『敵影』③
中央キャンパス 保健センター
「どうも。お目覚めですか?」
兄斗が目を覚ますと、目の前には何と意中の花良木四葉がいた。
「……夢か。フフ……悪くない」
「いや現実ですよ」
「……うぇぇぇ!?」
兄斗は跳び起きた。
すると激痛が走る。
「いだっ……! あ、ああ……そうか、僕怪我したんだっけ?」
「はい。まったく無茶しましたね。……なんて。私は何があったのか知りませんけど」
兄斗はキャンパス内にある保健センターのベッドに横たわっていた。
そして、これまでのことを思い出す。
「……あの口悪お嬢様ちゃんは?」
「? 誰ですかそれ」
兄斗が周囲を見渡すと、あっさり彼女は見つかった。
というか入口のドア近くにいた。
「……わたくしのことですか?」
「ああ、良かった。無事だったんだな」
「……ッ!」
ツァリィは驚愕の目を向ける。
まさか自分のことを案じるような言葉を吐かれるとは思っていなかった。
「初めまして、私は一年の花良木四葉。彼女から話は聞きました。ああ、彼女の『頭痛』ならもう大丈夫ですよ。貴方が意識を失ったころには治っていたらしく、そのまま倒れた貴方をここまで運んできたらしいです」
「……へぇ。そうか、カースが暴走してなければアイツらも襲ってこないもんな。……なーんだ」
「何がです?」
「いや、それじゃ僕は時間稼ぎという意味のあることをしたってことになる。むしろあのまま二人とも影にやられて終わった方が……誰かさんみたいに無駄な『良いこと』をした気になれたのにって思ってさ」
「……変な人ですね。それともこの学園の人はみんなそうなんですか? 私誰ともこんなに長く会話したことなくて知らないんですよ」
「え!? じゃあ僕が初めて!?」
「? それが何か?」
兄斗は心の中でガッツポーズをしてみせた。
「……どうしてですか?」
ツァリィは、静かだが威圧感のある声を放つ。
四葉は自分の出番はもう少し後だと考えて口を閉じた。
「何がだ?」
「わたくしは貴方に助けてもらえるような人間ではありませんよ」
「……誰?」
四葉の閉じた口はすぐ開いた。
ツァリィは演技を止めていた。
「……逆に言うが、僕は君を助けていいような人間じゃない」
「え……?」
「お互い様っていいたいんだよ。同じ狂信者じゃないか。……あ! いや、今の無し!」
兄斗は四葉の顔色を窺う。
「もう遅いですよ。貴方が狂信者なのは既に把握しています。そして、貴方にも監視役が付くことになりました。ツァリィさんにとってのチャールズさんと同様に」
「え……マジか。『ワンダー・シックス』の誰かが付くってこと?」
四葉は待ってましたとばかりに笑みを浮かべ、首を横に振る。
「いいえ。『ワンダー・シックス』ではなく『ワンダー・セブン』です。何故なら……そう! 私がその一人に名を連ねることになったからです!」
「………………………………」
一拍。
「えぇぇぇぇぇ!?」
「何ですか今の間は」
「え、え、だって……え? 何で? 何でよりによって……何で?」
「さあ? よくわからないですけど、肩書が付くのは悪い気分ではないですね。私は二つ返事で了解しました。いや、三つ返事ですね!」
「どういうことだ……」
「欲を言えば『セブン』ではなく『スリー』の組織がよかったですけど。ま、『ラッキーセブン』の『七』は嫌いじゃありません。『三』程ではないですけどね」
「……いや、そうではなくて……」
「私が選抜された理由ですか? よくわからないですけど、私が一番適任だと考えられたそうです。よくわからないですけど」
「……そう」
兄斗は思案する。
そして、自分の行動を振り返った。
――……そういえば、最近僕なりふり構わず花良木のこと追いかけてたな。
――それが学園側にバレていた?
――何故だろう……四六時中目で追ってただけなのに……。
それが理由だとは思わなかった。
「あの!」
ツァリィはまた声を発する。
「何さ」
「どういうことですか? わたくしを助けていい人間じゃないって」
「え? ああ……だって僕に助けられても嬉しくないでしょ? それでおたくがやんちゃする羽目になった原因が取り除けるわけでもないし……。というか、何で今は丁寧な口調なの?」
「……わたくしは、『この力』の所為で周りから色々と酷いことをされました」
「お。何かな?」
「だから苛立ちに任せて『この力』で暴れていました。正直気持ちよかったです。マジでたまんねぇって感じで……」
「お、おう」
「〝キング〟韓信は……大会で忙しかったことと、元々わたくしの危険性が少ないこともあり、去年は長いこと監視の仕事を休んでいたんです。なのに今更わたくしの邪魔をしてきて……鬱陶しく感じました」
四葉は昼間の二人の諍いを思い出して納得した。
「成程。そういうことでしたか」
「今でもその気持ちは変わりませんし、助けてくれた貴方のことも……」
言葉は続かなかった。
それは仕方がない。思ってもないことを、むしろ自分の想いとは真逆のことを、言えるはずがない。
彼女の心は既に――。
「僕は助けたかったから助けただけだよ。それじゃ」
兄斗はスンとしてベッドから立ち上がる。
「あ! もう大丈夫なんですか?」
「多分」
「多分て」
「待って下さい!」
そのつもりはなかったのに、ツァリィは兄斗を呼び止めた。
「貴方は今まで力を隠してきたのに……これで貴方も周りから狂信者として扱われるんですよ? どういう目に遭うかわからないのに……何で力を使ったんですか……!?」
「何でも聞いてくるなぁ。そうだなぁ……」
兄斗はふと四葉の方を見る。
彼女はキョトンとしているが、兄斗は彼女にどう思われるかしか考えていない。
当然、この場では格好つけたいと考えるのが自然だ。
「……何度も言ってるだろ? 僕は君を守りたかっただけさ。仲間である君をね」
「…………ッ!?」
ツァリィは、その場で膝から崩れ落ちた。
雷が落ちたような、突風を受けたような、地盤が崩れたような、そんな感覚を身に抱く。
「ああ……そうか……」
兄斗は既にこの場からいなくなっていた。
「何がですか?」
相変わらず四葉はキョトンとしている。
「わたくしは……彼に会うために生まれてきたのですね……」
「は?」
「彼こそがわたくしの旦那様。いや……わたくし如きではもったいない。彼は世界の父となるべき存在……!」
「え?」
「ああ旦那様……! カッコいい……! たまんねぇ……」
「………………」
ツァリィはまるで神にでも祈るかのように両手を組んでいた。
そして四葉は、何も見なかったことにして病室を後にするのだった。




