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『平均点』

一号館 掲示板前


「惨敗ですね! 先輩!」


 四葉は笑顔で兄斗の方を向いた。


「そうだね。二人仲良く……」


 目の前の掲示板には、一部の授業における定期試験での結果が掲載されていた。


「だから言ったんだ。お前らには難しい授業だってよ」


 上柴は呆れるように息を吐く。

 三人は同じ授業を取り、定期試験の結果、兄斗と四葉は追試となったのだ。


「つーか君口はわかりきってるとして、花良木は何で『広域解析』の授業取ったんだ?」


 もちろん兄斗は四葉と同じ授業を取りたかっただけだ。

 この場でその理由を知らない者はいないが、兄斗は二人に自分の好意がバレているとは気付いていない。


「いやぁ……簡単に単位が取れると聞いていたもので……」

「出た。又聞き。そんなだから追試受ける羽目になるんだよ」


 四葉は少しわざとらしく頬を膨らませ、再び試験結果の紙を見る。


「まあまあ。むしろ追試があるからこそ単位を取りやすいんでしょ。なぁ花良木」

「ええ。話では本試験の平均点以上を取れば『可』とするらしいですし。しかも問題は本試験と同じですよ? 本試験の解答は見られませんけど、問題用紙は手の内ですから。かなり単位を取りやすいでしょう!」


