『運命という名の呪い』⑦
数刻後 枢機院 中央広間
そこには多くの人間が集っていた。
生徒会の面々に加え、レイの両親とレイ本人。ジェイソン、公彦、上柴に、もちろん兄斗。そして、特対課の五人全員だ。
「さて。これで全員かしら? 思っていたより早かったわね」
「よく言うよ。予想通りって顔してる」
生徒会会長滑川瓢夏は、いつもの余裕ある表情を見せていた。
先程彼女から実行していた作戦を聞いたばかりの兄斗は、呆れて溜息を吐いた。
「な、何だ? 我々を捕らえて……何が望みだ? まさか、政府と交渉する気じゃ……」
「あら。その通りよ特対課課長・黒井出巌さん」
「……!?」
特対課の五人は全員一緒くたになって縛られている。
唯一真藤魎一にはまだ抵抗の余地があるのだが、彼が動かないことは皆把握している。
「まずはありがとう、ジェイソン君に六条教授。貴方たちのおかげで特対課の皆さんのことをすぐに知ることが出来た」
「え! い、いえ! こちらこそどうもです!」
「何照れてんのー。きもー」
「レイ! うるさい!」
二人の子どもは相変わらずじゃれ合っている。
公彦の方は感謝を受けて少し頭を下げただけで、瓢夏はそのまま話を続けた。
「課長さん、貴方が計画をデータに残していたおかげで、私達は何も右往左往することなく対処することが出来た。その点も感謝するわ」
「え」
「課長……」
「やっぱりそういうことでしたか……」
「い、いやいやいや! 課長さんだって色々情報まとめるので大変なんだって!」
「…………」
巌は自身のオフィスのパソコンをハッキングされたのだと知り、項垂れ落ち込んだ。
「でも計画に沿い過ぎて、臨機応変な対応を疎かにしたのが貴方たちの敗因。ねぇ霧宮さん? 貴方がその気になれば、遠い日本からでもツァリィ・メリックは殺せたでしょう? 彼女の実家で手に入れた、彼女自身の髪の毛があれば……」
「上はまだ私の力を信じきれていません。いずれにしろ……直接死亡確認をして、その証拠を収めなければ、私が仕事を放棄したとみなされる可能性もありました」
「頑迷ね。その結果仕事は失敗したわけだけど」
「……」
「それに真藤さん。貴方……拘束されても逃げることくらい出来るでしょう? 傷を多少負っているとはいえ……」
「ああ。私はもうこの仕事辞めるので。別にどうとでも……」
「……本当に情報通り、渡り鳥のような人なのね。一体どうやって次の職場を探すのかしら……」
「どうとでもなるでしょう? 世界は広い。まあ、暗殺稼業はもう辞めても良いかもしれませんね」
そんな彼の言葉に反応したのは、仲間であるはずの霧宮翔子と久保清太郎だった。
人生に対して楽観的な彼の物言いが、がんじがらめな人生しか知らない二人には信じられなかったのだ。
「そんな都合良く……」
そう呟き歯軋りをする翔子を見つめ、清太郎は何も言わなかった。
「あー……コホン。それではこれから、素敵なゲストさんにお話を伺いましょう」
「げ、ゲスト……?」
夕島サリエはまだ目を治してもらっていない。どこから誰が来るとも分からず、縛られた体を縮こませることしか出来なかった。
そして彼女にとっては残念なことに、見えないために次の瞬間を驚くことも許されない。
「「「「!?」」」」
突然、この中央広間の天井から映写幕が降りてくる。
そして彼らの背後にあったプロジェクターから、映写幕に対して映像が映し出される。
映像は簡易なもの。シンプルに、一人の着席した男性が映っているだけだ。
「あー、説明しなくても分かるわね? こちら、新日本連邦首相・東条毅さんです」
映像の質が悪く、あまり顔は綺麗に映っていないが、瓢夏の言葉に嘘はない。
とりわけ国家公務員たる特対課の面々は、自国の首相の顔をよく知っている。間違いない。
「ば、馬鹿な……」
巌がそう呟く中、映像の東条は語り出した。
『……初めに言っておこう。君達特対課には、何の責任もない』
「そ、総理……」
「あら。それはちょっと厳しいんじゃないですか? 総理大臣様?」
「おいおい瓢夏。取り敢えず待って待って」
