ご飯を食べないと、元気でましぇんよ?3
『へえ、そんなことが。リクハルド殿もすっかりリーナ様の魅力の虜になってしまったのかな?』
「もぅくりしゅ! しょんなわけないじゃないでしゅか! からかわないでくだしゃい!」
あははと笑うクリスに、私は頰を膨らませた。
昼食を食べ終えた後すぐ、リクハルドさんは執務室へと戻ってしまった。
アレクさんによると、忙しいけれど私たちのお弁当がなにか見たいから、ちょっとでも時間があると思って来たのではないかとのことだ。
……そんなことある?と一瞬思ったが、食事について饒舌に語る姿を思い出し、なくはないかと思い直した。
そんな会話をしていたところにクリスがやって来て、微妙な表情の私達に首を傾げられたため、一部始終を話し終えたところだ。
『いやいや、でも半分は本気だぞ? あの警戒心の強いリクハルド殿が、他人相手にそんな様子を見せるとは、さすがリーナ様だ。それに、彼のために料理のレシピを書いてあげるのか? やれやれ、リクハルド殿に嫉妬してしまいそうだ』
「も、もぅくりしゅってば、口が上手いでしゅね」
イケメン過ぎるクリスの発言に、私はこうしていつもドキドキさせられている。
私の魅力がどうとかって言ってくれるけれど、艶やかな羽にも触れさせてくれるし、爪は鋭くて危ないから近付かないようにねと注意してくれるなどすごく優しいし、クリスの方がよほど魅力的だと思う。
相手は鳶、それも女の子だってわかってるけど、それでもその優美な姿ときりりとした表情、男前な言動に私は魅せられてしまうのだ。
「……アレクシス様、あれ、いいんですか?」
「………………駄目だとは言えないだろう」
少し離れた場所で、ミリアとアレクさんが微妙な表情でこちらを見ているのに気付くことができないくらい、私はクリスにメロメロだった。
ちなみにクリスがなぜこんなに私に懐いてくれているのかというと……。
私がクロヴァ―ラ国の神殿にいた時に、怪我していたところを助けた大型の鳥、なんとあれがクリスだったのだ。
初めてアレクさんの従獣だと紹介された時は、知らないフリをしていたらしい。
挨拶した時もなにも話してくれなかったし、ぺこりと会釈されただけだった。
どうやらクリスはあの時、神殿に聖女の調査をしに来ていたようだ。
それがバレるとまずいから、初対面のフリをしてたんだって。
でもひと月前のことで、私がもう怪しくないって陛下やリクハルドさんが判断したため、クリスの正体と神殿でなにをしていたかを明かしてもらえ、こうして時々会えるようになった。
怪我の後遺症もないみたいだし、私のちっぽけな魔力でもクリスを治すことができて本当に良かった。
アレクさんとクリスからも改めてお礼を言われた時はちょっと気恥ずかしかったけれど、やっぱり嬉しかった。
「こほん、エヴァリーナ様、そろそろ昼休憩が終わってしまいますので、我々はそろそろ……」
『おや、主殿はまだリーナ様をそんな風に呼んでいるのか?』
声をかけてくれたアレクさんに、クリスがずばっとそんなことを言った。
「クリス、それは以前に、不敬だからと説明したではありませんか……」
アレクさんはそう言って眉を下げたが、クリスはちらりと私の方を見た。
『リーナ様は? どう思うんだ?』
「へ? わ、私でしゅか?」
急に話を振られて戸惑ったものの、たしかに私でさえアレクさんと呼ばせてもらっているのに、わざわざ長ったらしい名前で呼び続けてもらうのもなと思う。
以前視察に出かけた村で一度だけリーナ呼びをしてもらえたが、違和感もないし嬉しいなと思ったことを思い出す。
「そうでしゅね、気軽に呼んでもらえたら嬉しいでしゅけど」
『うーん、そんな感じか。まあいいや、だそうだよ主殿。さあ、次会う時にはちゃんとリーナ様と呼んであげてくれよ?』
そんなクリスの言葉に、アレクさんはため息をつきながらも、とりあえず仕事に戻りましょうとクリスを肩に乗せた。
「では失礼いたします。その、午後からもがんばってくださいね、リーナ様」
「あ、はいっ! ありがとうございましゅ、あれくしゃん!」
ふわりとした微笑みを残して、アレクさんは扉を開いて去って行った。
その肩に止まったクリスが器用にウインクしたのが見えて、苦笑が漏れる。
「……あの~、いったいクリスとどんな会話をしたらリーナ様呼びに変わったんです? なぁんかずいぶんいい雰囲気だなぁと思って見学させてもらいましたけど」
ミ、ミリアがいることを忘れていた……!
