みんなでお料理も楽しいでしゅよ?1
「わぁ……雪、積もりまちたね」
朝起きて窓の外を見ると、そこは一面の雪景色だった。
前日の夕方から降りはじめた雪、夜の間に積もりそうですねとアレクさんやミリア、カイと話していたのだが、まあまあ積もっている。
「みりあ、外に出て、見てみましぇんか?」
「えぇ~。リーナ様、寒いですよぅ?」
猫の獣人であるミリアは、どうやら寒さに弱いようだ。
厚着してぷるぷる震えている。
猫はコタツで丸くなるってやつかしら。
そんなミリアをなんとか引っ張り、私も厚手のコートを羽織って手袋をつけ、庭園に出る。
うーん、私の膝下くらい、十五センチくらい積もったかな?
「なんだぁ? わざわざ雪を見に来たのか?」
するとそこにカイが現れた。
鼻の頭を真っ赤にしているが、ミリアのように震えたりはしていない。
あ、そうか、狼は犬科だっけ。
犬は喜び庭かけまわるんだもんね。
「おはようございましゅ、かい。かいもお庭で遊びに来たんでしゅか?」
「そんなわけあるか! ガキと一緒にすんな!」
怒られてしまった。
冗談だったのに。
でも十二歳は十分雪遊びを楽しむ年齢だと思うのだけれど。
「おはようございます。朝から元気ですね」
『おはよう、リーナ様。そういうもこもこの格好もかわいらしいですね』
そこへくすくすと笑うアレクさんと、その肩に乗るクリスが登場した。
なんだなんだ、みんな雪につられてきちゃったのかしら?
「積もりましたね。さて、野菜たちはどうでしょうか?」
私の隣にならんだアレクさんが呟く。
私もちょうど今、そのことを考えていた。
「はい。雪の下で、元気でいてくれるといいんでしゅけど」
先日私が提案した越冬野菜の話を聞いて、陛下たちは早速会議にかけ、賛成を得た。
そしてその後すぐに、試験的にではあるが、残っている野菜をすべて収穫することはせず、雪の下で眠らせるようにと国中に知らせた。
それを聞いた獣人たちは戸惑ったものの、水の濾過装置を提案してくれた聖女の発案だと知ると、嬉々として話に乗ってくれたらしい。
信用してもらえるのは嬉しいが、そんな簡単に信じていいものかと思ったのだが、それだけ濾過装置の評価が高いということですよとリクハルドさんが言ってくれた。
でもこの越冬野菜は、冬の間の獣人たちの生活がかかっている。
もし前世の野菜とは性質が違ったりして、上手くいかなかったら……そう不安な気持ちもあるのだ。
「大丈夫ですよ」
すると、そんな私の不安な気持ちを読んだかのように、アレクさんが私の肩をぽんと叩いた。
「ここよりも早く雪が降った地域から、野菜が枯れてしまったという報告はありません。それにもし、思うように雪の下で育たなかったとしても、例年と同じくらいの量の野菜はすでに備蓄しているのですから。獣人たちも、今回は試験的なものだとわかっていますし」
「そうだよ。みんな、いくつか生き残る野菜があるといいなーくらいにしか思ってないから、そう気に病むなよ」
カイもそう言って励ましてくれたのだが、クリスがおやと声を上げた。
『カイが他人を励ますとは、珍しいですね。さすがリーナ様、あまのじゃくなカイすらも懐に入れるとは』
「……おい、なんか失礼なこと言われてる気がするんだけど?」
カイにはクリスの言葉がわかっていないはずだが、悪口を言われたという雰囲気は感じ取ったらしい。
アレクさんもここは余計なことを言うまいと判断したらしく、苦笑いしている。
そんなふたりと一羽の様子が面白くて、思わず笑みが零れてしまった。
「ふふっ、ありがとうございましゅ。そうでしゅよね、かいの言う通り、何種類か成功したらいいな~くらいに思うことにしましゅ」
みんなのおかげで気持ちが楽になった。
そうだよね、なんでもかんでもすぐに上手くいくはずがない。
色々やってみて、失敗しながらより良い方法を探せばいいのだから。
「でも、越冬野菜は本当に甘くて、美味しいんでしゅよ? もしいくつか成功したら、また新しいお料理をお伝えしましゅね!」
