ちびっこ聖女、始動しましゅ!1
「はいっ、できましたよリーナ様。今日もとってもかわいいですね!」
「そ、そうでしゅか? ありがとうございましゅ、みりあ」
獣人国に来て、三日。
私は今のところ、なんの不自由もなくのんびり暮らすことができている。
ちなみにどこで暮らしているかというと……。
「エヴァリーナ様、お支度は終わりましたか? ああ、かわいらしく整えてもらいましたね」
「あれくしゃん⁉ いえ、その、そ、そうでしょぉか……?」
なんと、アレクさんのお父様が王城の敷地内に戴いているというお屋敷で、彼と一緒に住んでいる。
この数日で、今のような返答に困る発言は多々飛び出しており、彼が天然タラシだということを実感させられている。
なぜこうなったかというと、それは先日の陛下との謁見の時まで遡る。
どうやら宰相のリクハルドさんは、聖女と陛下を結婚させることで、魔力を持った子どもができるのではないかと考えたそうだ。
『エルフ族の魔力が高いのは周知のことですが、人間族の中でも聖女が生まれやすいのは、魔力の強い貴族の家柄が多いようです。聖女が子を成すことはあまりないようですが、数少ない、聖女を母に持つ子どもも、魔力が強いことが多いと聞きました』
遺伝ってことだよね。
たしかにその可能性は高いと思う。
私のお父様も、神官候補に選ばれるくらい人間族の中では高い魔力の持ち主だったし、現在の上級聖女のうちひとりは、珍しく母親が聖女だったと聞いている。
『ですから、聖女と陛下の間に子が生まれれば、多少なりとも魔力を持つことができるのではと思ったのです。そうして血が繋がっていけば、魔力を持たない獣人族の中にも魔力を持つものが増えるのではと。まあ、それが叶ったとしても遠い未来にはなるでしょうが』
今後私が成長すればそういったことも可能ではあるが、今のところは保留にしているらしい。
まあお相手をどうするかって話になるものね。
私と年が釣り合っていても、もし陛下に反発心を持っているような人との間に子が生まれたら、国として良いことにはならないもの。
元々この計画は、陛下、リクハルドさん、そしてアレクさんの三人の間だけで話していたことらしく、他の獣人には知らせていないらしい。
聖女の派遣を願ったのも、今までにない考えや知識、獣人族が持たない魔力などの力を借りて、獣人国が少しでも住みよい国になればとの考えからだと、国民には伝えているのだとか。
もちろんそれは嘘ではないが、だからといって聖女の力を特別期待しているわけでもないのだという。
『俺たち獣人は、自分たちの国が多少住みにくい土地だってことは理解している。だが、それでも俺たちはこの国が好きなんだ。それに、自分たちの暮らしに誇りも持っている。だから、聖女サマの御業で人間国のような気候の安定した土地にしてもらいたいだとか、生活をまるっと変えたいと思っているわけではない。まぁちょっとした困り事の相談に乗ってもらえて、解決策が出てきたらなぁくらいに思ってる奴が多いだろう』
そう話してくれた陛下は、嘘を言っているようには思えなかった。
『私としては目論見が外れたのはとても残念なのですが、まあ年齢まで指定していなかったこちらの落ち度ですので、仕方がありません。それと、あなたを自由にさせてあげたい気持ちはありますが、そうもいかない事情もあります。そのため、この先のあなたの身柄は信頼できる人へと預けさせていだきます』
リクハルドさんはそう言うと、ちらりとアレクさんの方を見た。
『アレクシス、こちらへ向かう道中でずいぶん懐い……いえ、親しくなられたようなので、彼に任せることにいたしました』
『すみません、エヴァリーナ様。私も先ほど聞かされたばかりで……。こちらに来たばかりで不安も多い中、私などと一緒に暮らすのは、抵抗があるかもしれませんが……』
申し訳なさそうなアレクさんに、そんな滅相もありません!と慌てた。
リクハルドさんが言い直しをしたのにはちょっとひっかかったが、そこには突っ込まずにおいた。
『当分の間は、王宮の敷地内にアレクの父親が所有している屋敷で一緒に暮らしてほしい。アレクなら変な間違いは起こらないだろうからな』
『……当然です』
アレクさんのお父様は、騎士団長なんだって。
それでいて息子のアレクさんは隊長職で国王陛下の側近。
次期騎士団長の呼び声高いくらい、優秀な騎士なんだそうだ。
そんな方に私の保護者役なんてお願いしてもいいのだろうかとかなり戸惑ったが、断ることはできなかった。
だって、アレクさんが自分では役者不足でしょうかと眉を下げながら見つめてくるんだもの!
まあ、そんなこんなで私はアレクさんのところでお世話になることになったのだ。
「エヴァリーナ様、本日も読書をしてお過ごしになりますか?」
「あ、はいっ。今日は暖かくなるみたいなので、できれば日中はお外で読みたいなと思っているんでしゅが……。むじゅかしい、でしゅよね?」
私の保護者役……つまりお目付け役となったものの、隊長職に就いているアレクさんにはお仕事がたくさんある。
獣人族は頭脳派の者が少ないという話だが、だからといって聖女の私を利用しようとする者がいないとは言えない。
たいした利用価値があるとは思えないが、アレクさんの目の届かないところでどこでもぷらぷらするのは迷惑になるだろう。
じっと長身のアレクさんを見上げると、なぜかアレクさんは顔を手で覆って固まってしまった。
「アレクシス様」
「あ、ああ、すまないミリア」
ミリアがつんつんとつつくと、アレクさんは我に返った。
「そうかわいらしいお顔でお願いされると、非常に叶えたくなってしまうのですが……。すみません」
かわいらしいと言ってくれるのは社交辞令だろうが……。
そうだよね、このお屋敷内なら自由にさせてもらっているんだもの。
我儘は言っちゃだめよね。
「いえ、無理を言ってしゅみましぇんでちた」
アレクさんを困らせてしまったことを申し訳なく思い、頭を下げる。
「そんな、頭を上げてください。私がいつもお側にいられれば、多少は自由に出かけられるのですが……」
駄目だ、これ以上このやりとりを続けても、この優しくて責任感のある人が困るだけだ。
「気にしないでくだしゃい。私の今後については、考えておいてくだしゃるってことでちたし、だいじょぶです! あっ、あれくしゃんそろそろお仕事に行く時間でしゅよね。がんばってきてくだしゃいね!」
そう言って少し強引だったが、会話を終わらせる。
アレクさんも時計を見て、後ろ髪を引かれる様子ではあったが、そのまま仕事へと向かっていった。