『333』
三年前 セントラル・ストリート
学園国家サイバイガル。
そこは史上最小の国家にして史上最高の教育機関。
一都市の広さを誇るキャンパスへと繋がるセントラル・ストリートでは、今日も学生たちが漫歩する。
だがそんな中で一人、余裕も無く、あてを付けて走っている男がいた。
短期入学体験者である君口快太は、汗を流しながらある場所へと向かっていた。
「ハッ……ハッ……ハッ……。クソ……」
全力疾走をしながら、彼はある少女のことを探していた。
名前も声も知らない、小さく孤独で悲しげな目をしていた、『ある少女』のことを――。
*
生徒会執行本部 会長室
君口快太は、息切れを起こしながらこの会長室の扉を開いた。
中には彼のよく知る学園国家サイバイガル生徒会メンバーが、全員揃っている。
「……やあ。待っていたよ。君口君」
「……アルフレッドさん……」
最初に声を掛けてくれたのは、生徒会の企画広報アルフレッド・アーリー。
穏やかな雰囲気を身に纏っているが、どこか嫌悪感を抱かせる、愉しそうな笑みを常に浮かべている男だ。
「定例会を無視して、私の許可なくどこへ行っていたの? 君口君」
次に問うて来たのは、会長の滑川瓢夏。傲岸不遜な態度を決して崩そうとしない女だ。
「……人を……探していたんだ」
「人?」
「……いつもの場所に、居なかったから。だから……だからきっと、高い所にいるんじゃないかって……」
「どういうことかしら?」
現在快太は、あてが外れて放心状態に陥っている。
そのため少しばかり要領を得ていないのだ。
「快太。取り敢えず座んなよ。ベルチ、席詰めろ」
「クケッ! しょうがねぇなぁ」
室内にある二つのソファに座るのは、生徒会重役メンバーの三人。
アルフレッドも重役であるが起立しており、若いメンバーに席を譲っている。
片方に座るのは、庶務の天久翔と書記のノイン・テーラー。
もう片方に先程まで足を広げて座っていたのは、会計のダイダー・ベルチ。
会長の瓢夏は当然だが会長席に鎮座しており、実は扉の横の壁には、ずっと副会長の山本五郎が張り付いていた。
そして翔の気遣いも虚しく、快太はまだ茫然と立ち尽くしている。
「……もしかしてだが、君口君。君が探している少女とは……『花良木三幸』ではないかな?」
「え?」
アルフレッドが愉しそうにそう尋ねると、周囲の他の人間は皆不快そうな表情になっていた。
「その子なら、先程発見されたよ。今はそのことについて話をしているところだったんだ」
「あ、いや……名前は知らなくて……その……」
「では年齢だ。彼女は十三歳。君が探している少女はいくつくらいで――」
「どこで発見されたんですか!?」
快太は年齢を聞いただけで確信した。
この学園国家に十三歳の若さで入学する者は、そこまで多くはないのだ。
「……フフ……落ち着き給え。君口君」
「あ、アルフレッドさん……?」
気味の笑み悪いを浮かべるアルフレッドに対し、瓢夏はムッとした表情を向けた。
「……アルフレッドさん。笑い事じゃないわよ? 貴方は何がそんなにおかしいの?」
「ああ済まない。私はこういう人間なのでね」
「あ、あの。アルフレッドさん。それでその子は、今どこに……」
注意されても、一向に笑みを解く気配がない。
だからこそこのアルフレッド・アーリーという男は、皆に嫌われている存在なのだ。
そして彼は、やはり愉しそうに、愉しそうに、その言葉を吐く。
「死んだよ」
快太は、完全に絶句して足元が見えなくなってしまった。
それでもアルフレッドはそんな快太の様子を見て、愉しそうに、愉しそうに、微笑み続けていた。
*
「……自殺しようと……していたんだ」
少し落ち着いてから、快太は生徒会の面々にその少女のことを話し始める。
これは必要な事柄であるはずだと、少女の死の報告を受けた会長の瓢夏がそう判断し、快太から話を聞くことにした。
「それは、いつのこと?」
「昨日だ。飛び降り自殺未遂……。俺は、俺の『力』を使ってあの子を助けた」
「ほう……素晴らしいな」
アルフレッドが感心したのは、快太の持つ、生まれながらの超能力に対して。
快太は物を自在に動かす、念動力のような力を使うことが出来るのだ。
「その後は?」
「見失った。遠くから助けたから、近寄るまでに時間が掛かって……。もう自殺は諦めたはずだと俺は楽観的に考えたんだけど、今日……あの子はいつもの場所にいなかったから……」
「『いつもの場所』?」
「通学路でいつも見かけていたんだ。公園……かな? どこか遠くを見ているようで、悲しそうな目をしていたのを覚えてる。でも俺は……話し掛けるタイミングを取れなかった……」
「君口君って電車通学じゃなかった?」
「ああ。だから毎日、電車の窓から一瞬しか見えなかったけど……。あんなことがあったから、心配になったんだ。この中央キャンパスを走り回ったけど……どこにもあの子はいなかった。生徒会の情報網を頼った方が早いって思って、ここに来たんだけど……」
「そもそも今日定例会だよん? 君口、生徒会の自覚ないじゃんじゃん」
