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『七不思議』②

北キャンパス


 ピアノの演奏曲が流れている。

 北キャンパスの八号館は音楽学部の領域。

 兄斗と四葉はその廊下を並んで歩いている。


「そもそも『学校の七不思議』って、どうして『七』なんですか? 『三』じゃ駄目なんですか?」

「うーん……まあ、多分『世界の七不思議』から取ってるからだろうな。世界中にある謎の建造物七つのこと」

「世界中の建造物なら七つくらい不思議なのがあってもおかしくないです。でも、学校限定の怪談話が七つもあるんですか? それもあらゆる学校で?」

「いや、いくつかは被ってたりする。特に、僕の知る限り『二つ』の怪談話はどの学校でも見られると聞く」

「? どんな学校でも共通の怪談があると?」

「ああ。一つは『トイレの花子さん』」

「何ですかそれは」

「トイレの三番目の個室に、花子さんっていう幽霊が現れるという怪談。滅茶苦茶有名なんだけど」

「へぇ……良いですね」

「何が?」

「『三』番目の個室と言うところが良いです。安直に『四』とかじゃないところが」

「…………さて、着いた」


 第一レッスン室に辿り着く。

 周囲からはピアノが鳴り響くが、この部屋からだけは先程の喫茶店のようにバイオリンの演奏が聞こえてくる。

 扉を開けると、その奏者がすぐ誰だか判明した。


「……あら?」


 二人を見て演奏を止める。

 彼女の名はアンナ・トゥレンコ。

 四葉と同じ、ワンダー・セブンの一人。


     *


 二人は早速彼女に対して先の質問を投げかけた。

 静かで冷たい目をしながら、それでも彼女は迷惑がらずに対応する。


「……そうね。確かに何故かしら」

「疑問に思いますよねぇ。私も何だか答えを知るまで今日は寝られない気がします」

「あら、寝かさないと駄目よ? 兄斗君」

「悩みどころですね」

「先輩……!」


 照れているのは四葉だけ。

 彼女はだんだん恥ずかしくなって縮こまってしまった。

 代わりに兄斗が改めて聞き直す。


「アンナさんはどう思います?」

「そうね。狂信者の由来が……由来だし」

「?」

「……『wonder』の意味は不思議、驚異、好奇心、それに……奇跡。不思議に思うということは、すなわち知ろうとすること。それを奇跡に触れようとすることと言い換えられるかは……私にはわからないけれど、『カース』という奇々怪々な現象を監視する者を表すには、そこまでズレているようには見えないわね」

