ちびっこ聖女、始動しましゅ!2
「リーナ様……」
アレクさんを見送った後、ミリアも申し訳なさそうに耳を垂らした。
か、かわいい……! って、違うか。
「みりあ、そんな顔ちないでくだしゃい。私なら、だいじょぶでしゅから。くろばーら国で読んだことのない本がたくさんありますし、お部屋で読めるだけで十分でしゅ!」
「リーナ様……! あのっ、今日の午後のお茶の時間は、とびきり美味しいお菓子を用意してもらいますからね! ぜひ、本も持ってきて、日当たりのいいお部屋でいただきましょう⁉」
なんと、私を励まそうとミリアが素敵な提案をしてくれた。
提案自体もとても心惹かれるものだが、私のことを思ってそんなことを言ってくれたことが、とても嬉しい。
「はい、楽しみにちていましゅね」
温かい気持ちになって、ふたりでほわりと微笑み合う。
前世の私よりも年下だし、素直で一生懸命、かわいいミリアは私の癒しだ。
ぴこぴこと揺れる、ミリアのしっぽを撫でたくなる衝動をぐっと我慢して、私は屋敷の書庫へと移動する。
たしかに毎日屋敷に閉じこもっていて庭にも出られないのは少々窮屈だが、オーガスティン家でも似たような生活をしていたし、そんなに苦ではない。
とりあえずアレクさんの保護下で暮らす、ということだけが決まっただけで、私の今後については今、陛下と宰相であるリクハルドさんが考えてくれている。
陛下も、私を籠の鳥にするつもりはないと言ってくれたので、外出できないのももうしばらくの辛抱だと思っている。
予想外に聖女がこんなちびっこだったものだから、予定変更することも多いだろうし、色々と決めることが多いのだろう。
さて、今日はなんの本を読もうかなと考えながらミリアと一緒に廊下を歩いていると、窓の外に見慣れた姿があった。
「あら、カイだわ。今日も剣の素振り練習をしているみたいですね。あ、こっちに気付いた」
ミリアが手を振ると、カイはため息をついてこちらの方へやって来てくれた。
窓を開けると、眉を顰めて私の方を見た。
「はぁ、今日も読書ですか、聖女サマ?」
「はい、かいも自主練習でしゅか? えらいでしゅね」
この子は、カイ・ホール。
この屋敷で働きながら、騎士を目指している男の子だ。
紺色の髪に翠の瞳、その頭の上とお尻には、立派なふさふさの耳としっぽが生えている。
彼は狼の獣人らしく、幼い時にアレクさんに助けられて、それ以来ここで働かせてもらっているんだって。
十二歳のカイはまだ騎士団には入れないため、こうして屋敷で特訓しているらしい。
昨日なんて、アレクさんに朝稽古をつけてもらっていた。
「えらいですねって……。ちびのおまえに上から目線で褒められたくないんだけど」
「あ、ご、ごめんなしゃい……」
一生懸命なところがかわいいなと思って、つい。
そうよね、かなり年下の私なんかに褒められてもって感じだよね。
「あーいや、別に謝らなくてもいいけどさ……」
しょんぼりしてしまった私に、言い過ぎたと思ったらしく、カイは慌てて手を振った。
焦ったのか、しっぽまでバタバタ振られている。
「すみましぇん、でも、本当にえらいなぁと思ったので。訓練のお邪魔ちてごめんなしゃい、がんばってくだしゃいね。あと、今日もお昼のお茶、一緒にいただきまちょうね」
かわいいなぁと思いながら、ちゃっかりお茶のお誘いもしておく。
この屋敷の中ではカイが一番私と年が近いということで、アレクさんから時々私の相手をしてやってほしいと頼まれているらしいのだ。
「お、おう……。まあ、行ってやってもいいけどさ!」
今度は照れているのか、しっぽがピコピコと揺れている。
かわいい。
かわいいよ……!
思春期でちょっと反抗期入ってるけど、実は優しくて突き放しきれない弟みたいでかわいいー!!
