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『三つ』

中央キャンパス 図書館


 兄斗と四葉は図書館内にあるフリーコミュニケーションルームで作業をしていた。

 そこは図書館内でも自由に会話ができる空間で、夏のフィールドワーク期間は人気が高く混雑している。

 兄斗の策略で共同研究せざるを得なくなった四葉は仕方なく机に目を向けていた。


「……ごめんな。僕が学園長に嘘言った所為でさ」

「何言ってるんですか……。まったく」


 四葉は彼がわざと学園長に共同研究すると伝えたことを理解している。

 そもそも学園長が一生徒の研究をそこまで気にしたりしないだろうし、後からやっぱり共同研究は止めたと言えば嘘を吐いたことにもならない。

 しかし、それでも彼女は彼の誘いに乗っかっていた。


「しかし『カース』を調べるとなると……かなり難易度も上がりますよね」

「まあね。ま、僕らは理系じゃない。解き明かすのは『呪い』の発端を中心にすればいい。物理法則を無視した現象の謎の解明は……他の連中に任せよう」

「テーマとして人気ですからね、『カース』は」


 二人はどちらかといえば『カース』そのものよりも、それによって社会にどのような影響があるかを中心に研究を続けていた。

 当然『ワンダー・セブン』や『狂信者ファナティクス』についても詳しく調べる必要がある。

 そのために学園長にも質問をしにいった……ということにしたのだ。


「……」

「どうかした?」


 ――先輩は……いつまで私に興味を持ってくれるんだろう。

 不意に俯く四葉を見て、兄斗は自分から話題を出す。


「あ、そういえば花良木は学園祭ってどうする?」

「え?」

「あ……流石にまだ早いか。十一月だもんなぁ」

「え、えぇ」

「そもそも僕らサークルや部活入ってないしな。やることもないし……関係無いか」

「……」


 四葉は気付いていた。

 ――最近……先輩は言葉巧みに話の中で『学園祭』のことを一瞬だけ口にする。

 ――その理由は多分刷り込み……。私と一緒に回りたいから……。

 自意識過剰ではなく、これは明らかな真実だ。

 ――そして先輩は多分……学園祭で私に告白するんだ。それまでにこうしてゆっくり私を攻略するつもりで……。


 兄斗は計画的に動く人間だ。

 四葉と出会ってからまだ五ヶ月。

 彼の想定では、もう少し仲を深めてから学園祭の空気を利用して四葉と付き合うという算段なのだ。


「……先輩、今日はコーヒー飲まないんですか?」

「ん? ああ……そろそろいいかなって」

「?」

「ほら、コーヒーを飲んでいると……眠くならなくなるだろ? 僕は快眠したいんだ」

「え……じゃ、じゃあ今までは何でいつもコーヒー飲んでたんですか?」

「? いや、様になるじゃん? 学生と言えばカフェイン。カフェインをことあるごとに取るだけで、僕は学生らしい気分になれる」

「……」


 兄斗は自分の好物すらも意識的に選択する。

 それは、彼がどこまでも人生を愉快に生きる為だ。

 彼の興味は移り変わりやすい。

 長く続くこともあれば短すぎることもある。

 四葉は、そんな彼の性格を理解し始めている。


 ――先輩の興味は変わりやすい。何かに熱中しても……いつか必ず別の『何か』に興味を移す。

 ――先輩は……いつまで私を好きでいてくれるんだろう。

 ――私に告白して、私がそれを受け入れたら……その時点で私に興味を失くすんじゃないだろうか……。

 ――だとしたら私は……。


 四葉が兄斗の想いに気付きつつも何も行動できないのは、ただ単純に恐れているからだ。

 兄斗のことを理解すればするほど、彼が自分に興味を失くすことが恐ろしかった。

 全てが上手くいく未来も、愛がいつまで継続するのかも、四葉には何もわからなかった。

 愛を知ったばかりの彼女は、まだまだ無知の赤子のまま。


     *


六条公彦の研究室


「……何ですって?」


 六条公彦は目の前の少女の言葉に耳を疑った。

 しかし、少女は覚悟の決まった瞳の色をしていた。


「何度も言わない。私は……いや、『私達』は、この学園に要らない人間を掃討する」