「つまりアンナさんは、言葉の持つ由来以外に意味は無いと?」

「……まあ、そうね」


 冷たすぎる彼女の瞳からは、彼女の内心は掴めない。

 ただ、目を閉じてしまうと冷たい空気は一瞬流れ出なくなる。

 四葉は安堵したように彼女に声を掛ける。


「ありがとうございます! とても参考になりました!」

「……《《今回も》》四葉ちゃんが気になったからかしら?」


 もちろん前回とは球技大会のことだ。


「いや、今回は僕です。花良木には付き合ってもらってるだけですよ」

「いやいやいや、もう私も気になってきましたから。一人だけ納得して終わらないでくださいね!」


 兄斗は嬉しそうに苦笑いをして向かってくる四葉を受け止める。

 二人の様子を見て、再びアンナは冷たい空気を作り出した。


「……仲が良いのね。羨ましいわ」

「え?」

「……ごめんなさい。独り言」


 そうして彼女はまた目を閉じる。

 二人が第一レッスン室を出ていくと、バイオリンの演奏が戻ってきた。

 もっとも、部屋から離れるにつれその音はどんどん小さくなり、周囲のピアノソナタに掻き消されてしまう。

 故に二人はもうその曲が何という曲だったのか永久にわからない。

 喫茶店で流れていた曲と同じくらい、彼らにとってはただの背景音楽でしかなかったのだ。


     *


東キャンパス


 兄斗と四葉は次にジェイソンに会いに来た。

 彼を訪ねるとレイも共にいた。

 子ども二人が座るベンチの前に立ち、先の質問を繰り返す。


「うーん……確かに気になりますね」


 ジェイソンは思いのほか真剣に悩みだした。


「えぇー? ジェイ君知らないんだー? 意味知らないんだー?」


 彼の隣に座るレイが揺れながら煽り始める。

 揺れるたびに髪がジェイソンに当たり、彼は既に苛立ちを見せていた。


「何だよ! 知らなくて悪い!? 上柴さんだって言ってた! 『自分の無知を忘れないことが大事』だって! 今から知れば良いんだよ!」

「ふーん? でも知識不足は覆らないよねー?」

「ぐ……ッ!」


 兄斗は頭を掻いて尋ねる。


「レイ、知ってんのか? それなら教えてくれよ。何で『ワンダー・セブン』って名前なんだ? 花良木やジェイソンたち監視役は」

「知らないけど?」

「はぁん?」

「はぁぁぁ!?」


 ジェイソンは彼女の肩を掴んで力いっぱい揺らし始めた。


「何だよ! 知らないのかよ! 何なんだよ!」

「あはははははははは」


 呆れて四葉は息を吐く。


「まあ、意味はともかく……名付け親が誰なのかも知りたいですね。そもそも学生まで監視役を任される意味も」

「何だ? 知りたがりになったな。というかむしろ、お前自分の立場あまりよく知らないんだな……」


 兄斗は若干彼女のことが心配になる。

 もしかしたら彼女は、ただ頼まれたから仕方なく監視役をやっているだけなのかもしれない。

 何も知らずに上からの命令に従ってほしくはない。


「ああ、それは簡単です。そもそも……僕らはただの監視役。学園側から、狂信者に最も近しい人物が選ばれるというだけで、定期的な報告義務を果たせばそれ以上は求められていません。何も知らないのではなく、知ることが何も無いというだけなんですよ」


 ジェイソンはにこやかに説明した後再びレイを揺さぶる動作に戻る。

 兄斗と四葉には、揺らされているレイが楽しんでいるように見えた。

 ただ、そこで四葉は気付く。


「……つまり、先輩は誰も近しい人がいなかったということですか?」

「え? 何で?」

「だって、私と先輩元々何の繋がりも無かったじゃないですか。上柴さんが選ばれなかった理由はわかりませんけど……。あ……もしかして……本当は先輩と上柴さんってそれ程仲良かったわけじゃ……」

