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『333』②

 アルフレッドが部屋を出ていって、暫くすると静寂に包まれていたこの会長室に明るさが戻って来る。

 ノインが菓子を持ち込み、山本五郎が淹れたコーヒーが分け与えられ、束の間の休息の時間だ。


「ありがとうございます。山本さん」

「お構いなく」


 快太は受け取ったコーヒーを、グイっと喉の奥に突っ込む。


「……ふぅ。しかし滑川さん。学園内での自殺っていうのは……問題にはならないのか?」

「ならないわ。去年のこの国における自殺者数は五十三人。未遂まで入れたらその倍は軽く超えるもの。結局のところこの学園は国家なのだから、矮小化された規模の組織、団体が自殺の理由などを含めて責任を負うことになる。まあ、国としては死亡者の祖国からバッシングは多少被るでしょうけれど、今回に限っては……あり得ないわ」

「……どうして?」

「カースが絡んだ事件は、秘匿されることになっているもの。家族には……花良木三幸という少女は、不慮の事故で亡くなったと伝えられることになるでしょうね」

「な……そ、そんなのでっち上げじゃないか! 許されるわけがない!」

「でも、これは我らが学園国家サイバイガルの宗主国であり、花良木三幸……そして貴方の母国でもある、『日本連邦』が定めた決まりよ?」

「…………ッ」


 少女の母国が定めた決まりならば、最早守らない理由は万に一つも無い。

 ただ、快太は国ではなく少女の家族の気持ちを想って苛立っていた。


「馬鹿馬鹿しい……。そもそも、ここの『警察』はちゃんとあの子の自殺理由を調べる気はあるのか?」

「『警備』は頑張ってるけれど……厳しいでしょうね。遺書でもない限り、死を選択した理由なんて決して他人には想像できないし、するべきでもない。違うかしら? 君口君」

「……俺は――」


 ドンッ


 勢いよく扉が開き、中にいた面々は思わず同じ方向に視線を集めてしまう。

 そこに立っていたのは、一人の女性だった。

 それも、紫外線対策なのか白い手袋を付けた黒い長髪の女性で、セーラー服に似た黒い私服を着ている――。


来菜らいなッ!?」


 快太だけがその女性の名前を知っていたが、他の面々は知らない。

 とにかくその『来菜』という人物は、満面の笑みを快太に向けながら堂々と部屋に入って来た。


「やあやあ諸君! 初めまして! 川瀬来菜かわせらいなって言います! 今日は旦那さんを引き取りに来ちゃいました!」

「だ、旦那さん……?」


 翔は首を傾げ、ダイダーとノインは苦笑いを浮かべた。


「何だァこのねぇちゃんはぁ? クケケケッ!」

「元気じゃんねぇ」


 来菜は周りの目を気にもせず、とっとと用事のある快太に近寄って、彼の腕を掴んだ。


「いたたた! お、おい! 何で来菜がこんなとこに……」

「どなたかしら? 君口君を勝手に連れてかれたら困るのだけど」

「浮気か!?」


 自分の興味があることしか耳に入らず、来菜は快太のことを睨み付ける。


「いやいや違うよ! つーかさ。俺が……来菜以外の女に、目移りするわけないだろ?」


 この状況で唐突に、快太は爽やかにカッコつけてみせた。


「だよねー? 好き!」


 来菜は腕を握ったまま、快太に思い切り抱き着いた。

 若干快太は苦しんでいるが、その表情は悦びしか見せていない。


「…………何なんだよ一体……」


 翔が呟くと、一旦快太は来菜を引き離し、彼女のことをようやく皆に説明し始める。


「……あー……その、コイツはその……川瀬来菜って言って、俺の幼馴染で彼女です。はい」

「なぬ!? か、彼女持ちとか聞いてないじゃん……」


 若干ノインは消沈したが、スナック菓子を口に入れると一瞬で立ち直る。


