『呪われた日常』⑤
セントラル・ストリート
四葉と上柴は、連絡の取れない兄斗を探し回っていた。
「いませんね……」
「だな。俺はもう目星付いてきたけど」
「え? どういうことですか?」
四葉は相当焦っていて、汗も垂らしている。
上柴も落ち着いた表情の割に、内心は焦燥感で溢れていた。
「……生徒会だろうな」
「……! それって、この前の化け物の時みたいに……?」
「ああ。そもそもアイツらは、前に君口のこと監禁してるからな」
「えぇ!? 監禁!?」
「君口が許してるからアレだけど、無理やり生徒会の仕事とかさせられてたんだぜ? 代わりに授業の課題とか手伝うからって、生徒会本部に閉じ込められて、三食欠かさず食わされて、無駄にデカい部屋で、無駄に柔らかいベッドに寝かされてたらしい」
「…………それは好待遇では?」
上柴は首を横に振る。
「全部偽装さ。アイツはその後解剖手術されそうになったんだ」
「えぇ!? 解剖!?」
「何で無事だったかは知らねぇが……アイツは生徒会のこと嫌ってるから、多分相当危ない所までいったんだと見てる」
「……先輩は、どうしてそれで許しちゃってるんですか? 警備に報告すべきでしょう」
「……興味無いからだろうな。あの時のアイツは……『生徒会は飽きたから恋愛を始めたいと思う!』って言ってたぜ」
「……あの人もしかして馬鹿なんですかね?」
「何だ? 今更気付いたのか?」
二人とも呆れて溜息を吐いていた。
厄介な男ではあるが、大事な人物でもある。
どうにか早く助けたいところだが、四葉には居場所の目星がつかない。
「……先輩は生徒会本部に?」
「取り敢えず連中が人間を隠しそうな場所に行こう。候補は結構あるんだ」
「……何だろう、生徒会ってどういう組織でしたっけ? マフィア?」
「とにかく早く見つけようぜ。お前だってアイツにもしものことがあったら嫌だろ?」
「……」
二人は合わない歩幅で並ぶこともなく歩き続ける。
ただ、向かう先は同じ兄斗のところだ。
だからかはわからないが、四葉は上柴と兄斗の間柄を気になり始めた。
「……上柴さんは、どうして先輩と仲良くなったんですか?」
そう聞くと、上柴は少し苦い顔をして答えた。
「……アイツが突然現れて、『仲良くしないか』って言ってきたんだ。どこの誰とも知らないが、アイツはただ『同い年の六年生』ってとこに興味を持ってそんなこと言ってきたんだ。イカレてるだろ?」
「……ですね」
流石に四葉も苦笑いせざるを得ない。
ただ、上柴の方はだんだん柔らかい表情になってきていた。
「実はさ、俺、同年代の友達いなかったから……少し嬉しかったんだぜ。これ、君口には内緒な」
言ってすぐ、後悔するように体を熱くさせていた。
――……そっか……。
上柴は四葉の方を見られなくなったが、四葉はそんな彼の背を見て不思議と安堵した。
自分と同じ様に君口兄斗を想っている人間がいる。
そのことが、彼女の背中を押した。
「よぉぉぉぉし!」
「うおっ!? 何だ何だ!?」
四葉は突然立ち止まって叫ぶ。
「私……今! 凄いことに気付きました!」
「何だ一体……」
「もし私が捕まって泣いている先輩を助け出したら……先輩の私への好感度は爆発的に飛び上がるのでは!? そうすれば……もしかしたら! 百パーセント先輩は一生私に夢中になるのではないでしょうか!?」
「…………」
上柴は唖然として何も言えなくなる。
ただ、どこか自分に対して言い聞かせているように見えた。
「そうです……そうなるはず……だから……大丈夫……」
彼女の前進に一番必要だったのは、もしかすると彼女と同じくらい兄斗を想っている人物の存在だったのかもしれない。
ツァリィや上柴との会話から、彼女は確かに自信を手に入れ始めていた。
「上柴さん」
「な、何だよ」
「愛されたことのなかった私でも、愛することは出来ますかね?」
上柴は、何を言っているのかわからずキョトンとしてしまった。
「な、何言ってんだ? お前だって、君口に十分……あっ。いや、今の無し。……先に言ったら君口にキレられる……」
