ちゅいに聖女認定! 神殿の実態は……?4
ずるずると引きずられてきたのは――鳥?
「え、あ、怪我してるんでしゅか⁉」
必死に私に助けを乞うリスの姿に、慌ててウサギたちの元へと駆け寄る。
やっぱり、鳥だ。
猛禽類かな、鷹とか鷲とか、そんな感じ。
体も大きいし、爪も鋭い。
かろうじて息はしているものの、その鳥はぐったりとしており、腹部からは血が流れていた。
『リーナ、このこ、僕たちの家の近くに、突然落ちてきたの』
『お、重かった……! リーナ、おねがい、治してあげて!』
ウサギたちの声に耳を傾ける。
――そう、私には、動物と会話ができる特別な力がある。
見た感じ、矢がかすったような傷だ。
そこまで傷は深くなさそうだが、こんなにぐったりしているのは、高いところから落ちてしまったからかもしれない。
「大丈夫でしゅか? 私の声、聞こえてましゅか?」
とりあえず意識があるのか確認しておく。
私の力で治せるのは、軽傷程度。意識のない重傷レベルなら、救えない可能性が高い。
『う……きこ、える。くっ、はら、が……』
息も絶え絶えという感じではあるが、呼びかけには反応してくれた。
やはり腹部の傷が痛むようだ。
私程度の力で綺麗に傷を治せるかはわからないが、せめて少しだけでも痛みを和らげてあげたい。
ぐっと右手を握りしめる。
どうか、この子を助けられますように。
腹部に手をかざし、掌に魔力を集中させる。
お願い、そう祈りを込めて。
……あれ? なんだかいつもよりも掌が熱い?
それに、癒やしの魔法を使う時特有のきらきらした銀色の光も、普段より密度が濃いような……。
「ひ、〝治療〟」
そんな違和感を感じながらも呪文を唱える。すると、大型の鳥の腹部の傷が、みるみるうちに塞がっていく。
「な、治った……!」
『すごーいリーナ! もう血、出てないよ!』
傷口がすっかりなくなり、それまでぐったりとしていた鳥が、ぴくりと羽を動かした。
「大丈夫でしゅか? 動けましゅ?」
『これは……傷が、治った』
大型の鳥は、驚きながら羽をバサバサと動かしたり、ぐっと丸まって傷のあった腹部を嘴でつついている。
そんな仕草が、なんだかかわいい。
見た目はどちらかというとかっこいいという表現の方が正しいと思うのだが、どうして!? なんで!?という表情をしている。
「驚きました? 私、こんなちびっこでしゅけど、一応聖女なんでしゅ」
『ああ、驚いた! 噂には聞いていたが、聖女の癒やしの魔法はすごいのだな……って』
少し興奮気味だった大型の鳥が、はたと我に返る。
『……ひょっとして、言葉が?』
『そうだよー! リーナに会えてラッキーだったね、君』
『元気になって良かったねー!』
私が答える前に、リスやウサギたちがそう返事をした。
「私、動物と話しぇる特技があるんでしゅ。でも本当によかったでしゅ」
元気そうな姿に、ほっとする。
私なんかの力でと心配だったが、どうやら傷はそれほど酷いものではなかったらしい。
『すまない、助かった。命を助けられたこと、一生忘れない。この恩は、必ず返す』
おお、なんて男前な発言。
よく見るととても凛々しい表情をしているし、鳥界ではさぞモテるだろう。
前世でも、イケメンゴリラとかいたよね。そんな感じ。
そんなきらきらした視線を送っていると、大型の鳥が戸惑いからか首を捻った。
いけない、そんな話をしても通じないよね。
「でも、大した怪我じゃなくてよかったでしゅ。私の力は、しょんなにつぉくないので」
〝しょんなにつぉく〟ってなんだ。
相変わらずの舌っ足らずに、我ながらがくりと肩を落とした。
ん? なにか忘れ……あ。
『大した? いや、あの傷は……』
「ああっ!」
大型の鳥がなにか言おうとしたのを遮るように、私は叫んだ。
休憩時間がもう終わろうとしていることに気付いたのだ。
「ご、ごめんなしゃい。私、もう行かなきゃ!」
あわあわとスカートの裾を払い、立ち上がる。
遅れないようにと言われたのに……!