「……んでんで、その彼女さんが何故ここにぃ?」


 それは快太自身も気になっていること。本来彼女は日本にいるはずで、この国にいるはずがないのだ。


「そうだよ来菜。大学はどうした? あ、夏休みか?」

「辞めた。就職したから」

「おぉいッ!? 急だな! せめて俺に相談しろよ!」

「いや、相談するまでもないことだったからさぁ」

「するまでもあることだろ……」

「まあそんなわけで、永久就職先を手に入れた私は、早速福利厚生を利用しに参ったってわけさね」

「は? 『利用しに参った』? まるで、こっちに就職先があるみたいに聞こえるけど……」

「うん。だってあたし、旦那さんの専業主婦に就職したもん」


「「「「「「………………」」」」」」


 場の時間が、ほんの数秒だけ静止した。

 そして遅ればせながら、快太は言うべき声を上げる。


「うえぇぇぇぇ!? ど、どういうこと!?」

「ほれ。証明書」


 何故か来菜は、懐から婚姻届受理証明書を取り出した。


「何でだ!? 俺いつ婚姻届け出したんだよ!?」

「旦那……あの熱い夜を忘れちゃったのかい……?」

「どれだよ! というか俺の筆跡と違ったら犯罪じゃねぇか!」

「え……あたしと結婚したくなかったの……?」

「いやすげぇ嬉しい」


 快太は冷静になって喜びを噛み締めた。


「……何を見せられてんだ俺達は……」


 そろそろ生徒会の面々は疲労感を見せ始めている。


「……と、いうわけで、今度結婚式を開きます。さあ旦那、帰国しやしょうや」

「急過ぎんだろ……滅茶苦茶だ。何でそんな急に……」


 すると、来菜は快太に耳打ちをし始めた。


「……この学園は危険だよ……」


「!?」

「どうしたのかしら?」


 耳打ちは快太にしか聞こえなかったようで、瓢夏は眉をひそめている。


「あ、ああ……いやその……」

「旦那はこのガッコ辞めるってさ! バイバイ学生諸君!」

「ちょちょちょ! 俺はまだ何も――」

「……長くいるべきじゃない……」

「……ッ」


 再度彼女の小声を受けて、快太はもう何も言えなくなる。


「……あらあら。突然のお別れね。でも良いの? 君口君は何か目的があってこのサイバイガルに足を踏み入れたんでしょう?」

「そこら辺はもう彼の上司に色々言ってるんで大丈夫です」

「お、俺の知らないところで話が進み過ぎてる……」


 そうして来菜は快太の腕を引っ張っり出す。


「結婚式か。俺らも招待してくれよ。快太」

「あ、ああ。もちろんだよ翔。向こうに帰ってから予定立てる」

「でもね旦那さん。あたしら今から行くの、オセアニアだよ」

「はぁ!? 何で!?」

「ハネムーンだぜ。分かってないねぇ」

「ハネムーン……!? いや、順序が逆じゃ……」

「嫌……?」

「嫌なわけないだろ。愛してるぜ」

「あたしもだぜちくしょう!」


 周囲の空気など意に介せず、二人はまた抱き合った。


「あー……もう早く行け。お前ら」

「バイバイ君口君」


 呆れ返った生徒会の面々は、雑に手を振って二人を見送る。

 そして、扉の前に立った来菜は、思い出したように振り返った。


「あそうだ。旦那さんはもう、『君口快太』じゃなくて――――『川瀬快太』になったので」

「婿入り!?」


 ……それから暫らくののち、快太と来菜の二人は音信不通となってしまう。

 その結果、快太の弟である君口兄斗きみぐちけいとは、兄を探してこの学園国家サイバイガルへの入学を果たす。

 だがしかし、兄斗は端からそこまで兄の心配をしていなかった。

 彼は自らの青春をただ満喫し、やがて二人が姿を消した理由を知る。

 そして――何事もなかったかのように、彼ら兄弟は再会を果たすのだ。

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