エピローグ
最終話です。
昨夜1話投稿しておりますので、まだお読みでない方はひとつ戻って下さい。
「はぁぁぁ、最高だな、オンセン」
「ええ、日頃の疲れが取れていくようです」
「陛下、リクハルド、すっかり満喫しておりますね。ですが、たしかにこれは気持ちよくてクセになります……」
壁一枚隔たった向こうから、陛下とリクハルドさん、そしてアレクさんの気の抜けた声が聞こえる。
「えーと、みなしゃん、準備ができたので、カイに持って行ってもらっていいでしゅか?」
「「「ぜひ」」」
聞こえるかしらと思いながら上げた声に、即答で返ってきた。
そのことに苦笑しながら、カイにお盆を渡す。
「はい、お持ちしましたよ、お酒。なんか、長湯したり飲みすぎたりすると危険だから気を付けてくださいねって、あいつが言ってました」
「おっ、待ってました!」
喜びの声を上げたのは、陛下だな。
たしかにお酒好きそうだもんね。
「くっっっっそ美味いな! これが最高か……!」
「ふむ、たしかに風情があっていいですね。美酒がいっそう美味しく感じられます」
「たしか、ユキミザケというそうですよ。景色を楽しみながらの酒というのも、情緒がありますね」
見えないけれど、楽しんでくれているのが聞こえる声だけでわかる。
前世でもほとんどお酒を飲まなかった私にはその良さがわからないが、温泉で雪見酒って冬の日本特有の文化だし、きっと好きな獣人も多いんじゃないかなって思ったのだけれど、ビンゴだったみたいね。
「えっと、本当に長湯はしないでくだしゃいね! さっき言っていた温泉卵、用意して待ってましゅからねー!」
露天の三人にそう声をかけて移動する。
お酒を運んでくれたカイも後からついてきてくれた。
「ちっ、俺も酒が飲めたらよかったんだけどな」
どうやら雪見酒を楽しむ陛下達が羨ましかったらしい。
まあね、子どもってお酒みたいに大人だけのものに憧れるものだもんね。
「あはは、もうちょっと大人になってからでしゅね」
「おまえにそんなこと言われたくねーよ! 俺よりチビのくせに!」
つい、そう笑ってしまったのだが、カイに怒られてしまった。
未だに自分がちびっこであることを忘れてしまう私、馬鹿かもしれない。
あのデスワームとの戦闘から、三日が経った。
アレクさんはすっかり元気になり、ああして温泉を楽しむくらいに元通りだ。
そう、温泉。
地震の後に湧き出たという水をもう一度調べたのだが、やはり温泉だった。
そしてこの荒地は、あのデスワームに色々と影響を受けていたらしい。
どうやらあのデスワームは数年前からここに住み続けていたようで、その毒性のある体が土地に影響を及ぼしたせいで作物が育たなくなっていたのだという。
もともとデスワームはそうそう地上に出てこない魔物で、発現率もかなり低い。
しかし先日の地震で刺激を受け、ああして姿を現したのだとか。
温泉にも影響がと心配したが、どうやら温泉はデスワームが潜んでいたところよりももっと深い地中から湧き上がってきたものらしく、毒性はなかった。
それどころか先日の戦闘のおかげで温泉に適した大きな穴が開き、こうして数日で入浴できる簡単な施設を作ることができた。
まあそれは獣人のパワーによるものも大きいけれど。
人間が作業するよりも、数倍早い。
あっという間に穴を整え、石で囲みしっかりと温泉の形にし、小屋のようなものまで建ててしまった。
騎士なのに大工仕事……?と思いはしたが、黙っていた。
人間、いや獣人だけど、なんでもできるに越したことはない。
『リーナ様。主殿から、色々と用意してくれてありがとうございますとお礼を預かりました』
「あ、くりしゅ。もう王都から戻ったんでしゅか? お疲れしゃまでした。ふふ、あれくしゃんの伝言まで、ありがとうございましゅ」
滞在の延長を王都に知らせに行ってくれたクリスの頭を撫でて労う。
あの時、私を信じて魔法を使えと言ってくれたクリスには、本当に感謝の気持ちでいっぱいだ。
どうやらクリスは、神殿で私に助けられた時からずっと、私の力に疑問を持っていたらしい。
あの時の傷、私は見た目ほど酷くなかったのかな?と思っていたのだが、実は本当に酷い傷で、致命傷と言っていいほどのものだったようだ。
私の魔力が低いのは、間違いない。
でも、それだけではないのだと、クリスは言った。
『動物の言葉がわかるように、もしかしたらリーナ様は対動物において、ものすごい力を発揮するのかもしれません。動物の相手に特化していると言いましょうか』
そう言われてみれば……と思い当たることがいくつもあった。
クリスの傷を治したこと、アレクさんの解毒、それに、道中に陛下やリクハルドさんに使った〝治療〟の魔法も、効きが良すぎる気がした。
ビアードの擦り傷やカイの切り傷を治した時は、元々が小さな傷だったから、治るのが当たり前で気付かなかったけれど。
その後、他の獣人騎士たちにも試したけれど、たしかにどの魔法も効果は強かった。
聖女認定時の水晶での判定で下級聖女ということになったが、大きく考えれば人間も動物だよね?と考えると、もしかしたら人間相手の癒やしの魔法効果も高いのかも。
そういえば治療院でも「エヴァリーナ様の魔法は腰痛にとても効きます~」と言われたことがある。
まぁそれは獣人国にいるとなかなか実証が難しいのでどうとも言えないが、とりあえず生き物を癒やす力には長けているってことでいいのかな?