「えっと、その、それは色々ありまちて……」
にやにやとするミリアの追従を避けることなどできず、結局私はたどたどしくクリスとアレクさんとの会話を説明する羽目になってしまったのだった。
それから一週間後――。
私は今、リクハルドさんに詰め寄られている。
「え、厨房から、嘆願でしゅか?」
「ええ、エヴァリーナ様にぜひご指導にと」
見たことのないにこにこ顔のリクハルドさんに、思わず後すざりしてしまう。
嘆願って、指導って、私、なにかした⁉
「先日いただいたレシピが素晴らしいと絶賛の嵐でして。料理人たちだけでなく、王城に勤める者たちからも称賛の声が。もちろん陛下もとても気に入っております。つきましては、エヴァリーナ様にぜひ、直々にご指導いただいて王城内の食事の改革を進めたいと」
きらきらとした目のリクハルドさんに、ひくりと頬が引き攣る。
「え、えと、私、そんなに料理人の方に指導できるほど料理に詳しいわけでは……」
「大丈夫です、ご存じのことだけ伝授いただければ、彼らも他の料理に応用するでしょうから」
た、たしかに優秀な料理人たちなら、新しいソースの作り方ひとつ教えれば、新しいレシピが思いつく可能性はある。
「で、でも、こんなちびな私から教わりたいなんて……」
「料理長をはじめとして、厨房に勤める者皆が諸手を挙げて賛成しておりましたから、ご安心ください」
えええええ……。
反対する人がいないってこと⁉
「うぅ~でも、私にはお仕事が……」
「それもご安心ください。ろかそーちの作成はかなり進みましたし、ばんそうこうも急務というわけではありません。毎日一・二時間くらいなら大丈夫だろうとチームリーダーも申しておりました」
「え、えぇっと……」
こ、これは、断る理由がまったくないってこと⁉
「ちなみに、食堂の食事がぐんと美味しくなるのなら、急ぎの仕事以外はそちらを優先させろと陛下からのお言葉もいただいております。いや、エヴァリーナ様が仕事をしながら食べられるものを提案してくださったおかげで、陛下や私の作業速度もぐんとあがっております。感謝のひと言です」
なんですかそのいい笑顔、もう決定事項になってるじゃないですか!
「~~っっ、もうっ、わかりまちた! でも、本当に簡単なもの、しゅこししか教えられましぇんからね!? 期待しすぎないでくだしゃいよ⁉」
今回もリクハルドさんのものすごい圧力に勝てるわけもなく、私は頷かざるを得なかった。
「ありがとうございます、楽しみにしておりますエヴァリーナ様」
私の了承を心の底から喜んでいるらしいリクハルドさんは、先日と同じく私の両手をぎゅっと握ると、ありがとうございますを連呼してぶんぶん上下に振るのだった。
「……うわ、クレバー卿があんなに笑顔だと、逆に怖いですね」
「リクハルドを止めることができず、リーナ様には申し訳ないです。その、騎士団からも食堂の料理のレベルが上がったと大絶賛でして……」
『しかし、リクハルド殿があれだけ心を許すとは珍しい。完全に餌付けされてしまったようだな』
遠くからミリア、アレクさん、クリスがこそこそとおしゃべりしているのに気付き助けを求めたのだが――。
三者から苦笑いされ、ぶんぶんと首を振られてしまった。
仕方なくリクハルドさんの握手攻撃?をあきらめの境地で受けながら、そういえばいつの間にかリクハルドさんも私のこと名前で呼んでくれるようになったなぁと、ぼんやりと思うのだった。
ちなみに私が教えたサンドイッチ、おにぎり、ホットドッグ(もちろん魔物ウインナー)などの簡易食事は、この後獣人国に広く伝わり、仕事に出る獣人たちのお弁当の定番として浸透していくのであった――。