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サイバイガル・タイムズ 二〇三四年 第十号

『フィリー美術館特集 愛を映すナルキッソスの鏡』


 豪華絢爛!

 土台瀟洒なこのサイバイガルに、一際目立つモダンアートの異端建築。

 前衛的かつ実験的であるフィリー美術館は、現在入場料半額のレイニーデー……期間限定割引を実施中!

 入場料は通常一七〇〇円のところ、レイニーデー割引でなんとたったの八五〇円!

 諸君もこの機会にぜひその重い足を運ぶよう推奨する。



 さて、諸君はフィリー美術館のことをどれほどご存知であろうか。

 聞くまでも無いことかもしれないが、当館に関して最も特筆すべき事柄はその『多様性』だろう。

 それは当館のテーマであり、学園国家サイバイガルにおいての第一至上原則でもある。

 あらゆる国家の美術芸術を集積し、あらゆる視点でそれらの展示を解説する。

 それこそがこのフィリー美術館の在り方なのだ。


 『ナルキッソスの鏡』は、芳名高きあのディエゴ・ルイス氏の作品だ。

 当館がその『多様性』を求める思想から手繰り寄せた作品の一つであり、現在はメインスペース中央奥室に展示されている。

 諸君がこの機会に当館を訪れるのならば、観覧すべき作品の一つとしてこちらを上げさせていただこう。

 こちらはたった一枚の絵画でありながら実に奥深い様相を孕んでいる。

 暗く渦巻くように描かれた闇の背景に、巨大な鏡を中心に添えた構成。

 本物と見紛うような精巧な『鏡』は、見ていると自分が映らないことに違和感を覚える程だ。

 中には鏡の中の世界に自分自身を奪われたのではないかと思い込み、その場で震えだす老婆もいたという噂も存在している。

 そして鏡にはそれを取り囲む装飾が緻密に描かれており、装飾がまるで生きているかのような表情を表し、悪魔か天使にも見えるような『何か』となって傍から鏡を嘲笑うかのようにして見つめている。

 禍々しい闇の背景と、その『何か』で装飾された鏡。

 ディエゴ・ルイスは生前、最期までその作品について説明を成さなかった。

 ここからは我々の私見でもってこの作品の解説をしていくとしよう。

 諸君には是非とも我々の解説と美術館の解説を見比べ、更に昇華した自身の解説を生み出してほしい。



 ナルキッソスとは、ギリシャ神話に登場する一人の美少年のことである。

 見識深い諸君は当然存じているだろうが、彼の名こそがナルシシズムの由来である。

 その美しさから多くの者に好意を寄せられるのだが、彼はそれらを拒絶し続け、エーコーというニンフからの求愛も冷淡に唾棄し、彼女を辱める。

 結果、他者の抱いた愛をないがしろにする彼は、罰として女神ネメシスによって一つの呪いを受けることになる。

 それは、彼が今までないがしろにしてきた者達と同じ様に、彼自身にも『報われない愛を抱かせる』というもの。

 彼は、泉に映った『自分自身』に恋をした。

 それが自分自身だと気付くこともなく、彼は泉に映った自分と接吻しようとし、そして――泉に落ちて溺死した。


 ……作品における『鏡』とは、恐らくこの泉のことであろう。

 しかし絵である以上、この鏡の前に立った者はそこに自分自身を映すことが出来ない。

 決して自分に恋をする危険は無いのだ。

 ではディエゴは、一体この作品で何を表したかったのだろうか。


 もしかすると、何も映らないのならば、それはその者が呪われていないことを表しているのではなかろうか。

 もし呪われている者がその鏡を見れば、その者は『報われない愛』を永遠に抱くことになるのかもしれない。

 この学園国家サイバイガルは諸君も存じている通り『カース』が実在している。

 ディエゴは普通の芸術家ではなく、もしかするとそういった『力』を持っていたのかもしれない。

 もし『狂信者ファナティクス』がこの絵を見たら、そこにはあるはずのないものが映っているように見えるのかもしれない……。

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