「今更何言ってんですか」
四葉はフッと笑った。
今更というのは自分の方も同じだ。
彼女は既に、赤子ではなくなっていた。
「あああ! か、上柴さん! 花良木さん!」
すると、突然一人の小さな少年が現れる。
「あれ? ジェイソン君?」
ジェイソンは息を切らして膝を抱える。
どうやら今まで走り続けていたらしい。
「あ、あの……ハァ……ハァ……」
「落ち着けよ。どうした?」
「レイがどこにも見当たらなくて……その……ハァ……し、知りませんか?」
二人はハッとして目を合わせる。
だんだん事態が見えてきていた。
「……まさか、狂信者たちをどこかに監禁している?」
「もしそうだとしたら……上柴さん!」
二人は急ぐべきだと判断する。
ジェイソンも二人の表情から予測できていた。
「え? もしかして君口さんも?」
「ああ。君口もレイも、生徒会に何かされてるかもしれねぇな。だとしたら……どうするよ?」
ジェイソンはキリッとした目を見せた。
四葉も同じだ。
「「助けに行く!」」
*
一号館 地下 旧資材室A
レイと瓢夏はババ抜きをしていた。
たった二人で、虚無のババ抜きだ。
「『選択』はしないの?」
「したよー。私はねー…………生徒会の雑用なんかしない」
レイは瓢夏の手札から一枚引く。
同じ数字が揃ったのでレイはカードを場に捨てた。
「……そう? 楽しいわよ? 生徒会。狂信者みんな……私の手下になればいいのよ」
瓢夏もレイからカードを引く。
やはり同じ数字が揃い、場に捨てられたカードが増える。
「あーそれが目的なんだ。サイテー」
「……うふふふ」
レイはまた同じ数字を揃える。
レイの手札は残り二枚だ。
「私はね、愉快で奇天烈なことが好きよ。生徒会は代々カースと距離を置いてきたけれど、私はそんなことしない。無くなった方が良いものだというのは同意だけれど、消すにしろ操るにしろ、主導権は私達普通の人間が持つべきよね? いや、普通じゃ異端には対処できない。だから私は何の力も無くたって、異端なカースに対処できるような『何か』を身に着けたい。直接貴方達に面と向かって、こう言ってやるために。そう……『私の方が、貴方達より異端なんだ』……ってね」
「はぇー」
瓢夏の手札は一枚。
彼女はレイの持つ手札に手を伸ばす。
……が、その途中で止まってしまった。
「……『選択』は良いけど、それだけじゃここは出られないわよ? 誰か外からの助けは必須として……もう一つ。『絶望』が必要なの。貴方はまだ子どもだから理解できないのかしら? そうして絶望出来ない貴方は、決してここから出ることは出来ない」
「かいちょーもでしょー?」
「私は『これ』があるから大丈夫」
そう言って、瓢夏は肩から掛けていたカバンを摩る。
中身は既にレイに伝えている。
「そっか……じゃあ、会長が絶望すればいいんだ」
「? ああ……その発想は無かった。確かにブラックボックスを脱出する条件は、幸運の『運命』と困難な『選択』、そして深き『絶望』……という言い伝えしか残されていない。『誰の』絶望が必要かはもしかしたら定かではないのかもしれないわね」
「会長が絶望してくれたら、後は誰かが助けに来てくれるだけで出られるよー」
「フフ……でも、誰も助けになんて来ないかも」
そう言いつつ、瓢夏はレイの手札から一枚引いた。
そしてそのカードは――――ジョーカーだった。
「……」
瓢夏は初めて表情を歪めた。
「あれあれー? またジョーカー戻っちゃったねー? 反復横跳びだねー?」
「フフ……そうね」
レイはひとしきり瓢夏の反応を楽しんだ後、笑みを失くして真面目な顔になった。
「……私は、絶対大丈夫なの」
「え?」
「だって……私は誰かに愛されてるもん!」
そうして飛びきりの笑顔を見せる。
確かに彼女の中に絶望は無かった。
「……そ。まあ、私も絶望なんてしないし、結局貴方はここから出られない。唯一の方法は……私の手下になるという『選択』をすること。そうすれば私の『裏技』でここから出してあげる。もっとも、それでも貴方がブラックボックス内で決断した選択は、必ず遂行しなくてはならないのだけれどね」
