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『忌み』

中央食堂


 この学園国家サイバイガルには大きく分けて五つのキャンパスがある。

 東西南北に中央部を加えた五ヶ所で、同様に広大な大衆食堂も五ヶ所に存在している。

 もちろんそれ以外にも国民兼学生が営む飲食店はいくらでもあるが、食堂は国家が営む公的施設であり、味は普通だがとても安い。

 そして中央キャンパスにあるこの中央食堂では、今日も数多くの学生が食事をしに集まっている。

 その中で、特に注目を集めている席が一つ。


「……で。一体今の今までどこで何してたんだよ。クソ兄貴」


 この学園の三年生・君口兄斗は、自身の兄である快太との再会を果たしていた。

 そもそも彼がこの学園に来たのは、出奔した兄の捜索が目的でもあった。

 しかし、彼は割とそのことを忘れてここでの学園生活を有意義に楽しんでいる。

 はす向かいの席には友人の上柴かみしばというスパイキーヘアの少年もいるし、隣には想い人である花良木四葉はならぎよつばという少女もいる。

 彼の青春は、兄を抜きにして充実していた。

 そして――今彼の目の前の席にいるのは、兄である快太と、その妻・川瀬来菜だ。


「ハネムーンかな」

「何でだよ!? 結婚式は!? いつ開いたんだよ!?」

「いやぁ弟君。あたしらに常識は通用しないのさ」

「常識っつーか、良識の問題だろ! 来菜姉ぇ!」


 完全に家族間の問題のため、隣に座る後輩の四葉には話に入る余地がない。


――この人が……先輩のお兄さん……。

――似てるけど……まあ、先輩の方が……って! 何考えてるの私!


 彼女は話に入れないからと、自分の世界に入り切っていた。


「そう! あたしは義姉さんになったんだよ弟君! 一人っ子だったから嬉しいよあたしは!」

「知らないよ! というかハネムーンにしても長すぎだろ! 三年も何してたんだっての!」


 待ってましたとばかりに、前のめりになって快太は答える。


「いや、道中でさ、ちょっと異世界に転移して」

「嘘が下手すぎだろ!」

「超能力が役に立ってさぁ」

「引っ張んなよそんなあからさまな嘘!」


 快太はシュンとして肩を落とした。

 流石に怒鳴り疲れたのか、一旦兄斗は落ち着きを見せる。


「……まあいいよ。でもみんな心配してるよ? いや……してたかな? 多分してる。してるってことにしよう」

「まあそっちにはもう報告したさ。怒られかけたけど……『コレ』で何とかなったぜ」


 快太は指で輪っかを作ってみせた。


「金かよ! 成金が!」

「えへへ」

「褒めてねぇよ! しかも二十二にもなって『えへへ』って何だよ!」

「……」


 またも快太はシュンとしてしまった。

 別に、弟と久しぶりに会ってテンションを上げていただけで、彼は本当に心が幼いわけではない。


「それはそうとして」

「うお。急に立ち直った」

「なあ兄斗。お前、俺を探してこの学園に来たんだろ? みんなに聞いた。でも、俺はこうして無事だった。なら……もうこの学園に用はないよな? 式も開くし、一緒に帰国しないか?」

「……」


 驚くのは兄斗の隣に座る四葉だった。

 ――え……!? せ、先輩……?

