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『この世は愛で満ちている』

中央キャンパス 枢機院本部 学園長室


 学園国家サイバイガルの学園長・二ノ宮巖鉄(にのみやがんてつ)は、この国を治める枢機院の議長も務めている老人だ。

 実はあまり多忙ではないのだが、今日はこの学園長室に人を招いている。

 学園の名誉教授・六条公彦ろくじょうきみひこだ。


「本日は時間を取らせてしまって済まない。六条教授」


 公彦は高年の男性で、学園に存在する狂信者ファナティクスの監視役……『ワンダー・セブン』の一人。

 公彦、それに巖鉄、他には花良木四葉、アンナ・トゥレンコ、チャールズ・ドレーク・K・韓信かんしん、ジェイソン・ステップの六人が、『ワンダー・セブン』として名を連ねている。


「……構いませんよ学園長。私は貴方に、返しきれない恩を抱いているのですから」

「ふむ。僕も老いが進んでいるらしい。君ほどの男に恩を売れた記憶は……どうも無い」

「ご冗談を。……それで、話というのは?」


 ほんの少し前、公彦の姪が率いるいじめ被害者の集団・『番犬』が、元加害者に私的制裁を行う事例がこの学園内で多々見受けられた。

 しかし、巖鉄は『番犬』が解散すると共に、彼らのしたことを隠蔽してみせた。

 その行いの是非はともかく、若者の多くは巖鉄に救われ、リーダーの日南貞香ひなみさだかの伯父である公彦は、彼の判断に感謝を示していたのだ。


「――僕のカースが、使えなくなった」


「!?」

「……果たしてその理由が何かは……残念ながら僕には判断しかねる。ただ一つ言えるのは、今後は『ワンダー・セブン』ではなく、『ワンダー・シックス』になるということだろう」

「……呪いが……解けたということでしょうか?」

「さあ……どうだろうな。とにかく、今後は狂信者ファナティクスに関する報告の総括を、別の方に任せることになるのだよ。カースを使えなくなった時点で、僕はもう他の狂信者ファナティクスと関わることが出来なくなる」

「な、何故です? 一体誰が学園長の代わりを……?」

「……力の無い者は、力のある者に従うしかない。僕は今まで狂信者ファナティクスだったから上の方針に逆らえた。しかし……今後はそういうわけにはいかなくなる。果たして『彼ら』がカースにどう対処する気なのかは……僕にはまるで読めないが」


 巖鉄は眉をひそめて目を閉じ、諦観を露わにしている。

「『彼ら』とは……?」


「枢機院の更に上……すなわち、『日本連邦』の教育科学省だよ」


     *


ハワイアンヴィレッジ 大広場


「それでは! ルール説明を行いたいと思います!」


 ここは、『ハワイアンビレッジ』という名のテーマパーク。

 学園国家サイバイガルの中で、最も人気の無いレジャー施設だ。

 ドラマや映画撮影に使われるロケ地でもあり、この日は学園の『情報屋』という団体がなんと施設全体を貸し切っていた。

 そして、貸し切った理由は実に低俗なイベントにある。


「これより行いますは、この『アンテロースの矢』を巡った大勝負! 『クラッシュ・テイル争奪戦』! ルールは至極単純! 何故なら要するにこれは、『尻尾取り』だからです! 『尻尾』と称した布を腰に付けてテーマパーク内を走り回り! ライバルの尻尾を奪うのです! 制限時間終了後に最も多くの尻尾を持っていた者……あるいは、制限時間内に全てのライバルを蹴落として、自分の尻尾を残した最後の一人となった者が勝者です!」