やはり彼女はカバンを摩り続けた。
しかし、レイの笑顔は決して途切れない。
「大丈夫! 会長はぜーったい絶望するよ!」
「いやいやそんなわけ――」
「生徒会庶務の天久翔さんには彼女がいます。これガチ」
時が止まる。
動かない。
瓢夏は固まったまま動かない。
「………………え?」
「はい」
レイは瓢夏の手札から一枚取る。
同じ数字が揃ったので上がりだ。
最後の一枚であるジョーカーは、瓢夏が握ることになった。
「……え? 待って、え? いや……え? いやいやいや……え? それは……え? 嘘? 何で? え? 何の嘘? 何が嘘? え? 嘘って何?」
瓢夏はまともな思考が出来なくなった。
「え? え? え? 何で? 何で翔君に? 翔君が? いや、え? いやいや、え? いやいやいやいやいやいやいや嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌」
ジョーカーは一人寂しく瓢夏に微笑む。
いや、そんな笑みなど彼女は欲しくない。
彼女が欲しいのはずっと――。
「会長その人のこと好きって聞いたよ? 兄斗お兄ちゃんに」
「うぁ……あぁ……」
瓢夏は椅子から飛び上がってそのまま地べたに転がった。
「嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘」
「……ん?」
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
転がるどころか頭を打ち始めている。
テーブルを揺らしてカードもばら撒く。
何本か髪の毛も毟ってしまう。
現実を忘れるために何か方法を探っているのだ。
そもそもそんな現実は初めから存在しないというのに。
「……な、なんかごめん」
「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ’ああああああああああああああああああああああああああああああああ」
涙と絶叫と発狂。
自分よりも年上の女性がおかしくなる様を見て、異能を持つレイは確かに彼女のことを『異端』だと捉えていた。
*
一号館 地下 旧資材室B
倒れていた兄斗は起き上がらされていた。
座ったまま、仏頂面で翔の方を睨んでいる。
「なあ、何とか言ったらどうだ?」
「……」
「『選択』しないとここから出られない……わかってんだろ?」
「……翔君」
「何?」
「アンタはどうやってここから出るつもりだ?」
兄斗が諦めかけているのを見て、翔は隠さずに話そうと考える。
「ああ……そうだな。お前、『ケルベロスの写真機』を知ってるか?」
「……何だ急に。知ってるけど関係ないだろ今は」
「それがあるんだよ。ケルベロスってのはアレだ。地獄のワンコだな。この土地は昔戦地だったが……その時に死んだ奴の呪いが『ブラックボックス』を作り出した。んで、死んで地獄に落ちたそいつはケルベロスを従えたのさ。だから……『ケルベロスの写真機』に触れている人間は好きにここの出入りが出来る。自分の飼っている犬っころと勘違いするんだろうな」
意味のわからない理屈だが、意味のわからない現状を打開する方法が、理解できるものであるはずもない。
ただ、兄斗は少々疑問に感じた。
「意味わからない。……写真機の呪いとここの呪いが繋がっているのは何となくわかったよ。頭数にしろ条件の数にしろ、『三つ』……という辺りが似通っているしね。けど翔君、アンタはその『写真機』を持っていないじゃないか」
「ああ、そうなんだ。でも大丈夫。後でアルフレッドさんが持ってきてくれるんだ。言っとくが、お前には触らせないぜ? それに一度ブラックボックスの脱出に使ったら写真機は壊れちまうらしいからな。お前がここを出るにはやっぱり『選択』する他ないわけだ」
また別の疑問がいくつか兄斗に生まれる。
何より翔が『それ』を疑問に思っていないことが一番の疑問でもある。
「……翔君。さっき話してくれたよね? ブラックボックスは『三つ』あって、今僕以外にレイと日南貞香が囚われているって」