 マスクの下で口を動かす。

 どこか相手を威圧するような、尖った改造を施した制服。

 左腕には包帯をグルグル巻きにして、右足も同様だ。

 少女は確かに通常の他の生徒とは違っている。


「……君は、自分が何を言っているのかわかっていますか? それはすなわち、貴方自身もただでは済まなくなるということですよ?」

「そう。だから……『要らない』人間はいなくなる」

「!? 君は……」

「……これはもう決めたことだから。先生に私は止められない。私はもう……戻れないから」


 そう言いながら自分の腕を握る彼女は、明らかに後悔を見せている。

 そんなことくらい、公彦でなくともわかることだ。


「……ツァリィ・メリックさんは前に進みました。貴方だって同じように前を向くことが出来るはずです」

「だから……」


 眉をひそめて目を逸らす彼女は、もしかしたら既に自分の意志を失くしているのかもしれない。


「……もう遅いの」



 彼女の名は日南貞香ひなみさだか

 もし彼女に対して誰かが非難をすることがあるのなら、それは的外れとしか言えない。

 これから彼女らがすることは全て仕方なかったことであり、その結果は必ず彼女らにとって必要なものになる。

 何も知らずにいた人間はそんな結果を受け入れるしかない。

 心配せずとも、全ては必ず良い未来に繋がっている。

 そういった風に、初めから呪われているのだから――。


     *


中央キャンパス


 建物と建物の隙間に人がいる。

 人が、複数いる。

 日陰の中で、目立たない場所で、複数の人が、一人の人を暴行している。


「……本当なのか」


 兄斗はその様子を建物の上から見て息を吐いた。

 四葉と別れてからここに来たのは、彼女がいたら格好つけなくてはいけなくなるからだ。

 一人の今なら眺めているだけでも許される。



 先日のこと。

 兄斗は六条公彦からある少女のことを頼まれた。

 隣に四葉がいたため断ることなどできない。

 もっとも、兄斗は同じ狂信者ファナティクスのこととなると多少はやる気を出せる人間ではあったが。


――「彼女の名は日南貞香。純粋な日本人です。そして……私の姪に当たります」


 公彦はそう言って紹介してきた。


 ――「彼女はツァリィ・メリックさんを虐めていたいじめグループに、同じように酷い仕打ちを受けていました。……去年まで。ですが今は違います。そのいじめグループは……学園からいなくなりました。そう……『消えた』のです。今年の四月から、全てが九十度ほど変わりました。彼女の心は何も変わっていないのに、彼女の周りだけが変わったのです。いじめグループはネットを中心に活動していたらしいですが、現実では目に見えないところでしか悪さをしていなかった。被害者は多かった。多くとも弱い生徒は、それよりも多く巨大な加害者に怯えるだけで何も出来ず、苦汁を飲んでいた。しかし……変えたのはあの子の『カース』でした。あの子のカースによって全ては解決してしまった。そのため、被害者は彼女を称えるようになる。今度はあの子を中心に弱かったはずの生徒たちが徒党を組み始めました。人というのは恐ろしいほど単純で、それでいて複雑。彼らは今……この国の裏で自警団を気取って活動しています。しかし……程度というものを知らない」


 彼の話によれば、今この学園では新たな一つのグループによって『いじめ』が行われているのだという。

 それは、『制裁』という名のいじめだ。

 貞香のカースによって消えてしまった者の他にも活動に加わっていた者は少なからずいる。

 そういった人物を、今度は被害者だったはずの学生がいじめているのだ。

 年齢などは関係ない。

 一度徒党を組んだ人間たちは、ただ自らが抱いた『正しさ』に乗っ取って行動するのだ。


 ――「……すみません、『いじめ』という言葉を使うのはもう止めましょうか。肉体的であろうとなかろうと関係なく、全てはただの『暴力』です。問題は矮小化できず、雇われの身である我々には軽い気持ちで手を出せない。私はこうして貴方のような『力』を持った人間を頼ることしかできない、愚かすぎる大人です」