恐れ知らずの瓢夏が噛みつかないように、生徒会庶務・天久翔は彼女の肩を叩く。
だが恐れ知らずなのは、この状況でもふざけた白い仮面を付けているこの男もだろう。
『全ての責任は教育科学大臣にある。君達に強硬策をとらせたのは……彼の指示だ』
「責任逃れですか? 総理」
「瓢夏! ステイ!」
『……詳しい話は「彼」に聞いてくれたまえ。それとサイバイガル評議官』
「はい」
東条はレイの父親に話を振った。
この場で最も立場が高いのはレイの父親だからだ。
『……本件に関しては完全にこちらに非があった。そちらの要求も……受け入れざるを得ない』
「ご冗談を。東条さん。一番に得をしているのは貴方のはずだ。三十年に渡って『ガン』の面倒を見るのは草臥れたことでしょう。……違いますか?」
『…………『ガン』とは転移するものだ。既に連邦は……いや、これは言うまでもあるまい。なんにせよ、これにて本件は手打ちとさせて頂こう』
「では口頭で宣言して頂きたい」
『……ここでか?』
「当然です。そのために時間を取らせて頂いた。また『無為に時間を浪費している』などと、メディアに醜聞を振り撒かれるわけにはいかないでしょう」
『……了解した』
そして東条は、画面越しにも分かるように息を吐いた。
『……新日本連邦は、本日十月十日をもって、学園国家サイバイガルの宗主権を放棄し、その完全な独立を認めるものとする』
特対課の五名は思わず目を見開いていた。
だが、ここまでが瓢夏の……ひいては彼女の親を始めとする、学園国家サイバイガルの思い描いていた状況だ。
『……では失礼する。今の発言を……公で行わなければならないのでね』
「まるで、ここが公ではないかのような物言いですね。総理」
『……』
そしてそのまま、東条の映像は途切れた。
これ以上話すことは何も無いということだ。
「……と。まあそういうわけね」
「ど……どういうわけだ!? 何がどうしてどうなってる!?」
巌だけが激しく動揺して叫んでいる。
他の特対課の四人は大体察してしまった。
「はぁ。教育科学大臣様の目論見は、てんで絵空事だったという話よ。そして、聡明な総理様はすぐさまこちらの交渉を受け入れた……。ご理解できたかしら?」
「さっぱり分からんぞ……!」
「あー、面倒臭い。あとはよろしく、川瀬君」
瓢夏に呼ばれた『超人』は、今のところどこにも姿が見えない。
兄斗もキョロキョロと辺りを見渡すのだが、やはり、見当たらない。
「こっちだ!」
中央広間に大きな声が響き渡る。
その声の出所は、広間の天井から吊り下げられているシャンデリア。
川瀬快太はその上にいた。
「二十二歳っ! 何やってんのっ!?」
「お、おぉう。せめて名前で呼んでくれ弟よ」
「つーかマジで何してんの?」
「いや……面白いかなって思って……」
「「「「「……」」」」」
沈黙も長くは続かない。快太はすぐにその場から飛び降りた。
空を飛べる彼にとって、飛び降りは危険でも何でもない。
着地すると彼は小さく息を吐いた。
「さて……今度は俺から質問。兄斗、お前怪我は?」
「今まで何してたの?」
「いや、質問したの俺なのに……」
「で?」
「……日本にちょっと」
「ちょっとておま……」
快太の能力ならば、一瞬で日本に飛んでいくことも不可能ではない。
風圧なども操作して、体に悪影響を与えずに高速飛行すれば、一日で二国間を往復できる。
知っていても弟の兄斗は思わず言葉を失ってしまう。
「まあとっとと用事済ませて帰ってきたよ」
「何の用事だよ……」
「教育科学省にカチコミ」
「!? ど、どういうことだよ……?」
「いやぁ、思ってたより大変だった。政府は異能を持った刺客をまだまだ隠してたみたいでさ。ちょっと戦ったりしたけど、取り敢えず目的は果たせた。特対課のメンバーは連中の駒だから、逆に人質にすれば向こうも交渉に応じるしかない。まあ総理は脅迫じゃなくて交渉って形なら政府もメンツを保てるってんで、サイバイガルの独立も了承してくれたよ。ま、それでも主犯の大臣だけはもう庇い切れなくなったみたいだけど」
