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『運命という名の呪い』⑥

とある倉庫


「この中にいるの?」


 久保清太郎は声を掛けた学生に案内してもらって、日南貞香らがいるという倉庫にやって来た。

 まともな教育を受けてきたわけでもなく、ただ周囲に利用されるだけの人生を過ごしてきた清太郎は、たいして考えることもなくこの倉庫内に入った。

 ……それと同時に、倉庫の扉は閉められた。


「あれ?」


 扉を閉めたのは、彼を案内してくれた学生だった。

 そして目の前には、彼らの言う通り日南貞香と思われる女子がいた。


「……話通り単純な男……」

「? 君が……日南貞香……?」


 間違いないと心では思っていても、疑問形になってしまうのには理由がある。

 周囲には『番犬』と思われる者達がいて、何故か自分を案内してくれた学生らも、一緒になって清太郎を囲んでいたからだ。


「悪いけど、騙させてもらったぜ」

「………………あ。ああッ!? 僕騙されたのか!? 誘き寄せられた!?」


 一瞬驚いた清太郎だったが、これまた一瞬で冷静さを取り戻す。

 野球帽を深く被り直し、一息吐いた。


「……いや。だから何? 本物の日南貞香がいる所に案内しても仕方ないじゃないか。あとはもう殺せばいいだけ……」


 清太郎が火を出そうと手の平を上向きにした、その瞬間――。


 ザァァァァァァァァ


「!? す、スプリンクラー……!?」


 倉庫の屋根から大量の水が降って来る。

 そこでようやく清太郎は気付いたのだが、この室内は途轍もなく湿気に満ち溢れている。

 火事になりにくい状況が、瞬く間に作られた。


「……舐められたもんだ。このくらいの水なんかで、僕の火を消せると思ってんの!?」


「思ってねぇよ」


 その声がした方向に振り向くと、清太郎自身よりも高く積み上がった貨物の上に、一人の男がいた。

 彼の名は上柴六郎。そして、彼がその手に持っているのは……。


「しょ……消火器!?」

「食らえ!」


 消火器を人に向けて放出することは、基本的に禁止されている。


「ブバァァァァァァァ!」

「どしたどしたァ! 火出せねぇだろコラァ! みんな続け!」

「「「「「はい!」」」」」


 上柴と『番犬』たちは、皆こぞってどこからか持ってきた消火器を清太郎に向けて放出する。

 湿気に含め、彼自身が消火器から放出されるガスと消火剤に包まれていく。

 ハッキリ言って、それでも無から火を生み出す久保清太郎の能力は防ぎきれない。

 上柴らが消火器を利用したのは、単にそれが簡単に手に入る中距離武器だったからだ。

 スプリンクラーを作動させたのは、清太郎がやけになって倉庫全体を炎上させようとするのを防ぐためだ。


「うばばばばばばばばば」

「どうしたよ異能力者! 準備万端の無能力者には敵わねぇか!?」

「こ、このぉ……あばばばばばばば!」


 消火器を浴びせながら、上柴は叫ぶ。


「耐火性の布で手を覆って縛れ! コイツの能力は手の平から発せられる!」

「オーケーっす! 上柴さん!」


 完全に種が割れている『力』というのは、未知のそれの脅威に遥かに劣っている。

 しかも『力』だけではなく、その者の人格まで知っていたのなら、同じだけの能力を持っていなくとも対処は可能だ。

 結果として清太郎は、何もわからぬまま何もかもを知られていたために、何も出来ずに屈服するしかなくなった。


 耐火性の布で手を縛られたうえ、手首に頑丈なロープをして両手が重なるように固定する。

 しかもその手の平が清太郎の背に向くようにして、腕を回して彼の体をロープで固定。

 これによって、清太郎は能力を使おうとしたら自分自身を燃やすことになってしまうのだ。


「…………酷いなぁ。いやマジで」


 清太郎は真っ白にされて溜息を吐いた。

 一方で、上柴と貞香は作戦の成功を称え合っている。


「上柴先輩、上手くいったね。その……あ、ありがとう」

「ああ。俺からもサンキューな、日南。それにみんなも」


 準備に協力してくれた皆に感謝を述べ、上柴は完全に拘束された清太郎の傍に寄る。


「……問答無用で襲ってくる可能性が高いって聞いたけど、思ってたよりモーションに入るのが遅かったな。……話が通じないわけじゃないのか?」

「…………やだな。僕ってそんな危険人物だと思われてるの? やだやだ」

「とにかく一緒に来てもらうぜ。久保清太郎……だっけ?」

「……さあ? どうだったかな……そんな名前だった気もする」

「自分の名前だろ……」

「勝ったのは君らだから、僕は君らに従うよ。でも気を付けなよ? 僕、人殺しは嫌いだけど、隙を見せたらすぐ君らも殺すから。今度は自分の命も犠牲にして……」


 そう言う彼の額には冷や汗が滲んでいる。

 彼自身、自分のことが分かっていない。自分の命すら歯牙にも掛けていない自分自身が、自分を殺すことに恐れていたのだ。

 ずっと前に壊された彼の精神は、二度と治ることはない。


「そうならないように、直接触れずに運ばせてもらう。その状態で火を出して……燃えるとしたらアンタだけだ」

「……そっか」

「……ところで、何でそんな便利な力持ってるのに、殺しなんてやってんだ? 他に使い道あるだろ」

「………………僕が聞きたいね。でも気付いたら力を使って人を殺してるんだ。こんな僕を政府は利用できているつもりでいる。隔離するか管理するかなら……隔離するべきだったと今でも僕自身は思ってるよ」