「あ、リーナ様、戻ってきた。これ! オンセンタマゴ! すっっっっごく美味しいですぅぅぅ」
簡易部屋に入ると、目をきらきらとさせたミリアに出迎えられた。
ひとつ味見しておいてと言っておいたのだが、この剥かれた殻の数を見ると、どうやらひとつでは終わらなかったようだ。
「み、みりあ……。あの、陛下たちの分もちゃんと残しておいてくだしゃいね?」
「はっ! そ、そうですよね! まさか、もうすぐいらっしゃいます? す、すぐに片付けますー!」
あわあわと片付けを始めたミリアに、ぷっと笑いが零れる。
そしてそんなミリアを、カイが仕方ねぇなという表情で見ていた。
「……よかったらかいも、後で温泉に入ってみたらどうでしゅか? お酒は駄目でしゅけど、炭酸じゅーしゅなら作れましゅよ?」
なんとここの温泉、天然の炭酸泉だった。
これがあれば果汁と合わせて炭酸ジュースが作れるというわけだ。
「タンサン? なんだそれ、美味いのか?」
おっ、カイが興味を持ってくれたみたい。
ならばぜひ、ここは期待に応えたいところである。
「うーん、しゅわしゅわってして、じゅわーって感じで、美味しいでしゅよ?」
あえて擬音を使って表現してみる。
日本語には擬音が多彩に使用されており、日本人は古くから言葉の美しさを感じることができる民族だと言われていたっけ。
「しゅわしゅわ……? じゅわー? なんだそれ、飲んでみたいぞ!」
思った通り、カイの好奇心を上手くつけたみたいだ。
ふふ、本当にかわいいなぁ。
「じゃあ、後で作ってみましゅ。さ、とりあえず温泉卵の準備をしまちょぉ」
ミリアとカイと一緒に準備を済ませたところに、ちょうど陛下たちがやってきた。
ほかほかと温まって、ほろ酔いの陛下は見るからに上機嫌だ。
リクハルドさんもすっきりとした顔をしている。
「とてもいい湯加減でした。リーナ様、色々と準備、ありがとうございます」
相変わらずの眩しい笑顔、アレクさんは真っ先に私のところに来てお礼を言ってくれる。
うーん、先日毒から助けた後から、ものすごくきらきらした目で見られている気がするんだよね。
「おいおい、過保護を通り越して崇拝までいきそうな勢いだな」
「当然です。命の恩人ですから」
茶化そうとする陛下にも、真面目にそう答えている。
そしてそんなアレクさんに、陛下は頬を引きつらせた。
「まあ、しばらくは仕方ありませんよ。アレクシスだけでなく、あの時その場にいた他の騎士たちも同様に、エヴァリーナ様を聖女様だ女神様だ天使だと崇め奉りはじめましたからね」
冷静なリクハルドさんに、私も苦笑いする。
まぁしばらく経てば、そんな過剰に持ち上げるようなことはなくなると思うけれど。
「リーナ様ー! タンサン?ジュースって、どうやって作るんですか? カイが待ってますけど」
「あ、今行きましゅ! すみません、ちょっと行ってきましゅね」
陛下達に温泉卵と冷たい水を用意して、その場を離れる。
陛下たちが上がったら騎士たちも入るって言ってたし、みんなの分も作ってあげよう。
さすがに職務中にお酒は渡しにくいから、雪見酒はまた今度ね。
ぱたぱたと走る私の背中を、アレクさんたちが優しい目で見送っていたのには気付かず、ミリアの元へも向かうのだった。
* * *
「――聖女殿、大人気となってしまったな」
「まぁ当然でしょうね。エヴァリーナ様が我が国に来て、たった数カ月でこれだけの功績を上げたのですから」
エヴァリーナが用意していった温泉卵をひと口食べて、リクハルドは目を見開いた。
たかが卵がこんなに美味しくなるとは……!と感動している。
エルネスティとアレクシスも温泉卵を口に運び、破顔した。
相変わらず聖女殿の提案する料理は美味いと、上機嫌になる。
「ですが懸念もあります。おそらく獣人国でのエヴァリーナ様の活躍は、国境を越えてクロヴァーラ国に伝わるでしょう」
