『運命という名の呪い』④
中央キャンパス 六条公彦の研究室
ジェイソンはパソコンの画面とにらめっこをしていた。
背後の公彦と共に、計画通りに進んでいるかどうかを確かめていたのだ。
「問題は……無い……はず……」
ジェイソンは自分自身に言い聞かせるようにそう呟いていた。
そんな中、彼のケータイが音を鳴らす。
「レイ!」
『なぁにぃ? ジェイ君うっさー』
出たのはレイチェル・A・サイバイガル。ジェイソンが監視を務めている狂信者であり、最年少でこの学園に入学した七歳の少女だ。
ジェイソンもそうだが、この子ども二人の知能は大人を軽く凌駕している。
「大丈夫……だよな?」
『どーだろー? どう思うー? 私が心配ぃ? 心配かなぁ?』
「良かった……大丈夫そうだね。やっぱりレイの場合は、家に籠ってるのが一番安全だ」
『……』
電話越しのためジェイソンには分からないが、レイはジェイソンから心配されてとても喜んでいる。
ただ、感情に任せずすぐ冷静に戻れるのが彼女の子ども離れしている点。
『パパとママもいるし、ダイジョブダイジョブー。また連絡するねー』
「あ、ちょ、おい」
止めようとするも遅く、レイは電話を切ってしまった。
「本当に大丈夫ですか?」
「……国家公務員が上の指示を破るとは思えません。こっちの考えを読まれていたらアレですけど……」
「読まれていたらどうしましょうか」
「レイの両親は優秀な人です。レイ自身も将来有望な人間。彼らの計画ならいきなり殺しには来ないはずですが、多少の危害は加えてくるかもしれません。そうなったら……懸念が一つ」
「『番犬』や警備の人間を向かわせているのでは?」
「いや、彼らはいるだけで意味無いですよ。『彼女』の能力なら……。懸念っていうのは、むしろその『彼女』にあって……」
「?」
「……レイの地雷を踏まないか……ということです」
*
サイバイガル邸
レイは電話を終えると、少し頬を緩ませながら自分の部屋の扉を開けた。その先は廊下で、向かう先はリビングだ。
現在彼女は平時よりもよっぽど気分が良い。何故なら、珍しく両親が家にいて、ジェイソンも含めて皆が自分を案じてくれている。
まだまだ年若い彼女は、構ってほしい相手に構われて多幸感に満ちている。
「パパ! ママ!」
――――リビングに入った彼女は、そこでもう動けなくなった。
「…………パパ? ママ?」
ずっと起きて警戒を続けていたはずの二人は、リビングのソファで睡眠に入っていた。
一瞬最悪な可能性を考えたレイだったが、どうやら本当に寝ているだけだ。
しかし、目の前には不安を増長させる存在がいる。
……いや、たった今、何も無い所からゆっくりと……少しずつ姿が露わになったのだ。
「こんにちは、レイチェルちゃん」
長髪で、目を閉じている長身の女性。
彼女が睡眠薬か何かを両親に盛ったのは明らかで、レイの思考はそこで停止する。
まさか、この女性がレイに交渉を持ちかけるのに、邪魔だからそうしただけだとは気付かない。
いや、本来は彼女の『交渉』という目的もレイは知っていたのだが、両親を介さずに直接話そうとした彼女の独断は、誰一人として予測できなかった。
なので全てはただ、目立った行動を好んでしまった、『彼女』自身の自業自得――。
「私とお話しましょう。ね、レイチェルちゃ……………………ッッッッッッ!?」
レイは有無を言わせず、無言で彼女に自身のカースを使っていた。
彼女のカースは輪ゴムのような光の塊を操り、それをぶつけた『部位』の機能を停止するというもの。
問答無用の一撃は、的確に一瞬で目の前の女性の能力を奪った。
「ああ……ッ!? 目が……目がァァァァァァァァァァァァァァ!」
この常に目を閉じていた女性の正体は、特対課・夕島サリエ。
目を開いている間は透明人間になれる能力を持っているのだが、目を潰されたら最早どうしようもないただの人間だ。
彼女はジェイソンの懸念通り、レイチェル・A・サイバイガルの最大の地雷を踏んでしまった。
*
数刻後
「おかしいでしょ!? まだ私何も言ってないのに! いきなり目を潰す奴がいる!?」
「…………で? 話って?」
「……ッ」
サリエはレイに案内されて彼女の部屋に入れられた。
常に光の輪ゴムで脅されている彼女は、もうレイに逆らえない。
「私の流した嘘情報信じてくれてありがとー。お姉さん」
「う、嘘情報……?」
「うん。私のこと嗅ぎまわってる人たちがいたから、私のカースについて嘘の情報を上に伝えるように仕向けたんだー。リスクなしで使えちゃってごめんねー?」