「随分他人行儀だな。罪悪感を紛らわせるためか」

「!」


 自覚がなかったのか、清太郎はそれを指摘されて初めて自分が壊れた原因に気が付いた。

 ハッとした彼は自嘲して下を見る。その目を隠す野球帽は、何故かまだ脱げていない。


「……霧宮さんは勘違いしているようだけど、僕はサイコパスじゃない。君の言う通り……必死に罪悪感から逃げてるだけの、臆病者だからね」

「……」


 確かにサイコパスではないのだが、かといってただの臆病者という表現で済むような男でもない。

 少なくとも、彼が日南貞香の姿を見てすぐに火を出せなかったのは、分裂した彼の精神すらも、目の前の小さく震えを見せていた少女を見て動揺したからにほかならない。


「フフ……フフフフフフフ」


 ひとりでに笑う彼を無視し、上柴は台車を他の者に持って来させた。

 清太郎を台車に乗せ、そして枢機院へと向かうのだ。


     *


中央キャンパス 二号館周辺


「ハ……ラ……サ……デ……」


 霧宮翔子だった『何か』は、腐った体で宙に浮いている。

 そして、同じ言葉だけを繰り返し続けていた。

 警戒心を解かないまま、ノインは兄斗に対して話しかける。


「奥の手だねん。新入りちゃんらしいから、情報少ないんよ」

「僕の『リフレクション』に防げないものはない。全員を守って戦うよ」


 しかしその『腐り人』の速度は兄斗の目で追えるものではない。

 真藤魎一の時と同じ様に、兄斗は防御用のバリアと攻撃用のバリアを分けて使おうとした。

 そして、実際に高速移動してきた『腐り人』を受け止める。


「コ……ノ……ウ……」


 何度も壊れたおもちゃのようにぶつかって来るが、『腐り人』がバリアを破壊することはない。

 だがそこで、彼女は突然巨大な釘を自身の胸に貫いた。


「!?」

「ハ……ラ……サ……」


 その『腐り人』は釘の刺さった胸から赤い光を発し、その光で自身を覆い始める。

 覆った光が散って消えると、『腐り人』は白装束に包まれていた。もう元の翔子の面影はない。

 そしてもう一度、彼女は兄斗に向かって飛んでいく。

 先程までと同じ様に、彼女は兄斗のバリアに衝突――――――――――――――しなかった。


「な……!?」


 彼女の体当たりはバリアを透けて通り抜け、兄斗自身にぶつかった。

 この世で唯一、彼の『リフレクション』を破ったのだ。


 霧宮翔子にかけられた呪いの正体は、古来日本の群民が幾数年と貯めてきた怨念の塊。

 兄斗のバリアをも打ち破ることが出来たのは、その異能そのものを生み出した『想いの力』の差でしかない。


「かはっ……! クソが……!」


 瞬時に嫌な予感を察した兄斗はバリアの数を増やしていた。そのため、透けて通ることは出来ても彼女の視界は若干遮られる。結果、僅かに高速の攻撃を逸らすことが出来た。

 だがしかし、彼女は次に巨大な釘でツァリィに攻撃を仕掛ける。

 その速さはもう元人間だとは到底思えない。

 ただの人間に追いつくことは――。


「フンッ」


 彼を『ただの人間』と表現することが許されるのは、彼自身がそう呼んでほしいと周囲に話しているから。

 だがしかし、客観的に見れば彼は間違いなく、『人外』の部類だ。


「ウ……ラ……ミ……」

「どうした? 姉ちゃん。綺麗な顔が台無しだぞ」


 先程は不意打ちで速度に対応できなかったが、今度は覚悟していたから問題無い。

 チャールズ・ドレーク・K・韓信が異常なのは、筋肉だけではなくその反射神経もだった。


「き、キング……」


 腕一本で彼女の動きを止めてみせたのを見て、流石の兄斗も完全に引いてしまっている。


「……泣くことないだろ」

「!?」


 兄斗はそこで初めて、『腐り人』が涙を流していることに気付いた。

