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『呪われた日常』④

二ノ宮邸


 和風の屋敷の中に学園長・二ノ宮巖鉄は住んでいた。

 水音と風の音だけが存在している午前中。

 縁側で瞑想していた巖鉄の下に、突然の来訪者が現れる。


「……山本君か」


 庭から歩いてやって来たのは、生徒会の老紳士・山本五郎副会長。

 いつものように帽子と眼帯を欠かせない。

 だがもう一つ、彼は背に細長い物を背負っていた。


「お久しぶりです。二ノ宮さん」

「……今日はどうしたのかな?」

「お願い申し上げに来ました」

「……何をかな?」


 何となく、既に巖鉄は理解していた。


「……お嬢様の……いえ、未来ある若者たちのために、この山本五郎、貴方と刃を交わさせて頂きたく存じます」


 そう言って、彼は背負っていた物を取り出す。 

 それは日本刀。

 果たしてレプリカか、それとも本物なのか、遠目で見ただけでは判断が出来ない。


「……致し方ない」


 巖鉄も立ち上がる。

 そして奥の畳の部屋に向かっていく。

 飾られていた日本刀を取りにいったのだ。

 これもレプリカなのか、果たして違うのか。

 いや、そもそも何故彼らはそんな物を手に取るのか。

 彼らだけしか通じ合っていないらしい。


「……山本君。君の立場はよくわかる。滑川のお嬢様も……随分な御転婆だ」

「お嬢様は思慮深いお方です。私はお嬢様に従うのみ。サイバイガル家と共にこの国の創設を担った滑川家は、私にとって忠誠を誓うべき対象ですので」

「……フフ。僕はただ君の感想を聞きたくなっただけだ。君から見てあのお嬢様は……どう見えている?」


 二人とも、二人にしかわからないアイコンタクトで語り合っている。

 通じているのは二人だけ。

 巖鉄が笑みを向ける理由も、山本がそれに応えてやはり微笑む理由も、彼らにしかわからない。

「……そうですね。確かにお嬢様は……少し……いや、大いに御転婆ではありますな」


 二人は当然のように刀を交える。

 巖鉄は遠慮せずに『カース』をも使い出した。


「僕も学園長として、君の言い分を聞くわけにはいかない。もちろん……狂信者ファナティクスとしても」



 シュンッ



 高速移動。

 巖鉄は老体であることを物ともせずに爆速で移動する。

 それこそが彼の『カース』の効果……というのは、少しだけ違う。


「ふむ」


 しかし、高速移動による攻撃も山本は難なく止めてみせる。

 決して剣道などと言えるほどではないが、チャンバラの実力は山本の方が上だった。


「む……ッ!」

「周囲の反応を遅らせる……他人からの反応が遅くなる……そういう『呪い』だと存じています。要は……元々の反射神経が頗る高ければ、大して変わらないでしょう」

「……相変わらず恐ろしい男だ。流石は戦争の英雄だな」

「……昔の話は止してください」


 この国が成立するより前の戦争で活躍していたことなど、山本にとっては忘れたい出来事。

 そんなどうでもいいことは、平和な今となっては関係ない。

 今彼がこうして刀を振るうのは、ただ若者の力になりたいと願うからだ。

 もっとも、それが正しいかどうかは別のことではあるのだが。


     *


オチミズ研究室


 ツァリィ・メリックは、定期的にこの研究施設に訪れる。

 そこは元々『食べ坊』と呼ばれる駄菓子屋の建てられていた場所で、ある人物の差し金で研究施設が取って代わったのだ。


「こんちは」


 中に入ると、見知らぬ女性が待ち構えていた。


「……えっと、こんにちは。あの……博士は……?」


 その人物はヘッドフォンを装着していて、横柄にも風船ガムを膨らませている。

 おまけに机に足を乗せながらだらけて座り、スマホを弄っていた。


「いないよん。お嬢様も大変だねぇ。『カースを失くす方法』……なかなか見つからないんじゃん?」


 ツァリィは、この人物は自分がここに訪れる理由を知っているのだと理解する。

 彼女は自身のカースを失くす方法を科学者たちと共に探っていた。

 それは彼女が能力を使って暴走していた頃からずっとだ。

 力を使って悪事を働く裏で、彼女は矛盾しているがずっと力を失くしたいと考えていた。


「……博士は頑張ってくれています。他の研究員の皆さんも……」

「そだねそだね。……ってかさぁ、お嬢様はここが何で出来たか知ってんのん?」

「……はい?」


 そろそろ違和感に気付き始める。

 ツァリィは、この場に彼女以外の存在がいないことと、彼女がずっと自分のことを『お嬢様』と呼んでいることに不審を抱いた。


「アルフレッド・アーリー……元々はあのオッサンが、アンタらを研究する場所が欲しかったんだと。ま、川瀬かわせの弟君を勝手に監禁して、解剖しようとしたから追い出されたんだけどね」