 しかし、彼女が言葉にするまでもなく、その心配は消えてなくなる。


「いいや。悪いけど、僕は僕なりの青春をここで送ってるんだ。兄貴の指図は受けない。式はまあ……出たいけど」

「でもなぁ」

「それに! 僕はこの学園から出ることを許されない」

「え? な、何で?」

「……聞いてなかったのかよ。僕は狂信者ファナティクスなんだ。『カース』を持っているから、サイバイガルから出られない」

「……何だって? 本当か? それ」

「嘘じゃないよ。というか、さっき兄弟揃って情報屋の取材受けてたのに、僕への取材は聞いてなかったんだ」


 快太がこの国の空港に到着するその直前、情報屋はどこから掴んだのかその情報を公表した。

 それを見てから兄斗は快太のもとへと急ぎ、待ち構えていた情報屋にダブル取材を頼まれ、仕方なく時間を取られた。

 暫くして解放された二人は、ようやくこうして会話をゆっくりと行う機会を得たのだ。


「……なあ兄斗。それ、本当に『カース』か?」

「え? いや、何言ってんだよ。僕はこの学園に来るまで普通の人間だったよ。……いや、義に厚く情に深い、ただものではない人間ではあったかもしれないけどね」

「…………そう……だな」

「?」


 てっきりツッコミが飛んで来ると思ったが、そうはならなかった。

 快太は真剣な表情で、口元に手を当てながら何か思案している。


「……兄斗。俺は、お前の兄貴だ」

「え? そりゃまあ……そうだね」

「そして、お前は俺の弟だ」

「それも……そうだけど」


 すると、何かを決心したかのように、快太は両膝を叩いた。


「……オーケー分かった。俺も暫くこの国に残るよ」

「は!? え、な、何で?」


 兄斗の動揺を無視して、快太は隣の来菜の方に体を向ける。


「来菜。お前は――」

「じゃああたしも残る」

「何でだよ」

「旦那ぁ。あたしはお嫁さんだぜぇ?」

「いや、俺が婿なんだが」

「あたしと一緒にいたくないの!?」

「いたいけど!?」

「愛してる!」

「俺も愛してる!」


 二人が強く抱きしめ合うと、兄斗は白い目を向けた。

 少しして、止まった兄斗に対して四葉が話しかける。


「先輩。あ、あの……結局その……先輩は……国には……」

「え、あ、ああ。帰らないよ。帰りたくない理由があるしね」


 ――あ……私への告白ですか? 告白ですよね?

