包み隠さず、全部話しましゅ2
「……そのあたりで。さすがに聖女様がおかわいそうです。さて、そろそろ視察先での話をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
ジト目でふたりを見つめていると、やれやれといった様子のリクハルドさんが、本題に入りましょうと空気を変えた。
それから、私は視察先でのことをひと通り話した。
はじめはちょっと戸惑いがちだった村の人たちとも、子どもたちのおかげで親しくなれたこと。
この王都周辺とは違う、水事情。
そして時折起きる腹痛の原因が水にあるのではと思い、濾過装置を作ることにしたこと。
「ふん、アレクの報告と一致しているな。それにしても、なぜ原因が水だと思ったんだ? それとその〝ろかそーち〟とやらも。どこで知った? なぜ幼いおまえがその仕組みをそれほどまでに理解しているんだ?」
私を疑うような陛下の鋭い目に、びくっと肩が跳ねる。
いつもの大らかな空気じゃない。
まるで、獲物を狙う獣のような目。
「陛下、エヴァリーナ様が怯えております。もう少し、穏便に……」
「あ、ああ、すまん。ついクセで……」
その迫力にぷるぷる震えていると、アレクさんが気付いてくれて背中を撫でてくれた。
手袋越しだが、その優しい撫で方に少しだけ恐怖心が和らぐ。
「……すみましぇん。ありがとうございましゅ、あれくしゃん」
「大丈夫ですよ、陛下は別にあなたを脅そうと思っているわけではありませんから」
穏やかなアレクさんの微笑みはほっとする。
陛下も謝ってくれたし、アレクさんもこう言ってくれているから、大丈夫なのだろう。
落ち着きを取り戻しふとリクハルドさんの方を見ると、私たちを見て、うわぁ……という顔をしていた。
そして陛下はというと、ガシガシと頭を掻いて気まずそうだ。
「あーなんだ、おまえがそんなに過保護だとは知らなかったぞ。だが、今のは俺が悪かったな。すまない、聖女殿」
「あ、だ、だいじょぶでしゅから頭を上げてくだしゃい、陛下!」
なんと国王陛下に頭を下げさせてしまった。
慌てて身を乗り出してそう言うと、陛下は眉を下げながら顔を上げた。
「いや、俺たちは感謝しているんだ。それなのに怖がらせてしまって、本当に悪かった」
「え? 感謝、でしゅか?」
目をぱちくりとさせると、陛下は今度は苦笑いした。
「それはそうだろう。おまえが提案してくれた〝ろかそーち〟、おそらくあっという間に国中に広まるぞ」
え?と驚くと、陛下はにやりと笑った。
「……あなたが視察に行かれたあの村では、毎日ろかそーちを使って飲み水を作っているそうですよ。そして、村人たちは大層健康に過ごしているそうです。誰ひとり腹痛を起こすことなく。それだけでなく、村に住む生き物たちも生き生きとしているそうですし、あの水を飲むようになってから毛ツヤがよくなったと主に女性たちが喜んでいるらしいですよ」
リクハルドさんがそう淡々と説明してくれた。
よかった、みんな元気なのねとほっとする。
それに濾過装置の使用を続けてくれているということも、大変ありがたい話だ。
「水については、正直俺たちも気にしないわけではなかったのだが、どうしても後回しになっていたんだ。時々腹痛が起こるとはいえ死ぬわけではないし、俺たち獣人は動物たちの血も濃いから、多少汚れた水でも飲めないことはないからな」
たぶん、それ以上に解決していかなくてはいけないことが多いのだと思う。
たしかに昔からそうして暮らしてきたわけだし、生死に関わらないことはどうしても優先順位が低くなってしまうだろう。
「だが、おまえが考えてくれたあのろかそーちで解決するとわかったからな、できればすぐにでも大量生産して広めていきたいと思っている」
「ちなみにカイにも協力をお願いしました。あとはエヴァリーナ様からの許可を頂ければ、すぐにでも動くことができます」
陛下とアレクさんの真剣な眼差しに、私は迷わず頷いた。
私にできることで獣人たちのためになるなら、迷う必要などないから。
「もちろん、お手伝いさしぇてくだしゃい。布さえ用意していただければ、魔力を付与させてもらいましゅ」
「そうか」
私の返事に、目に見えて陛下とアレクさんがほっとした。
断られるかもって思ったのかな。
「もちろん布はいくらでも用意する。もしよかったら王城内に作業する部屋を用意させるが、嫌ならアレクの屋敷に運んでも構わない」
「でも、付与したものをまたこちらに運ばないといけましぇんし、手間になりましゅよね? 私がこちらに参りましゅから、ご用意をよろしくお願いしましゅ」
それから私たちは、作業する時間や必要な道具など、色々と話し合った。
それと、カイも王城の技術職の人たちと一緒に、私と同じ作業場で濾過装置を作ってもらうことになった。
もちろんミリアも私についてきてくれるし、気心知れた人がいるのは安心よね。
私でも役に立てることが見つかったのが嬉しかった。
それに、こうして話し合うことが思いの外楽しくて、私はすっかり気を抜いていた。
話がひと段落したところで、私がカップを手に取り、お茶を飲もうとした時。
「それで、どうしてあなたは誰も知らないような、そんな知識をお持ちなのですか?」
「ぶっ! ごほっ、けほっ!」
油断していた時にリクハルドさんにそんなことを聞かれ、私は思わずお茶を吹き出しそうになってしまった。
大丈夫ですかと隣のアレクさんが背中を撫でてくれて、なんとか落ち着いたが、リクハルドさんの疑うような視線は冷たい。
どう誤魔化そう。
いや、誤魔化せる?
いやいや、こんないかにも賢そうな一国の宰相様を欺くようなこと、私なんかにできるわけがない。
「ええと、しょれは……」
たらりと冷や汗が流れる。
こうして口ごもっている間も、リクハルドさんの視線は一瞬たりとも私から逸らされることがない。
たとえそれらしいことを言っても、きっと嘘だと見抜かれてしまうだろう。
リクハルドさんは銀狐の獣人だって聞いた。
狐ってたしか、記憶力がよくて聴覚視覚ともに優れていたはず。
あとはイメージだけど、化かし合いとかめちゃくちゃ強そうだよね……。
ぴんと立った銀色の毛並みの耳と、鋭い視線。
きっと私の小さな仕草ひとつからでも、違和感や嘘を見つけ出してしまうだろう。
そんな人を相手にするなんて、どう考えても勝てる気がしない。
「……あの、今からものしゅごく突拍子もない話をしゅるのですが、変に思わず、最後まで聞いていただけましゅか?」
自然と俯いてしまっていた私は、全てを話そうと観念して顔を上げた。
アレクさんは心配そうな表情をしていたけれど、大丈夫ですという気持ちで薄く笑う。
そうして陛下に視線を移し、最後にリクハルドさんをまっすぐ見つめる。
「……嘘か誠かは、話を聞いてから判断いたします。どんな内容だろうと決して馬鹿にするようなことはしないと、お約束しましょう」
「ありがとうございましゅ」
リクハルドさんの言葉からは、私を侮るような色はまったく感じなかった。
そのことに感謝しながら、私は前世のことと転生してからどう生きてきたのかを話すべく、ゆっくりと口を開いたのだった。