 それは赤い色の血ではなく、澄み切った透明の涙だ。


「どんな事情があるのか知らねぇが……ツァリィ嬢ちゃんは殺させねぇよ!」

「ハラサデ……オクベキ……」

「オラァァァァァァァァァァァァッ」


 韓信はまるで人間を扱うように、彼女を思い切り背負い投げした。


「……ッッッ! ッ……カ……」


 地面に埋められるかという勢いで叩きつける。

 ……いや、埋まった。


     *


 巨大人形と同じ様に、たったの一撃で勝敗はついた。

 動きを止めてから少しすると、翔子は元の姿に戻って意識も取り戻す。

 しかし、体は全く動かせない。恐らく丸一日かそれ以上は寝たきりだろう。


「お。起きたか。立てるか?」


 韓信は自然と手を伸ばす。しかし、翔子がその手を掴むのは不可能だ。


「? 動けないのか?」

「……これがあの力の代償。私を殺すのなら今のうちです。君口兄斗のバリアすら効かない……こんな化け物を止められる者は、貴方しかいない」

「止してくれや。オジサンがおたくみたいな若い女の子、手にかけられるわけねぇだろう」

「……」


 霧宮翔子の年齢は十九。実は、兄斗の一個上でしかない。

 だがしかし、そんな短い彼女の人生の大半は、長すぎる地獄を味わうことだった。

 彼女自身は知らないことだが、彼女の誕生はそもそも、今は既に滅びたカルト教団によるものだった。

 教団が多くの人間を生贄に捧げることで、国を救う神を蘇らせようとした結果、国に巣食う呪いが目を覚ますことになった。

 そうして彼女は、教団から失敗作として彼女が故郷と思っている村に売り飛ばされる。

 常に地下の檻の中での生活を強制され、足を縛られ、目隠しをされ、一日一人か二人ほどしか接触することもなく、そんな人間もただの食事係か呪殺の依頼でしかない。

 もし反抗の意志を見せればその時点で地下に火を放つと脅され、それだけで優位に立っていると思い込んだ愚者には暴力も振るわれる。

 やがて村からも脅威と恐れられ始めると、今度は政府が彼女の身柄を手に入れ、大義に則って利用する。

 どこまでいっても、彼女の人生に濁りは消えない。

 今ではもう、何もかもに絶望した彼女は、全てを諦めて生きていた。


「ツァリィ。それじゃ、僕は彼女を連れて枢機院に行くから」

「……」

「無視?」

「わたくしは……早く次の恋に進みたいのです」


 ツァリィは頬を赤く染め、目を逸らしたまま強がりを言ってのける。


「……そっか。それが良い」


 兄斗はノインから色々と話を伺った。

 そのため、彼も共に枢機院に向かうことにしたのだ、


「お嬢様ぁ。うちも行ってくるねん」

「いや、別にわざわざわたくしに言わなくても……」

「? 何でん? 友達じゃんじゃん?」

「……!」


 この学園に来てからというもの、ツァリィが心を許せる人物は兄斗しかいなかった。

 だがしかし、彼女が心を許していい相手は、彼女の知らない間にそこにいた。

 失恋の悩みも、最早一人で抱え続ける必要は無い。

 安心した彼女は、少しだけ瞳に輝きを見せていた。


「……馬鹿馬鹿しい」

「何が?」


 兄斗は倒れたまま動けない翔子に近寄る。


「何が呪いですか……。そんなに恵まれていて……幸せそうで……何が……何が……」

「…………まったくだね」


 兄斗は頭を掻きながら、兄のことを考えていた。

 取り敢えず、目の前の女性にもっと幸福になれる居場所を提供できるかどうか、兄に相談しようかと。

 そしてそれを相談したら兄がどう返答するかと。

 そう考えて、後のことを想像して、彼はすぐに…………安心した。


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