 兄斗の気持ちを既に知っている四葉は、来たるべきその日を期待していた。

 もちろん、その時の返事はもう決まっている。


「……お。その子お前の彼女?」

「え。い、いやその……後輩だよ。ただの」


 ――嘘吐け。私のこと好きなくせに。

 四葉は若干ムッとしながら頬を赤らめた。


「ほほぅ。隅に置けないねぇ弟君」

「いつもまん真ん中に置かれている人に言われたくないよ。つーか、その『弟君』って呼び方嫌って昔から……」

「じゃあ『兄斗君』で良い?」


 分かりやすく、来菜は四葉の方に許可を取ろうとした。

 さらにより一層分かりやすいのは、四葉の焦りの表情の方だが。


「あはは! 冗談冗談!」

「いや、それで良いんだけど……」


 ――……私、先輩のこと名前で呼んだ方が良いのかな……? いやでも、そもそも私の名前すら先輩に呼ばせないような私が……。

 四葉が悩み始めると、ずっと無言を貫いていた上柴が、ついに口を開く。


「なあ君口。そろそろ席を空けようぜ? 二限が終わったみたいだ」


 兄斗たちは授業を入れていないが、多くの学生は二限に授業を入れている。

 そして、二限と三限の間には長い昼休みの時間が存在している。

 そのため、このタイミングで食堂に人が流れ込むことは多いのだ。


「……そうだな。さ。兄貴。行こうぜ」

「ああ」

「彼女ちゃんもほら! いこ!」

「!?」

「来菜姉ぇ! いい加減にしてくれ!」


 注目を浴びていた五人組……もとい、快太と来菜を引きつれ、兄斗たちは食堂を出ていくのだった。


     *


セントラル・ストリート


 往来を歩いていると、視線が彼らに集まっていた。

 どこぞの情報屋が何度も新聞に出すせいで、兄斗たちは有名人になってしまっていた。

 無論、ニュースになるような目立つ真似をする、兄斗側にも責任はあるが。


「良かったのか? 彼女と別れて」

「まだ付き合ってもないのに『別れ』って言葉遣わないでくれる? 花良木は次の授業が無いんだよ」

「もう一人は? 放っとくと取られちゃうぜ? あの子」

「……上柴のことをよく知らないのに、妙なこと言うなよ」


 珍しく、兄斗はとても強い眼光で兄を睨み付けた。


「……悪い。冗談だよ。でも嬉しいよ。お前に良い友達……そして良い後輩がいるようで」

「悪い兄貴と悪い義姉が改心してくれたら、もっと良いんだけどね」

「おおぅ!? 酷いなぁ弟君! 旦那はいつだって兄斗君のことを大切に想ってあーだこーだなんだよ!?」

「……訂正する。悪い義姉がいなければ完璧なんだけど」

「こりゃ参った! あたしだけ問題児か!」


 兄斗はこの来菜と幼馴染であり、昔から兄の快太と仲が良かったことを知っている。

 自由奔放で軽妙洒脱な彼女を女性として認識したことはないが、幼い頃によく小さかった自分の面倒を見てもらったことも覚えており、恥ずかしい思い出も知られている。

 そのため、出来ることなら四葉や上柴の前で自由な発言をしてほしくないのだ。


「大体、来菜姉ぇはいつも――」


「おいっ!」


 三人が掛け合いをしながら歩いていると、突然謎の男たちが彼らを囲むようにして現れる。

 何故か全員作業服のような恰好をしていて、おまけに敵意剥き出しだ。


「…………何?」


 こんな状況だというのに、来菜は煽るような視線で笑顔を作る。

 そして、快太は早くもそんな彼女を守るようにして前に出る。


「何ですか?」

「……お前が、君口兄斗だな?」

「僕?」

「あ、そっちか」


 身長差で分かるようなものだが、男たちは一瞬兄斗と快太を見間違えた。


「……何だろう? 僕に何か用があるのなら……一人で、それも出来ることなら女の子に来てほしいな」

「あ! それさっきの子の前で言っちゃお!」

「止めて下さい! お義姉様!」


 ふざけた調子が続けられる状況ではない。男たちは苛立っている。


「そうか…………てめぇがッ! 君口兄斗かッ!」

「何だよ。プロポーズでもしに来たの?」

「兄斗、煽るなよ。大事な用なのかもしれないだろ?」


 快太は何に対しても目を逸らさない、平和主義でおおらかな性格だ。

 刹那主義で劇的な体験を悪くないと受け流す性格の兄斗とは、そこが違う。


「俺達の名は…………『番犬』」

「何?」

「てめぇに復讐しに来た!」


 男たちは、素手に何やら布やグローブなどを巻いたり嵌めたりして、兄斗たちに向かっていった。

 この国では武器の所持が厳しく禁じられているので、道端でバットなどを抜き身で持ち歩くだけでも簡単に警備に職質されてしまうのだ。

 つまり、これが彼らの最大攻撃手段というわけだ。


「『リフレクション』」


 しかし、兄斗には何の意味も無い。

 兄斗たちに向かっていった男たちのいくつかは、彼の右目から飛び出したバリアによって跳ね返されて吹っ飛ばされる。

 兄斗の攻防一体のカース・『リフレクション』の前では、武器すら無意味。ましてや、素手でどうこう出来るわけがないのだ。


「く、クソ……い、一気にやれぇぇぇぇぇ!」

「やれやれ……全員ぶっ飛ばしてやるよ!」

「待て。兄斗」


 待つことに、意味は無い。

 彼が言葉を発したそのすぐ直後、眼前の作業着の男たちは全員、地に伏せて身動きが取れなくなっていた。


「ぐ……お、おご……な、何じゃあこりゃあ……」

「き、聞いてねぇぞ……」


 これは、君口……もとい川瀬快太の『超能力』。

 まったく予備動作もなく、快太はこの場にいた男たち全員を、同時にその『力』で押さえつけてみせたのだ。


「……相変わらずの化け物だね。兄貴は」

「いや、押さえつけただけだって。そんな言い方するなよ。兄弟にさぁ」

「……で? 押さえつけてどうするの?」

「話をするんだよ。『力』ってのはそのためにある」


 快太は地面とキスしかけている男の一人に近寄った。

 そして目の前でしゃがみ込み、目線を合わせようとする。


「大丈夫?」

「大丈夫じゃねぇだろてめぇの所為でよぉ!? おごごごご……」


 叫ぶために全力で少し顔を上げたが、すぐに『力』によって押し付けられ直す。


「……俺もこんなことしたくないんだ。何で襲ってきたのか教えてくれ」

「うぐぐ……」


 どう考えたって、頭ごと押し付けられていたら話しづらいに決まっている。

 兄斗は溜息を吐いて少しだけ代弁する。


「……僕の所為だよ。多分」

「え? どういうことだ?」

「さっき、そいつが言ってたろ? 自分たちの名は『番犬』だって」

「……何だ? 『番犬』って。この人達、警察か何かか?」

「いや警察じゃないよ。コイツらは多分……自警団の、残党さ」

「……自警団……? 残党……?」


 兄斗は自分で言いながら、違和感を持っていた。

 ――でもおかしい……。『番犬』は解散したはずじゃなかったのか……?

 それは、ほんの数週間前のこと。

 かつてこの学園に広まっていたネット上でのいじめ行為。その被害者の集まりで、いじめの加害者を私的に制裁していたのが、『番犬』と呼ばれる集団だった。

 しかし、その集団は兄斗などの活躍によって解散が決定した。

 兄斗が恨まれる筋合いはなく、そもそも残党がいること自体おかしい話なのだ。


「う……お、俺達は……『番犬』……ぐぐ……」

「……やっぱりそうなのか……?」


 兄斗が頭を悩ましていると、快太は小さく息を吐いた。


「兄斗。俺達を襲ってきた相手の言葉を信じるのか?」

「え?」

「その『番犬』……とかいうのが何かは知らないけど、簡単に信じるなよ。名前を騙ってるだけかもしれないだろ? 本物の『番犬』って集団の株を落とすことが、目的なのかも知れないし」

「……」


 ――確かにそうだ……。ったく、この兄貴は……。超能力だけならまだしも、頭の回転まで良いんだから困る……。

 そんなことを心の中で呟きながら、その口元は少しだけ緩ませている。

 色々言っているが、兄斗にとって快太が自慢の兄であることに変わりはない。


「そこで何をしている!」


 かなり遠くから、そんな張りの良い声が聞こえてきた。


「ヤバい! 警備だ!」

「何がヤバいんだ? 丁度良いじゃないか」

「馬鹿! 僕が花良木の見てないところでカースを使ったって知られたらまずいんだよ! 怒られる! とにかく逃げよう!」

「お、おう?」

「ラジャー!」


 そうして襲われた側だったはずの三人は、襲ってきた者達を残して逃げ去った。

 結局、作業着の男たちが何者だったのか、知ることもなく――。

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