「? かわ……誰ですか? 一体何の話を……?」

「君口兄斗。知ってるじゃん? お嬢様はご執心なんだから」

「!?」


 ツァリィは馬鹿ではない。

 彼女はすぐ、アルフレッドが兄斗に対してとんでもないことをしようとしていたことを理解した。

 すると同時に疑問も生まれる。


「どういうことですか……? どうして旦那様がそんな目に……」

「うーん……知らん。じゃんじゃん」

「あの、ふざけてます?」


 目の前の人物は気だるげに立ち上がった。


「さて……それじゃあこっからが大事な話。聞いてくれるん?」

「いや……その前に貴方は一体誰なんですか?」

「うちは生徒会書記の……ノイン・テーラー。よろろん」


 やはり名前を聞いても自分の知った人間ではない。

 ただ、『生徒会』という組織は知っている。


「……生徒会……」

「あ。オッサンと一緒にしないでねぇ? うちは良い生徒会だから」

「悪い生徒会なんていちゃ駄目だろ」


 ツァリィは目を逸らして悪態をつく。

 声は届いている。


「……さて、本題。大事な話するから……付いてきてよん」

「……」


 怪しみながらも、ツァリィは彼女に付いて入ってきたばかりの研究施設を出る。

 彼女はそのまま隣の建物とこの施設の間の隙間に向かっていく。

 二十平米ほどの、微妙な広さの空間だ。


「あの、こっちは……」

「そらぁっ」

「!?」


 勢いよく引っ張られる。

 どこへ?

 決まっている。

 ここは建物に挟まれた、二十平米の影の空間。

 ノインはツァリィを影の中の世界へと引き込んだ。

 誰もいない、逃げ場のない場所へと――。


     *


駄菓子屋 『食べ坊』


 目を開くとそこは、存在しないはずの駄菓子屋の前だった。

 辺りは黄昏時なのかオレンジに染まっている。

 ツァリィは、再びこの影の世界にやって来たのだ。


「『カース』は人の想いの具現化。かいちょーの話、そこだけは納得しちゃった。『ナルキッソスの鏡』みたいな芸術作品も、情緒ある昔からの駄菓子屋も、これでもかってくらい『想い』がこめられてるじゃんね」