 確かにその通りなので、真面目に本試験を乗り越えた上柴は溜息を吐いた。


「……合格した俺の頑張りの意味は? ってか、平均点はいくつなんだ?」

「えっと……五十一点みたいですね」

「は?」


 上柴は目を見開いた。

 ただ、兄斗と四葉はそんなことに気付いていない。


「へぇ。意外と低いな。それなら僕も追試なんとかなる気がする」

「私もです。良かった良かった」

「……おかしくないか?」


 二人は上柴の声に振り向いた。

 彼は眉をひそめて何やら思案していた。


「何がだ?」

「君口。お前は何点だった?」

「え? いや……教授から聞かないとわかんないなぁ」

「俺は満点の自信がある」

「自慢ですか?」


 四葉は半目で見つめた。

 しかし上柴は意に介していない。


「お前はいくつだったかわかるか?」

「ええ。どうせ追試だと思ったので、参考に聞きました。なんと四十三点でした! あと少しで平均点超えていたのに……!」

「そもそも本試験は六割必要だけどね」


 兄斗にも半目をぶつける。

 彼の方はむしろ喜ばしく感じていた。


「……やっぱりおかしくないか?」

「だから何が?」

「平均点が低すぎる」


 兄斗と四葉は互いに一度目を合わせ、また上柴の方を向いた。


「そんなことないと思うけど? たまたまお前が頭良いだけだろ。花良木だって運良く平均に近かっただけだろうし」

「運良くぅ?」


 四葉は九十度首を傾けて、さらに強く兄斗を睨む。

 兄斗にとっては心地良いだけだ。

 心の中で億兆万と『可愛い』を連呼しているが、届かない。


「じゃあ君口、お前は自分が何点だったと思う?」

「え? うーん……」

「試験の日、お前自分で『半分はいけたと思うけどなぁ』って言ってたろ? それでも六割には届かないから合格は無いって……そんな話したよな?」

「おお。流石の記憶力」

「お前ですら平均点くらい取れているんだ。だとしたらやっぱり……平均五十点は低すぎる」

「馬鹿にしてる?」


 上柴は小さく首を横に振る。


「俺は過小評価も過大評価もしねぇよ。お前にとっても、俺にとっても、授業内容ほど難しい試験じゃなかったはずだって言いてぇの」

「でも半分は取れたと思うって言ったのは、試験直後の僕の強がりじゃないの? 正直もう忘れたけど。問題文だって一つたりとも覚えてない」

「先輩……追試大丈夫ですか?」


 無論四葉と追試対策の勉強をするための方便だ。

 彼女と過ごす時間を増やすために、兄斗は些細な労苦を欠かせない。

 上柴はそんな彼の猪口才な方便も勿論看破しているが、自身の抱いた疑問を解き明かす術は無い。


「……そう言われたら……まあ、そうかもしれないが……」

「だろ?」

「……気のせいか」


 兄斗は世間一般では頭の良い方だが、この学園国家サイバイガルでは中間くらいの位置だ。

 だから上柴の抱いた疑問に共感を抱くことは出来ても、それを口にすることはない。

 何故なら彼には、彼よりも優秀な頭脳を持つ者が備えている『向上心』が無いからだ。

 授業料免除の弊害でもあるが、兄斗は興味の無いことには首を突っ込みたがらない。

 もっとも、彼自身はどちらかと言えば巻き込まれ体質ではあるのだが。


     *


中央食堂


 次の講義があると言って去った上柴を除き、兄斗と四葉は自分らが講義を入れてない時間であるために昼食を取ることにした。

 昼休みの時間と違って、こういった別の学生の講義中は食堂も空いているからだ。

 ただ、これはあくまで二人が個別にそう考えてここまで来ただけで、互いに対して共に昼食を取るという了解を取ったわけではない。

 なので、ここまで来て兄斗は今更ながら尋ねるのだ。


「え、えっと……花良木、ご飯奢ろっか?」


 上柴がいるときは三人で迷わず食堂に来るが、二人きりという状況はそこまで多くない。

 何故なら今までは四葉がなるべく避けていたからだ。

 その理由は、兄斗に対して自分が余計な感情を抱かないためにというもの。

 しかし、美術館で彼の想いを知ってからは理由が変わる。

 単純に恥ずかしいからだ。


「え? い、いや……大丈夫ですよ。私お金に困ってなんかいませんし」

「あ、そ、そう?」


 今日は避けられなかった。

 定期試験週間を終え、さらに一週間。

 試験で講義を終える授業もあれば、そうでない物もある。

 本来この時間はお互いに別の授業のあった時間だが、今週は違った。

 要するに、四葉はいつも断るために使っていた言い訳を使用できなかったのだ。


「そっか……」

「ん?」


 しかし、思った以上に兄斗は積極的に誘ってこない。

 四葉にいつも断られていたため、半ば諦め気味だった。


 ――先輩……もしかして残念がってる!?

 ――ど、どうしよう……。いや、というか私奢る必要は無いと言っただけでまだ断ってないのに……。


 彼の気持ちを知っている四葉は、複雑な自分の心情を把握できず、成すべき行動もわからなくなっていた。

 そのため思ってもない言葉を出さざるを得ない。


「そ、そんなに私と一緒にご飯食べたいんですか? ねぇ先輩」

「え? い、いや。別にそんな。そんな。そういうわけじゃないよ? いや、それは、その……」

「……行きましょうよ。ほら、お腹空きましたし」

「……! そ、そうだね。いや、別に一緒に食べたいわけじゃないよ? 僕もお腹空いてるしさ」


 ――そんなこと言って……。


 四葉は思わずほくそ笑んでしまった。


「というか花良木はもっと空気読んでほしいな。先輩が奢るって言ってんだからさ。そこは素直に奢られてくれてもよくない? 困った後輩だ」


 ――でもこの人私のこと好きなんだよなぁ……。


 四葉はニヤニヤしながら彼の後ろを歩き進む。


「何?」

「何でもないです」


 少し楽しくなってしまったが、その笑みはすぐに無くなっていく。

 彼女は根が真面目な性格であり、罪悪感を抱いてしまったのだ。


 ――……良くないなぁ……。

 ――先輩の気持ちを弄んでるみたいで……本当に良くない。

 ――やっぱり私には……私なんかには……。


 彼女はまだ気付くことが出来ない。

 傍から見ればもう何もかもが明らかだというのに。

 彼女だけがそれを認めることが出来ずにいる。

 彼女だけが……。


     *


 兄斗は麻婆豆腐を食べながら、結晶体の灯る右目を閉じて話す。


「そういえば、ワンダー・セブンの人達とは仲良いのか?」


 四葉はハンバーグを切りながら彼の質問に答える。


「『仲』……ですか?」

「ああ。アンナさんやジェイソンと知り合いだったからさ。どれくらい互いを知ってるのかなって」


 ――……これは……男の影がいないか探ってる?


 ズバリその通りだった。

 もう四葉には兄斗の思考回路が手に取るように理解できる。


「……全くと言っていいほど知りませんよ。アンナさんのことも、ジェイソン君のことも、チャールズさんのことも」

「他は?」

「他って……」


 四葉は呆れるようにナイフとフォークを一旦置く。


「……先輩、名誉教授と学園長を知らない者がここにいますか? まあ、詳しい人となりまでは存じてませんけど」

「? どういうこと?」

「先輩……もしかしてワンダー・セブンの構成人員をご存知でない?」

「もちろんさ」


 大きく溜息を吐く四葉だったが、彼の興味が自分に集中しているようにも見えて少し心が揺れていた。


「……花良木とアンナさん、ジェイソンに〝キング〟、名誉教授に学園長か……。というか、それだとあと一人足りないな。そいつは?」

「ああ、その人は……本当に何も知りません。顔も名前も、何もかも」

「……は?」

「いることにはいるらしいですけど……そもそもその人の監視対象である狂信者の人も知らないんです。一体何者で、一体誰を監視しているのか……何もわからないんですよ」

「枢機院は何で隠してるんだ? 知られたらまずいのか?」

「さあ……わかりません。隠す理由も聞かされていないんです」

「えぇ……」


 兄斗は呆れてスプーンを止めてしまった。


「なんか……わかんない組織だな。そもそもワンダー・セブンって誰が名付けたんだよ」

「さあ? それもわかりません。今度学園長に聞いておきましょうか?」

「……いや、いい。興味も無いしな」


 それでは何故ワンダー・セブンの話をしたのかと普通はなるだろうが、四葉はもう既に彼が目的を果たしたと理解している。

 やはり四葉と深く関わりがある男性は兄斗だけだった。

 四葉は確かに彼がそのことを知って安堵していることに気付き、またその表情から罪悪感に駆られる。

 目を伏せる彼女の姿は、二人だというのに一人きりでいるような寂寥感を放っていた。


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