ましゃかの左遷!? 獣人国ってどんなところでしゅ?2
それから、あれよあれよという間に私の獣人国行きの話は進み、ついに今日、出立の日を迎えた。
他の聖女からはとても驚かれたが、選ばれたのが自分じゃなくてよかったと安堵する様子も見られた。
そりゃそうよね、見知らぬ異国、しかも冷戦状態だった国だし、その国民性は荒っぽいという。
普通の感覚なら、拒否したくなる話だ。
よく色々と教えてくれたお姉さん聖女たちからは、すごく心配された。
たぶん獣人国に行くということがどういうことなのか、まだよくわかっていないと思われているのだろうが、そうやって心配してくれる人がいるということが、とても嬉しかった。
でも、私でよかったのかもしれないとも思う。
まだなにもわからない子どもだからという理由で、多少粗相をしても許されるかもしれないし、聖女としての力が弱くてもしばらく様子を見ようとしてくれるかもしれない。
それに私は中身は大人だ、本当の五歳児よりかは考えて行動できる。
聖女なのは間違いないし、こんなちびっこでもなにかできることはあるかもしれないしね。
両国の架け橋になる!とまではいかないけれど、迷惑にならないように気をつけて、できるだけのお手伝いはがんばろう。
そう前向きに考えることにして、今日までに心を整えてきた。
不安も、恐怖も、もちろんある。
うまくやっていけるはずなんて、そんな自信はない。
けれど。
「それでは聖女エヴァリーナ様、出立させていただきます」
「……はい、よろしくお願いいたします」
見送りに来てくれたのは、良くしてくれたお姉さん聖女たちと、見届人の神官が何人かだけ。
それでも私は、精一杯の笑顔を作って馬車に乗り込んだ。
頑張ってきますと、お世話になったお姉さん聖女たちに手を振りながら。
「……くろばぁーら国にも、こんな土地があったのでしゅね」
出立から二日、私は馬車に揺られながらそう呟いた。
クロヴァ―ラ国をはじめとする人間族の国は、基本的にどこも温暖で気候が安定している。
しかし、獣人国との国境付近に近付くにつれ、だんだんと緑が少なくなってきた。
街からずいぶん離れたせいもあるかもしれないが、寂しい感じもするし、それにちょっと寒い。
「エヴァリーナ様、こちらをどうぞ」
ぶるりと身震いすると、同乗している侍女が、ふわふわの上着を差し出してくれた。
わ、ビアードのもふもふの毛皮に包まれていた時のことを思い出すわぁ。
ふわふわもふもふ、あったかい。
「ありがとうございましゅ。あったかくて、きもちぃでしゅ」
上着を羽織って頬を緩めた私を見て、侍女と一緒に護衛の騎士も微笑んだ。
ふたりとは、この道中で仲良くなった。
さすがに三人馬車の中で無言状態が続くのは辛いもの。
同行するのが気さくなふたりでよかった。
「このあたりの気候は、獣人国とほとんど同じらしいですよ。獣人国には、四つのキセツ?があって、今はアキという少しずつ寒くなっていく時期に入ったところのようです。もう少ししたら、もっと寒くなるそうですよ」
騎士の言葉の中に、懐かしい単語が出てきて目を見開く。
季節? 秋?
「獣人国では、一年間の中に寒い時期もあればものすごく暑い時期もあるそうです。不便ですよね。エヴァリーナ様も、あちらで体調など崩さないように気を付けて下さいね」
心配してくれる侍女の言葉に、また驚く。
四つの季節、秋、暑かったり寒かったり。
それって……。
「日本みたいな国、ってことでしょぉか」
ぽつりと呟く。
今までほとんど獣人国についての本を読んだことがなかったので、知らなかった。
まだまだ不安なことだらけだけれど、日本に似た国なら、少しだけ楽しみな気持ちも出てきたかも。
「着いてすぐに風邪を引かないよう、気を付けましゅね。ありがとうございましゅ」
私を案じてくれるふたりに、ぺこりと頭を下げてお礼を言う。
でもたしかに、前世暮らしてた頃と同じような気候だからって、この体はそれに慣れていないんだから、油断しちゃ駄目よね。
そういえば前世でも、小さい頃は気温差が激しいとすぐ風邪をひいてたっけ。
お母さんがつきっきりで看病してくれたのを、おぼろげだけど思い出した。
……向こうで風邪をひいたら、誰かが看病してくれるのかな……?
「エヴァリーナ様? どうかなさいました?」
名前を呼ばれてはっとする。
いつのまにか俯いていたようだ。
「なんでもないでしゅ。おふたりともお別れだなぁと思って、ちょっと寂しくなっただけでしゅ」
誤魔化すようにそう言ったが、これは別に嘘ではない。
獣人国から呼ばれたのは、〝聖女ひとり〟。
侍女も護衛も、獣人国までの道中だけだ。
そして国境はすぐそこ。獣人国からの迎えが来ることになっている。
そこで、このふたりともお別れ。
「エヴァリーナ様……」
「俺たちも、ついていけたら……」
そう眉を下げるふたりに、苦笑いして首を振る。
ふたりにも、家族がいる。
慣れない土地に行くのは、私だけでいい。
「そのお気持ちは嬉しいでしゅけど、私はひとりでも、だいじょぶです。……こっきょぉ、着きまちたね」
馬車がスピードを落とし、止まった。
窓の外を見ると、高い塀が立っていて、この先はもう獣人国だ。
「ここまで、ありがとうございまちた。おふたりに会えて、よかったでしゅ」
努めて明るい声を出す。
ここ数カ月、別れが続くなぁと思う。
メリィやビアード、お父様とお母様、お姉さん聖女たち、そしてこのふたり。
まぁお父様やお母様とは、お互い特に寂しいとかそんな感情はなかったけれど。
こうやって別れを惜しめるような人たちと出会えたことは、とても良いことだと思うから。
でも、ここからは、本当にひとりきり。
ふぅっと一度吐き、息を整えて馬車から降りる。空気が、違う。
風の温度と匂いが違うことに気付いて、地面に足を着けて軽く上向くと、ざわりとどよめきが起きた。
なんだろう、そう思って声のした方に顔を向けると、そこには私を迎えにきたのであろう、獣人たちが立っていた。
初めて見る獣人に、私は目を見開く。