「まあ、どこの国にもスパイはいるものだからな。俺たちもクリスを送っていたし、人のことは言えん」
エルネスティが、かたんと食べ終わったスプーンを置く。
そして眉根を寄せて考え込んだ。
エヴァリーナが獣人国で改革してきたことは、すでに伝わっている可能性がある。
とすると、おそらく向こうからなにかアクションがあるはずだ。
「……聖女の返還を、と言われるやもしれませんね」
「ははっ、都合の良いことだ。――虫唾が走る」
リクハルドの言葉に、エルネスティが覇気を纏った。
ピリピリと肌を刺すような感覚に、リクハルドは冷や汗をかく。
「まあ、書状を取り交わしておりますので、下手な真似はできないはずです。……エヴァリーナ様が帰還を望めば、話は別ですが」
ぽつりと零したリクハルドの呟きに、エルネスティの覇気も鎮まる。
そして、沈黙が落ちた。
「そう、だな。俺たちが決めることではない。だが、俺は決めている。聖女殿が帰還を望まず、この国でいつまでも暮らしたいと言ってくれるなら、人間国を相手に、どこまでも彼女を守ると」
自国の国民扱いをすると発言した時に、エルネスティは腹を括っていた。
エヴァリーナの過去を聞き、前世の話を聞いて、せめてこの国にいる間は、自分たちで守ってやろうと。
「……先ほどからずっと黙ったままですが、あなたはどうお考えですか、アレクシス? ちなみに私は、元々考えていた、〝我々三人の中の誰かと聖女の婚姻〟について、まだ諦めてはいないのですが」
そうにやりと笑うリクハルドに、アレクシスははっと息を吞んだ。
「ま、聖女殿はまだ五歳だからな。中身が成人とはいえ、少なくとも十年は先の話になるけどな。あ、俺は遠慮しておくぞ。聖女殿はかわいらしいが、妹のようだとしか思えんからな! それに妃を迎えるのは早い方が良いだろうし。……そういえば、聖女殿は、俺たち獣人族の寿命について知っているのか? リクかアレクがその気なら、そのうち俺が不自然にならないように教えてやってもいいぞ?」
獣人族の寿命。
実は人間族に比べて、エルフ族と獣人族は長命である。
人間族の平均的な寿命が約八十歳なのに対して、獣人族は約百二十歳、エルフ族など五百歳はゆうに超える。
そして獣人族は青年期が長い。
つまり十年後、十五歳になるエヴァリーナは、この三人の相手として隣に並んでも、なんらおかしくはないのだ。
「おふたりにその気がないというのなら、私は別に構いませんよ。彼女を妻に迎え入れれば、毎日美味しい食事がいただけそうですしね」
満更でもない表情のリクハルドに、無意識にアレクシスの眉間に皺ができる。
その顔を見れば、エルネスティとリクハルドには、アレクシスがどう思っているかなど手に取るようにわかった。
さあ、どうする?という視線のふたりに、アレクシスはようやく口を開いた。
「私、は……」
俯いたままぽつぽつと思いを口にしていくアレクシスに、エルネスティとリクハルドは思わず苦笑いしたのだった。
* * *
「リーナ様、お持ちします」
「あれくしゃん。あ、ありがとうございましゅ」
カイと騎士たちのための炭酸ジュースが乗ったお盆を、ひょいとアレクさんが持ってくれた。
そうして並んで露天風呂の方へと運ぶ。
「滞在がずいぶん延びてしまいましたが、お疲れではないですか?」
「あはは、正直、夜はばたんきゅーでしゅけど。でも、楽しいでしゅ。みんな、喜んでくれましゅし」
自分になにができるんだろうって考えて、一生懸命やってみて、みんなが喜んでくれるのはすごく嬉しい。
誰かと一緒に頑張るってことが、こんなに充実した気持ちになるんだって、この国に来てすごく感じている。
「――リーナ様は、なぜあの時、泣いていたのですか?」
不意打ちでアレクさんにそんなことを聞かれて、目を丸くする。
ええと、あの時って、アレクさんが毒で倒れていた時のことだよね?
