ましゃかの左遷!? 獣人国ってどんなところでしゅ?1
その日、クロヴァーラ国の王宮では、緊急会議が行われていた。
国王をはじめとして、王妃、宰相、各大臣が出席する中、この日は神殿より神官長も呼ばれていた。
クロヴァーラ国が属する人間国は、永らく獣人国とは冷戦状態が続いていた。
ここ数年は表立った衝突がなかったものの、最近になって獣人国との国境付近――それもクロヴァ―ラ国内で、小さな諍いが幾度となく起こっていた。
といっても国と国の間には広大な荒野が広がっており、国境付近には人が住んでいない。
そのため普通に暮らしていれば接触はなく、ある程度の秩序は保たれていた。
しかし、なにをきっかけにか、その均衡が破られようとしていた。
そこで焦ったクロヴァーラ国は、獣人国に遣いを出した。
平和的解決をしないかと。
突発的に諍いが起きた時に、力で勝る獣人には勝ち目がないからだ。
「今日は獣人国との和平について呼ばれたんだろう?」
「ああ。しかし神官長も呼ばれたということは、聖女に関わる議題が上がるということか?」
「とすると、やはり戦争か? 獣人は力こそ強いが、魔法はからきしだからな。上級・中級聖女様のお力を借りることになるだろうし」
ひそひそと大臣たちが話すのを、神官長は黙って聞いていた。
浅はかな考えだと、まるで馬鹿にするような笑みを浮かべて。
そうして全員が揃うと、国王の隣に座る宰相が、会議を開始する口上を述べた。
議題はやはり、獣人国との和平について。
参加者たちの顔が険しくなる。
まずは全体で確認するためにと、宰相はこれまでの経緯を説明することにした。
「――と、ここまではよろしいですかな? そして昨日、獣人国から、和解を前向きに考えようとの知らせが届きました」
おお!と喜びの声が上がる。
身体能力で劣る獣人相手だ、戦争をせずに済むなら、もちろんその方がいい。
「……しかし、先方から条件を出されてな」
そこで初めて国王が口を開いた。
――条件。それが容易いものではないだろうと、この場にいる誰もが想像がついた。
ごくりと息を呑む音が会議室に落ちた。
皆が、国王の次の発言を待った。
「条件はひとつ。それは、聖女をひとり、獣人国に遣わせること」
その内容を聞いた大臣たちは、驚きに目を見開いた。
まさか、それは良いのか? そんな前例はないぞ。いったい誰が獣人国に……と、あちらこちらで声が上がる。
中には、もしやと焦る者もいた。
聖女として我が娘を神殿に送った者たちだろう。
そして最後に、神官長に視線が集まる。
なるほど、彼が呼ばれたのはこのためかと、皆が納得した。
注目を浴びていることに満足したのか、神官長は悠然と立ち上がった。
どうやら事前に話がいっていたようだと、大臣たちは眉を顰めた。
「力の強い者を派遣すれば、我が国の損失になり、また脅威になるでしょう。そして、並の者であれば、野蛮な獣人の住む国に遣わされることに失望し、心を壊すかもしれません。……また、元貴族令嬢であれば、彼女たちを愛する実家から抗議の声が上がるやもしれませんな」
ちらりと神官長が、冷や汗を流す大臣たちを見た。
――となると、平民の下級聖女に限られるか? いやしかし、どの聖女も嫌がるだろうし、元が平民では向こうで粗相を犯すかもしれん。
参加者たちのそんな声がひそひそとこだまする。
そんな戸惑いの空気が流れる中、神官長だけは余裕の笑みを浮かべていた。
「ひとり、うってつけの聖女がおります」
その勝ち誇った様子に、大臣たちは神官長の権威が今まで以上に上がることを懸念するのであった――。
* * *
「私が、獣人国に……?」
「はい、エヴァリーナ様の今後のご成長に期待をして、お願いしたいと思っております」
にこにこと微笑む神官からの申し出に、私は驚き戸惑った。
いつもと変わらない忙しい一日を終え、自室で休もうという時に呼び止められ、応接室っぽい部屋に連れて来られたかと思ったら、この爆弾発言。
ええ⁉ 私⁉ なんで私⁉
頭の中がハテナでいっぱいになっていると、神官にこれは決定事項ですときっぱりと言われた。
とりあえずどうなってそうなったのかを聞いてみたのだが、幼い私にはまだ難しい、大人の事情があるのですよと軽くあしらわれてしまった。
たしかに普通の五歳児では理解できない内容かもしれないけど!
