ましゃか⁉ 私の本当の力って……5
昨夜1話投稿おります。
まだお読みでない方はひとつ戻って下さい。
「これ、たぶん温泉でしゅ!」
「お、オンセン? なんですかそれは……っつ!?」
不思議そうにアレクさんが首を傾げたかと思うと、その表情が一瞬にして豹変する。
どうしたのだろうと思った瞬間、真下の地面から、なにかが勢いよく飛び出てきた。
「くっ! リーナ様、しっかり掴まっていてください!」
「きゃぁっ!」
聞いたことのない厳しい声を出したアレクさんは、なにがなにやらわからない私をぐっと抱きかかえて急浮上した。
その勢いに思わず目をぎゅっと閉じると、真下で重いものが落ちたような、ドスンという大きな音がした。
急浮上していた体が止まり、おそるおそる目を開くと、地上から巨大な赤いミミズのような魔物が、こちらを見上げていた。
「な、なんでしゅかあれ……」
「デスワームか。厄介なヤツがいたな……」
まさかこんなところで魔物に遭遇するなんて。
荒野は見通しがいいし、魔物の姿が見られないから付近にはいないだろうと油断していた。
『リーナ様、主殿! ご無事ですか⁉』
するとそこに、焦ったクリスが飛んで来た。
くるりと私たちの周りを一回転すると、私の顔を覗き込んで、怪我がないか確認してくれた。
私が大丈夫だと伝えると、クリスは安心したようにほっと息を吐いた。
『主殿は……っ!?』
「気にするな、かすり傷だ」
クリスとアレクさんの会話を聞いて、ぎょっとする。
かすり傷って……さっき、私を庇って⁉
「け、怪我したんでしゅか⁉」
アレクさんをよく見ると、私を抱えてくれている腕に血が滲んでいた。
先ほど魔物が飛び出してきた時に、私を庇って負った傷だろう。
「少しかすっただけですから、心配しないでください。それよりもクリス、あのデスワームをなんとかしないといけないな」
『はい。主殿と同行している騎士たちに加え、今回は陛下までいらっしゃるので、それほど苦戦しないかと。今、こちらに向かっております』
「よし。ならばまずリーナ様を安全な場所までお連れして、戦闘に入る。おまえはここであいつの注意を引きつけておいてくれ」
『承知いたしました』
自分の怪我のことなどそっちのけで、アレクさんはクリスとともに次々と決めていく。
かすっただけだって言ってたけど、本当に大丈夫なのかな……?
でも、特に痛がっている感じもないし……。
「ではリーナ様。一旦ミリアたちのところに戻ります。護衛の騎士も側につかせますので、ご安心ください」
「あ、はい! わかりまちた」
この状況であれこれ聞くのは迷惑だろう。
戦闘の役に立てない私にできることは、取り乱したりせず、大人しく言うことをきくことだけ。
なんて無力なのか。
そうは思うけれど、未熟な私にできることは他にないのだから、ここはぐっと我慢だ。
「少しスピードを出します。しっかり掴まっていてください」
言われた通り、先ほどよりもぎゅっと首元に掴まると、アレクさんはすぐに翼を羽ばたかせ、先ほどとは比べようがないスピードで飛んだ。
ピリピリと冷たい風が頰を刺し、思わず目を瞑る。
でも怖くはない、アレクさんを信じているから。
「お待たせしました、目を開けても大丈夫です」
「リーナ様!」
アレクさんの言葉にそっと目を開けると、静かに降下していった。
地上でミリアとカイ、リクハルドさんと護衛の騎士たちが待っていてくれて、アレクさんの腕の中から降りた私をミリアが支えてくれた。
「後は頼むぞ」
アレクさんはそう言うと、すぐに飛び立ちものすごい速さでデスワームの方へと行ってしまった。
「大丈夫ですよ、リーナ様。アレクシス様はお強いですから」
「ああ、アレクシス様は騎士団内でも一・二を争う強さだからな!」
「獣人国の者は戦闘に長けておりますし、陛下と他の騎士たちも向かいましたから、ご安心ください」
ミリア、カイ、リクハルドさんと、みんながそう言って私を安心させようとしてくれた。
みんな特別焦った様子もないし、急襲とはいえ、魔物との戦闘に不安はないのだろう。
でも、なんだろうこの嫌な感じは。
みんなが大丈夫だって言ってくれて、心配ないってわかっているのに、不安な気持ちが消えない。
ぱっとアレクさんが向かった方へと視線をやると、デスワームとの戦闘真っただ中だった。
かなり距離があるし、土埃も立っているため詳しく見えないが、苦戦している感じではない。
それなのに、どうして……。
胸のじくじくとした不快感に、眉を顰める。
たぶん魔物は倒せる。
それは間違いない。
でも。
「……あの、りくはるどしゃん、あのですわーむって、どんな魔物なんでしゅか?」
リクハルドさんを見上げてそう尋ねると、そうですねと少し考えてからリクハルドさんは口を開いた。
「ミミズの魔物なので、地中からの不意を突いた先制攻撃を得意としています。戦闘中もああして時折地面に潜るので、少々厄介ですね。それと、デスワームという名前の通り、毒性が強いので攻撃を受けないように注意が必要です。ですが、それほど速さがあるわけではないので、スピード自慢の獣人族の騎士たちが相手ならば、特に問題はありません」
「え……!? こ、攻撃に毒性があるんでしゅか⁉」
焦る私に、リクハルドさんが目を見開く。
「ええ、まあ。ですが、心配は……「あれくしゃん、怪我をしてるんでしゅ!」
リクハルドさんの声に被せて、私はそう叫んだ。
「最初に魔物が地面から出てきた時に、私を庇って……。かすり傷だからだいじょぶって言ってまちたけど、でも……」
かたかたと震える両手を、ぎゅっと握りしめる。
毒って、早急に対応しないとどんどん体に回ってしまうもののはず。
それなら、今戦っているアレクさんは……。
「お、おい! 今の話が本当なら、アレクシス様は……」
「早く解毒しないと、まずいんじゃないですか⁉」
カイとミリアも焦っている。
いえ……と考え込むリクハルドさんはまだ冷静なように見えるが、その眉間には皺が寄っている。
「すべての攻撃に毒性があるわけではないのです。毒性があるのは、牙の何本かと、体内から出る粘り気のある体液のみだと……。ですから、本当に毒に侵されていない場合もあります。もしくは、かすり傷程度だったのもあり、特別毒性を感じなかったのかもしれません」
毒性のある攻撃でなかったのなら、それでいい。
杞憂だったねで済むから。
でも、嫌な予感というものは大抵当たるものなのだ。
握り締めた両手に、額を押し付ける。
お願い、何事もありませんように。
そう祈ることしか、私にはできない。
「あ! 魔物を倒したみたいです! こっちに戻って……あれ?」
カイの声に、私はぱっと顔を上げた。
すると魔物が倒れたところから、なにかがこちらに飛んで来ているのが見える。
アレクさんとクリスだろうか、そう思って見つめていたのだが、違う。
段々と近付いてきて、くっきりと姿が見えるようになってきた。
――違う、あれは、クリスと……。