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ご飯を食べないと、元気でましぇんよ?2

「おつかれさまです、エヴァリーナ様」


「あれくしゃん。おつかれしゃまです」

 

とててと扉の方に駆け寄り見上げると、アレクさんは腰を落として目線を合わせてくれた。


「昼食をご一緒できないかと思って尋ねたのですが、いかがですか?」

 

アレクさんはこうして時々昼食を誘いにきてくれる。


忙しいと帰りが遅くなって私の話を聞けないから、せめて昼食の時間にということらしい。

 

中身が大人だと知っているはずなのに、少し過保護なのでは?と思わなくもないが、その気遣いはありがたいし、一緒に食べる時間はとても楽しいので、お言葉に甘えさせてもらっている。


「ちょうど今作業がキリの良いところで終わったので、大丈夫でしゅ! あ、かいも一緒にどうでしゅか?」

 

アレクさんを尊敬しているカイを誘ってみる。


先ほど損ねた機嫌を直してもらおうという下心がないとは言わないが、みんなで食べた方が美味しいもんね。


「……や、俺はいいや。こっちでみんなと食べるからさ」

 

断られてしまった。


そっけないカイの態度に、アレクさんも目を丸くしている。


「そ、そうでしゅか? じゃあまた、後で。みりあ、行きまちょぉか」

 

チームのみんなに声をかけて、三人で作業場を出る。


そして今日もアレクさんが普段書類仕事をする際に使用している部屋へと向かう。

 

季節は冬に入りかかったところだが、春になったら庭園で食べましょうねと約束しており、季節の花々が美しいというその光景を楽しみにしている。


「今日はリクハルドもご一緒させてほしいと言っていました」


「りくはるどしゃん、今日はちょっと余裕があるんでしゅかね? 一週間ぶりでしゅよね」


「クレバー卿はいつもお忙しいですからね。休憩時間をちゃんと取るのも大切なことですよね!」

 

リクハルドさんとも、あの日以来少しずつ距離が近付いた気がする。


時々お昼を一緒に食べることがあるのだが、態度が軟化したとすごく感じる。


一週間前なんて、お仕事がんばっていますねと優しい笑顔を見せてくれた。

 

いつも忙しくしている人からの〝がんばっていますね〟という言葉は、すごく重みがあるというか、褒められてとても嬉しい。


褒めてもらうためにがんばっているわけではないが、やっぱり認めてもらえることってすごく嬉しいことなんだなと実感している。


「それと、クリスも後ほど来る予定です」


「え! くりしゅもですか⁉」

 

その名前に、ぱあっと目を輝かせる。

 

クリスとは、アレクさんの従獣である、メスの赤鳶のことだ。


本当はクリスティーナという名前なのだが、愛称のクリス呼びをさせてもらっている。

 

はじめこそクリスティーナと正式な名前で呼んでいたのだが、断られてしまったのだ。


そんな女々しい名前よりも、クリスの方が自分に合っているからと。

 

ただ、私の舌足らずではちゃんと発音できないのだが、それはそれでかわいらしくてよいと言われてしまった。


それはどうなんだろうと思わなくもなかったが、呼ばれる本人がそうしてほしいと言うので、そうさせてもらっている。

 

女の子なのに凛々しくてかっこいいクリスは、当然のように毛並みも素晴らしく優美な姿をしている。


アレクさんの肩に止まっていると、すごくかっこよくて絵になるんだよね。


「ああ、リクハルド。お待たせしてしまいましたか?」


「いえ、私も今来たところなので大丈夫ですよ」

 

部屋に着くと、リクハルドさんがもうソファに座って書類に目を通していた。


やっぱり忙しいんだろうなと思いながら、こんにちはと挨拶をする。

 

今日のお昼ご飯は、サンドイッチと果物だ。


私とアレクさん、ミリアは屋敷の料理人にお弁当をお願いしているため、同じメニューになっている。

 

ちなみにリクハルドさんは、毎回王城の食堂からプレートの料理を持って来ている。


今日はパンとサラダとお肉をスパイスで焼いたものかな?


「……それはなんですか?」

 

私がお弁当の包みを開くと、リクハルドさんがサンドイッチに興味を持ったようで、じっと見つめてきた。

 

ちなみにこの世界にはサンドイッチというものは存在していなかった。


でもパンはあるし、野菜もある。


お肉はもちろん魔物のものだけどね。


「サンドイッチというものだそうです。エヴァリーナ様が前世でよく召し上がっていたもののようで、うちの屋敷の料理人にレシピを教えていただいたんです」

 

アレクさんがサンドイッチの説明すると、リクハルドさんはそれを興味深そうに聞き入っていた。


「りくはるどしゃんも、おひとちゅいかがでしゅか?」

 