「……てめぇどういうつもりだ?」


 ツァリィはわざと攻撃的な言葉使いに変える。

 既にノインが何かを企んでいることは明白だ。


「怖いなぁ。『お嬢様』なんだから、綺麗な言葉使いしないとじゃん?」

「何だと……?」

「知ってるよん。その言葉遣い、お嬢様の好きな少年漫画のヒロインだよねん? だからうちは、あの漫画みたく、力でわからせようって考えたわけ」

「何を?」

「生徒会のためにその力を使い給え……ってね。どうせ無くならない力なら、無くなるまでは人のために使うべきでしょぉ? お嬢様」

「……わたくしを従えたければ、力で体を屈服させることです。もしくは、旦那様のように心を屈服させるか」


 ノインはようやく膨らんだ風船ガムを口の中に入れる。

 ガムを噛みながら笑みを見せていた。


「お。やっぱそーだよねぇ。わかりやすくていい! 喧嘩で言い分を押し付けるの、漫画みたいでおもろいもんねぇ!」

「……つーかガム噛みながら喋んな!」


 人の形をした影のような存在が周囲に現れる。

 この世界の住人だ。

 ツァリィはこれをすぐに利用することに決める。


「おぉ……ホントに言いなりに出来るんじゃん」


 影たちは全員ノインの方を向く。

 表情も何も無い影の姿だが、確かに彼女に対する『敵意』を見せていた。


「いけっ! このバカ女わからせろ!」


 ツァリィの言葉通りに影たちはノインに向かっていく。

 徒手空拳だが、確かに実体があり、殴打によって攻撃が可能だ。

 兄斗の時のように、集団で襲い掛かるのだが――。



 キィィィィンッ



「ッ!?」


 目を塞ぎたくなるような激しい光。

 その輝きと共に、彼女に向かっていった影たちは吹き飛ばされる。

 輝きが収まってから、ツァリィは彼女の方をじっくりと見つめた。


「何ですか……それ……」

「知らんのん?」


 彼女は制服の袖を捲る。

 そこには、七色に輝く金属の腕輪が取り付けられていた。


「メリックコーポレーションの新製品・『プラズマアーマー』じゃん? いやぁ人間の科学技術は凄い。呪いなんか形無しだねぇ」

「そ、そんなものを開発していたなんて……」

「自分ちのこともっと勉強しようよん。うちはこう見えて、メリックコーポレーションのヘビーユーザーなんよね。特に『喧嘩工房』シリーズは全種取り揃えてるん」

「……わたくしは……これを継げるのでしょうか?」


 ツァリィは唐突に将来への不安を抱いた。

 そんなことお構いなしに、ノインはどんどん影たちをノックダウンさせていく。


「そらそらそらぁっ! 人間の強さ思い知ったか!」


 彼女の持つ『プラズマアーマー』は、装着した人間の腕力を数倍に引き上げる恐ろしい代物。

 最近日本で流行りの『KENKA』という超人バラエティ番組で利用されているのだが、もちろんツァリィの知ったことではない。

 ちなみに使用可能な場所などは限られていて、基本許可の無い場所での使用は禁止だ。

 ……無論、現実に限った話だが。


「ホントは外で使っちゃ駄目なんだけど! ここは影の世界だから問題なっし! ってねぇ!」


 ここは法の適用外。

 常人離れの能力者には、常識にとらわれない方法を使うのが必然。

 勝者は目に見えていた。


「ほらお嬢様! さっき約束したじゃん!? うちが勝ったら……お嬢様は言いなり! 製品とかもただで頂戴よん!」

「いや、そんな約束はしてねぇよ」


 ――……まあ、構いませんけども……。

 ツァリィは呆れつつ、悪くないと考えていた。

 彼女としては自分の力を誰が使おうが、それが悪事に繋がらなければいいと考えている。

 生徒会のことをよく知らない彼女は、他の者と違って自分に絡んでくれるだけで少し嬉しくなっていた。


「でも……『言いなり』はちょっとたまんねぇなぁ……」


 苦笑いを浮かべつつ、今後の生徒会との関わりを希望でもって想像し始めたその矢先――。


「うっ!?」


 影をあらかた倒したところで、突如ツァリィを頭痛が襲う。


「? 何?」


 ツァリィはその場で蹲る。


「ぐ……何……で……」

「あり? 何? 力の使い過ぎ? まだ少ししか使ってなくない?」

「……ああ……そうか……」


 彼女は今、ようやく自分の力のことを理解した。

 頭痛は激しいが、言葉に詰まる程ではない。

 それでも、自分の力が制御できないという確信は持っていた。


「ほら。影全部倒したよん。うちの勝ちじゃんね!」

「……逃げて」

「ん?」



 ズォォォォォォォォォォォォ



 影たちが、また地面から生えてくる。

 兄斗の時と同じだ。

 彼女の『敵』は、無限に現れる。


「『敵意』の操作……違う。わたくしの力は……わたくしにとっての敵を倒す……別の『敵』を生み出す力……だった。わたくし自身が敵だと認めていない相手に使ったから……だから暴走を……」

「うおっ!? 何々? まだ出てくるじゃんじゃんじゃん!」


 自身の力の本来の能力に気付き、彼女は悲哀を隠せない。


 ――これがわたくしの想いの具現化なら……わたくしは……わたくしはずっと……自分の敵を作りたかったということ……?

 ――いじめられたのは……わたくしがそれを望んだから……?