「こ、このガキ……!」
特対課のサリエは、元アルフレッドの部下たちの動向を知らない。
知っているのはサリエたちより上の立場の人間であり、当然だが彼らの得た情報は言ってしまえば又聞きのようなもの。
信頼で成り立っている情報伝達という作業は、容易く勘違いや思い込みを生み出す。
サリエは、レイのカースは行使するのに多少のリスクがあるものだと知らされていた。
「うちの学園にね、男相手なら簡単に言うこと聞かせちゃう絶世の美少女がいるの。あ、私じゃないよー? その人に協力してもらっちゃったんだー」
手段の話はどうでもいい。サリエは何より、レイという子どもがこんな恐るべき力を軽々使えることに怯えていた。
「……一番の思い違いは、貴方がその力を使うのに何の抵抗も無いってことだわ。まさか問答無用で私の目を潰すなんて……」
「……それは貴方が悪いよ。パパとママに……手を出したんだから」
レイは静かだが、相当に憤っている様子に見えていた。
「……その割に、冷静に私の弱点を狙ったのね。私は目を開けている時にしか力を発揮できない。その情報は……あらかじめ持っていたの?」
「まね。家の周りのワンちゃんたちに気付かれず中に入るなんて、『透明人間』になれる貴方にしか出来ないもん。一瞬で貴方が特対課の夕島サリエさんだって分かった。ま、そうでなくてもそっちの計画は知ってたから、貴方が来ることも分かってたけど」
「……はぁ……。透明人間になれなかったら、もう私はただの年増女よ。嫌んなっちゃう。あー」
「目、大丈夫? あとで治してもらうから、大丈夫大丈夫」
「どうやってよ。まあ、さっきは動揺してたけど、痛みは無いわ。本当……ツイてないわね」
雑談を終えると、早速サリエは本題に入ろうとする。
まあ、脅されている状況の今となっては、もう意味の無い話だが。
「……この国を動かす、枢機院評議官の一員である貴方のお父さんと、その秘書である貴方のお母さんは、影響力も低くはない存在。当然娘の貴方も。殺すか生かすかは、貴方がこちらに迎合するか否かで判断しようというのが、上の苦肉の策だった。……まあでも」
「私を脅す前に、逆に私に脅されちゃったねー」
「……ええ。子どもだからって、透明化を解除するのが早すぎたわね。何年この仕事やってんだか……ホント最悪」
レイはニヤニヤと笑みを見せている。人の目を潰しておきながら、あまりにも堂々とした態度だが、彼女はレイゼン・ルースがカースを使えることを、実は看破している。
場合によっては、サリエの目も治してもらえると考えていたのだ。
「『迎合するか否か』って言ったね? つまり、今回教育科学省が動いたのは、何もカースを脅威と感じただけだからじゃない。……欲しいんだよね? 国内の……それも多分、同じ政府内部にいるライバルに差をつけるために。『カース』って力が」
「……本当に子どもとは思えないわね。その通りよ。少なくとも上の考えは。まあでもあるいは、私達の実力がそれを上回っていることを証明したかったってのもあるかも。けど結果は……」
「残念無念」
「……」
その時、レイの部屋の扉が再び開いた。
「パパ! ママ!」
レイの両親が、目を覚ましたのだ。
「え……も、もう起きたの!?」
非常に高貴な佇まいである一方、普段の疲労からか二人とも目に隈がある。
加えて、一目見ただけでサリエはこの二人から放たれるプレッシャーのようなものを感じ取った。
「……強力な睡眠薬だね。あらかじめ睡眠をとっておいて良かった。なあお前」
「はい。……大丈夫? レイ」
「うん!」
どこからどう見ても碌に睡眠がとれているようには見えない隈だが、この二人は割と気合い一本で覚醒した。
それがレイを想う力なのか、それとも元から備わっている力なのかと言われたら、申し訳ないが元々持っている力だ。
とにかく非凡な子を持つ親が、平凡であることなど滅多に無い。
「睡眠をとっておいたって……そういう問題……?」
「さて、教育科学省のお抱え暗殺者さん。子どもを殺すのはこの先の仕事における信用的にもリスクがあるだろう。どうかな? 交渉といこうじゃないか」
「な……交渉……? そっちから……私に……?」
「あなた。取り敢えず……」
「ああ。枢機院に行こうか」
「私も行くー」
「…………?」
わけも分からないまま、ただの人間状態のサリエは枢機院に連行されることになる。
彼女は知る由もないが、同じ頃に黒井出巌と真藤魎一も枢機院に連れて行かれていた。
詰まるところ、あと二人……。