「みんな、またね! あと鳥しゃんも、気をつけて帰ってくだしゃいね!」
そう動物たちに手を振りながら、ばたばたと慌ただしく建物の方へと向かって走る。
まずいまずい、また神官や他の聖女たちに怒られてしまう!
そう焦りながら、運動不足の幼い体にムチを打って全速力で走るのだった。
* * *
『リーナ、いっちゃったね』
『まぁ僕たちはまた明日も会えるし。ね、君、リーナに治してもらったから体は大丈夫だろうけど、帰れそう? 道、わかる?』
仕事へと戻って行くエヴァリーナを見送り、裏庭の動物たちは大型の鳥――鳶にそう尋ねた。
しかし鳶は、じっとエヴァリーナを見つめたままだ。
『どうしたの? リーナの魔法が気になったの?』
首を傾げるウサギに、鳶はいや、なんでもないと首を振った。
『君たちも、私をあの子のところまで連れて来てくれて、ありがとう。帰りなら心配しなくてもいい、ちゃんとわかるから』
鳶の言葉に、動物たちはよかったねーと答えた。
そしてそれぞれに自分の住みかへと帰っていく。
『聖女、か……』
ひとりになった鳶はそう呟くと、腹部の怪我が治ったことをもう一度確かめて、その大きな翼を広げて飛び立ったのだった。
同じころ、エヴァリーナと動物たちのやり取りを、裏庭に面する神殿の窓から眺めていた者たちがいた。
「あれは……最近入った下級聖女、か?」
豪奢な神官服に身を包んだ壮年の男、この神殿の最高責任者である神官長だ。
「ああ、そうですね。よく働く、性格も穏やかな娘だと聞いています。幼い子は純粋だからでしょうか、どうやら動物にも好かれているようですな」
神官長の言葉に、彼の秘書的役割を行っている神官が答える。
すると、神官長はふぅむとなにかを考えるように顎に手をあてた。
考え事をしている時にはそっとしておくのが一番だ。
そういつも彼の近くにいる神官は、懸命にも黙って神官長の言葉を待つことにした。
この神殿には、上級聖女がふたり、中級聖女が八人いる。
特別魔力の強いその十人には、ここぞという時にのみ、国の要請を受けて力を振るってもらっている。
それ以外の時間はといえば、聖女たちは神殿の奥の方で好き勝手に振る舞っている。
――力の強い聖女の、特権だ。
そして市民の人気取りのために動くのは、九割を占める下級聖女。
彼女たちがいるからこそ、聖女という立場に疑問を持つ者がほとんどいないのだ。
いくら力が強くても、個人には限界がある。
広範囲の疫病や魔物大量発生など、国を揺るがすようなことが起きない限り、そう易々と上級聖女が市民のためにその魔力をふるうことはできないのだと、市民たちもわきまえている。
その代わりに、下級聖女たちが日常のちょっとした怪我や病を癒やしてくれる。
それだけでも、市民たちは聖女の恩恵を受けているような気持ちになる。
そして、下級聖女を派遣することによって得る旨味は、神官長をはじめとする神官のもの。
そうしてこの男たちは、聖女を利用して生きてきた。
中には貴族令嬢だった者もいるが、なにせ神殿に入るのは五歳。
中にははじめこそ高飛車な態度を取る幼女もいるが、親や家の加護を得られないと知ると、すぐに従順になる。
そうして幼い頃から躾けているため、下級聖女たちはよく働く。
国のため、市民のためと、真っ直ぐな心で。
「……あの子ども、使えるやもしれんな」
にやりと神官長が笑んだ。
お付きの神官にはその意味はよくわからなかったが、心の内はきっと自身の利益のことを考えているのだろうと思いながら、深々と頭を下げたのだった。