「止めろぉっ」


 兄斗は苦笑いで遮ってみせるが、本当は自分が彼女に好意を向けていたためだと理解している。

 ジェイソンの言う『最も近しい人物』とは、すなわち『最も対象を御しやすい人物』のことだ。

 ジェイソンとじゃれ合っているレイを見れば、その通りだろうと理解できる。

 兄斗を御しやすいのは、兄斗が好意を持つ四葉以外にいない。

 四葉はそこまで深くは考えず、次の場所へ向かうことを考える。


「まあでも……流石に名付け親は学園長に聞かないとわからないですよね……」


 そう言いつつも、次に向かうのはまた別の人物。

 兄斗にとっては初対面となるその人物は――。


     *


中央キャンパス 


 兄斗たちは、一号館の社会学教授の研究室が並ぶ廊下を歩いていた。


「……さっきの続きですけど」

「何だっけ?」

「どんな学校でも共通の怪談……先輩は『二つ』あるって言いましたよね? 一つは『トイレの花子さん』。それで、もう一つは?」

「ああ……言ったっけ? 何だっけなぁ……」

「適当ですか」

「……いや、そうだ思い出した。どの学校でも聞くような怪談がある」

「何でしょう?」

「『七つ目の七不思議』だよ」


 四葉は口を半分開けて眉をひそめる。


「……意味わからないんですけど」

「あ、着いた」


 着いた場所は、他の部屋と違う堅牢な鉄の扉で閉じた部屋。

 明らかにそこだけが浮いているのだが、二人の用があるのはこの部屋だった。


「……失礼します」


 ガチャリ、と扉を開ける……ことが出来なかった。


「あれ?」

「……先輩、ここは『開かずの間』ですよ? ノックも中に聞こえないし、鍵の掛かってない日は無い。そういう部屋です」

「何だそりゃ。名誉教授殿は相当研究で忙しいみたいだな」

「私に何か用ですか?」

「「!?」」


 二人は勢いよく振り返る。

 後ろには、背の高い高年の男性が立っていた。

 二人を見下ろす目は、冷たさは無いが刺すような威圧感を感じる。


     *


 二人は高年の男に案内されて『開かずの間』の中に入る。

 中は意外にも普通の研究室で、数多くの社会学に関する本が並んだ棚に囲まれ、二人はソファに座らされた。

 部屋は暗く、窓は無い。

 そして男は口を開く。


「……アポイントメント無しということは、たいした用ではないと見ていいですか?」

「あ、はい。聞けたらいいなくらいのノリで来ました」


 兄斗がそう言うと、男は小さく笑う。


「そうですか。正直ですね」

「あ……すみません」

「いえ、構いませんよ。今年は私の研究に参加する学生もいなかったもので……だいぶ暇をしていましたから」


 兄斗は以前に見たサイバイガル・タイムズのことを思い出す。

 そこには彼の研究に関して掲載されていた。


「情報屋の世論操作ですよ。先生の研究に飛びつく生徒が減ったのは、あの連中が先生の研究の難易度が高すぎると記事にしたから」

「……事実ではありますよ。彼らは嘘を吐かない」

「……そうですか」


 頬を掻く兄斗を見て四葉が話題を切り出す。


「ところで先生。先生は……『ワンダー・セブン』の名の由来をご存知ですか?」

「……由来……ですか?」

「はい!」

「……」


 彼は顎に手を乗せて何やら思案を始める。


「……この六条公彦ろくじょうきみひこ、学園国家サイバイガルに赴任して早九年。枢機院の理事も任され、『ワンダー・セブン』なる立場でもって狂信者ファナティクスの監視役も務めおりましたが……如何せん偏った知識しか持ち得てないことが度々露見されます。己の無知が恥ずかしい」

「そ、そんなことないですよ先生。先生はなんてったってこの学園の名誉教授じゃないですか」

「所詮は肩書です。無論、私を評価してくださる皆々様の御厚意は計り知れません。しかし、そこで停滞してはいけません。安寧と名声に浮かれて無知を忘れることが私は何より恐ろしい。故に……私もお二人のように知りたくなってきました。果たして我々『ワンダー・セブン』にはどのような由来があり、何者が名付けたのか……」


 公彦は楽しそうに笑みを見せる。

 四葉は安堵したかのように身を乗り出した。


「先生はどう思いますか?」

「そうですね……由来は恐らくその字の通りでしょう。『カース』という不思議な現象を監視する者を、人数ごとに数を増やしてその数字で呼んでいると思われます。問題は誰がどういう目的で、何故学生を中心に任命しているのか……ということでしょう」

「枢機院理事の先生にはわかりませんか?」


 公彦は首を横に振る。


「私は理事の席を頂いている身でしかありませんので。やはり、枢機院議長を兼任する学園長に話を聞くのが最も有効かもしれません」

「そうですか……わかりました」


 四葉が背もたれに寄り掛かると、兄斗は最後に挨拶だけして帰ろうとした。


「それじゃあ先生。僕らはここで――」

「待って下さい」


 公彦は立ち上がる二人を呼び止める。


「何ですか?」

「……実は私の方も、貴方に用があったのですよ」

「え?」

「問題行動を起こし続けていたツァリィ・メリックさんを落ち着かせた貴方の手腕は、私も耳にしています。君口兄斗さん」

「いや……え? 身にあまり覚えが無いというか……」

「覚えがなくとも事実は事実。彼女は貴方のことを慕っているでしょう?」

「いや……それは……」

「実際、あの調子で彼女が問題行動を止めずにいたら、枢機院は重い腰を上げて彼女に厳しい処分を下していたことでしょう」

「え!? そ、そうなんですか?」

「はい。そして……現在私が監視を任されている『あの子』も、もしかしたらその処分を受けることになるかもしれない……」


 それを聞いて驚くのは四葉だ。


「え!? き、聞いてませんよ!? どういうことですか!?」

「……あくまで『かもしれない』です。ただ、彼女に関しては最近『悪い噂』が流れています。花良木さんの耳には届いていなかったようですが、もし彼女が力を悪用するようなら……枢機院は決断を迫られます。それに、生徒会も……」

「生徒会?」


 四葉は生徒会がどういった集団なのかまだ理解していない。

 もっとも、それを知るのは彼らと直接関係のある兄斗や情報屋などだけだろう。

 大抵の生徒は彼らがただの学生を代表する組織だとしか思っていない。


「……それで、僕に一体何を?」

「教師である私が言うのも間違っていますが……どうか彼女を止めてほしい。彼女は……きっとこの学園そのものを恨んでいますから」

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