「それは楽しみですね。ふふ、リクハルドがますます喜びますよ」
「まぁたしかに、おまえが教えてくれた料理はいつも美味いからな」
『私もその恩恵に預かれるのを楽しみにしております。残念ながらお料理はいただけませんが、野菜そのままの味を楽しめることはできますので』
アレクさんもカイもクリスも、優しい言葉をくれた。
雪も降って寒いはずなのに、心は温かい。
そしてミリアはというと――。
「リーナ様ぁ~そろそろ中に入りましょうよぅ。ううう……なんでみんなそんなに寒さに強いんですかぁ!」
出入り口のところで丸まっていた。
しっぽや耳の毛を逆立たせながら震えており、ずいぶん寒そうだ。
「あ、ごめんなしゃい、みりあ。風邪をひいたら大変でしゅ、みなさん中に入りまちょぉ」
涙目のミリアに、慌てて中へと戻る。
実は雪だるまでも作ろうかなと思っていたのだが、この様子では無理みたい。
「ね、かい。みりあは寒いのが苦手みたいなので、今度一緒に雪だるまを作りましぇんか?」
「ユキダルマぁ? なんだよそれ」
おや、この世界には雪だるまなんてないのか。
それなら……。
「今度作り方を教えてあげましゅね! そうだ、雪合戦なんかも一緒にやりたいでしゅね。それで、獣人国の雪遊びも私に教えてくだしゃい! 約束ですよ!」
「おい、勝手に約束すんなよ! ま、まぁ仕方ねーから付き合ってやるけどよ……」
「ありがとうございましゅ! 楽しみでしゅ!」
きゃっきゃと楽しそうに話す私とカイの姿を、アレクさんとクリスが微笑ましそうに見ているのに気付き、ちょっぴり恥ずかしくなった。
〝四季を楽しむ〟ってことを大切にしてると、この国に来たばかりの時にお屋敷のみんなが教えてくれた。
それぞれの季節に大変なこともあるけれど、その困難を仲間と共に乗り越え、その移り変わりを楽しみ、その美しさを愛でる。
獣人たちはそれができるのだと。
そしてそれは、前世の私たち、日本人と同じ考え方だと思うのだ。
だから私も、この国の良いところに目を向けたいし、前世の良いところを取り入れられるなら取り入れ、みんなと一緒に力を合わせて、楽しんで暮らしていきたい。
でも、カイはともかく、さすがに大人の人に雪遊びを進めるのはちょっと申し訳ないかも。
うーん、大人の冬の楽しみ……あ、雪見酒とか?
陛下とかリクハルドさん、すごくお酒強そう。
アレクさんは……とちらりと視線を送ると、ばっちり目が合ってしまった。
どうしましたと首を傾げるアレクさんの眼差しは、とても温かい。
「えと、雪を楽しめるなにかいい方法がないかなぁって、考えてただけでしゅ」
「そうでしたか。リーナ様がこの国の季節を楽しもうとしてくれる方で、私も嬉しいです」
だから、いちいち発言が大袈裟というか、甘いというか……。
こっぽずかしいことを言ってもサマになるのだから、イケメンって怖い。
少し赤くなってしまった顔を隠すように手袋をつけた両手で頬を押さえると、アレクさんがその上からさらに手を添えてきた。
「冷えてしまいましたか? あれ、でも赤みが差していますね」
近っ!
それでもって手、大きい!
「だ、大丈夫でしゅから!」
慌てて距離を取るが、頬の熱は急上昇している。
きっと今、私は茹でダコのように真っ赤だろう。
きょとんとした顔してますけど、あなたのせいですから!
「さ、さぁ! 朝ごはんをいただきに行きまちょぉ! ほら、みんな急ぎましゅよ!」
ぱたぱたと足早に自室へと歩いて行く。うしろにいるみんなが変に思ったかもしれないが、とにかく今は恥ずかしすぎて無理!
『……主殿、リーナ様は純粋なのですから、もう少しお手柔らかに……』
「うわ、大人って怖ぇ……」
「きゅ、急になんだか熱くなってきちゃいました! リーナ様ぁ、待ってくださーい!」
背後でクリス、カイ、ミリアがそんなことを話しているとはつゆ知らず、私はうしろを振り返ることなく、はしたないと思いつつも廊下を早歩きで進んで行くのだった。