「そりゃそうでしゅよ! あれくしゃんは、私にとって、すごく大切な人なんでしゅから!」
「大切、ですか?」
どうしてそんなに驚いた顔をするのだろう。
私、別に変なこと言ってないよね。
「当たり前でしゅ。いつもこうやって側にいてくれて、私のことを認めてくれて、嬉しい言葉をたくさんかけてくれて、守ってくれて……。私が今、こうやって頑張れているのは、あれくしゃんのおかげでしゅ。大恩人でしゅよ! そんな人のこと、大切に思わないわけ、ないじゃないでしゅか!」
当然だろうと主張すると、アレクさんは目を見開いていたが、すぐに嬉しそうに笑った。
「……そうですね。私も、リーナ様のことを大切に思っております」
「ありがとうございましゅ」
ちょっと照れくさいけれど、こういうのも嬉しいな。
……相手がいなくなってからじゃあ、遅いのだから。
後悔しないように、相手を想う気持ちは、伝えられる時にちゃんと伝えておいた方がいい。
前世の両親のことを思い出す。
ビアードやメリィ、神殿のお姉さん聖女たちも、元気かな。
ふっと窓から見える空を見上げる。
またいつか、みんなに会えるといいな。
「……あなたが、そう言って私を必要としてくださっている間は、どうか一緒にいさせてくださいね」
「え? ごめんなしゃい、あれくしゃん、なにか言いまちたか?」
私が外を向いている間に何事かを呟いたのは聞こえたのだが、その内容まではわからなかった。
「いいえ? なんでもありません。さあ、ここから先は私が騎士たちに持って行きましょう。リーナ様はここでお待ちください」
にっこりと笑って私の分のお盆も取られてしまっては、もう聞き返せない。
「あ、ありがとうございましゅ。よろしくお願いしましゅ」
なんだったのだろうと首を傾げながら、私は脱衣所の前でアレクさんを見送るのだった。
『私、は、この先十年後、リーナ様への気持ちがどうなっているかなど、今の私にはわかりません。もしかしたら、この気持ちがもっと膨らむこともあるかもしれないし、そうならない可能性もある。ですが、リーナ様が望む限りはお側にいたいし、あの方を守りたい。その気持ちが変わることはないと、そう思っています。ですから、私など必要ないと言われないように、この先ずっとお側にいられるように、もっと努力せねばなりませんね』
アレクさんが、陛下とリクハルドさんの前でそんな話をしていたなんて、まったく知らなかったから。
* * *
――この後、荒地に突如として湧き出た温泉は、体に良く美味しいものも食べられると獣人国内ですぐに評判になり、早急にきちんとした施設が建てられることになる。
デスワームの影響で荒れていた土地にも少しずつ緑が戻り、景観も良くなっていき、数年後には温泉街も興ることになる。
また、この後もエヴァリーナは国中の視察を続け、多くの獣人たちの声に耳を傾け、時には前世の知識で、時には聖女としての力で、またある時にはその素直さと優しさで、獣人たちの心を溶かしていくことになる。
周囲の人間の力を借りながら、エヴァリーナはひとつひとつ改革を進め、獣人国の国民たちの不便さを減らしていった。
その結果、獣人国の暮らしは、季節の移り替わりの美しさを残しつつ、安心・安全さを重要視するものへと変化していく。
柔軟な考えを持つ国王の下で、聖女エヴァリーナはのびのびとその才覚を発揮し、獣人国に豊かな恵みをもたらしていったのだ。
そうして数年後、獣人国は人間国とエルフ国、両国からも一目置かれるようになる。
それから――。
生贄のように人間国から差し出されたひとりの下級聖女は、獣人国の発展に欠かせない人物としてはもちろん、ただの〝エヴァリーナ〟という存在としても、獣人国中の皆から愛される存在となっていくのだった。
そして、その愛らしくひたむきな姿の隣にはいつも、穏やかな表情でエヴァリーナを見つめる、燃えるような赤髪の騎士が寄り添っていたという――。
fin
ということで完結となります。
最後までお読み頂きまして、ありがとうございました(*^^*)
ひょっとして十年後くらいにラブな予感……!?の可能性も書いてみましたが、どうなることやら(笑)
作者もエヴァリーナたちの幸せを祈っております(*^^*)
そのうち番外編も書くかも?なので、その時はまた覗いてみて下さると嬉しいです!
そしてご報告です。
こちら、ありがたいことに書籍化が決まりました。
また書籍の情報は活動報告で載せたいと思っていますので、興味があればぜひ♫
それでは読書の皆様、本当にありがとうございました(*^▽^*)