実際に食べてみないとわからないだろうと、サンドイッチをひとつ差し出す。


リクハルドさんは少し驚いたみたいだったが、すぐに受け取ってくれた。


そしてひと口かじりつくと。


「……美味しいです、ね」

 

目を見開いてそう言ってくれた。


おお、リクハルドさんと何度かお昼をご一緒しているが、美味しいという言葉は初めて聞く。


「美味しいですよねぇ、サンドイッチ。私も大好きですー!」


「リクハルドも気に入りましたか? 最近うちの屋敷では、サンドイッチが大流行しておりまして。うちの両親も絶賛しています」

 

もぐもぐとサンドイッチを頬張りながら、ミリアとアレクさんも美味しいですねと口にする。

 

中の具材を自分好みに変えられるし、手軽に食べられるし、けっこう万人受けする食べ物だと思うのよね。


……って、そういえば。


「さんどいっちなら、お仕事しながらでも食べやすいでしゅよ? あれくしゃんから聞いたんでしゅけど、陛下もりくはるどしゃんも、あんまり忙しいとご飯を抜きがちなんでしゅよね?」

 

たしかに仕事が溜まっていると食事をおざなりにしがちだ。


前世の私にも身に覚えがある。

 

でも、ちゃんと食べないと健康に悪い。


あまり人のことは言えないが、それは間違いない。


「食べた方が、頭もよく回るって言いましゅよ? もしよかったら、レシピをメモしましゅから、王城の料理人に作っていただいてはどうでちょうか?」

 

何気なくそう提案しただけだったのだが、思いもよらないリクハルドさんの反応が返ってきた。


「いいのですか⁉」


「へぁっ⁉」

 

今まで見たことのないくらい嬉しそうな顔で、リクハルドさんが私の両手を握りしめた。


至近距離で。


「たしかにこれなら、片手で食べながら書類作業ができます。移動中に食事することも可能ですし、持ち運びも楽だ。こんなに素晴らしいレシピを提供してくださるとは、エヴァリーナ様は本当に女神様のようです」


「へ? いや、しょんな大袈裟な……。レシピっていっても、好きな具材を挟むだけでしゅし、ただこんな具が合いましゅよ~ってだけで……」


「なるほど、中の具材を変えれば飽きがこないというわけですね。その人の好みでも変えられるし、これはなんと素晴らしい料理だ!」

 

ち、近い。


素晴らしく美しい顔が近い。


いや、それ以上に感じるこの圧がなんか怖い……!


「リクハルド、そこまでに」

 

あまりの迫力と距離の近さに及び腰になっていると、アレクさんがリクハルドさんを止めてくれた。

 

た、助かった……。


「すみません、エヴァリーナ様。リクハルドはその、実は食事にうるさくて……」


「美食家と言っていただけますか? 私は肉ならなんでもいいとか抜かす輩とは違うんです」

 

リクハルドさんがぷいっと顔を背ける。

 

美食家、って、そうだったんだ。


そういわれてみればリクハルドさん、一緒に食べる時に私たちの昼食をちらちら見てた気が……。


「ひょっとちて、以前から私たちのご飯、気になってまちた?」

 

ぽつりとそう零すと、そうなんですよ!と興奮気味にリクハルドさんが声を上げた。


「つい一か月ほど前までは、アレクシスも私と同じように食堂で食べるか、王城の料理人が作った簡易食を食べていたのに、オベントウ?だといって屋敷からお昼を持参するようになって。時々しか一緒に食べる機会はありませんでしたが、毎回初めて見るものや、肉に知らないソースがかかっていたりして。ずっと気になっていたのです」

 

お、おお、リクハルドさんがこんなに饒舌なところ、初めてみたかも。

 

たしかにここ一カ月ほど、屋敷の料理人たちと仲良くなった私は、前世で食べてきたものを思い出しながら作り方を伝え、それをお弁当に持たせてもらっていた。

 

でもそうか、美味しいものが好きなのね。


となると、忙しくて食事を抜いたり簡易食で済ませるのって、リクハルドさん的には不本意だったんじゃ……。


「わかっていただけますかエヴァリーナ様! そうなんです、せっかく用意してもらっているものです、不味いとは言いませんが、なにか物足りないと言いますか、もっとちゃんとしたものが食べたいと思いながら仕事をするのは正直ものすごくストレスで……」

 

くっ……と苦悩の表情をするリクハルドさん。


こんなに感情豊かな人だったんだ……。


「え、えと。さんどいっち以外にも、書類仕事や移動中でも食べやしゅい料理、いくちゅか知ってましゅから、レシピを書いておきまちゅね」


「では、私が王城の料理人に渡しておきましょう」

 

リクハルドさんの変貌に戸惑いつつも、私とアレクさんがそう提案すると、リクハルドさんはとても満足気な顔をした。

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