 まとめると、この学園で起きていた『いじめ』……いや、『精神的暴行』というのは、学園国家サイバイガル全土に蔓延するネット上で行われていた。

 国内専用SNSで、匿名で大規模なフォロワーを持つ主犯が、その影響力でもって他者を誘導し、特定人物に対して一斉に誹謗中傷をさせるのだ。

 しかし、現在はその主犯格数名が姿を消し、特定人物への集中的な誹謗中傷という組織的な犯行は無くなった。

 一方で、今度は現実で『肉体的暴行』が蔓延り始める。

 それは主犯格に誘導されて誹謗中傷を行った疑いのある人間への『制裁』だ。

 それを行っている集団のリーダーこそが、日南貞香なのだ。


「……僕はどんだけ周りに興味無かったんだろうな。まったく……」


 自分の下で、現在進行形で暴行が行われているのを見て、何も感じないほど兄斗は冷たい人間ではない。

 ただ、彼は今どうするべきか悩んでいた。

 ほんの一瞬の間だけ。


 ――……今殴ってる奴は、今殴られてる奴にいじめられていたからだ。

 ――殴られてる奴はオッサンか……。いい年して何でそんなことしたんだか……。


 助けるべきかどうか。

 それとも見過ごすか。

 いや、そんなことを悩んでいたわけではない。



 キィィィィィィィィン



 兄斗は右目から出したバリアを颯爽と地上に送りつける。


「うわぁっ! 何だっ!?」

「クソ! 何だよこれ!」


 兄斗のバリアは暴行をしていた連中を撥ね退ける。

 彼らは仕方なくその場から離れるだけだった。


「さて……降りるか」


 降りた兄斗は早速倒れていた男の下へ向かう。

 殴られたり蹴られたりした彼は体中ボロボロだ。


「おいオッサン」

「う……ぐぅ……」

「何で抵抗しなかったんだよ」

「……抵抗する……資格は無いだろう……」

「……成程。確かにネット上で子ども虐めてた奴にはそんな資格ないな」

「…………」


 男は隈だらけの目で兄斗の方を向いた。


「……何か用か?」

「うん。まあ、本当は別の人に聞くか悩んでたんだけど……アンタでもいいか」

「何も話せることなんてないが……」

「……『こういうの』って、実はこの国じゃ日常茶飯事だったりする?」


 兄斗は若干目を逸らして聞いた。

 知らなかった自分が少しだけ恥ずかしくなったからだ。


「……最近は増えた。警備の目を盗んで……『番犬』どもはこうして『制裁』を行う」

「『番犬』……連中の名前か。そのリーダーはホントに日南貞香なのかな?」

「……誰が頭でも関係ない。気分が良いからな。人の悪い所を突くのは」

「お、実体験?」

「……そうだな……」


 男は立ち上がる。

 隈だらけの目は虚ろになっている。


「……重い話は嫌いなんだ。明るく行こう。ねぇオッサン、『番犬』はこのまま何をする気かわかる? 僕的にはそろそろみんな飽きて、楽しくパーティでも開く集団に変わったりするんじゃないかって思うんだけど。それ良くない?」

「……俺は学園を辞める」

「うん?」

「彼らは正しいことをしてる。こうしていればその内彼らを恐れた人間は学園を去っていく。学園から悪人を全員消すんだ。だから……それが終わるまで変わらないだろう」


 兄斗は少し苛立って頭を掻く。


「つまらないな。ああ……引くほどつまらない。『正しいこと』? 青春をそんなつまらないことに捧げる暇なんて無いよ。というか彼らを正しいと思ってるうちは……アンタも昔と変わらないままだろうね」

「…………」


 男は何も言わず立ち去った。

 そしてもう二度と兄斗の前には現れないだろう。

 兄斗はまた次のことを考える。


「……僕には少々重荷過ぎる。メリットも無い。けれど……コイツは相当()()()()()。彼らはともかく、彼らを止めようとする僕は劇的な青春を送れるってわけだ。そいつはとっても素晴らしい。良いよ六条教授。花良木にも尊敬されたいし……僕、頑張るよ」


 彼の目的は一から十まで一貫している。

 嬉しそうに微笑む彼は、何よりも自分の『力』を信じていた。

 それが己のものではないということに気付かずに――。


     *


 兄斗は先程男に暴行を加えていた集団を追いかけた。

 彼らから日南貞香の居場所を聞くためだ。


「何だお前は?」


 兄斗はわざとらしく彼らの目の前に立った。


「いや、少し聞きたくてさぁ」

「……待てよ。コイツ、もしかして君口兄斗じゃないか?」


 集団の一人が気付く。

 彼らは皆兄斗のことを知っていた。


「そうだ間違いない! あ! さっきの謎のバリア……コイツのカースか!」

「てめぇ……どういうつもりだ!」

「あぁ!?」


 兄斗は気だるげにポケットに手を突っ込む。


「だからさ、聞きたいことがあるだけだよ。えっと……日南さんってどこにいるのかな? 日南貞香さん」

「あぁ!? 何でてめぇに言わなきゃなんねぇんだよ!?」

「……オーケーわかった。じゃあ聞くのは止めるよ。バイバイ」


 兄斗は判断が速い。

 彼らを変に刺激するべきではないと気付いたのだ。


「待てよ!」

「何ですか?」


 敬語になるのは、既に嫌な予感をしているから。


「……姐さんとこには行かせねぇよ」

「……いや、それなら行かないよ。嘘じゃない。マジ」


 男たちのうち一人が懐から『何か』を取り出した。


「!? ちょ……それってまさか……」

「てめぇがどういう人間かは知ってる。いつもいつも知らねぇ振りして生きてきた……クズの同類だ!」


 男が取り出したのは、たった一台のカメラ。

 兄斗はそれが何だか既に予想していた。


「まさかそれ……」

「『ケルベロス』、やってくれ」


 カメラをこちらに構える。

 兄斗は察しが良く、もう逃げる準備をしていた。

 自分のバリアならば何も効かないはず。

 しかし、それ以上に『嫌な予感』がしていたのだ。


「く……ッ!」


 次の瞬間、兄斗は確かにカメラのレンズの奥に、三つ首の番犬を目にした。

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