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サイバイガル・タイムズ 二〇三四年 特別号③

『真夏の怪奇ファイル・№3』


 蝉時雨の降り注ぐ今日この頃、今回も引き続き特別号を諸君にお届けしよう。

 さてさていきなり質問する様で悪いが、諸君は『蛍祭り』に参加するのだろうか。

 東キャンパスで十年ほど前から続いている夏のお祭り、それが『蛍祭り』だ。

 内容はハッキリ言って定番の祭りと何も変わらないのだが、一つだけ特別な恒例行事が内包されている。

 それは、名前の通り蛍の観賞会だ。

 始まりはとある生物研究会のフィールドワークの一環だったが、人数が増え、見物客が増え、やがて祭りと化していったという。

 どうやら人というものは、無数に寄り集まれば文殊の知恵だけでなく祭囃子を生み出すものらしい。

 さて、本号ではこの蛍に関するテーマで興味深い話をさせて頂こう。

 信じるか信じないかは、貴方次第。



 始まりは、いつもの我ら情報屋の取材だった。

 蛍祭りの責任者、アルフレッド・アーリー氏の言葉である。


 ――「蛍祭りの由来を知っているかい?」


 彼は笑みを浮かべてそう言った。

 我々は当然先に述べた通りのことをアーリー氏に話す。

 すると、彼は驚くべきことを口にした。


 ――「ああ、それは嘘だ。本当は、いわゆる……『儀式』という奴さ」


 相も変わらず彼は笑みを絶やさない。

 そうして淡々と続けるのだ。


 ――「知らないのなら教えようか? そして記事にすると良い。いいかい? 『蛍雪』という言葉がある。貧しき青年車胤は、明かりに必要な油を買えないために蛍の光を使って本を読み勉強し、高級官吏に出世したという。それと雪明かりでもって同じことを成した孫康の例を合わせて『蛍雪』……つまり、『苦労して学問に励む』という意味の言葉が生まれたのだ。そして、かつてこの東キャンパスにも車胤と同じことをする者がいた。その者は貯金を授業料に当てるために節約生活をし、卒業を目指して夜通し蛍の光を使って勉強していたのだ。だがある日、その者は病に罹った。どうしようもない病だ。決して治らない病。しかし、それでもその者は卒業を目指し続けた。蛍の光の中で勉強し、閑寂の四畳半で机に向かうのだ。彼はその後医者にも行かずに息を引き取った。彼の同級生だった者は彼のことなど何も知らなかったが、死んで初めて彼の寂しき努力を知った。彼の亡くなった部屋には、彼の飼っていた蛍がもう目覚めない彼を起こそうとするかのようにして飛び回っていた。見ていられなかったその同級生は、蛍を屋外に放すことにする。彼の死を悼む者は他に誰もいなかった。しかし、蛍を放した日の夜は、蛍の美しさに釣られて何人かの人々が集まった。それでも彼を弔う者は他にいない。やがてその日の蛍の美しさに魅了された者が蛍の観賞会を定期的に開くことになる。そうしていつしか祭りに変化したのだ」


 アーリー氏は得意げに話を終えた。

 東キャンパスで亡くなった人間に、彼の言う様な人物が果たしていたかどうか……。

 ここは敢えて調べない方が面白いというものだろう。

 諸君がどうするかは諸君の好きにすると良い。

 話を信じて調べないのも、信じて調べるのも、信じずに調べないのも、信じずに調べるのも、とにかく諸君の自由だ。


 もし仮に、『蛍祭り』が本来ただ蛍を鑑賞するためではなく、車胤になれなかった者を悼むための弔いの場なら……祭りなどという形で荒らして良いものだろうか?

 それによって呪われるようなことはないのだろうか?

 ……いや、これ以上はアーリー氏にも他の祭り参加者にも迷惑なので黙っておくことにしよう。

 もう遅い?

 ……ご容赦頂きたい。


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