 そんな高らかな声を上げるのは、情報屋の一員マック・デイビッドソン。

 縁の分厚い眼鏡を掛けた、オッドアイの青年だ。

 彼はその言葉通り、『アンテロースの矢』と思われる一本の矢を手に持っている。

 この矢は『カース』の一つであり、射た相手を自身に惚れさせるという恐ろしい代物。

 今回情報屋が催したイベントは、この矢を欲する学生たちを扇動した、一種の体験アトラクションゲームのようなもの。

 己らの記事を潤わせるために、利用できるものは利用するという、情報屋特有の手口なのだ。


「それでは今から十五分後にスタートです! さあさあ参加者の皆さん、お好きなように散って下さい!」


 マックはそれだけ言って壇上から降りた。

 テーマパークの正面入園口付近の広場には、百人近い学生らが集まっている。

 ルールを聞いた彼らはざわつきながら、施設内のどこかへと散開していった。


「やあマック。記事に出来るだけの盛り上がりは得られたかい?」


 兄斗は、そんな嫌味を壇上から降りたマックに発した。


「もちろんだよ兄斗。あれこれ事実を探し回るより、自ら事実を生み出す方が早い。スポーツチームと新聞社に密接な関係が見られる理由は、元々は新規購読者を増やすためだったんだねぇ」

「マッチポンプだ。まあどうでもいいけど」


 するとマックは兄斗の背後に、彼の兄がいることに気付いた。


「久しぶりです。川瀬快太さん」

「あ、どうも。弟がお世話になってます」

「止めなよ兄貴。情報屋に敬語なんか使っても仕方ない」

「おいおい兄斗。目上の人に失礼だろ?」

「兄貴は情報屋がどんな連中か知らないからそう言うんだ。一体どこから僕らの血筋を調べたのか……気持ちの悪いことこの上ないよ」


 兄斗は、つい先日自分と兄・快太について書かれていた記事を思い出した。

 二人の曽祖父……ベンドール・キリアクスという人物について言及されていたのだが、二人がその事実を公にしたことは、過去に一度もなかった。


「でも取材は断らない。そこが兄斗、キミの良い所だ」

「? 当然だろ? だってその方が面白い」


 マックは快太よりも年上なのだが、兄斗の態度はまるで同年代に対するものに見える。

 快太は弟の大胆不敵な態度に呆れ返った。


「……相変わらずだな。兄斗」


 兄斗と共にこのイベントに来たのは、兄の快太だけではない。


「あの先輩。優勝したら『あの矢』はどうする気なんですか?」


 四葉と上柴も、この好奇な場に召集させられていた。


「え? あ、ああ。うん。いや、ほら、僕らはただ止めに来ただけだからさ。もちろん誰かに使うとかそんなの……なぁ? そんなことするわけないよなぁ?」

「俺に言われてもな……」


 四葉は何となく兄斗の本意に気付いていた。

 ――あ。これ私に使いたい気だ。別に意味無いのに……。

 そして、上柴はそんな四葉の心中も察していた。


「お前はどうなんだ? 自分が勝ち上がったら……君口に渡すのか?」

「分かってませんね。決まってるじゃないですか」


 ニヤリと笑みを見せる四葉の表情を見て、上柴は若干引き目に冷や汗をかく。

 ――そ、それも意味無いだろうに……。


「君口兄斗」


 そんな彼らの前に、妙ちきりんな集団が現れる。

 複数の大柄の男たちが、一つの豪奢な座椅子を肩に抱えて運んでいる。

 そしてその座椅子には、まるで人形のように可愛らしく、絵画のように美しい少女が鎮座していた。

 明らかに薄地で本来の防寒性能を損なっているフライトキャップを被り、銀色の髪、灰色の瞳を持つ、一目で何かが他の娘とは『違う』と思わせる人物――。


「……こんにちは。リリィ・スレイン」

「……呼び捨て……」


 整い過ぎたその顔は、無表情をどこまでも貫き穿孔を生み出す。

 男子の心に、埋めようのない大きな穴を。


「悪いが君には勝たせない」

「……私を好きにならない男がいるのは、やだ。今は好きじゃなくても、私に見つめられ続ければ必ずみんな、私を好きになる。でも貴方はならない。だから落とす。絶対。絶対絶対」