快太は淡々と独り言のように進めていくが、巌はまだまだ状況を理解できていない。
そして先程話を聞いたばかりの兄斗も、確認のため質問する立場にある。
「……分からないな。兄貴から持ち掛けた取引を、どうして首相は受け入れるんだ?」
「……分かって聞いてんだろ。教育科学大臣は知らなかったんだよ、お前が俺の弟だってこと。だから政府の『カース掌握』の方針を急いで進めちまった。『俺を敵に回しちゃいけない』っていう、政府のもう一つの方針を無視してな」
ミスをしたのは確かに教育科学省の大臣だった。
末端は必要な情報だけを見て行動するが、トップの人間はあらゆる情報の整理に時間を要する。
慎重派だった東条の政権で足並みを外した彼が切られるのは必然の流れとなり、東条は別の角度からサイバイガルの異能力者を掌握する手段を用意していた。
それこそが隠していた刺客であり、『川瀬快太』という脅威への抑止力でもあった存在。
しかし、快太はそんな東条の目論見を嘲笑うように、その刺客たちをあっさり退けて交渉という名の脅迫を行ってきた。
「つーか、何でサイバイガルの独立なんて話になるの?」
「それはもちろん、二度とうちの国がサイバイガルのカースに関われないようにするためさ。もっとも……慎重派の東条首相は、早いとこ呪いの国から手を切りたかったみたいだけどな」
「……うちの国の政府は、やることなすこと団結力が無さ過ぎる。戦争に勝った所為で、組織が大きくなりすぎたんじゃないの?」
呆れる兄斗に対し、瓢夏が補完に入る。
「まあまあ。とにかく勝者はこちらよ? ねぇサイバイガル評議官。果たして総理は得をしたのかしら? いくらガンと言っても、この国が脅威なことに変わりはない。逆に、枢機院は得したかしら? いいえ、この国が独立することになれば内憂外患は増すばかり……。そう、勝ったのは私達だけなのよ。君口君」
レイの父はただただ微笑んでいる。その意味は恐らく、彼にとって一番大事なのはこの国ではなく、娘だったという簡単な話だろう。
「……そうかもしれない。ハッ! だったら悪くないかな? なぁ上柴」
「お、おう。そうか? そう……だな?」
上柴はもう瓢夏の言葉の違和感に気付いている。
だが、それを口にするのは彼ではなく快太だった。
「……いや、別に滑川さんは得してないだろ? 無償でこっちに味方してくれただけじゃないか。優しいな」
「あら、勘違いしないでくれる? 川瀬君。だって……結局この特対課の皆々様は、この私の手駒になったのだから」
「「「「「!?」」」」」
……それこそが、彼女の進めていた計画だった。
「え? ……え? どういうことだ? だ、だって、取引だから彼らは政府に返さないと……」
「川瀬君、その取引は誰としたの?」
「いや、政府の人だけど……」
「ちゃんと確認しないと。怖い人。誰かが貴方の代わりに、総理と連絡を取っていたとも知らずに……」
「!? な、滑川さん……アンタ……」
瓢夏はニッコリと笑みを作った。彼女はどこまでもどこまでも、人知を超えた力を己が管理したいという欲求を抑えることが出来ない。
「いやぁ、総理も怖かったんじゃない? あの川瀬君が、交換材料も出さずに自分の力を誇示するだけで一方的な脅迫をしてきた事例は、今回が初だものね? だから『私が川瀬君を抑えた』ことにして、脅迫から交渉に変えてあげたの。サイバイガル独立の条件に、その優待国としての扱いを日本に与えるっていう話で。総理は私に感謝してるわ」
快太はそもそも国の力でどうにかなるような存在ではない。
彼だけは分かっていないが、初めから、彼の嘆願を『交渉』として受け取る者はいないのだ。
そして『脅迫』ならば、被害者はどんな要求も頷くことしか出来ない。
瓢夏は快太に協力するフリをして、政府が『特対課を取り戻すことはもう不可能なのだ』と勘違いするよう促していた。
「……じゃあ政府は……特対課を見捨てたってのか……!?」
「ん? ああ。それはそうね」
瓢夏の自己中心的な企みなどどうだってよい。