「ああ、言ったな」
「写真機が脱出に使うと壊れてしまうってことは、ブラックボックスの数と同じ、『三つ』の写真機が必要ってことになる」
「そりゃあそうだ」
「……」
兄斗は冷や汗をかき始める。
「……一応聞くけど、どうしてそんなことがわかったの?」
「え?」
「試さないとわからないよね?」
「……そりゃあ……そうだな」
まだ翔は気付いていない。
頭も回っていない様子だ。
「翔君」
「何だ?」
「僕はその写真機を一台、既に壊してる」
翔の表情が固まった。
しかし、徐々にピクピクと動き始める。
「……いやいや。ンなわけねぇだろ」
「何ならもう一つ確認してるよ」
「そんな馬鹿な」
「日南貞香が持ってた。写真機の内一台は、アーリーのオジサンが彼女から騙し取ったんじゃないの?」
「……お前、何でそれ知って……」
ここまで来ると翔も頭を回し始める。
いや、回すまでもなく既に結論は出かかっている。
「アーリーのオジサンは残る三つ目の写真機を使って、実際にこのブラックボックスの脱出が可能か実験したんだ。誰か他人を使ったのは間違いないだろうけど、翔君はオジサンから今の話を聞いたんじゃないの?」
「……いや……それは……」
「聞くけど、翔君は実際にその写真機を見たの?」
「見たさ! 会長が持ってた!」
「残る二台は?」
「…………ッ!?」
翔も兄斗も、最悪な結論に辿り着いていた。
「一つは僕が壊した。もう一つは既にオジサンが使った。そして最後の一つは会長が持ってる。だとしたら……翔君、君も僕と同じでここから出られないんじゃないかな?」
翔はフッと笑ってみせた。
そして、その微笑みのまま扉の方へ向かう。
鍵を開け、ドアノブを動かす。
しかし、当然だが開かない。
何度開けようとしても開かない。
開かない。
開かない。
開かない。
「瓢夏ぁぁぁぁぁ! 助けてくれぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
翔は無様にも扉の前に跪き、大声で叫び始めた。
ドンドンと叩いても外からの応答は無い。
確かに彼は『絶望』していた。
「誰かぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「……翔君、僕のこと解放してくれる? 二人で助けを呼んだ方が良い。代わりに兄貴のこと聞くけど」
「ぐぅ……そ、それは……」
全てはアルフレッド・アーリーの策略の下で転がされていた。
翔はどうしようもなく、それでも『選択』を委ねられていた。
「これがアンタにとって困難な『選択』になるかもしれない。『絶望』は僕もアンタも十分だろうさ。けど、このまま一人で叫んでも助けが来るという幸運な『運命』が訪れるとは限らない。アルフレッド・アーリーがアンタらを騙していたのなら……会長も写真機を持ってブラックボックスに入ったとは限らないわけだしね。三つ目の条件を満たすために……もうなりふり構っていられないだろ」
「うぐ……く……でも……瓢夏に頼まれてるし……」
「そんなに会長が大事? 何で?」
「……幼馴染だからさ。俺はアイツの頼みは何でも受けるって……ガキの頃決めたんだ」
「そっか……でも、このままじゃ二度と彼女の頼みを聞くことすら出来ないかもしれないよ?」
「……」
翔は大きく息を吐いて真面目な顔になった。
そして、その表情をまた白い仮面で隠す。
彼の選択はもう決まっていた。
「……ほらよ」
「ありがとう」
翔は兄斗を拘束していた縄を解く。
そして、二人は頷いた。
「誰かぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「助けてぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
二人の叫び声は誰にも届かない。
暗く狭い部屋に、ただ男たちのSOSが響き渡る。
それはただ部屋の壁や天井に反射して、また彼らの耳にだけ戻ってくる。
それでも、叫ぶことしかできなかった。