「滅茶苦茶言うなホント。誰もが君を好きになるなんて……そんなのあり得ないんだよ」

「……そこの」


 リリィは近くにいた上柴に視線を向けた。


「え? 俺すか?」

「ジー」


 ただじっと目を合わせる。それだけで、彼女の灰色の瞳は心の全てを奪い尽くす。


「…………?」

「ジー……」


 無論、永久的なものではないのだが、それでも――。


「私のこと、好き?」

「はい! 好きです!」


 上柴はその右手をビシッと天に掲げた。


「上柴さん!?」

「……ハッ!? お、俺は何を……?」


 上手くいっても、やはり彼女は無表情を止めようとしない。


「……下らないなぁ。ま、悪いけど僕は永遠に君を好きにはならない。そこの親衛隊の諸君に愛されてるんだから、それで満足しなよ」

「やだ。球技大会の時の借りも返す。私のことボコボコにした。許さない」

「いやいや! おたくベンチだったろ! 親衛隊に任せてさぁ!」

「……とにかく勝つのは私。貴方も親衛隊の一人になる。ならなきゃ……やだ」

「『やだ』じゃないよ。子どもか」

「やだやだやだ」

「ああもううるさい! わがまま姫が! 可愛いだけで天下取れると思うなよ!?」

「……まだ分かっていない。私のことを好きにならない男の子は、最早貴方だけなのに」


 リリィは兄斗の背後にいた快太に気付く。

 彼女も快太が兄斗の兄であり、有名な超能力者だという事実は把握していた。

 そして、だからこそ見せしめに選ぶのだ。


「ジー」

「? 何?」

「ジー……」

「???」

「……私のこと、好き?」

「? いや、初対面で何を言ってるんですか? あ、ちなみに俺結婚してるんですよ。ほら、結婚指輪」

「…………ッ!?」


 快太はデレデレな表情で指輪を自慢してきた。

 その崩れた表情の原因は、ただ一人、愛する妻の顔を思い浮かべたため。


 リリィは、ズルッとその座椅子から滑り落ちそうになった。


「リリィ様!?」

「大丈夫ですか!?」

「可愛いですリリィ様!」

「……ズッコケた……」


 自分の椅子を抱える男たちに支えられ、リリィは汗を垂らしながら体勢を戻した。


「……分かった。敵は二人。異能兄弟……落とす。絶対落とす。絶対絶対絶対絶対」


 ブツブツ呟きながら、リリィは屈強な男たちに運ばれてどこかへと消えていった。

 兄斗は溜息を吐いて兄の様子を確認する。


「……何で無事なんだよ。兄貴は」

「え? 何が?」

「彼女は……リリィ・スレイン。狂信者ファナティクスではないけど、いわゆる……『催眠術師』らしいんだ。まあそんな力使わなくても、十分魅力的な見た目の人間なんだけどね? でも彼女性格が終わってるんだよ。僕は『リフレクション』があるから効かないけど、兄貴は……何で彼女のこと好きにならなかったの?」

「催眠術? 気の所為だろ。俺は来菜しか愛したことないし、来菜だけを愛し続ける男だ。他の女の子に浮ついた気持ちは持ちたくない。だから可愛い女の子を見かけたら、取り敢えず頭の中を来菜で染め上げるのが俺なんだ。来菜来菜来菜来菜来菜来菜来菜来菜来菜来菜来菜……って」

「……なるほど。自己催眠って奴か」

「分からないけど、まあそんな感じ」


 兄の異常性に触れつつも無視し、兄斗はまた別の意味で異常な少女を止めるために歩み始める。


「……とにかくっ! リリィ・スレインに『あの矢』は渡せない! さあ行くよ三人とも! これはアレだ! 正義のためだよ!」

「お、おう……」


 快太に続き、上柴と四葉も溜息を吐きながら彼に付いて行く。

 皆、兄斗がそれだけの理由でこのイベントに参加したとは思っていない。

 ――絶対矢を手に入れて私に使う気だぁ……。もぉ……馬鹿……。

 四葉は複雑な表情を見せつつも、彼女自身も自分のために進んでいく。

 しかしそれでも何の問題も無い。

 愛とはすべからく、自己中心的であるべきものなのだ。

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