中身は大人なので教えてください!
そう言いたいのはやまやまだが、子どものたわごとだと思われて終わりだろう。
まだ言葉すらままならない幼女が相手では、そう思ってしまうのも仕方がない。
とりあえず、冷戦状態だった獣人国と和平を結ぶために、向こうが出してきた条件が〝聖女〟だったのだということはわかった。
そこからどうなって私が選ばれることになったのかは、わからないけれど。
しかし、〝決定事項〟ということは、私が泣こうが喚こうが派遣される事実は変わらないということ。
「大丈夫ですよ、エヴァリーナ様は動物たちによく懐かれていると聞きました。きっと向こうの獣人たちともすぐに仲良くなれるでしょう」
あ、そうか。
神官の言葉に、なぜ私が選ばれたのか、少しだけ合点がいった。
私が休憩時間に裏庭で動物たちと戯れていることは、別に隠しているわけじゃない。
同じ下級聖女の中にも知っている人はいるし、ひょっとしたら神官の中にもその場面を見たことのある人がいるかもしれない。
獣人=動物の血が濃い人種だから、動物に好かれている私が適任!って思ったってこと?
「わ、わかりまちた……」
とりあえずそう答える。
いや、そう答えるしかなかった。
「ご快諾いただけて良かった! では、色々決まりましたら、こちらからお伝えさせていただきます! それではもう夜も更けてまいりましたし、ごゆっくりお休みください」
そう言うと神官は、上機嫌で出ていった。
俯いたままの私のことなど、振り返ることなく。
「獣人国って……」
ひとりになった応接室で、ぽつりと呟く。
そして、獣人国について本で読んだ知識を思い出していく。
獣人族は、人間族・エルフ族と並んでこの世界に存在する、主な種族である。
獣人族が統治する獣人国は、このクロヴァ―ラ国に隣接しており、その土地は気候の変化が大きく、また自然災害が多いことで有名だ。
個人差はもちろんあるが、獣人族は身体能力が高く、その性質は獰猛なことが多い。
それゆえに隣接する我が国とは、昔からなにかと小競り合いが多かった。
しかし、戦争となると失うものは互いに多い。
それゆえ、賢王と名高い現クロヴァーラ国王は、獣人国との和平交渉を進めている。
……ということまでは知っている。
そんなところに私が……?と、改めて神官の言葉を思い出し、くらりと眩暈がする。
だ、大丈夫か、私で。
だって、聖女を望んだってことは、聖女の力を必要としているということなのだろう。
そうよね、獣人国は決して住みやすい土地ではないと本で読んだことがあるし、ひょっとしたらなにかの病気が流行っているから、助けてほしいとかかもしれない。
人間族よりも魔法に精通しているエルフ族は、かなり閉鎖的なお国柄だ。
それに平和主義で穏やかな者が多い彼らは、脳きn……いや、考えるよりまず行動!な獣人族とは相性が悪い。
エルフ族の協力を得るのが難しいなら聖女に、という考えになった可能性は高い。
しかし、私には病気の流行を止めたり、住みよい国に改革したりするような、そんなすごい力も知識もない。
「ど、どうなっちゃうんでちょ、私……」
今後のことを考えて、ずきずきと痛む頭を抱える。
うまくいく気がしない。
ぐるぐると色々考えてはみるが、良い案など浮かぶはずもなく……。
ぐぅぅぅ……
「……とりあえず、お腹、すきまちた。ご飯、食べに行きまちょ……」
不安しかない未来を考えることを放棄して、私は応接室を後にするのであった。