「テーラー。そこは今良いだろ? 快太、続けてくれ」
翔は真面目な声色だが、その真っ白な仮面にフードの容貌は、知らない人間からしたらふざけているとしか思えないだろう。
ただ、知っている快太は、今更不審に思うことはなく続けられる。
「……いや、これ以上話せることはねぇよ。俺はあの子のことを何も知らないんだ。アルフレッドさん。一体……あの子はどこで……」
「ブラックボックスだよ」
「……? え? どこですか? それは……」
「この学園に蔓延る『カース』の一つ。一号館の地下にある一室のことだ」
「正確には三部屋ね。一度入ったら、ある条件を満たさない限り決して出られないという、呪われた部屋……」
瓢夏の補足を聞き、快太は目を見開いた。
「な……!? そ、そこで……あの子はそこで自殺を図ったんですか?」
「そうだ。しかし、本来あの部屋には自殺する道具など何も無い。それでも彼女は、自らの持つ『カース』でもって、自殺を成功させた」
「……あの子がカースを?」
「現在確認されていた狂信者は六人とされていたが、どうやら彼女にもカースがあったらしい。その証拠もある」
狂信者とは、この地において、呪いと呼ばれる超常現象を自ら起こす人間のこと。
発見された狂信者はすべからく監視をつけられることになっている。
しかし、発見されていなければ監視のつけようもない。
「……発見された時、花良木三幸は………………骨となっていたそうだ」
「!?」
「本来そんなことは絶対にありえない。たった一日狭い部屋に閉じ込められただけでそうなるはずがない。だがしかし、ブラックボックスには特殊な効果がある」
「特殊な効果?」
そこでふと、黙っていたダイダーが話に入ってくる。
「聞いたことあるぜぇ? あの中は時の流れが違っていて、あっちでの一時間はこっちでの一日に相当するってぇな! クケッ」
「……そう……なのか。……でも、だとしたらむしろ、もっと干からびたりする可能性はなくなるはずだ。むしろ、彼女をすぐに助けられるはずで……」
困惑する快太を見て、やはりアルフレッドは愉快な感情を隠しきれていない。
「『天邪鬼』という妖怪を知っているかい? 天の邪魔をする鬼。君の故郷由来の伝承だ」
「な、何の話ですか急に……」
「……言うなれば彼女は、天邪鬼に呪われているのだ。だが、彼女の天邪鬼は天だけでなく、鬼の邪魔もするらしい。平たく言えば……呪いの効果を、『反転』させられるのだ」
「……ッ!?」
「それも元の効果の何倍をも上回って……。故に彼女は、自らが骨となるまで誰にも発見されないように画策できたのだ。こちらで一時間が過ぎる間に、一体何百年の時をあの部屋で過ごしたのか……そこまでは、まだ計算できていないがね」
「………………」
快太は目を伏せて、無力な自分自身を呪った。
そこまで自殺の意志が固ければ、恐らく止めることは不可能だったのだろう。
それでも……それでも彼は、自分に何か出来たはずだと思えてならなかった。
「……どうして、そんなものがあるんですか?」
「そんなものとは?」
分かっているだろうに、アルフレッドはわざとらしく素知らぬ顔を作ってみせている。
「カースは……一体何故存在しているんですか?」
その質問に、先に答えたのは瓢夏の方だった。
「カースは人の想いの具現化よ。心の弱さが生んだ、歪んだ力……。君口君、私は貴方に共感するわ。こんな力……無い方が良いものね?」
「……」
同情の視線を向けられたが、快太の心持ちは彼女と少し違っていた。
快太は、自分の超能力も含めた人知を超える力が、彼女の言うような紋切り型で収まるものだとは思えなかった。
そしてアルフレッド・アーリーは、また別の意味で瓢夏と違った意見を持っている。
「……さて。心の弱さというのは果たして本当でしょうかね? 会長」
「……何が言いたいのかしら?」
「『呪い』は所詮、『呪い』だよ。怨念とも言えるかもしれない。それはむしろ、心の弱さではなく、強靭な精神を持っていたがゆえに増幅されるものだ。……かのブラックボックスは、百年に渡る大戦の中で死したウィルソン・ハララードの呪いと称されている。私の調べた限り、この地のほとんどの呪いは彼が関連していると推定できる。複数人の弱い心ではなく、たった一人の強大な執念の賜物……それが、カースなのではないだろうか?」
「……貴方が一体何を調べて、何を掴んだのかは興味無いわ。無い方が良いものであることに変わりはないでしょう」
「……フッ。まあ良いでしょう。では一つ。これは予言と思って聞いて頂きたい。『三』という数字を『三つ』掛け合わせると、『九』になる。いずれこの地は、九十度に首が曲がった化け物に蹂躙される」
「? それは……何かのカースかしら?」
「さて……どうだろう」
彼の予言はのちに、彼自身の手で現実のものとされかけるが、運命は彼の予言を拒絶した。
結局アルフレッドの考えも、瓢夏の考えも、どちらも真実とは異なっていたのだ。
最早この地の呪いは、完全に人間が理解できる範疇を越えてしまっていた――。




