考えたくない……とか言ってる場合じゃないな。化け物を屈服させられなければ二度とこっちに戻れないと考えた方が良いかもしれない。そうなれば、僕に出来ることはもう……」


「――もう一つの『三つ目の宝珠』を探す……しかねぇよな?」


 一瞬諦めかけた兄斗は、親友の言葉で顔を上げた。


「……ああ! そうだ。それしかない! そんで僕のリフレクションを使って、カースの効果も消滅させてやる! そうだ……そうすればきっと四葉も救い出せるはずだ! 兄貴! 事後処理まだ終わってないだろうけど、協力してくれよ!」


 実のところ、兄斗のリフレクションでそんなことが出来るとは確定していない。

 しかし、事実だけ言うのなら彼のリフレクションは、兄斗に害を及ぼそうとしたカースを、何度か消滅させたことはある。


「もちろんさ兄斗。来菜、お前も頼む」

「良いけど……あてがあるの? その何とかって奴は、一度に複数出現する物なの?」

「その前提で考えるしかないんだよ、来菜姉ぇ。この学園国家サイバイガルの土地全てを……虱潰しに探すしかない!」

「うへぇ。そりゃまた…………やる気出て来たわ!」

「……むぅ」


 何も言わないが、流石の巌も協力しないわけにはいかないと考えている。

 もちろん完全に保身から来る思考だが、そんなことはどうでもいい。

 花良木四葉を救い出すために、必然的に多くの人間が動き始めていた――。

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