そのお困りごと、解決しまちょぉ!3
「うーん。やっぱり、変えた方がいいところがありましゅね」
「そうか? でも、一般市民の暮らしなんてこんなモンだぞ」
視察をスタートした私は、とりあえず村全体を見て回ることにした。
すると、ある程度の予想はしていたが、魔力もなければ科学技術もない獣人族の暮らしは、現代日本の生活と貴族の生活を知っている私にとっては、不便に思うことが多かった。
しかし、不便とかは置いておいて、一番気になったこと。
それが水だ。
当たり前のことなんだけど、蛇口をひねるとすぐに水が〜なんてことはない。
そして獣人国のほとんどの土地には、井戸なんてものがない。
クロヴァーラ国をはじめとする人間国には、綺麗な水の湧く井戸がそこかしこにある。
衛生検査なんてものを行ったことはないが、お腹を壊したことはないし、水が原因で病が広がったとかいう話も聞いたことがない。
だからたぶん、ある程度は綺麗なんだと思う。
そして獣人国の王都には、珍しくいくつか井戸がある。
たぶん、水が安易に確保される場所に王都を作ったんじゃないだろうかと思っている。
ただ、この村をはじめとする獣人国の多くの土地には井戸が存在しておらず、村人たちは川で水を汲んだり、雨水を溜めたりしているらしい。
実際に川を見に行ってみたが、たしかに目立って汚れてはないし、わりと透明度も高くて一見飲んでも大丈夫そうだった。
でも、現代日本で暮らしていた記憶のある私には、安易にこの川の水を口にしようとは思えなかった。
そして村人たちに話を聞けば、井戸のない町や村に住む獣人は腹痛を起こすことがままあるとのこと。
……それって、水のせいじゃない?
衛生的にどうなのよ。
そう思わずにはいられなかったのだ。
「エイセイ? って、なんだ?」
「知らない言葉ですね」
「私も知らないです」
カイ、アレクさん、ミリアの三人に聞いてみたのだが、まずもって衛生的とか不衛生っていう言葉すら存在しないのだと衝撃を受けた。
でも、菌とか繁殖とか、そんな話をしても、科学の発展していないこの世界ではきっと一蹴されてしまう。
「えっと、これはたぶん、聖女の私だからわかるのかもでしゅけど……」
だから、私は聖女という立場を利用することにした。
聖女だからわかる。
便利な言葉である。
とりあえず、人や空気、自然や物体には、目で見えないくらい小さなものが存在しており、私たちに良い影響を与えるものもあれば、害を与えるものもあるのだということを伝えた。
「病気の原因もそうでしゅ。体に悪いバイキンのせいで、人から人、獣人から獣人へと病気がうつったりするんでしゅ」
病気を例えに出すと、たしかに……と三人は頷いてくれた。
家族が風邪をひけば普通にうつるし、感染症だってこの世界にもあるもんね。
「で、その体に悪いバイキンが、川の水とか雨には入っているので、お腹が痛くなるんでしゅ。王都の獣人たちがあんまりお腹を下さないのは、井戸水にはバイキンが少ないからじゃないかなぁと」
「なるほど……。エヴァリーナ様は、博識ですね」
ひと通りの話を聞いて、アレクさんが私をきらきらした目で見てきた。
前世では大人なら誰もが知っている知識なので、そんなことを言われても苦笑いしか返せない。
「でもさ、水って大事じゃん? ちょっとくらいのハライタが起こるくらい、仕方ないだろ。水を飲まないと生きていけねぇし」
カイの言うことも最もだ。
前世でも、そう言って汚れた水を飲んでいた貧しい国の人たちがいる。
話を聞くと、それで村人が命を落とすようなことはないみたいなので、獣人は人間よりもそういう菌を分解する力に長けているのかもしれない。
ほら、動物って床に落ちたものも食べるし、その辺の水たまりの水をなめたりもするけど平気だもんね。
「でも、大事な時にお腹が痛くなったりするのって、嫌じゃないでしゅか? あと、風邪をひいた時なんかは、たぶんそういうバイキンの影響も受けやすいのかなって……。それに、お年寄りや子どもがお腹痛くなりやすかったりもしましぇんか?」
私がそう言うと、三人は押し黙った。
やっぱり、そうだろうね。
「でも、どうしたら……」
「安心ちてくだしゃい! 私に考えがありましゅ!」
暗い声のミリアに、私は元気に応えた。
えっへんと、ない胸を反らして。
「バイキンが入ってるなら、取り除けばいいんでしゅ!」
「取り除くって……目に見えないようなちっせぇもん、どうやって……」
カイが眉を顰める。
うん、そう思うよね、でも大丈夫!
「皆しゃん、私は聖女でしゅ」
「……知ってる」
胡乱な顔のカイに、アレクさんとミリアも頷く。
「私、実は聖女とちての力は、そんなに強くありましぇん」
ちびっこの私にそこまで期待はしていなかったのか、三人は特に驚かなかった。
よかった、まずここでがっかりされるかもと思っていたので、そうだろうね~くらいに思っていてほしい。
「でも、そんなちっさいバイキンくらいなら、やっつけるモノ、作れましゅ!」
にっこりと笑う。
すると、三人は目を見開いた。
「でも、ひとりじゃ作れないので、皆さんにも手伝ってもらいたいでしゅ。いいでしゅか?」
こてんと首を傾げると、まずミリアがぱあっと表情を明るくさせた。
「もちろんです! 私にできることなら、なんでも言ってください!」
「そうですね。お役に立てるなら、なんなりとお申し付けください」
アレクさんもまた、笑顔を返してくれた。
そしてカイも。
「~~っ、しょうがねぇなあ! おまえみたいなぽやぽやしたお嬢サマひとりじゃ、なんもできねえだろうから、手伝ってやるよ!」
「かい、ありがとうございましゅ! では、名付けて〝ろかそーち大作戦〟、はりきってやってみまちょう!」
なんだよそれ……と呆れた目をするカイを、戸惑いながらもアレクさんが窘めてくれ、ミリアがそれを笑った。
そんな和やかな雰囲気が嬉しくて、私もまた、笑い声を上げたのだった。