そのお困りごと、解決しまちょぉ!1
視察の話し合いから一週間、ついに視察当日を迎えた。
「リーナ様、体調はいかがですか?」
「はい、元気でしゅ。みりあも、今日はよろしくお願いしましゅ」
ミリアに身支度を整えてもらいながら、私は昨日のことを思い出していた。
視察前日ということで、陛下とリクハルドさんから、私と話がしたいと申し出があったのだ。
もちろん日がな一日暇な私に断る理由などなく、おふたりの都合に合わせ、アレクさんに案内してもらい謁見することになった。
『アレクから、なにやらずいぶんはりきっているようだと聞いてはいたのだが、どうやら本当のことらしいな』
『……遊びに行くわけではないのですからね?』
面白そうな顔をする陛下と、胡乱な顔のリクハルドさん。
対照的なふたりの表情に、アレクさんも苦笑いしていた。
たぶん、リクハルドさんはカイと同じことを懸念しているのだと思う。
元貴族令嬢の私が、市井の獣人の生活を見て驚くんじゃないかって。
あの話し合いの後、私はミリアとカイに獣人国の市民たちの暮らしについて色々と教えてもらうことにしたのだが、想像していた暮らしとそんなに変わっていなくて、やっぱりなという感じだった。
ファンタジーの漫画やアニメでよく見る感じの暮らし。
優雅なお茶の時間なんて普通にないし、みんな汗水たらして働いていている。
中には汚れた服で働いている人もいるし、農業や商いをしている人もいる。
まあそれは現代日本で働く人も同じなのだが。
ただひとつ予想外だったのは、動物……というか、色んな生き物とかなり共存しているってこと。
村や街には、犬猫だけでなく馬や羊にヤギ、なんなら蛇なんかも飼われているらしい。
〝飼われている〟という言い方もおかしいかもしれない。
前世のペットのような感覚ではなく、獣人は様々な生き物の力を借り、また生き物たちも獣人に助けられて生きている。
そういえば道中に寄った街でもいろんな生き物を見たなぁと思い出した。
さすがに王城ではそんなにその姿を見ないが、獣人たちと契約を結んだ相棒のような存在、従獣というらしい生き物たちの姿は、ちらほら見かけたりした。
アレクさんにも、幼いころから一緒に育った従獣の鳶がいる。
この前初めて会ったのだが、大きくて毛並みも揃っていて、すごく立派で強そうな子だった。
ちょっとだけ触らせてもらえて、すごくツヤツヤな触り心地に感動したものだ。
話しかけたのだが、返事はなかった。
人見知りする子なのかな?
そういえば、神殿にいた時に怪我をしていて助けたあの鳥に、ちょっと似ていたかも。
そうそう、アレクさん自身も実は赤鳶の獣人なんだって。
獣化すると翼が生えるらしい。
その姿を想像して、絶対かっこいいに違いない、見てみたいなぁとミーハーな考えをしてしまったのも仕方のないことだと思う。
話は逸れてしまったが、とにかく色んな生き物にも出会えそうだということで、密かにわくわくしている。
実は爬虫類もそんなに嫌いじゃないし、ペットショップにも色々いて、お世話もしてたもんね。
今世は動物と会話もできるから、獣人だけでなく一緒に暮らしている生き物たちからも話を聞いて、ちょっとでもお手伝いできることが見つかるといいなと思っている。
リクハルドさんは最後まで心配していたけれど、陛下は『まぁ本人がやる気なのだから、気の済むまでやってみたらいいさ』と寛大な言葉をくれた。
聖女としてというよりも、こちらでお世話になる身として、多少は役に立ちたい。
働かざる者食うべからずだ。
「はい、リーナ様できあがりましたよ。アレクシス様にお伝えしてきますね」
「ありがとうございましゅ。お願いしましゅ」
いよいよ出発だ。
獣人国に来て初めてのお仕事、がんばろう。
そう気合を入れて、私は立ち上がった。
陛下が用意してくれた大型の馬車に、アレクさん、カイ、ミリアの四人で乗り込む。
獣人国に来るときはひとりだったけれど、仲良くなったこのメンバーで相乗りするのも楽しい。
窓の外を見れば、色々な風景が目に飛込んでくる。
「木の葉が少し色づいていましゅね」
「ええ、獣人国には四つの季節というものがありまして、今は秋という、気温が下がり始める季節になります。木の葉は黄色や赤、オレンジや茶色に色を変え、やがて冬になると落ちてしまうんですよ」
外の景色は、まさに日本の秋の光景だ。
アレクさんの説明を聞いてさらに確信を持つ。
やっぱり獣人国って、日本の気候に似ているみたい。
クロヴァーラ国にいた頃は、暑いとか寒いとか、そんなことを感じたことはない。
さらに言えば、木々だって年中緑に生い茂っている。
暮らしやすいといえばそうなのだが、季節の移り変わりの美しさを知っている身としては、ちょっと物足りない気持ちもあった。
不思議なものよね、夏の暑さに溶けそうになっていたり、大雪の日の除雪作業にうんざりしていた頃が懐かしい。
「リーナ様、驚かないんですね? 人間国ってたしか、紅葉なんてしないって聞いたんですけど」
不思議そうにミリアが首を傾げる。
すると屋敷での私の生活を知るカイが、鼻で笑った。
「どうせ本で読んだんだろ? こいつ、マジで一日中本読んで過ごしてるんだぜ。信じられないよな」
「あはは……まぁ、そんなところでしゅ」
さすがに前世で暮らしていたところがここと同じ気候で……なんて言えやしない。
カイの言う通り、本で得た知識ということにしておこう。
「カイ、いくらエヴァリーナ様が許してくださったとはいえ、もう少し丁寧な言葉遣いをしてはどうですか? あなたの妹ではないのですから」
「あ、す、すいません……」
どうやら恩のあるカイは、アレクさんに頭が上がらないようだ。
ため息をつきながら窘められてしまい、しょんぼりと耳としっぽを垂らしている。
……かわいい。
とはいえ、私のせいでカイが怒られてしまうのは申し訳ない。
「あれくしゃん、気にしないでくだしゃい。かいみたいに普通に話してくれるの、私嬉しいでしゅから、これからもそのままの話し方でいてくだしゃい。えへへ、勝手にお兄ちゃんみたいだなっていつも思ってましゅ」
本当は弟と言いたいところだけどね!
そこはほら、ねぇ?
にこにこと笑顔でそう答えると、カイは顔を真っ赤にした。
「な、な、な! お、俺にはおまえみたいなふわふわした妹なんていねーよ!」
「〝ふわふわ〟って、かわいいってことですかー? ふふふ、カイもすっかりリーナ様の魅力の虜ですね!」
「うるせーミリア! おまえは黙ってろよな!」
まるで純粋な弟をからかうように、ミリアがにやにやと笑う。
おお、なんか私たち、三兄弟みたいじゃない?
「……あなたたち、とても仲良くなりましたね」
そんな私たちを見て、アレクさんがぽつりと呟いた。
「アレクシス様ってば、嫉妬ですか? 大丈夫です! お父さんポジションは空いてますから!」
びしっとミリアが親指を立てる。
お、お父さん?
アレクさんが?
それはちょっと……。
「……私はまだそんな年ではない」
そう言いながらもなんとなく寂しそうな顔をするアレクさんに、意外とかわいらしいところがあるんだなぁと思いながら、私は苦笑いを零した。