「ありがとうございましゅ。楽しみにしていましゅね!」
でれでれの笑顔でそう返すと、カイは顔を真っ赤にして、じゃあな!と訓練に戻っていった。
はあぁ、前世でも私、弟がほしかったのよね。
お姉ちゃんとか呼んでもらいたい。
いや、私の方が年下だから絶対無理なのはわかってるけど。
「リーナ様の笑顔って、最強ですよね〜」
「え? みりあ、なにかいいまちた?」
「いえ、なにも。カイとも約束できましたし、行きましょうか」
やれやれといった様子のミリアに首を傾げながら、私は書庫へと向かうべく、再び足を進めたのであった。
カイとミリアの三人でお茶を楽しんだその日の夜、夕食の後にアレクさんが私を呼び止めた。
「エヴァリーナ様の今後について、陛下やリクハルドと大まかな方針を決めてまいりました。この後少しお時間を頂けたらと思うのですが」
おお、今朝はまだもう少しかかるかなと思ったのだが、皆さんなんて仕事が早いんだ。
そう感動しながらわかりましたと答えようと口を開きかけた時、ミリアがすみませんと声をかけてきた。
「口を挟むようで申し訳ありません。その、リーナ様はいつも夜のお支度をされるとすぐに眠くなってしまわれますので……」
そうだった……!
なにを隠そう、私は今五歳児である。
そして早寝早起きが習慣化している。
八時半にはいつもばたんきゅーなのだ。
そして今は七時半を過ぎたところ。
あと一時間後には、おやすみモードに入ってしまう。
「お話が長くなるようでしたら、せめてお支度を終えた後の方が、すぐにお休みになれるのでよろしいかと……」
なるほど!
ミリアったら気が利く!
クロヴァーラ国にいた頃は、主人たちの会話に使用人が口を挟むなどあり得ないことだったが、この獣人国はそれほどマナーに厳しくないらしく、アレクさんもミリアの言動を気にすることなく、納得の表情をした。
「たしかにそうですね。エヴァリーナ様にご無理のないよう、ミリアの言う通りにしましょう。お疲れのところ申し訳ありませんが、お時間をいただいてもよろしいですか?」
なんて丁寧なんだ。
私に関することなのだから、むしろ私の方がお時間とっていただいてすみませんと言いたいところなのに。
「もちろんでしゅ。あれくしゃんこそ、お疲れなのにすみましぇん。よろしくお願いしましゅ」
ぺこりと頭を下げる。
そして顔を上げ、アレクさんと微笑み合う。
本当に優しくていい人……!
「では、リーナ様のお支度を整えましたら、アレクシス様にお伝えさせていただきます」
「ああ、頼んだぞミリア」
そうして一度アレクさんとは別れ、ミリアに寝る用意を整えてもらう。
アレクさんを待たせているので、さすがにいつもより急いでもらった。
「あ、えと、夜着でいいんでちょうか?」
「アレクシス様から、眠い中着替えるのも面倒だろうからと、了承を受けておりますので」
き、気遣いは嬉しいけど、私中身は一応大人なんだけどな!
少し恥ずかしい気持ちはあるが、こんな五歳児が夜着で現れたからといって、アレクさんがどうこう考えるわけもないかと口を閉じた。
クロヴァーラ国ならどれだけ幼かろうがはしたない!と言われるところだろうが、そこも獣人国は緩いのだろうか。
まあ前世でも、夕方にパジャマで宅配の受け取りなんかはしていたし、それほど気にすることでもないかもしれないけど。
でも相手が年頃のイケメンとなれば、さすがの私も多少の羞恥心というものが生まれるのだ。
「リーナ様、できましたよ。アレクシス様から、お部屋でお待ちしていますと言付かっております」
「え、あ、はいっ! じゃ、じゃあ行きまちょうか」
いいのかしらと思いながらも、私は夜着姿のまま、アレクさんの部屋へと向かった。