 ――わたくしは……自分のことをそんなに……嫌っていたなんて……。


 ツァリィ・メリックは、自虐的な人間だった。

 両親に流されて生きる自分が嫌で、両親の期待に応えられない自分が嫌で、自分を嫌う自分が嫌で、嫌で、仕方なかった。

 彼女が本気で兄斗のことを愛しているのに結ばれることを望めないのは、彼女が自分を好きになれないからだ。

 彼女の呪いは、彼女自身が自分に掛けてしまっていた。


「この……数が多いんだけどっ!? うちの負けじゃん! わかったから! もう止めてって!」

「ごめんなさい……」


 影が襲うのは、彼女が『敵』と認めた相手。

 もう影は、ノインに襲い掛かるのを止めていた。


「え……な、何でそっちに――」


 ツァリィは自分に向かってくる影を止められなかった。

 目の前にいるノインを敵だなどと思うことは出来ない。

 敵でない相手に使ったため暴走しているが、正確に呪いは効果を発揮する。

 ツァリィの最大の敵は、初めから自分自身だった――。



「兄斗君じゃなくて悪いな」



 一瞬目を閉じたツァリィは、すぐに目を見開いた。


「え?」


 影たちは、一瞬で空に吹き飛んだ。

 殴り飛ばされたのだ。

 殴り飛ばされただけで、一網打尽にしてしまった。


「何……」

「メインスポンサーの御令嬢を守るのは当然の役目だ。なぁ、ツァリィ嬢ちゃん」

「キング……」


 チャールズ・ドレーク・〝キング〟・韓信。

 名前の長さは周囲からの想いの数。

 彼は去年、格闘技の世界大会で人々を熱狂させ、大スターとなった。

 そんな彼を支える人間は数多くいるが、一番のメインスポンサーはメリックコーポレーション。

 彼は自らその令嬢の監視役、もといサポートをしたいと懇願した。

 ワンダー・セブンとなったのは、ひとえに彼の『義』にあったのだ。


「さ、出るぞ。そっちの嬢ちゃんも」

「いや、まだ決着が――」

「やるか? 俺と」

「…………遠慮しますん」


 プラズマアーマーをもってしても、ハッキリ言って韓信には敵わない。

 一瞬で影を払った彼の姿を見ればノインもすぐ理解できる。

 本職相手には素人がどんな反則技を使っても無駄なのだと。


     *


オチミズ研究室前


 影の世界から戻ってくると、もうツァリィの『カース』は一度リセットされてしまった。

 しかしツァリィは、それだけではない気が既にしていた。


「……ありがとうございます。キング」

「うお!? 何だその丁寧口調は……。兄斗君の所為か?」

「……こちらが本来のわたくしです」

「えぇ……」


 韓信は引き気味に後退った。


「……結局うちの負けかぁ。かいちょーに何て言おう」

「言う程負けではなかったと思いますけど」

「マジ!? じゃあ生徒会の言いなりになってくれる!?」


 ノインが身を乗り出すと、韓信が間に入った。


「駄目だ。まったく……生徒会は相変わらず滅茶苦茶だな。ツァリィ嬢ちゃん、あんまフラフラしなさんなよ。一応言っとくが、兄斗君は相当生徒会を嫌ってる。だから関わらない方を勧めるぜ」

「……そうですね。でも……」

「でも?」

「…………」


 ツァリィは自分の気持ちに折り合いを付けていた。

 兄斗が四葉を好いているのは知っているし、諦める覚悟もしている。

 しかし、それは彼女がどうしようもなく自分自身を嫌っているからだ。

 今、彼女はそんな自分を『このままで良いのか』と考え始めていた。


「……何か知らんが、遠慮するなよ? 嬢ちゃんたちはまだ若いんだから」

「キング……でも、わたくしは自分のことを……」

「大丈夫さ。嬢ちゃんは変わったみたいだしな。兄斗君が駄目だったらまた他の良い男を探しゃいい。必ず誰か最高の相手が受け入れてくれる。ああ、必ずだ」

「……」


 ツァリィはずっと、一度兄斗の手によって軽くなった心の置き場を探していた。

 フワフワと行き場を失くした彼女の心は、確かに明るい方を目指し始める。


「……いや、わたくしの運命の相手は旦那様です! 必ず射止めてみせます。他の誰でもなく、この……わたくしが!」


 ノインは自分の知らないところで成長を続けるツァリィを見て、また新しい風船ガムを噛み始める。

 この後会長に叱られることを考えるのは億劫だが、煌めく表情のツァリィを見ていると、何故だか気分が楽になる気がした。


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