快太は自分が政府を脅迫したという事実が残ることよりも、特対課をあっさりと切って捨てた政府に苛立っていた。
そして、特対課の五人のもとに近寄っていく。
「き、きき、君口さん……」
五人の中で快太と唯一既知の関係である清太郎は、彼が近寄っただけで体を震え上がらせる。
だがしかし、快太はそんな彼のことを――――――――――抱きしめた。
「……!?」
「……悪かった。清太郎。俺がもっと……もっとちゃんと調べていたら……もうお前に、人殺しなんてさせなかったのに……!」
「…………」
清太郎は複雑な表情しか見せない。彼は、快太と同じ様には思っていなかったのだ。
そしてそれは、隣に縛られている翔子も同じ。
彼女はもうずっと眉間に寄せた皺を解けていない、
快太はそっと清太郎を放して立ち上がり、瓢夏の方を見つめた。
「……滑川さんは、彼らをどうする気なんだ?」
「? どうって……そうね。まずは生徒会執行本部のお掃除でも……してもらおうかしら?」
「……え? それで?」
予想外の仕事を頼まれ、清太郎は思わず質問を出した。
「それで? うぅん……お茶汲みもしてもらおうかしら?」
「それで他には?」
清太郎に続いて、驚いた翔子も身を乗り出す。
「他には? あー…………肩揉みとか?」
「給料は?」
魎一は、当たり前のように労働者扱いをしてもらえると考えている。
「ああ。最低賃金で良い? 住み込みで働いてくれるのなら、部屋もタダで貸すわ。どうせ無駄に大きいあの建物、部屋はたくさん余ってるし」
「清掃は苦手だけど……」
この期に及んでサリエは、仕事を選べる立場でいる気だ。
「庭園の手入れとか、トラップ装置の整備もしてもらいたいわ」
「まさかとは思うが、私も……なのか?」
残念なことに、無能力である巌の居場所も、政府には残されていなかった。
「ふざけてるッ!」
そして翔子は、受け入れられない現実の甘さに怒りを示す。
清太郎はやはり複雑な表情のままだ。
ただ、他の三人は何故翔子が苛立っているのか分かっていない。
「会長! まずいって! 明らかに給料安すぎるってバレてる! アルフレッドさんの部下がいなくなったからって、あの馬鹿でかい建物の掃除を五人でとか……。きついんだってやっぱ!」
どうやら翔も分かっていない。
「……何が不満かしら?」
「……何を企んでるんですか? 私達を抱え込んで……本当は何をする気なんですか? これだけの力を手にして、雑用だけで済ませる気はないでしょう?」
瓢夏はわざとらしく苦笑いする。
そんな中で、兄斗は何となく前に出て来た。
「安心しなよ」
「……!」
「大丈夫。アンタ言ってたよな? 自分の運命は決まってるって。それが確かならビビる必要ないだろ? 安心して怯えながら生きたらいいさ。なにせ今までだってそうしてきたんだ。何で今になって、運命を拒絶しようとするんだ?」
「私は……。わた……しは……」
「僕はまた人を殺すよ」
清太郎は背筋をピンと伸ばし、凛とした声でそう宣言した。
快太と瓢夏、そして翔子に向けた言葉だ。
「…………それでも良いのかい?」
「出来るものなら」
「ッ!?」
清太郎は驚いていなかった。驚いていたのは翔子だけ。
そして魎一は、空気も読まず発言する。
「困りますね。折角新しい職場が見つかったのに、追い出されては困ります。久保清太郎君、君は私に勝てないでしょう? 是非とも無意味なことはしないようにお願いします」
「……フフ。ハハハ……。怖いなもう。なら受け入れるしかなさそうだ。ね? 霧宮さん」
「……久保さん……」
清太郎は稀に、苛立ちに任せて知らず知らずの間に炎を出してしまう癖がある。
だがそれは不安定な彼の精神状態に原因があり、ストレスの無い環境ならその危険が発生する恐れはない。
その事実をまだ知らない翔子は、それでも清太郎が自分という他人に気を遣える人間であることを知った。
知ることが、出来たのだ。
話がまとまったと見た兄斗は、手を腰に当てて微笑んだ。
「おめでとう、呪われたお姉さん。そしてようこそ。呪われた国、サイバイガルへ」




